イカサマ師
次の日の早朝、波塁と結火は西行きの馬車に乗り込んだ。今日の天気は曇りだ、風がやや湿っている今夜あたりから雨かもしれない。
馬車の旅は長く暇だ。隣の若い男が、波塁に声をかけてきた。上着のポケットからカードの束を出してきて、
「カードやりませんか」
波塁はルールを知らないので断った。若い男は次々と声をかけていたが、農夫らしい中年の男がそれに応じた。隣で奥さんらしい人が止めるように言っているが聞かない。
二人は銅貨を賭けてカードを始めた。ルールはブラックジャックと似たような感じで数字に近い方が勝つようだ。勝負は一進一退だ。馬車の中の者は暇なので、みんなそれをぼんやり眺めている。そのうち、4回連続で農夫の男が勝ち、銅貨を積み上げてうれしそうにしている。反対していた奥さんもうれしそうだ。その盛り上がりにつられて、口ひげを生やした、商人らしい男も参加した。その商人が参加するとまた一進一退になったが、やがて若い男が勝ち始めた。農夫は手持ちの銅貨がなくなると、奥さんが止めるも聞かずに銀貨を出してきた。案の定銀貨10枚が、商人のものとなり無くなってしまった。農夫は、奥さんにいつまでもぐちぐち言われていた。
勝負は、若い男と商人の男の二人となった。勝ったり負けたりの勝負が続いていたが、だんだん若い男が勝ち始め、商人は銀貨十枚以上失う。商人は悔しくなったのか、今までの挽回を期して、大銀貨を出してきた。周りは冷静さを欠く商人がひどい目に合うのではと思いみていたが、以外にも、商人は勝ち続け、大銀貨10枚の勝ちとなっていた。
若い男は、焦ってカバンの中をまさぐり封のしてある袋を取り出し、少し躊躇した後ナイフで封を切って袋を開き、震える指で金貨を取り出した。
「このままじゃ帰れない」
ついている商人が、勝負を受けようと思ったその時、
「もうやめときなさい」
商人の横にいた老人が声をかけた。それに対し若い男が怒って、
「うるせえ、ジジイ。関係ないものが口出しするんじゃねえ。早くしろ、次は金貨だ、早くしろ」
雰囲気を壊されて、商人はやる気をなくした。躊躇していると、さっきの農夫が若い男に目配せをした。
若い男はさっきのナイフを取り出して、商人に向け、
「さっきの金を返しな、それと持ってる金も全部出しな。いますぐだ!」
農夫は馬車の前の方に行って、御者を脅して馬車を止めさせた。
さっきの老人が若い男に向かって、
「お前何しているのか分かってるのか、そんなことはやめなさい」
「さっきからうるさいぞジジイ」
と言って老人の腹をナイフで刺した。馬車の中は、女の悲鳴などで大騒ぎになった。農夫が馬車の後ろに戻ってきて、
「何やってるんだ馬鹿野郎」といって、若い男の頭を殴る。
若い男は、商人から金をひったくって、馬車から降りる。農夫とその奥さんも後に続いて逃げる。
結火は波塁に許可を取る。
「止めてもいいですか」
「殺さないようにね」
「分かりました」
突然若い男と、農夫夫妻が飛ぶようにして地面に倒れる。若い男の右足が反対方向に曲がっている。農夫夫婦も足の骨が折れて立ち上がれないようだ。
結火は若い男の方に近づいて、金を返すように言うが、ナイフを振り回している。次の瞬間その手も反対に曲がった。
「左手も使えなくしてほしいですか」
と結火が言うと、若い男は焦って、奪った金を草むらに投げ出した。結火は金を拾って、商人のところへ持っていく。
波塁は、老人の治療をしていた。すぐに傷口がふさがり、老人は目を見張り驚く。
「世界中旅して、いろいろなことを経験しましたが、こんなのは初めて見ました」
三人を置いて、馬車は進み始めた。馬車ではさっきの話でもり上がっていたが、波塁と結火は適当に話の相手をする。波塁は老人に聞く、
「あの三人がグルだと分かったのですか」
「長いこと生きてますといろいろ経験しますので」
