森の民
バムスで一週間が過ぎた。クレメント、ジョヴァンカはすぐに帰ったが、レナータはまだ治療依頼者をさばくのを手伝っており、結火は、転送で行ったり来たりしている。
そんななか、ブリュンヒルデがサレトの調査から戻ってきた。
「波塁様、洞窟にてレオンの死体を発見しました。また、警備兵の死体も。証拠もすべて揃っておりますので、レオンが犯人で間違いありません。そのように教会に報告します」
「それは良かったですね、では、ヴォルツホーヘンに戻られますか」
「それが厄介な問題を抱えておりまして、」
ブリュンヒルデはそう言うと経緯を語った。
二カ月前のこと、ここから南へ馬で2日程の距離に、ダルトという村がある。そのさらに南には深い森があり、森の民が暮らしている。森の民は、森で取れる貴重な薬草などの取引でダルトを訪れる以外は、ほとんど森から出る事なく暮らしているのだが、突然、ダルトの村を襲ったというのである。
すぐに領主は兵を送ったのだが、どうも話がおかしいので詳しく聞いてみると、ダルトと森の民の間にはかなり昔から不可侵の取り決めがあったのだが、ダルトの住民が勝手に森の木を切って持って行ったらしい。何しろ長年不可侵の森だけに、他にはない大きな木がたくさん生えているので高値で売れるとのことだ。それに怒った森の民が、盗んだ男の家を燃やしたらしい。
その男については、自業自得なので仕方がない。それで話が収まればよかったのだが、怒った森の民は森を閉ざして出てこなくなった。そのため、森で取れる貴重な薬草や鉱物などが手に入らなくなり困ってしまった。なんとか話をしようとして森に行くのだが、魔法が掛けられていて先に進めないらしい。そこで、白銀の騎士のもとへ話が来て、ブリュンヒルデらが向かい、そこで一週間ほど頑張ったが、それでも森には入れない。そんなときに、サレトの事件が起きて今に至っているとのことだ。
「この件は手詰まりなのです。そこでお願いなのですが、波塁様の奇跡の力があれば、何とかなるかもしれません。大変厚かましいお願いで恐縮ですが、ぜひともご同行いただきお力添え願えませんでしょうか」
「分りました同行しましょう。しかし、ここでの治療がまだ終わっていませんので、とりあえず結火を同行させます。あと三日ほどで治療が終わると思いますので、終わり次第私も向かいます」
「ご協力感謝します」
そう言って、ブリュンヒルデと四人の部下、それに結火が馬でダルトへ向かった。
二日間かけて一行は、ダルトへ着き、早速、森の入口に向かった。
ダルト村から、馬で30分ほど行ったところに森の入口はあった。遠くからでもその森の存在感が伝わってくる。周りは新緑の緑が光を反射して輝いているが、その森は黒っぽくまた、大きな木が群生しているため、近寄りがたい雰囲気がある。
森の入口まで来ると一行は馬を降りた。入り口からは、人一人が通れるような道が暗い森の奥に続いている。結火が先頭で、ブリュンヒルデと四人の部下が続いて森に入っていく。結火は魔法が掛けられていることに気づき、後ろを振り返って、
「あなたたちはこの先進めないかもしれません」
これを聞いたブリュンヒルデと四人の部下は、結火を見失わないよう注意しながら進んでいたが、いつの間にか先頭の結火がいない事に気づいた。そして、ブリュンヒルデと四人の部下は入口に戻ってきてしまった。
一方結火は一人になったことに気づいたが、構わず歩いて行くと道のずっと先の方に、こちらに向かってくる人が見えた。
猿野は、森の中から、ダルト村の方に歩いている。
「まったく、師匠は、修行、修行ってうるさすぎなんだよな。たまには息抜きも必要と思う。その方が良く身に着くはず」独り言を言いながら歩く。
猿野の見た目は少年だ。服は革で出来ていて、袖はなく腕がむき出しになっている。ズボンは脛あたりまでしかなく裸足だ。息抜きにダルト村で酒でも飲んで騒ごうと思っている。
遠くに、こちらに向かって歩いてくる人が見える、女か。ものすごくヤバい雰囲気を感じる。二人の距離はだんだん近づいてくるが一本道で逃げ場はない。
女と目が合った瞬間、猿野は道の傍にあった大きなトウヒの木にものすごい勢いでのぼりはじめた。足だけで垂直の木に地面を走る勢いで登る姿は、人間ではないことは明らかだ。わずか数秒で高い木の上に登り、下を見ようとした瞬間衝撃が走って、地面にたたきつけられた。すぐに立ち上がり、来た方向に逃げようとしたところまた衝撃が走って地面に転がった。女が近づいてくる、猿野は観念した。
赤烏は道場に寝転がって、鼻毛を抜いていた。外では5人の弟子が修行をしている。今日の昼飯はどうしようかなどとぼんやり考えていた。中年だが筋肉質で、余分な脂肪は無くたくましい体つきをしている。服装も猿野と同じで革で出来た袖なしを着ている。
赤烏は、その時猿野の危機を感じた。すぐに起き上がり道場を出る。道場の前には同じく危機を察した4人の弟子が集まってくるところだった。5人は無言で頷き赤烏を先頭に走りだす。人間離れしたスピードだが、足音がしていない。
やがて立っている女と、そばで座り込んでいる猿野が目に入り立ち止った。5人は女が尋常でない事にすぐ気付いた。しかし、邪悪さは感じないので少し安心して近づいて行った。
