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アルテミ教会

 それから一週間後、再びブリュンヒルデのもとを訪ねた。いろいろあたってくれたようで、5件の物件があり、商店街の2階や、貴族の別荘だったりしたが、教会の力かどれもただで借りられるとのことであった。その中で、ひとつ面白い物件があったので、ブリュンヒルデと波塁、結火の三人で現地に向かっている。

 現地へは、船が便利とのことで船に乗って運河を進んでいく。今日は小雨が降っているが、川から見上げる少し煙った街並み、新緑が鮮やかな運河沿いの木も美しい。ここでは5、6人が乗れる小さい船が、タクシーのように何隻も運河に泊まっており、すぐに乗れるのでとても便利だ。

 船は東の方に向い人気のない船着き場に着いた。周りに他の船はいないし、階段を上っても人の気配はない。石畳の道路があって、すぐ目の前に大きなレンガ造りの倉庫が三つ並んでいる。ここがその物件だ。

 倉庫の中に入ると、何もない広い空間が広がっている。広さは、1500㎡ぐらいはあるだろう。この広さの倉庫三つがタダで借りられるらしい。

 この場所は元々、この都市の物流の拠点であり、大きな市場があった。ところがかなり昔からあるので、運河が狭く大型船が入れない、荷物の積み下ろしスペースが限られているなど、時代の流れに対応できなくなったため、50年ほど前に町の反対側に新しい物流拠点ができた。その後も一部市場などは残っていたのだが、30年ほど前にネズミや害虫の大量発生によって疫病源として疑われ今は全く使われなくなっている。

「ここはただの倉庫ですので、教会としてはみすぼらしく不向きと思いますが」

「いや、これはいいですね、新しい教会によく合うと思います。ぜひこれを借りたいと思いますので貸主に仲介いただけますでしょうか」


 翌日転送により、倉庫に全員が集まったところで、波塁が話す。

「ここはかなり広いので、ここを、アルテミ教会本部とします」

 その後、話し合いがもたれ、役割分担が決まった。

 ここの教主は、ヘンリクが務める。船着場から最初の倉庫を礼拝堂とする。隣の倉庫は、孤児などを受け入れるための宿泊施設と食堂、その隣は教会本部とする。

 教会周辺の整備、倉庫の改修、内装はクレメント指揮の下、天狗6名と業者で行う。

 賃貸契約と、新教会認可等の手続きは、レナータが行う。

「アルテミ教会は、誰も知らないのでここの市民に知ってもらう必要があります」

 波塁は、この世界の情報伝達について考えていた。例えば、ここから馬車一日の距離にあるバムスで、大げさな演出により預言者の出現と奇跡の発動をやったが、この町で知っている人はいない。のちのち風の噂程度で伝わるかもしれないが、大した影響はないだろう。

 そこで、いままで起こした奇跡をチラシとして配布する事とした。

 まず初めに、アルテミ教会設立の経緯を説明する。アルテミシアに導かれて波塁がタルシェフ灰の森教会へ現れ、奇跡を起こし教会が救われたことから、名前をアルテミ教会として、人々に救済を与える事を使命として誕生した事にした。多少演出はあるがこれでいいだろう。次に、奇跡で救われた人たちの声を載せる。最後に、病人の治療をこの場所で行う事を記載して集客する。という内容だ。チラシ作りは、アレシュに担当させる。

 この教会のスタートは2か月後とした。チラシは、1か月前までには完成させ配布する。


 そして、1ヶ月が経過した。教会の周辺整備は終わっている。建物の補修、草を刈って、花壇を作ったので、1ヶ月後には花が咲いているだろう。

 礼拝堂の内装を優先しているのでこちらはほぼ完成だ、宿泊施設も1ヶ月もあれば完成しそうだが本部は間に合わないかもしれない。

 チラシは、何度もダメ出しをしてようやく完成し、3000部印刷した。教会特別価格にしてもらったが、金貨4枚もかかってしまった。完成したチラシは、馬車や、船の他、一部の商店などにも置いてもらった。

 それから、天狗たちは、ここの建設に携わりながら、魔法の訓練を続けていたので全員が転送魔法を使えるようになった。各拠点に一人ずつ配置することで、いつでも転送可能な体制が整った。


 クレメントは多忙であった。グルニチェの教会を任せられている上に、新町での教会建設、それに加えて、ヴォルツホーヘンでの倉庫改修である。今日もグルニチェに戻って来たのは深夜だった。

 クレメントは、猫飛に転送で送ってもらい、礼拝堂の地下から階段を上っているとき祭壇の裏あたりで物音が聞こえた。音の聞こえた方に行ってみると、ひどい怪我を負っている男が倒れている。

