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規律の町

「ここは地獄の最上階、いよいよ最後の町だ、ここでも一人救うのだ」

 地獄の最上階だけあってここはずいぶん明るい。街並みも綺麗で、道路は石ころ一つなく整備されて小綺麗な印象だ。

 通りには人がいない、通りの両側には住宅が立ち並んでいる。家の周りには低い塀があって小さな門から、玄関までは小さな庭がある。庭と言っても地獄には植物が無いのか、むき出しの地面だが、きれいに整地されており石ころ一つない。似通った家がどこまでも続いている。

 その時教会だろうか、鐘が鳴り響いた。その鐘を合図に、次々と家の中から女たちが出てきて、家の前の道路の掃除を始めた。通りのずっと向こうまで掃除している。近くの女たちが、戸惑っているフリストの方を見て、

「この町に来たのは初めてですね、まずは役場に行って手続きをしないといけません。この通りを進んで三つ目の交差点を左に行けばすぐに分かります」

 フリストが言われた通りに歩いて行くと、掃除をしている女たちがジロジロとこちらを見てきて居心地が悪い。

 そして、三つ目の交差点を左に曲がると、こちら側には住宅はなく3,4階の大きめの建物がいくつも建っている。その中でもひときわ大きな建物が役場であった。

 役場に入ると、一人の男がにこやかに声をかけてきた。

「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょう」

 フリストは、たまたま立ち寄っただけだと説明すると、3日間の観光滞在許可書をもらった。それ以上滞在する場合は、またここに来なければならない。しかし、地獄で一日をどうやって知るんだろう。

「時間管理を知らないのですね、無理も無い。この町で発明された画期的なシステムなのです。これをお渡ししましょう。これは住民の一日の予定表です。一時間ごとに鐘が鳴らされますので、それに従って行動をします。もちろん観光客には関係ないですが、この予定表を見れば何時か分かります」

 予定表には午後三時、道路の清掃とある。つまり今は午後三時過ぎという事だ。

「どこか観光するところがあるのですか」

「ここは素晴らしい文化遺産がありますよ、ぜひご覧になってください」

 男はそう言って、観光パンフレットをフリストに渡した。

(地獄で文化遺産に、観光?、ん?、何かの冗談か)

 フリストは苦笑いしながら役場を出た。

 とりあえず、パンフレットの最初に書いてある寺院に行くことにした。

 その寺院は山の麓にあり、階段を数十段上ったところにある。階段は不揃いの石を並べただけで立派ではないが清掃が行き届いておりきちんとしている。

 階段を上ると寺院があった。木造で歴史を感じさせる古さがある。しかし、よく見ると板の間に隙間が空いていたりして作りが雑だ。入口は、高さ三メートルぐらいある木の大きな扉が開かれているが、扉は壊れかけて曲がっており、開閉はできないようだ。

 フリストが建物を眺めていると、男が話しかけてきた。

「どうです。立派な建物でしょう。これだけのものはなかなかありませんよ」

 フリストは内心、ラニアグラトの教会などと比較するとみすぼらしく思い、共感できなかったが、話を合わせて答えた。

「そうですね、これは相当歴史あるものなのですか」

「建物の状態から歴史があると思われるのですが、あるとき、突然この場所に現れたのです。これも、ヌラギ様のお力と思います」

「ヌラギ様とはなんでしょう」

「何もご存じないようですのでご説明しましょう、こちらへどうぞ」

 といって、男はフリストを寺院の中に案内した。

 寺院の中は薄暗く広い、天井の高さは10m以上ありそうだ、天井は格子状になっており、金属の飾り金具が取り付けられている。天上からは金属を透かし彫りした金具が幾重にも折り重なりつながって、垂れ下がっている。

 長椅子が前方に向かって連なっており、二、三百人は座れそうだ。その正面奥に、金属や、色取り取りの布で様々に装飾された場所があり、中央に立像が見える。男はその立像の前までフリストを案内して、

「こちらが、ヌラギ様です」

 その立像は、2mほどの高さがあり、木で出来ているようだが損傷が激しく右手の指が何本か欠けているし、左半身に大きな黒いしみ、右足の部分は割れて亀裂が走っている。

 フリストが信仰していた、アストリウス正教会では、唯一絶対神のみ信仰の対象としているため、木の像を信仰する意味が理解できなかった。

「この像がヌラギ様ですか。この像にそんな力があると思えないが」

「そんな失礼なことを言ってはいけません。天罰が当たりますよ。」

「この像が動いたり、天罰を与えたりするのを見た人はいるのですか」

「何を言っているんですか、お話にならない。ヌラギ様に失礼ですよ」

 そう言って男は寺院を出て行った。フリストは何が何だか分からなかったので、前列に座って何か言いながら、祈りを捧げている女に聞いた。

「熱心にお祈りされていますが、何を祈っているのですか」

 女は祈るのをやめ、フリストの方を見て、

「お経を唱えているのです。」

「お経とはなんですか」

「知りません」

 フリストは戸惑った。

「意味の分からない言葉を唱えて、何の意味があるのですか」

「ヌラギ様にはお経を上げなければなりません。昔からみんなそうしているのです」

「それで何か良いことがありましたか」

「もちろんですとも!、私はこうして毎日ヌラギ様にはお経を上げているおかげで、病気一つした事がありません」

「いやそれは、死んで肉体がなくなっていれば病気にはならないでしょう」

「死んでいるですって、何を言っているんですが、さっきからおかしなことを聞いてくると思ったら、あなた、狂人ですね」

 この人は、自分は生きていると思っているようだ、死んでいることに気づけば向上の道が開けるかもしれない、フリストは矛盾点を突いてみる事にした。

「では、あなたが死んでいることを証明しましょう。この町には夜が無いが、どうしてでしょう」

「それは・・・そういう町だからです。世界は広いのでこんな町もあるでしょう」

「以前あなたは、夜のある町に住んでいたと思いますが、いつどうしてこの町に来たのですか」

 女はしばらく考えてから、

「そうだ、私は・・・風呂に入って、そして眠ってしまいここに来ました。たしかもっと手が皺々で、年を取っていたような。ここにきて、若返って。・・・そうだ、これもヌラギ様のお力に違いない」