赤烏が声をかける。
「どちらさまでしょう、真のお姿を現しください」
結火は、目を閉じ何か唱えると、結火の後ろに赤く美しい竜がおぼろげに姿を現し、結火が目を開けると姿は消えた。
一同は驚いた。なぜ竜がこんな所に。
「お前たちは、天狗ですね、なぜこんな所に」
結火も天狗がこのようなところにいるのを訝しんだ。
竜も天狗も神の眷属であり霊界に住んでいる。この場合の神は、神道の神のことであり、キリスト教の神とは異なる。キリスト教の三位一体(神と主イエスキリストと聖霊)で言うところの聖霊が、神道の神に当たる。つまり、キリスト教的に言えば、聖霊の眷属という事になる。
神の眷属には、竜を頂点として、天狗、狐狸などがいるが、竜はその能力、霊性の高さなど他の眷属とは一線を画す。天狗は、霊性は低いもののなかなかの能力を持っており、眷属として竜の次に位置している。
赤烏がここにいる理由を説明した。
天狗も霊界に住んで修行しているが、なかなか向上しないので、人間のように肉体をもって物質世界で修行することの実験をしている。世界各地で修行しているが、雌雄で、天狗に求められる役割が違うので、ここでは赤烏が師匠で、男ばかり5人の弟子が修行している。
ここに住んでいる森の民に、薬草などの知識を教えてやり、見返りにこの森が守られるようにしてもらっているとのことだ。
「それであなた様のご用件はなんでしょう」
結火がここに来た経緯を説明すると、
「今後、この森が守られるなら、今までどおりにいたしましょう」
赤烏はこのように答え、あっさりと解決した。
この後結火は、天狗の修行場に案内された。
鬱蒼とした大木が生い茂り、昼なお暗い場所を抜けると、木がまばらになり、ところどころ日が差している。そんな中に、丸太を切り出して作った建物があった。中に案内されると板敷で、40畳ほどの広さがあり、まるで剣術道場の様である。その奥にも部屋が二つほどあったが、家具も何もなく特に使われていないようであった。
「修業はほとんど外でやりますので、ここは寝るだけです」
外で修行の様子を見せてもらった。
先ほど見た木のぼりや、突風を起こしたり、姿を周囲と擬態して消えたりなど、竜ほどではないがいろいろな術を持っており興味深かった。
その後道場に戻って、赤烏は他の弟子を紹介した。先ほどの猿野以外に、犬多、鵜電、猫飛、藍兎の4人である。見た目は20代前半というところか、猿野の見た目は十代半ばぐらいだが、天狗の寿命は300年ぐらいらしいので、猿野にしてももうすぐ50才らしい。
「私も霊界で600年ほど修行して、今は人間と共にこの世界でいろいろな経験をしています。まだ、この世界は2カ月ほどですが、ずいぶん成長した気がします。このような山の中の修行も良いですが、人間社会に出ると様々な経験ができますので、早く成長できると思います。よろしければ我々と行動を共にしませんか」
「確かにおっしゃることはよくわかります。ちょっと確認を取ってみます」
赤烏はそう言うと目を閉じた。すぐに目を開けて、
「神霊界から許可が出ました、これからは結火様のもとで働くようにとのことです」
「ウオー、やった、やった」
猿野が歓声を上げた。他の弟子たちも嬉しそうにしている。若い者にとって山の中はあまりにも刺激が無さ過ぎるのであった。
結火は早速、転送の魔方陣を道場奥の小部屋に書いて、全員で、ジョヴァンカのところへ行った。
「うわ、なんだここは」
6人の天狗は驚いていた。
「ここはどこですか」
赤烏が結火に聞く。
「ここは魔法使い、ジョヴァンカの家です。この転送魔法を使うと魔方陣を書いてあるところへ瞬時に移動できるのです」
「初めて聞きました、魔法というのはすごいですね、他にも色々出来るのでしょうか」
天狗たちは目を輝かせて、置いてあるたくさんの瓶や、初めて見る道具を興味深そうに見ている。その時奥からジョヴァンカが現れて、
「騒々しいね、結火誰だいそいつらは」
結火は、天狗について説明をし、共に行動する事になった経緯を話した。
ジョヴァンカも興味をもったようで、
「天狗っていうのかい、初めて聞いたよ、次から次へと新しい事が起こって、研究がとても追いつかないよ」
6人の天狗は、しばらくここで、魔法の勉強をすることになった。
結火は、天狗の修行場に転送で戻り、森の民を連れて森から出てきた。時刻はもう夕方になっておりあたりは暗かったが、結火の馬を連れたブリュンヒルデの部下が待っていた。森の民を連れて、ダルトの村に戻り、赤烏の言葉を伝えこの件は決着した。
翌日、ブリュンヒルデと部下はヴォルツホーヘンへ向かい、結火は村の外れで転送しバムスに戻り、波塁に報告した。
「あの天狗ですか、面白いですね、転送魔法が出来るようになってほしいものですね」
波塁のバムスでの滞在も明日で二週間になる。ようやく治療もひと段落つき、レナータはグルニチェに帰って行った。今後は定期的に、波塁またはイレナが訪問し治療を行う事となった。
「では、明日ヴォルツホーヘンへ出発します」
「お気をつけて、こちらはお任せください」
アレクセイは答えた。




