霊界から再び地上へ
守護霊がフリストに話しかける。
「地獄の下層から、よく上がってきた。なぜここまで来ることができたか分かるか」
「神に祈りを捧げた時、あなたが来てくれたからでしょうか」
「神を思い出したからだ。地獄の底であろうと神は常に手を差し伸べておられる。しかし、神を忘れている者はどうすることもできない。お前も見たであろう、神を忘れて地獄で苦しんでいるものを」
フリストは、やっと神が何か分かった気がした。アストリウス正教会の聖騎士として神のことは理解しているつもりだったが、本当に理解できていなかった。
「神とは我々の魂の源のような存在でしょうか」
「神をどう捉えるかどう感じるかは、己のレベルによって変わってくる。以前より深く神のことを理解できたのであれば、それだけ進歩したということだ」
「私はこれからどうすればよいのでしょうか」
「ここからはお前の自由だ、自分で考え、自分で学ばなければならないが、一つ提案がある。お前のような悪人は死んだらたちまちにして地獄送りとなるが、普通の人間は死んだ後幽界に行き、アストラルボディを脱ぎ捨てた後、それぞれのレベルに応じた霊界に進む。しかし、神を信じていない者は、どんなに立派な人間でも地獄に行く事になる。よって、幽界にて神を信じていないものに神を思い出させる事が出来れば、その者は救うことができる。お前は、地獄の下層から這い上がってくるという貴重な体験をした。その体験を幽界の者たちに話すことで、神を思い出す者もいるだろう」
「分りました、今までの罪滅ぼしに、その仕事やってみます」
フリストは、死の自覚がないまま幽界にやってきた者に対し、自らの体験を交えて神へ祈ることの大切さを説いて回る仕事を始めた。
そして地上の時間で30年が経とうとしていた時、フリストの前に守護霊が現れた。
「久しぶりだな、お前は本当によく頑張った。お前の努力のおかげで数千人の魂が救われた。そろそろ次のことを始めようか」
「私の罪滅ぼしは終わったのでしょうか」
「いや、まだ足りない。もし短期間に解消しようと思うならば、地上に再生するのが良いが、失敗して、以前のような道を進めばまた新たな罪を作って繰り返しになる。さすがにお前も成長しているので、そのような心配は無用かもしれないが、地上では何が起こるか分からないのでリスクはある」
「ぜひもう一度地上でやり直させてください。今度は絶対に失敗はしません」
「分かった、しかし、再び生まれ変わると今までの記憶は全て無くなるので、失敗しない環境を慎重に選ぶ必要がある。それから、農民などに生まれると一生に達成できる事が限られるので、大きな贖罪は望めないが失敗しても大きな罪になることもない。逆に王などに生まれれば、善政を施き領民を幸せにすれば大きな贖罪ができるが、暴君になるととてつもなく大きな罪を背負い長く地獄から出て来られなくなるだろう」
「私は大きな罪を背負いました、ですから大きな贖罪ができる環境に行きたいと思います」
「みんなそう答える。しかし、その気持ちすらすっかり忘れてしまうので、成功するものは少ない。やめておいたほうが良いと思うが」
「私の気持ちは変わりません」
フリストは守護霊の目をまっすぐ見て即座に答えた。
「分かった、しかしなるべく戦争地域から遠いところがいいので、北の草原の民の王子はどうであろう」
「以前の敵側、私がたくさん殺した者たち、そして私を死に追いやった者の元に生まれる訳ですね、私の罪の償いにはうってつけです。今度の生では領民を含め、すべての人々が平和に暮らせるような王になる事を心に固く誓います」
それから8年後、北の草原を治めるナイダン家に男の子が生まれ、名はドラゴと名付けられた。そしてドラゴが17才の時、王である父が亡くなり、ドラゴは北の草原の民の王となった。
ドラゴは、いろいろな改革を行った。まず、サンラジャールからの参戦要求に対して、今までは、その都度各部族で相談の上参戦する部族を決めていたが、各部隊から精鋭を集めた常駐の軍隊を作り参戦するように変えた。また、遊牧民のため、今まで手付かずだった木材や、鉱石などの輸出などを積極的に行い財政を豊かにした。
