表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/37

ブリュンヒルデ

 次の日になっても馬車は出ないことが分かったので、馬で行くことにした。宿場には馬が常備しており次の宿場まで借りることができる。馬の場合、馬車の倍進むことも可能なのだが、値段が4倍以上するので、庶民が利用するにはハードルが高い。

 雨が上がり、朝から晴れた。気持ちいい5月の風を感じながら馬は駆ける。二時間ほど走ったので、川に行って馬に水を飲まし休ませる。波塁は草の上に寝転がって、流れゆく雲を眺めていた。雲雀が真上で鳴いている。ずっと昔、歩き始めた娘を連れて、公園の芝生の上に寝転んだことを思い出す。あの日もまぶしい高い空で雲雀が鳴いていた。

 波塁は結火の方に目を移す、結火は草をはむ馬の方を座って眺めている。何を考えているのかな。少しは彼女のためになっているのだろうか。

 再び二人は馬に乗って西へ進む。結火の美しい黒髪が風にたなびいている。


 白いローブの5人が馬に乗って東に向かっていた。一見防具などは身に着けてないようだが、馬の左側には、銀と白で装飾された剣が、右側には、白地に赤の模様が美しいカイトシールドが取り付けてある。橋を渡り、ぬかるみで馬が泥を撥ねる。前方に向かってくる二頭の馬が見えた。乗っているのは男と女、服装からみて商人だろうか。5頭の馬と、2頭の馬はすれ違う。先頭の白馬に乗るブリュンヒルデは、女の流れる黒髪が風になびくのを見たとき違和感を覚えた。

 ブリュンヒルデは馬を止めて反転させ、走り去る2頭の馬を眺める。

「続け!」

 ブリュンヒルデの白馬は疾走する。続く4頭。

 5頭の馬は、あっという間に2頭の馬に追いついて囲み、ブリュンヒルデが息を切らしながらも威厳のある声で、

「我らは、神の正義をもたらすもの、アストリウス正教会の白銀の騎士である。そなたたちの正体を検める」

 五人は、魔法を唱える。結火が驚いた顔で、波塁の方を見る。その瞬間結火は消えてしまった。

「その男を捕らえよ、召喚の罪により連行し処刑する」

「おい、馬から降りろ」

 波塁の馬を取り囲んでいる、ブリュンヒルデの部下の一人が槍を構えて声をかける。

 波塁は、あっという間の出来事に驚き声も出なかった。波塁が馬から降りると、縛られ再び馬に乗せられて次の町、バムスに連行され、警備隊本部の地下牢に入れられた。


 バムスは、東西の街道と南北の街道が交差する交通の要衝だ。東西南北の街道沿いに町が広がっており、人口は4万人を数える。その近くにある岩山には砦が築かれており、ヴォルツホーヘンの兵士500人ほどが常駐している。


 結火は広間にいた。床には磨かれた石が隙間なく敷き詰められている。丹塗りの柱に美しい金の装飾、天井には丹塗りの格子があり、格子の間、正方形の空間に天女が飛ぶ絵が描かれている。

(ここは竜宮城?)。

 背後から衣擦れの音が聞こえる。

「やられましたね、結火ともあろうものが、ホホホホ」

 その声は、乙姫様。

「すぐに戻らなければ、波塁様が危ない!」

「落ち着きなさい、すぐに戻れないことはあなたにもわかるはず」

 双天様なら半日もあれば戻れるだろうが、私では3日はかかる。冷静さを取り戻した結火は集中して、新たにアストラルボディの構築に取り掛かる。待っていてください、すぐに参りますから。

「心配せずとも良い、あの者には神のご加護がある故」

(あの結火がこんなにも取り乱すとは)


 翌日、バムスのアストリウス正教会では、ブリュンヒルデと司教が話をしている。

「早くあの男を処刑しましょう。あなたであれば、その場で処刑することも許されていたはず」

司教が、ブリュンヒルデに向かって言う。

 ブリュンヒルデは、アストリウス正教会本部直属の騎士であり、その中でも、召喚者をその場で処刑できる権限まで持つ、白銀の騎士の部隊長である。

 今回、被召喚者を元の場所に戻す魔法を発動し、成功したことから、あの男が召喚者であったことは疑いないと考えている。

 しかし、ブリュンヒルデは心に引っ掛かるものがあった。まず、肉体と全く見分けがつかない姿であったこと。それから、捕らえたあの男、全く邪心が無くとても悪魔を召喚するとは思えない。