「おい、大丈夫か、聞こえるか」

 男は弱弱しく目を開けたが、立ち上がる力はないようだ。その時、荒々しく礼拝堂の扉を開ける音が聞こえ、複数の足音が礼拝堂に響いた。

「おい、礼拝堂はおれたち二人で探す、お前たちは宿舎の方へまわれ。やつを見逃すとタダでは済まんぞ、急げ」

「ハ!」

「了解しました」

 目の前の男を探しているのは明らかだ、クレメントは、猫飛に小声で、

「お前はこの男とヴォルツホーヘンへ転送し、波塁か、ヘンリクに治療してもらってくれ。後でオレも行くのでまた戻ってきてくれ」

「了解しました」

 猫飛は男を抱え上げると、足音を立てずに素早く移動し、転送を行った。

 クレメントは祭壇の後ろから現われて、

「何かご用でしょうか、私はこの教会の教主クレメントです」

「夜分失礼します。私は、第三警備隊所属のモーリッツと申します。5名の隊員と共にサンラジャールのスパイを捜索しています。急いでおりましたので、許可なく立ち入った事をお詫びいたします」

「そうでしたか、どうぞ好きなだけ調べてください。ここにいますので、終わりましたらお声かけください」

 クレメントは先ほどの男の血痕が見つからないかと内心ドキドキしていたが、務めて冷静さを装いながら、礼拝堂の長いすに腰かけて、捜索の様子を眺めていた。

 しばらく捜索していたが、幸い何も発見されず警備隊員達は帰って行った。


 怪我をした男は、ヴォルツホーヘンの礼拝堂の長いすに横たえられていた。波塁が治療を施すと、男の意識がはっきりしてきたが、ダメージが大きかったようで、ゆっくりと体を起こした。

「ここは、なぜ怪我が、あなたは?」

 波塁は、ヴォルツホーヘンへ移動してきたこと、奇跡の力によって治療したこと、アルテミ教会の事について伝えた。やがてクレメントも合流して、

「あなたがサンラジャールのスパイというのは本当ですか」

 男は沈黙した。

「どうやら本当のようですね、しかし、我々には関係ないこと。体調が回復するまで休んだら出ていかれたらよろしいでしょう」

 波塁がそう言うと、男は、

「私たちは敵同士のはず、私を逃がせばあなたたちの同胞が何人か死ぬかもしれません。それでもよろしいのですか」

「あなたたちも私たちと同じ神の子です。その証拠に、あなたを治療したのは、私の力ではなく神の奇跡の力ですから」

 男は驚いた、西方人でこんな純粋な人たちもいたのか、神を騙る野蛮人で神の敵だと今まで思っていた。同じ神の子と言われたのでは、戦いに大義が見いだせない。

「今日はここでお休みください、ここには追手は来ませんので」


 カシムは、ベッドの中で考えていた。

 サンラジャールの教典は、西方教会の聖書いわゆるギレサール版とは異なるが、預言者の言葉をベースに編纂したという点で大本は一緒である。

 サンラジャールというのは、教典でつながった小国の集まりである。過去何度も西方人が領土拡大のため、東方諸国を侵略蹂躙してきた。200年ほど前に一人の英雄、サンラジャールが現れて、新しい経典フォロミラを世に出した。サンラジャールはフォロミラを手に東の地をまとめ、西方人と戦えるよう軍事を統一し、過去西方人に侵略された地を取り戻すべく戦っている。現在サンラジャール軍を纏めるのは、十二代サンラジャールであるが先代との血縁関係はない。サンラジャールは合議制で決められる。

 現在は、さらに東方の民族からの侵攻を受けたため、西方人とは休戦となっているがそちらは小さな争いなので一年もすれば決着するだろう。

(もし同じ神の子ならば、殺しあう事は神の御心にかなっていないだろう。しかし、家、土地を奪われたものはどうなる。そして、アルテミ教会のような考えは少数ではないだろうか)


 翌日カシムは、運河の土手の上に腰かけて倉庫の改修で働く者たちを眺めていた。

「だいぶ元気になったようだな、ハハハ」

 クレメントが一声かけて、現場に向かって行った。みんな楽しそうに働いている。特に昨日転送で送ってくれた猫飛とその仲間たちは、普通の人の三倍の資材を運んでいるが、疲れた様子もなく冗談などを言いながら行ったり来たりしている。

 波塁がカシムに声をかける。

「あなたの住んでいる所と変わらないでしょう、同じように笑って、働いて、一生懸命生きています」

「私は、西方人は神の敵だと思って今まで戦ってきました」

 カシムは、出来上がりつつある教会の方をぼんやりと眺めながら、

「西方人が奪った土地を我々が奪い返せば、また、西方人が奪い返しに来るんでしょうか」

「お互い同じ神の子という気持ちを持つことができれば、この戦いも終わらせる事が出来るかもしれませんね」


 それから一週間が経過したが、カシムはまだここにいた。体は全快したので、倉庫の改修作業を手伝って一緒に汗を流していた。みんなと打ち解けていろいろな話をしたが、カシムの過去については誰も聞いてこない。

