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愛欲の町

「あれが愛欲の町だ、あそこでお前のレベルアップのため修行を行う。あの町には、性愛に囚われたものが集まっている。その住民のうち一人で良いから迷いから解き放ち向上の道に導け。私は町の出口で待つ」

 といって、白い服の男は消えた。

 フリストは町に近づいて行った。この町には城壁がなく密集した町が広がっている。町の中に入ると、両側には明らかに娼館とわかるような建物が立ち並んでいる。前の暴力と殺戮の町と比較すれば幾分明るいものの、ここもはやり薄汚れていて汚い。

 通りには多くの男女が行き交っている。フリストが歩いていると、女三人が声をかけてきた。

「お兄さんちょっと遊んで行きなさいよ」

 化粧で美しく見えるよう取り繕っているが、性悪そうな目つきだけは隠せない。フリストが戸惑っていると、フリストの手をひっぱりながら別の女が、

「私たちの誘いを断る者なんていないのよ」

 しつこく、誘ってくる。そのとき、小汚い男がやってきて、

「そんなやつ相手にするな、おれが可愛がってやるよ」

 そう言うとその男は、三人の女を連れて建物に入って行った。

(こんな所長居したくないな、さっさと改心させて次に行くか)

 そう思っていると、きょろきょろしながら歩いている女を見つけた。元は良い服であったのだろうが、今はところどころ破れて汚れている。顔も元は美人だったのだろうが、今は目つきの悪さが台無しにしている。フリストは声をかけた。

「おい、お前、ちょっと待て」

 女が無視して行こうとしていたので、フリストは女の手をつかみ、

「お前は何を探してる」

「お前は誰だ、私の邪魔をするな、あの男、ラ・・・、ナイ・・・、何だったか名前が思い出せない。でも顔を見ればわかる」

「何でその男を探している」

「私の夫だ。あの性悪女が夫を奪って逃げたのだ。だから夫は殺してやった。そして、夫を追いかけるため海に飛び込んだのさ。それ以来ずっと探している、もう長い間・・・」

「どのくらい探している」

「分からない、もうずっと。一か月、一年、それとも百年。ここには夜が来ないので何日なのか、何年なのか分からない」

「ここにはいないんじゃないか」

「じゃあどこにいる。お前知っているのか、知っているなら話せ。待て!、お前夫とグルだな、だからそんなこと聞くんだ。教えろ、どこだ、どこだ」

 女はフリストの両腕をつかんで、鬼気迫る形相で聞いてくる。

「本当に知らないよ、長い間探し続けたんだな、かわいそうに。忘れた方が良いと思うが」

「うるさい、あー時間を無駄にした」

 女は怒ってどっかに行ってしまった。


(執着が強いものは難しそうだ、前の時のように誰かに案内させよう)

 フリストはそう思って近くを歩いている男を捕まえた。男はあわてて逃げようとする。

「やめてくれ、やめてくれ、助けてくれ」

「おい、何もしないから、ここを案内しろ」

「わ、分りました。言う通りにしますから離して下さい」

 フリストが男を離すと、男はフリストを上目遣いに見て、

「あなた、ここは初めてですか」

「さっき来たところだ、ここにはどんな施設がある」

 ここもやはり、劇場だの図書館だの前と同じような施設があるが、やはり、卑猥な内容に限られている。フリストは肉体を失った時性欲が無くなった。なぜ、ここの男は、女を求めるのだろう。

「お前は何でここにいる」

「わたしは生前女には全く相手にされませんでした。女と手を繋いだことも無いまま死んだのです。ところが此処の女は、こんな私にも抱かれてくれます。こんな素晴らしいところはありません」

「肉体を持たないと快楽は得られないと思うが。どうだい、こんな所に見切りをつけて、向上のためについてこないか」

「ここは素晴らしいところです、こんな私でも相手をしてくれます。ここを地獄などという者もいますが、私にとってここは天国なのです」

 フリストは男を解放した。この男は無理だ。


 その時、通りの先の方で、男女の言い争う声が聞こえてきた。

「この野郎、ついて来るんじゃねえ」

「ぎゃ!」

 男が女を蹴りとばしどっかに行ってしまった。女が道端に倒れているが、誰も気にしないで通り過ぎている。

 フリストは、女に近づいて、声をかけた。

「あの男は誰だ、なぜ蹴られた」

「あいつは私の夫よ、別の女のところに行ったので、追いかけて行ったら蹴られたってわけ」

「夫て言うのはこの町での事か」

「そうよ、この町にきて、10人目、いや、15人目かも、とにかくいつも蹴られて終わり」

「そうだ、あんた私の夫にならない」

 その時、やり取りを見ていた別の男が、

「やめときな、その女は結婚すると四六時中付きまとうぞ、他の女と話しただけで、相手の女に噛みつくやつだ。まともじゃない」

「まともじゃないだと、結婚すれば一緒にいるのは当り前じゃないか」

 そう言ってフリストに縋りついてくる。

(これも無理だな)