 ブリュンヒルデは、地下牢に行き波塁を尋問した。

「あの者はなぜ、肉体と区別のつかない姿であったのか」

「竜の能力であのようにできると言っておりました」

「竜とは何か」

「神の眷属であり、聖なる者らです」

(神の従者を召喚したというのか、聖なるものを召喚するなど聞いたこともない)

「お前はあの者を召喚し、何をしようとしていたのか」

「召喚したのではありません。私は神より奇跡の能力を与えられ、奇跡を使ってこの世の人々を救うよう使命を与えられてやってきました。その手助けにと神がお与えくださったのです」

(奇跡の力と、神の従者を与えられてやってきたということか、自分は預言者だと言いたいらしい。今の時代預言者なんて誰が信じるであろうか)

 波塁は逆に質問する。

「結火・・・いや、あなたが消したあの者はどうなったのでしょう」

「あの者なら地獄へ帰してやった」

 波塁はホッとして笑みがこぼれた。

「良かった」

「なぜ笑う。あの者は地獄に行き、お前は明日にでも処刑されるのだぞ」

「神に恥じることは何一つしていませんので、神はお見捨てにはならないでしょう。神の愛さえあれば生死など些細なことなのです」

(死を目の前にして、何のたわごとを。邪心がないと感じたのは、単に気が狂っていただけか。これで決まった)

 広場では、木を組んで処刑台を作っている。絞首刑となったものが良く見えるよう、3階建て程の高さになっている。召喚したものは即処刑しても構わないので、わざわざこのような演出は必要ないが、サレトでの事件の大きさを考え、見せしめと、教会の権威を高めるために準備している。

 処刑は3日後に行われるとの立札も立っている。


 その日の夜波塁は、牢の中で横になってどうしようか考えていた。あの女隊長はこちらの答えを信用していないようであったので説得するのは難しそうだ。かといって無理矢理逃げ出すと大騒ぎになってしまうだろう。これからの活動もそうだが、灰の森教会自体が敵になってしまいかねない。

 入口の方で音がする。波塁が寝転んだままそちらに顔を向けると

「助けに来たよ、出ておいで」

 ジョヴァンカが牢の入口を開けてこちらを見ている。

「え、何であなたが」

「結火に頼まれて来たんだよ、私にこんな事させるなんて。しかし、私じゃないとこんなにスマートには出来ないからね、結火にやらせると皆殺しだろうね」

 ジョヴァンカは楽しそうに答えた。

 地下の看守は熟睡している。一階に上がってみると、5、6人の兵士も全員寝ている。

「昏睡の魔法かけといたから、蹴っても大丈夫だよ」

 外に出ると、結火が待っていた。

「とりあえず灰の森教会へ行くよ」

 三人は、闇に紛れて目立たないように教会へ向った。


 教会では、レナータと、クレメントが待っており、無事を喜んだ。

「結火、無事で良かった。どうなったの」波塁が聞く。

「あの者の呪文によって、一瞬でアストラルボディが消滅し、霊界に戻されました。アストラルボディの再構築を待って戻りました」

「初めまして、この教会の教主のアレクセイと申します。話しは全て伺いました。礼拝堂の地下に転送の魔法陣があります。すぐお逃げください」

 アレクセイは、年齢40才前後か、小柄で痩せている。

「初めまして、波塁と申します。この度は大変お世話になります。申し出はありがたいのですが、逃げずにここに残ろうと思います」

 周りのものは驚いた。ここにいればすぐにまた捕まってしまうだろう。

「ここで逃げてしまえば、召喚者だと認めた事になります。犯罪者として、私はもとより教会も追求を受けるでしょう」

「では、良い策がありますか」

 レナータが聞いた。

「この顔ぶれを見て良い事を考えつきました。皆さん演技には自信がありますか?」

 波塁は、考えを話した。レナータが驚く、クレメントの顔が輝く。


 街道を西に進み、右に曲がると正面にアストリウス正教会の礼拝堂が見える。この町の規模にしては大きな建物で、白を基調に金で装飾され優雅でかつ堂々としている。三つの尖塔があり、中央の尖塔は、高さ20mほどでこの町で最も高い。