軍隊の規模も大きくなり、財政も豊かになったが、ドラゴはそれ以上のことを求めず、民が幸せになることを優先した政治を行っていた。
そして、ドラゴが30才になった年、サンラジャールから大規模な参戦要請が来た。西側諸国が国境辺りに兵を集結させて、侵攻の動きがあるためで、遠方という事もあって今までは数百騎ほどの参戦要求であったが、今回は3千騎を出せという要請であった。
軍隊のほぼすべてを出陣させる事になるが、了解し、ドラゴ自身が率いて西の国境へ向かって行った。
西の国境近くでは、サンラジャールの大軍が駐屯しており、十一代サンラジャール自ら出陣していた。ドラゴは、駐屯地に着くとすぐに十一代サンラジャールに謁見し、指示を仰いだ。
十一代サンラジャールはもはや、60才を超え以前のような覇気がない、また痛めた右足をかばって杖をついており、長時間指揮をするのもつらい状況であった。
「ドラゴよく来たな、心強く思うぞ。敵の戦力は2~3万と思われる。こちらは3万以上集まったので今のところこちらが有利だ。しかしやつらがどのような作戦を考えているのかまだつかみ切れていないので、今は情報収集を急いでいる。お前たちの部隊は機動力があるので、南方のルートを偵察して、敵が展開しているか確認してきてほしい」
「わかりました」
ドラゴは、100騎程を連れて、自ら偵察に赴いた。敵の装備や実力を見るには自分の目で確かめる必要があると思っていた。
草原の民は軽装のため機動力がある、このため二日かかるところを一日半で南方にある村に着いた。今日はここで一泊する。この村は、農家ばかりの小さな村で、怪しいものを見たとかの情報も無く特に問題はなかった。
村長を始め、村人は歓迎してくれ夜は宴会になった。村長は、ドラゴに話しかける
「しかし、あなたたちの馬は小さいですね、戦争では不利なんじゃないですか」
「私たちの馬は頑丈でね、足が短くて太いでしょう、戦場では小回りがきいて騎馬同士の戦いだと有利なんです。そして持久力もありますし」
「そうなんですか、おもしろいですね」
翌日、子供たちを馬に乗せてやり遊んでやった。そのお礼にと、このあたりの名産らしい紫色の石で作ったペンダントを子供たちがドラゴに持ってきた。ドラゴと、愛馬とのお揃いだ。
ドラゴ達は村を出発し、一日ほど進んだとき山の向こう側に煙が見えた。ドラゴは馬を降り、ゆっくりと近づいて行く。どうやら村の方から煙が上がっているようだ。村に近づいても人の気配はない。
そして村に入ると、多くの家が燃えたようでくすぶっていた。この様子だと、昨夜あたり襲われたのか。村の中心に向かって進むが半分以上の家が燃やされているようだ。
ドラゴは燃えていない家へ入って見て、怒りに震えた。村人は、弄ばれて殺されて、あげく首や、手足などを切り取って並べている。胴から切り離され宙を見ているその眼に最後に映ったものはなんであったのか。
話には聞いていたが、西の野蛮人は本当に残虐だ。実際に目にするとその異常性が良く分かった。戦場で必ず恨み晴らしてやる。ドラゴは心にそう誓ったのであった。
このように襲った村が後二ヶ所あることを確認した。
さらにそのあたりを捜索しながら進んでいくと、川のそばで駐屯している敵軍を見つけた。
敵の数は、千人弱ぐらいか、騎兵は30程。村を襲ったやつらに違いない。こちらは100騎程だが、我々の実力と奇襲をかければ十分勝てるだろう。ドラゴは敵を攻撃することに決めた。
ドラゴは、夜中になるのを待った。ドラゴ達の主力は敵軍から見て北側の山中に隠れている。
西から闇にまぎれながら徒歩で3名が近づいていく。同時に東からは、10騎が松明を持って疾走してくる。気づいた見張りが慌てて叫ぶ
「敵襲!、敵襲!、敵襲だ起きろ」
10騎は構わず疾走し兵士の寝ているテントに火をかけて行く。西の3人は、敵の馬を解き放つ。10騎は頃合いを見て東の森へ逃げていく、敵の兵士が慌てて馬を追いかけるが人の足では追い付くはずがない。その時、北側の森から主力の騎馬が敵兵を襲う。まずは遠目から矢を射かける。暗闇から飛んでくる矢に兵が次々と倒されていく。矢が尽きると、槍で歩兵を蹂躙する。敵兵は大混乱し森の中や川へ散り散りに逃げ惑う。