(しかし結火は恐ろしい奴だ、竜のおじいさんが天才と言っていたが、間違いないな)
馬車は予定より少し遅れたが次の宿場ウルガトについた。
馬車を降りて宿に向かい、部屋に入った。結火とは夫婦という設定にしたので、同部屋だ。しかし、結火は寝ないのですごく居心地が悪い。この夜は大雨となり雷が鳴っていたので何度か目が覚めたが、何気なく結火の方を見ると、背筋を伸ばした姿勢で座っており、視線だけこちらに向ける。次からは別の部屋にしようと思った。
翌朝、馬車が出ないことが分かった。夕べからの大雨でこの先の橋が流されたらしい。街道に架かる橋は石造りで頑丈なため流れる心配はなさそうだが、川の水が溢れて街道が冠水しているようだ。この町には、灰の森教会がない(実際には昔あったが今はなくなった。)ので、暇を持て余していた。
宿屋の部屋で結火は本を読んでいる。波塁は椅子に座って窓の外を眺めていた。外はもやがかかっているがどうやら雨が止んだようなので、灰の森教会のあったところに行ってみることにした。建物が残っていれば、修復可能かもしれない。
教会は歩いて10分ぐらいのところにあった。教会の後ろの山は新緑が霧で煙ってよく見えない。最初に宿舎の横を通るが、窓ガラスがいくつか割れていているものの建物自体に大きな損傷はなさそうだ。その前を過ぎると礼拝堂がある。地面は雑草が生い茂っており、昨日の雨で沼地のようになっている。礼拝堂は全体が蔦に覆われており、裏の山に飲み込まれようとしているようだ。近づいてみると入り口が空いていたので、波塁は中に入ってみた。建物の中には、隙間から入り込んだものか落ち葉が隅の方に固まっていたが、外見と比較するときれいだった。
一番前の席に誰かが座っている。見覚えがある、どうやら、昨日ナイフで刺された老人のようだ。波塁が中に入っていくと気づいてこちらを振り返った。
「あなたは昨日の」
「私は、グルニチェの灰の森教会からきました」
「ひょっとして、波塁様ですか」
男は、カールといいグルニチェで商売しているようだ、グルニチェの灰の森教会にも何度か足を運んだことがあり、波塁の奇跡のことも知っていた。
「お願いがあります、奇跡の力で妻を助けてください」
カールはそう言って、過去について話し始めた。
カールはこの教会で孤児として育てられていた。カールが13才の時、教主が亡くなって大半の孤児は引き取られたが、5人はここに残った。カールの外に男は、15才のダニエルだけで後の三人は女の子だ、12才のアメリア、8才のフローラ、6才のグレーテである。ダニエルは宿屋の食堂で働いており多少の収入があったが、5人が生活するのには十分でなかったため、カールも同じ食堂で働くようになった。
カールとダニエルの働く食堂は、宿屋の宿泊客が大半で一見客が多い。娯楽の少ないこの宿場では、食事が終わってもカードなどの賭け事で遅くまでにぎわっていた。深夜になると、宿屋のおやじも奥に引っ込んで、カールとダニエルだけで客の相手をすることも多かった。そこで、カードについていろいろ教わったが、何より面白かったのがイカサマだ。基本最初は勝たせて後で巻き上げるのだが、カモがいくらぐらい持っていそうか、いくらぐらいまでなら出すのか、熱くなるタイプか、冷静なタイプか見極めながら、勝負していく。相手に勝たせた時点でやめられたら負けなので、その見極めは難しくスリリングであった。
やがて、カールとダニエルもイカサマにはまって、知らない町に出かけて勝負していた。特に二人で組んだ時は最強だと思っていた。ダニエルは手先が器用で、カードをごまかすテクニックに長けており、カールは、相手を冷静に分析することを得意とし、勝負の瞬間を外さなかった。息の合った二人は、勝負のタイミングは合図しなくても互いのカードを見れば、理解しあえるようになっていた。