 その教会の前が直径200mほどの広場になっており、教会と広場を挟んだ正面に処刑台は完成していた。

 翌日の早朝、その両方が見渡せる、3階建ての建物の屋上にジョヴァンカはいた。人目に付かない様にうまく隠れている。

 この日は、どんよりとした曇りで、今にも雨が降り出しそうな天気であった。

 そのとき、灰の森教会の鐘が鳴り響く。

 それを合図に、ジョヴァンカが魔法でアストリウス正教会の鐘を鳴らす。しばらく鳴らしたあとで、

「神からの啓示がある。信仰のある者は広場に集まれ!」

 ジョヴァンカの魔法により、町中に大音量で響き渡る。

 これを3回ほど繰り返したら、広場は群衆で一杯になった。アストリウス正教会で寝ていたブリュンヒルデと司教も驚いて目を覚まし、部屋の窓を開けて広場を見下ろしていた。


 クレメントとアレクセイが処刑台に登り、群衆がそれに気づく。その時、アストリウス正教会の中央の尖塔に轟音と共に雷が落ちる。結火の演出だ。

 クレメントが大きな声で堂々と語りかける。

「私は、グルニチェ灰の森教会の教主クレメントです。一週間前、今日ここに預言者が現れ、奇跡を起こすとの啓示を受け取りました」

「私は、バムス灰の森教会の教主アレクセイです。昨夜同様の啓示を受け取りました」


「預言者波塁様です」

 レナータの介添えで波塁がゆっくり階段を登り、前面に立つ、クレメントがその横に立ち、アレクセイ、レナータが後ろに控え片膝をついて跪く。

 アストリウス正教会の窓から見下ろしていた、ブリュンヒルデと司祭は驚いた。

(あの男は牢にいるはず、なぜ、いつの間に)

 その時雲間から一条の光がスポットライトとなって波塁を照らす。結火が太陽の位置から計算し、波塁だけに太陽が当たる様に、雲に小さな穴をあけたのだった。

 再びクレメントが大袈裟に話し始める。建物の屋上ではジョヴァンカが声を殺して大笑いしていた。

「それでは波塁様お言葉を」

 クレメントも跪く。波塁はゆっくりと大きな声で語りかける。

「神は、神の子を等しく愛されておられます。しかし、この世の中は絶え間ない戦争による憎しみの連鎖や、わずかなる富める者と、多数の貧民。神は、喜ぶ者よりも、悲しむ者が多いこの世界を憂えておられます」

 群衆は聞きいっている。

「たとえ一人でも悲しみが喜びに変わるように灰の森教会は活動しておりましたが、当教会も、神意も忘れ去られております。そして二カ月ほど前の事、神より奇跡を起こして病めるものを救うように啓示がありました。今日からここバムスで病人、けが人の治療を始めます。今日は手始めにこの場で治療しますので、歩ける病人、怪我人は広場中央に集まって下さい」

 波塁はそう言うと、両手を広げて天を仰ぐ。すると、一条の光となって波塁を照らしていた雲の穴が拡がって行き、最後には雲ひとつない天気となった。

 四人は処刑台から降りて広場の中央にゆっくりと歩いていく。その時処刑台に雷が落ちロープに火がついてロープが焼け落ちる。そして結火は、処刑台に事前に置いておいた油壺を目がけて雷を落とした。油壷は砕けて油が飛び散り、処刑台全体に燃え広がった。

 群衆は、一連の出来事に混乱し、どよめいていた。

 やがて広場の中央に、病人や怪我人が集まり始めた。10人ほど集まった所で、波塁がその中央に行く。全員に頭を下げ、目を閉じるように言うと、

「この者らに神の祝福を」

 波塁がそう言うと、集まった病人、怪我人はそれぞれ、体の様々な部分が熱くなるのを感じた。その場で、目が見えるようになったもの、動かなかった足が動き出した者などは、歓喜の声を上げた。すぐに効果が現れない者も確かに奇跡の力を感じた。