ドラゴは、敵の部隊長を捕え情報を聞き出した。この部隊は先遣隊で1ヶ月後、1万の本体がやってくる予定のようだ。しかし、逃げた者たちのもたらす情報で作戦は変更になるかもしれないが。
ドラゴは、伝令を送ってその情報をサンラジャールに伝え、サンラジャールからの援軍が到着するまでの間この場所を守ることとした。
それから、1週間後に千騎が到着し、3週間後には1万2千の歩兵が到着したが、ついに1万の敵軍はやって来ず、実質この戦いは終結した。たった100騎で、千名の軍隊を撃破し、それに恐れをなして3万の軍勢が逃げ帰ったという話は、ドラゴの名声を高めた。さらに十一代サンラジャールからの厚い信頼を受けて、ドラゴの軍勢はサンラジャールの首都イテナヤに常駐することになった。
この後国境付近での小さな争いはあるものの、平穏な日々が続き、7年後ついにドラゴは、十二代サンラジャールとなったのであった。
ドラゴは、サンラジャールになった後も北の草原の民の王であった時のように、経済的な発展を目指した。戦争の無かったこの時期はイテナヤを中心に経済が発展し、イテナヤは人口百万の都市に近づきつつあったが、就任して3年目、前回の戦いから10年が経とうとしていた頃、また、西方国から侵攻の動きが見られた。
前回の戦争後ドラゴは、北方ルート、西方ルート、南方ルートの三か所の国境付近に砦を築きおのおの千人程の兵を常駐させていた。このため、以前よりも早く情報収集できる体制になっている。敵軍は二手に分かれ、西方ルート、南方ルートを進んでくる模様だ。いずれのルートもまだ砦から確認できる位置には来ていないがおのおの数千の軍隊が進軍しているようだ。しかし、主力はまだ町の中から出ていないようだ。
ドラゴはすぐに、イテナヤ常駐の二万の兵を半分に分け、西方ルート、南方ルートへ向かわせる事にした。南方ルートはドラゴ自身が一万の兵を率いて行く。急げば一週間ほどで到着できるだろう。その後、他の部族からの兵が順次到着し、一ヵ月後には各ルート共に3万ほどの軍が編成できる予定だ。
南方ルートでは、騎馬を率いるドラゴが先行し、その後歩兵が続いて行く。そして三日後、十年前に訪れた村へ到着したがどうも様子がおかしい、人の気配がない。そのまま、広場に向かっていると異様な臭いが鼻を突く、強烈な腐敗臭だ。広場には、手足をめちゃくちゃに切り取られた肉塊が積み上げられていた。
ドラゴは茫然とした、今も付けている10年前子供たちからもらったペンダント。これをくれた子供たちも今は大人になって、あの塊の中にいるのかと思うと激しい怒りが込み上げてきた。
(なんて残酷なことを)
ドラゴは、戦争時の略奪は敵側であったとしても厳しく戒めていた。違反した者は即処刑である。ところが、西方の野蛮人は本当にひどい。村を略奪し皆殺しにする。しかも、遺体をめちゃめちゃにして遊んでいる。
彼らの神と自分たちの神は同じ神なのだろうか、本当に理解できない。
このとき一つの考えがドラゴに芽生えた。
(西方諸国をわが統治下に置きこのような野蛮なことを許さない世界を作ること)
今回の戦いは、素早い展開で砦に到着したため、敵軍とは睨みあっただけで二ヶ月後に、敵軍は帰って行った。
王の執務室で、ドラゴと四人の元老院が話をしている。
ドラゴが話す。
「今回の戦いでも見たが、彼らは野蛮で同じ人間とは思えない。むしろ狼に近いのではないか。普通の人間であれば、村人をあのようにできるはずがない。これは、政治、教育などが未開なせいであろう。彼らを救うためにはわがサンラジャールの傘下に入れる以外にないと思う」
「王よ、それは西方諸国へ侵攻するという事でしょうか」
「そのとおりだ」
「しかし、今のサンラジャールは経済的にも発展して豊かになりましたが、これも戦争が無かったおかげです。戦争が続けば必ず国は疲弊します。国境さえ堅固守っていれば良いのではないでしょうか」
「お前たちは、虐殺された村を見ていないからそんなことが言えるのだ。これは理屈ではない、あんな行為は絶対やめさせなければならない」
西方諸国への侵攻が決まった。準備期間は一年。