 フリストは、女を追っ払ってから、口を挟んできた男に、

「おまえは、まともそうだがなぜここにいる」

「おれか、おれは元々別の所にいた。ここが気に入ったので、もう長い事ここにいる」

「前はどこにいた」

 男はフリストの顔色を窺うようにして、

「お前変わってるな、ここじゃ誰も他人の過去など気にしない」

 男はしばらく考えていたが、

「分かった、おれのことを話してやろう。何か変わるかもしれないからな」

 男はそう言って、生前のことを話し始めた。

 男の家は、妻と子供5人の7人家族であった。農業で生計を立てていたが、何度かの飢饉などによる借金で土地を取られたため、人の土地で耕作するようになった。こうなると、いくら働いても暮らしは楽にはならない。夜も寝ずに籠を作ったり、山にイノシシのわなを仕掛けたりあらゆることをやってみたが、年に数回は食べる者にも事欠くようになっていた。

「俺にはもったいない妻で、どんなに苦しくても文句の一つも言わなかった。子供たちも本当にいい子で、痩せてがりがりになっているのに、『ボクおなかいっぱいだから父ちゃん食べなよ』と言ってくるんだ。自分の不甲斐無さに涙が出たよ」

 フリストは、食べ物に事欠かない家庭に育ったため想像するしかないが、空腹がつらいことは分かる。そして、襲ったあの村のことが思い浮かぶ、おびえ、泣き叫ぶ子供たちを容赦なく殺した。あの者たちもこのような苦労をしながら日々生きていたのだろうか

 男は話しを続ける。

「もう夏も終わろうとしていたころ、長雨が続いたことがあった。山の中に農業用のため池があるんだが、長雨の影響で、ため池が満杯になり土手にひびが入った。もし崩れれば、耕作地はもとより、下流の家まで被害を受ける。そのため、おれたちは雨の中三日三晩徹夜して、板や丸太で土手を支える補強を行った。幸い雨もやんでなんとか終わり、みんな疲労困憊だったので、おれ一人見張りに残って後は帰ってもらっていた」

 ここまで話をすると男は一息ついて、また話を続ける。

「雨は上がっていたが厚い雲に覆われているためあたりは真っ暗だった。静かな夜で、薪のはじける音だけが響いていた。猛烈な眠気と戦いながら、土手を支える丸太から滴り落ちる水をぼんやりと眺めていた時、支える木材の下の方から漏れ出てくる水の量が増えている気がする。そして木材がきしむ音がした。とっさにこれはもう持たない、このままだと巻き込まれるので山の方に逃げなくてはと腰を上げかけたが、そのとき、ふと思った。『もう終わりにしよう』と。どんなに頑張っても家族を幸せにすることはできない。もう疲れた。その瞬間真っ暗になった」

 フリストは疑問に思った、こんなに頑張って生きてきた男が地獄にいるのはおかしいのではないか、神は何を見ておられるのか。

「でもどうして地獄へ、何も悪いことしていないじゃないか」

「私は、自殺したのだ。逃げる事は出来たのにそうしなかった。いかなる理由があろうとも自殺はだめなのだ。神に与えられた命を勝手に縮めることは許されない」

「自殺したらここに来たのか」

「いや違う、自殺者だけがいる特別な場所がある。そこは、冷たく暗い場所でそれぞれ様々な事情で自殺をしてものばかりが集まって、互いに会話もすることもなく彷徨っている。その姿も異様で、飛び降り自殺したのか頭が半分無くなっている者もおれば、首つり自殺したものはまだ首にロープが巻きついている者もいる。そして、本来の寿命となる日まで延々と自殺の瞬間を体験し続ける。これがどれほどの責め苦か想像できないだろう。現実世界ではどんなに苦しくとも睡眠時間だけは苦しさを逃れる事が出来るが、こちらではずっと続く。何年も、何十年も」

 男は思いのたけを吐き出して、少し落ち着いた。

「正確には分からないが、私はそれを30年以上耐えてやっと解放された。そして、この町へやって来たって訳だ」

「もう償いが終わったのであれば、こんな所におらず、地獄から出ても良いのではないか」

「守護霊様にも同じことを言われた。でも、私は家族を見捨てて逃げたのだ。あんなに良い家族だったのに。それにもうあんなつらい人生はこりごりだ、ここには幸せはないが、苦痛がない。それで十分だ」