 女はまた熱心に、何かを唱えながら祈りはじめた。フリストが声をかけても無視している。


 フリストは、あきらめて寺院を出て町に戻ってきた。

 先ほどの役場の通りを歩いていると、次の鐘が鳴った。

 しばらくすると建物から、男たちがぞろぞろ出てくる。役場で貰った予定表を見てみると仕事終わりの時間だった。フリストは一人の男に声をかけた。

「仕事終わりですか、これからどちらへ」

「もちろん家へ帰ります。あなた誰ですか、ここの人じゃないのですか」

「私は観光客です。ここの生活習慣が非常に興味深いため、いろいろ聞いているのです」

「そうでしたか、この町は洗練されており、犯罪もめったに無い素晴らしい町です。よく観察して勉強されたら良いと思います。どうです、これから家に来ませんかもっと詳しくお教えできると思いますよ」

「ありがとうございます。是非お願いします」

 フリストは、男について、男の家へ向かった。

 家では男の妻が待っており、突然の来客にも関わらず歓迎された。食卓に着くと、男の妻が料理を運んでくる。そして六時の鐘が鳴ると食べ始めたが、やはりただの幻なので、実際に食べることはできない。恰好だけだ。

「食べられない料理を食べる振りして、何か意味があるのですか」

「午後六時は夕食の時間と決められています。それだけです」

「失礼を承知で聞きますが、ここの人は、無意味なことを時間通りに行っていますが、なぜですか」

「ここは、不思議な場所で、昼夜が無く、季節も無く、食べる必要も寝る必要もありません。また病気になる事も無ければ、怪我をすることも無く、おまけに年も取りません。ですから決められた予定がないと、暇で困るのです。ですから、時間管理の仕組みができたのです」

 フリストは、この人たちならば、向上に目を向けてくれるかもしれないと期待した。

「お二人は結婚して何年ですか」

「もう四〇年になります」

「ではこのような同じ日々を四〇年間過ごしてきたわけです。このままですと、おそらく千年先もこのままでしょう。そろそろこんな無意味な生活は辞めて、自由に生きる道を選択しませんか」

「こんな生活を延々と続けるのは嫌です。でもそんなことできるのでしょうか」

「できます。が、そのためには私の言う事を素直に信じてください。よろしいですか」

「分りました、信じます」

 夫婦はそろって答えた。

「では、お話しましょう、あなたたちは死んでここに来ました。ここに来た理由は分りませんがあなたたちの魂が、この場所を選んできました。死んで肉体が無いので、食事の必要もありませんし、寝る必要もありません。」

「確かに、死んだと仮定すれば合点行く点もありますが、死んだら何もなくなるものと思っていましたので。それなら、肉体がないのになぜ物が見えるのでしょう。また、腕を切られると痛みがあるのはなぜでしょう」

「そこは私には分りませんが、私は地獄の各階層を見てきて、確かにここが地獄であることがわかります」

「ここは地獄なのですか、思っていた所よりずっといいように思いますが」

「これは、私の守護霊に聞いたのですが、ここが地獄の最上層らしいです。ですから少し頑張れば地獄から出られるのではないでしょうか」

「では、どうすればいいのでしょう」

「私について、この町を出ましょう、あなたたちの守護霊様がお待ちなっていると思いますよ」


 三人が町を出るとそれぞれの守護霊三人が待っていた。女性の守護霊が、

「ありがとうございます。長い間かかりましたが、やっと出て来てくれてうれしいです」

 そう言って、男と女それぞれの守護霊と共に去って行った。

「今回は二人救ったな、よくやった」

「やはりある程度、自分自身に向上心が芽生えてないと難しいですね、他人の意見は最後のひと押しという感じで」

「前にも言ったが、素直な心が大事なのだ、それがあればどんどん向上する」

 二人は地獄の最後の山を登る。丸一日をかけて登った先は、もうずいぶん明るくまぶしいくらいだった。そこからまたしばらく行くと一つだけポツンと大きな建物がある。

「あそこは休憩所だ、霊界は明るいので、あそこで目を慣らす必要がある」

 フリストは休憩所の中に入ると、まぶしくて何も見えなくなった。しばらくして目が慣れてくると、机や、椅子、ソファー、ベッドなどが置かれているのが目に入った。

 丸一日休憩所で過ごした後、いよいよ霊界に入る。フリストは守護霊に目隠しされて霊界に足を踏み入れたが、その瞬間霊界の強い光がフリストに襲い掛かる。目隠しをした目が痛い、体中に光が刺さり皮膚が焼けていくのが分かる。全身が激痛に襲われて、のたうちまわる。

 時間の経過とともに痛みは治まって行きついに目隠しを外した。やはり最初はまぶしくて何も見えなかったがだんだんと周りが見えてきた。やはり格段に明るい。草木が生えている。遠くの山も緑に覆われている。

 そして後ろを振り返ると、波打つ漆黒の海が広がっている。その下には今までいた地獄が広がっているのだろう。フリストはもう二度と戻らないと決意した。


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