そんな二人も大人になりそれぞれの道を歩み始めた。ダニエルは兵士になるため、グルニチェへ行き、カールは、孤児として一緒に暮らした、5歳年下のフローラと結婚しウルガトに残った。カールとフローラの間には、息子と、二年後に娘が誕生し、平凡で幸せな家庭を築いていた。
そんななか、久しぶりにダニエルから手紙が来た。グルニチェの兵士であった彼も来年には40才という年齢になっていたが、やっと小隊長になったとの事。そのお祝いにカールはグルニチェのダニエルを訪ねた。
久しぶりのダニエルは、髪に白いものが混じっていたが元気そうだった。二人は、さんざん飲んで、昔話をして大いに盛り上がった。
そんな二人の後ろで、4人の男がカードをやっていた。話をしながら昔の癖でついつい見ていたが、西の商人風の男が、イカサマで独り勝ちしており、ついにはカードをやるものがいなくなり、商人風の男はご機嫌で、カールとダニエルを誘ってきた。二人とも何年もカードはやっていなかったので、昔話で懐かしい気分になっていたのと、あまりにひどい勝ち方で、少し懲らしめてやろうと思い、二人は目を合わせて無言で頷いた。
商人風の男と、カールとダニエルの三人だけで、カードを始めた。男はイカサマをしているが、二人で組んで負けるとは思えなかった。男がイカサマをした時には勝たせて、イカサマが通用しているように見せているが、それでも男の負けが少しずつ積み上がっていく。先ほど負けた男たちも集まり、男が負け始めたので、見物している者も盛り上がってきた。
そして商人風の男は、負けを全部取り返すため全財産をかけて、最後の勝負に出た。その勝負にカールとダニエルはわざと負け、男が歓喜しテーブルの上の掛け金に手を伸ばした時、その左手を抑えて、その袖の中から、カードを取り出して見せた。目を見開き驚く男。
商人風の男は、負けた男たちに袋叩きになった。
翌朝、カールはウルガトに帰る前に一言挨拶をと思い、ダニエルの家を訪ねた。
ダニエルの家の前が騒然としていた、人だかりができて警備兵が多く出入りしている。どうにか中に入ってみると、ダニエル一家全員、妻、子供まで殺されていた。そしてテーブルの上には、ワタリガラスの絵が描かれたカードがナイフで止められている。間違いない、ダークレイヴンのマークだ、ダークレイヴンは各地で盗賊などを繰り返している組織だが、謎に包まれている。全身黒づくめで闇に溶け込んで行動し、目撃されることがほとんどないため、このように言われている。組織の絆は強く、味方がやられたときは必ず復讐する。
カールは、自分への警告と受け取った。すぐにグルニチェを出るとウルガトとは反対側に逃げ、自宅が知られると家族に危険が及ぶことを恐れ連絡も取らなかった。
そして、25年の歳月が流れ、カールはグルニチェに帰ってきた。そして灰の森教会を訪れ、ダニエルの墓参りをした。もはや、危険はないだろうがいまさら自宅には帰れない。そのままグルニチェで暮らし始めたが、家族のことが気になり、孤児仲間であったアメリアに手紙を書き家族のことを聞いた。息子レオナルドが結婚し、妻と住んでいること、娘が隣の村に嫁に行ったことなどアメリアは教えてくれた。
そして、グルニチェに住んで三年が経とうとしていたころ、妻が病気で倒れたとの連絡があり、昨日ここへ戻ってきたのであった。
「私は今更自宅には戻れませんので、申し訳ありませんが妻の家まで行っていただけませんでしょうか」
波塁は、家の場所をカールに聞いてから、いったん宿に戻り、修道士の服に着替えて、家へ向かった。
家は、町はずれにある一軒家だ、訪ねると、レオナルドの嫁が出てきた。
「グルニチェ灰の森教会の波塁と申します。病人の治療に回っております。御病人がおられるとの事でお伺いしました」