 ブリュンヒルデは驚きながら眺めていた、最初何かの魔法だと思っていたが、段々とそれでは説明できない出来事が起こり、極め付けは病気の治療だ。魔法の事を熟知する彼女にはよく分かる。そもそも魔法で病気を治すのは困難だ。頭痛、腹痛などの痛みを取ることはできるが、病気の原因は様々なので、医療のように原因を突き止め、その仕組みを理解しないと薬が作れないのと同じように、原因に応じた魔法が必要だ。それ以上に考えられないのは、相手の病気の症状、怪我の状態など何も分かっていないのに祈るだけで一斉に治るなんて、デタラメだ。


 波塁は100人近くの治療を行なった。

 レナータが群衆に向かって

「ここに来ることの出来なかった病人は、明日から訪問して治療しますので、希望の方は午後から灰の森教会で受け付けます」

 そう言って、波塁、レナータ、クレメント、アレクセイは広場を後にしようとした時、ブリュンヒルデと4人の部下がやってきて跪き、

「波塁様申し訳ございませんでした」

 と謝ってきた。

「誤解が解けて何よりです。お気になさらないで下さい」

(よかった、みんなのおかげだな)

 波塁は胸を撫で下ろした。

 その時結火が現われて、ブリュンヒルデの前で膝をつき、目線を合わせた。

「あ、あなたは、申し訳ないことをしました」

「私が邪悪な存在でないことを証明しましょう」

 結火はそう言うと、ブリュンヒルデの両手を取って、自分の両手で包んだ。

 目を閉じたブリュンヒルデに情景が浮かぶ、

 広い草原、太陽は無いが明るい。体が幸福感に包まれる。ブリュンヒルデは、この明るさは神から発している愛の光だと理解した。

 草原を誰かが歩いてくる。ああ懐かしい、幼いころに死んでしまった両親だ。

 両親が、ブリュンヒルデの手を取る。ブリュンヒルデは母に抱きついた、涙があふれてくる。

 結火が手を放すと、冷たい現実世界に引き戻された。

「今のは一体」

「亡くなったご両親があなたの事を心配されておりました。神に尽くすことばかりではなく自分の幸せも考えてほしいと」

 ブリュンヒルデの父は教会連合聖騎士の師団長であったが、彼女が3才の時戦死した。その後、母が10才の時病気で亡くなり、父の実家に引き取られた。父の実家は名門で代々聖騎士や、政治家などを輩出しており、ブリュンヒルデも英才教育を受けた。ブリュンヒルデは魔法に秀でており、教会所属の魔法使いについて学びついに、アストリウス正教会の白銀の騎士となった。彼女は、神の正義をこの世にもたらすことを神に誓約し、処女のまま一生を終える覚悟でここまで生きてきた。

「私は神のために働いているつもりでしたが、神の意志を伝える預言者様の邪魔をしていたなんて・・・」

「まあ、失敗することはだれにもありますよ、波塁様も気にしないようにと仰っておられることですし、忘れる事ですね、ハハハハ」

 クレメントがこう言って慰める。

「サレトの事件で知っていることをお話ししましょう」

 波塁はこう言って、洞窟の事や、レオンの事など、知っている事はすべて説明した。

 礼を言って、ブリュンヒルデ一行は去って行った。


 灰の森教会の食堂に戻ってきた。

「いやあ、大成功でしたね」アレクセイが言う。

「やはり、私の演技力の勝利ですね、ハハハ」

「お前の大げさな言い方は酷かったけどね、私は笑いをこらえるのに必死だったよ」

 お茶で乾杯しながら、今日の成功を祝った。


 バムスの灰の森教会は、アレクセイの他に2名の教士がおり、孤児は12人いる。グルニチェもそうだが、人口の割に孤児の人数が少ないのは、受け入れ先が多いことによる。領主が施設を用意する場合もあるし、セレル教会もそれなりの人数を抱えている。

 バムスの灰の森教会の資金面については、それなりに安定している。過去この教会で孤児であったものが、この町で多く働いておりその分信者も多い。

 この日の午後から、治療依頼者がやってきた。手慣れているレナータが受付し、スケジュールを作成しているが、一週間以上かかりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