 男は自分の過去を全て話してすっきりしていた。

「今度は私の話を少ししよう。私は戦争でたくさんの人を殺した。それだけでなく何の罪も無い農家の家族を襲って皆殺しにして家に火をつけた。私は、あなたに比べてとんでもなく大きな罪を犯している。しかし、このままじゃ終われない。罪を償わなければ私を産んでくれた母にさえ顔向けできない。だから、頑張って向上しようとしている。あなたがもし家族に負い目を感じているのであれば、こんな所は出て、家族に償いをするべきではないのか」

 男は黙って、考えている。

「お前の言うとおりかもしれない。どうやら俺には立ち向かう勇気が足りないようだ。お前の言う通りにしよう」

 そして二人は、愛欲の町をでた。門の外に、白服の男が二人いる。一人はフリストを連れてきた男でもう一人は知らない。その初対面の白服の男が、

「助けてくれてありがとう、その男はここからなかなか抜け出せずにいたのだ」

「守護霊様、お手数をおかけしました」

 白服の男に連れられて、二人は去って行った。

 フリストは、残る白服の男に、

「あなたは、私の守護霊様ですか」

「そうだ、お前が生まれる前からお前を知っている。お前がどのような人生を歩みたいか希望を聞いて、叶えられる可能性の高いところに誕生させたのだが、こんな悪人になるとは。ゆえにお前の悪行の、責任の一端は私にもある故、お前を見捨てない」

 そう言って白服の男は歩きはじめた。フリストはその後に続く。

 数時間歩くと山のふもとに出た。

「山を登って次の階層に向かうが、今回はこっちを通って行く」

 そう言うと白服の男は、山を登る道ではなく、大きな洞窟の方へ向かった。


 洞窟の入り口は広く、高さは5m以上あると思われる。中に入ると驚いた。数えきれないほどの多くの人が寝ていたのである。

 道の両側に1mほどの間隔でならんで寝ている。それが暗闇に果てしなく続いている。前方にも、左右にも、薄暗いため一体どれくらい先まで続いているのか見当もつかない。

「これは!、肉体を失って霊になれば寝る事は無いはずでしょう」

「お前が住んでいた世界で、死後霊界に行くことを信じていたものはどれくらいいた。神は信じていても死後の世界を信じていないものは多い。その者たちが死ぬと、その時初めて死後の世界の存在を知り慌てるものだ。ところが、これらの者は生前死後の世界が存在しないという事を強い意志で固く信じて死んだ者たちだ。自分の信念の通り、死後何もない世界にいる。」

 守護霊はフリストの方を見て、

「お前もそうだが意志の非常に強いものがいる。そういった者は、方向性が正しければ英雄になるし、間違っていれば大悪人になる。もし、その強い意志を正しい事に使えばどんなに世の中に貢献できただろうか」

「いったいどれくらいいるんでしょう」

「さあ、数百万か、数千万か」

 二人は階段を上って、次の階に進んだがここもぎっしりと寝ている。

「彼らはいつか目覚めるんでしょうか」

「そう思うが良く分からない、信念の強さによって目覚める時期が異なるようだ、百年先か、千年先か。その間レベルの低いものも向上しどんどん彼らを追い抜いていくというのに」

 フリストは理不尽に思った。意志が強固なものは大きなリスクを伴っている。

 二人はまた階段を上って、その次の階に進んだがここも同様である。

「意志が強いものは損な気がします」

 フリストは、守護霊の後ろをついて歩きながら聞く、

「人の自由意志は、神からのギフトである。だから、新しい発見や、発展がある。個人の自由意志というのは、神も含め絶対に犯されない神聖なものだ。しかし、間違った方向に行くと向上には大変な回り道になるので、そういう時は守護霊がインスピレーションとしてヒントを与える。しかし、意志の強いものは自分の考えに固執するので、なかなか言う事を聞かない。意志が強くても聞く耳を持つ姿勢さえあれば正しい道に進むことができるのだが」

 フリストは村を襲おうとしたあの夜のことを思い出していた。ラニアグラトの兵士がこんなことしてよいのだろうか悩んでいたのを笑って馬鹿にしたこと、母の悲しそうな顔が目に浮かんだが無視したこと。躊躇するのは勇気がない事と思っていた。

 フリストと守護霊は黙って進む、同じ光景が延々と続くので、何十階層登ったのか分からなくなったが、ついに洞窟を出た。

 そして、しばらく行くとまた町が見えてきた。


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