レオナルドの嫁は、訝しげに波塁のことを見ていたが、奥からレオナルドが出てきて入れてくれた。
「グルニチェ灰の森教会の噂聞いております。多くの兵士の治療をされたとか」
フローラは、一週間前に倒れ、意識があり話も理解できるが、ベッドから起き上がれず、ほとんど喋れない状態であった。ドアをノックする音がして誰かが入ってくる。修道士の格好をした見知らぬ男が、ベッドの傍に来て、
「この者に神の祝福を」
波塁がそういうと、フローラの体の中心が熱くなり、それが体中に広がっていく、肩、腕、手、足、足先。
「ありがとうございます」
フローラは、はっきりした声でそう言った。レオナルドも嫁も驚いた。
「もし、明日になって歩けるようになっていましたら、神へのお礼のために灰の森教会まで一緒に行って頂けますか」波塁がそういうと
「でもあそこはもう何も・・・」
「神はまだ待っておられますよ」
翌日、フローラの家を訪ねると、フローラは、ベッドに座っていた。歩けるようになったが、まだ支えがいる状態であったので、馬車で教会へ向かった。
教会へ着くと、レオナルドが支えながら、礼拝堂の中に入ると、最前列に座っている男が振り返る。
「フローラ!」
カールは立ち上がって、近づこうとするが、妻を支える中年男を見て躊躇する。13才の時に別れたレオナルドに違いない。彼は、突然いなくなった父親に代わり家族を支えて来たに違いない、彼は私を許さないだろう。
「父さん?」
「え、カール」
そこまで行って、一瞬時間が止まった。それぞれにいろいろな思いが去来し、言葉に詰まった。
やがて、フローラが無言のまま前に進み始めた。支えているレオナルドも進む。フローラがカールの前で止まりカールを見つめている。カールは目を伏せている。レオナルドは目をそらしている。
カールが顔を上げて何か言おうとしたときフローラはそれを手で制して、
「おかえりなさいカール」
カールは泣きながら崩れ落ちた。
レオナルドは、無様に泣いている父親を見下ろしていた。
(こんなに小さかったかなあ、白髪で薄くなった頭。泣いてるところ見たの初めてかもしれない。いまごろなんで)
いろいろなことがあり、もし父が居ればと思ったこともあるが、28年の歳月は長すぎた。思春期が過ぎ、大人になって結婚し、今年でもう41才だ。正直死んでいた方が良かったと思っていた。
「さあ立って、カール。うちに帰りましょう」
フローラがカールの手を取ろうとする。
「待って母さん、この人を家に入れるのは違うと思う。一緒に暮らせるはずがない」
「あなた父さんになんてことを・・・」
カールがフローラの言葉をさえぎって、
「最初から、一緒に住もうと思って、ここに来たんじゃない。フローラの顔を見る最後の機会と持ってやってきたんだ。神にお願いしたおかげでこうして顔を見ることができた。もう行くよ」
フローラは、立ち上がるカールを椅子に座るように促し、その隣に自分が座った。そして祭壇の方に顔を向け、神に祈りをささげる。それを見たカールも祈りをささげる。祭壇の上に埃が積もっている。燭台が倒れている。
「みんなで暮らした教会がこんなになっているなんて。ねえカール、昔のようにここに住みましょうよ。神のご加護が無ければ今日、明日にでも死んでいた身、これからの人生は神に捧げて生きることにするわ」
「いいのかい」
レオナルドは黙っている。
「決めたわ、あなたが一緒にいてくれるなら、前のようにこの教会もよみがえるはず。あなた・・・いや、お兄ちゃんは何時でも私たちのヒーローだったんですもの」
波塁は、援助を申し出たが、
「申し出はうれしいのですが、教会をこのようにした私たち自身が立て直さなければ意味がありません。きれいにして、使えるようになりましたらここを引き渡しますので、その時はよろしくお願いします。」
波塁は、了解して宿屋へ帰っていった。