 カシムは、波塁に声をかけた。

「戦争を終わらせる事に挑戦してみたいと思います」

 波塁はカシムの目を見た。彼はここに来て変わったと思う。彼のように指導者の気持ちを変える事が出来れば、ひょっとしたら、

「それは素晴らしいですね、一緒にやりましょう」

 カシムと波塁は協力して、サンラジャールと西方諸国との戦争を終結できるよう協力することにした。まずは、カシムに鵜電が同行して、サンラジャールの首都に向かい転送拠点を作ることから始める。まず最も近いタルシェフ村へ転送し、そこから1カ月ほどで到着できる見込みだ。


 そして予定の二ヶ月後、いよいよ、ヴォルツホーヘンアルテミ教会のスタートの日だ。

 礼拝堂となった倉庫の扉の上に大きく「アルテミ教会」と書かれた看板を取り付けた。教会に看板は変なのだが、何もないとただの倉庫なので仕方がない。

この日はお祝いに、ブリュンヒルデが懇意にしている司祭2名を連れてきてくれた他、クラウス院長、そしてセレル教会の司教も声をかけたら出席してくれた。あと、役人が何名かいる。

 波塁、ヘンリク挨拶の後、来客者と懇談していたら、船着き場の方が騒がしい、船が混雑しているようだ。チラシを見た治療を希望する人たちが続々と船を降りてくる。この世界には書籍はあっても、新聞や週刊誌といったものはないので、チラシは斬新であり、健康食品のチラシのようなウソ臭い内容でも疑うという事はないのだろう。

 波塁は、何人かまとめて治療を行い、この日は200名程治療を行った。当面週1回のペースで治療を行う。それから、食堂で無料のお茶がふるまわれている。これは、天狗たちが持ってきた薬草をブレンドし、いろいろな効能があるようだ。

 治療の方が一段落ついたので、来客者と波塁が食堂でお茶を飲んでいる。

 クラウスが、波塁に話しかける。

「こんな飲み物初めてです、これはおいしいですね。ところで、あのチラシというのは面白い発想ですね、改めて、活版印刷は革命的だと感じます。今まで庶民の手に入らなかった本が読めるようになっただけで凄いことですが、文字をある意味使い捨てにするようなチラシを使えば、あっという間に情報伝達ができる。これは凄く可能性を感じます」

 前の世界で、高度に発達した情報化社会に接していたおかげで、波塁には情報の重要性はよく分かっている。この世界では、情報の重要性を分かっている人は少ないだろう、さすが、若いのに病院長となっただけの事はある。クラウスは情報の重要さに気づいているようだ。


 セレル教会の司教が波塁に話しかける。白髪の小男だ、60才以上に見える。

「なかなか良いスタートが切れましたね、これならば信者もすぐに増えるでしょう」

「ありがとうございます。ところで、セレル教会の信者がこちらに流れるかもしれませんが気になりませんか」

「ハッハッハッ、我々は人々を神に導くのが仕事、それがどの教会であろうと関係ありません。それに、短期的には減ったとしても人々の信仰心が高まれば、全体数が増えますのでいずれ今以上になるでしょう」

 セレル教会の司教は、アストリウス正教会の司祭の方へ向いて、

「あなたのところは、出世に響くかもしれませんね。ハッハッハッ」

「・・・・・・」

「アストリウス正教会にも色々な人物がいますから」

 言い淀んでいる司祭に代わって、ブリュンヒルデが答えた。


 この機会に、重要な教義の変更を行った。個人の蓄財についてである。灰の森教会では、個人の蓄財を認めていなかったところを、聖職者は認めないが、信者に限っては、正しい目的のためであれば個人の蓄財を認める事とした。よくある、蓄財自体が目的となっているようなものは認めない。そして、正しい目的の判断基準は自分自身の良心に委ねる。

 灰の森教会では、人間は神の子で神性を宿しており神性イコール良心であるというのが、基本的な考え方で、良心に忠実に行動することが求められる。例えば、困っている人を助ける事を躊躇した場合、後で罪悪感を覚えるが、これは良心に従って行動していないということである。罪悪感を、良心に従って行動しているかの指標としている。

 人によって、同じ状況でも罪悪感すごく感じる人もいれば、全く感じない人もいる。これは各自の霊性レベルの違いによる。最初はあまり罪悪感を持たなかった人も良心に従って行動しているうちに、より感じるようになってくるが、これは霊性が向上したということになる。

 結局のところ、アルテミ教会の目的は、個人の霊性向上にある。


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