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トランスジェンダー

 次の日、ヘンリクに昨日の出来事を話した。理解してもらうのにかなりの時間を要したので、今日の馬車はもう行ってしまった。

 今日は午後から、波塁とヘンリクでこの町の灰の森教会を訪ねてみることにした。結火は留守番である。結火は、宿屋の1階食堂隅の小さな丸テーブルで、昨日見つけた本を読む。飲み食いしないので、波塁は宿屋のおやじに銀貨2枚渡して、よろしくと言って宿屋を出た。

 今日もいい天気だ、新緑が目にまぶしい。街道から少し外れたところに教会はあった。礼拝堂は、茶色のレンガ造りで歴史を感じさせる。周りの雑草はきれいに刈り取られ整備が行き届いているようだ。建物の脇には、石で囲まれた花壇があり、茎の短い黄、白、赤などの花が風に揺れている。

 礼拝堂に入ってみた。中はタルシェフ村の造りとほぼ同じだ、アルテミシアの絵画も飾ってある。礼拝堂を出て、食堂の方に向かっていたら、遠くの方から子供たちの声が聞こえてくるので、そちらの方へ向かっていくと、大人と子供が、畑仕事をしている。小さい子はまだ3歳ぐらいか、3人が大きな声で何か言いながらはしゃいでいる。10歳ぐらいの子が注意しているが聞かない、おばさんがそれを見て笑っている。

 ヘンリクが声をかけると、それに気づいておばさんがこちらにやってきた。

「久しぶりねヘンリク、戦争から無事帰ってこれたようね」

「こんにちは、ダニエラ。いろいろあったけど何とか」

 二人は親しげに会話を交わす。どうやらこの教会の教主で、ヘンリクとは長い付き合いらしい。年齢は40才ぐらいか、服装のせいかただの農家のおばさんにしか見えない。グルニチェの教会を復興した話など全く知らなかったようなので、子供たちと食事をしながら情報交換した。

 ここでも教会の運営は厳しいようで、ダニエラは、

「ほとんど畑仕事ばっかりで、私を教主だと誰も思ってないんじゃないかしら」

 と言って笑った。

 それから、ダニエラ、波塁、ヘンリクの三人でこれからの運営について話し合った。まず、後で結火に転送できるようにしてもらい、グルニチェの本部とつないで運営を統合する。当面ヘンリクにここにいてもらって、この地域で病人、けが人の治癒活動を行うこととなった。


 そのころ結火は、宿屋の食堂で本を読んでいた。昨日洞窟で見つけた、山の住民に関する調査だ。見かけは猿のようだが、思念で会話できるらしい、興味深い。この世界は多様で実に面白い、結火の好奇心をくすぐる。

 街道を西の方から、馬に乗った6人の聖騎士がやってきて、宿屋の前に馬をつなぎ中に入ってきた。最初に入って来たのは、背は低いが、気品とただものではない存在感があって、隊長だとわかる。ピカピカと光る美しい鎧と、外側が黒で、内側が赤の派手なマントをしている。涼しげな眼元と、整った顔立ち、いわゆるイケメンだ。続く5人は隊長より年齢はだいぶ上のようで、歴戦の戦士という風貌をしている。それに反して鎧は、白と銀を基調とした上品なものであり、あまり似合っていないように思える。

 6人は、10人掛けの大きなテーブルに腰掛けると、すぐにビールを注文する。隊長は結火に目を止めるとすぐ席を立った。5人の部下は、やれやれといった様子で目を見合わす。

 イケメンの隊長は、結火の席の前まで行くと、

「ここよろしいですか」

 結火は本から顔を上げ、隊長の方を見てから、空いているテーブルに視線を移して、

「そちらの席が空いてますよ」

 といったが、隊長は構わず結火の座っているテーブルの席に腰を下ろす。

「私は、教会連合所属の騎士でアロイスと申します。ヴォルツホーヘンから来ました。あなたは商人ですか、どちらへ向かわれるのでしょう」

 結火は再び顔を上げて、

「これは捜査のための尋問ですか」

「いえ、個人的な質問です」

「では答える必要はありませんね」

 それでもしつこく、飲み物とか、食事とか言ってきたが、結火は適当にあしらっていた。そんな会話の中で結火は違和感を感じていた。

 結火は本を閉じ、テーブルの上に置いていたアロイスの左手を突然両手で握った。アロイスが驚いて手がびくっとなるのを感じた。

「あなた女性ですね」

 アロイスは動揺して手を引っ込め、

「え、なぜそんなこと・・・」

 結火が真っ直ぐアロイスの目を見つめると、アロイスの目が泳いで俯いた。

「女性なのになぜ、そんな格好で、そんなことをされているのですか」

「私は、体は女でも心は男なんです。子供のころからこの体に違和感を持って生きてきました。初潮の時のショックは今でも忘れません。本当に自殺まで考えました。あなたにはわからないでしょうが」

「両手をテーブルの上に出してください」

 結火は、アロイスの手を両手で包み込んで、

「目を閉じてください」

 目を閉じたアロイスに戦場の光景が映る。

 砂塵の匂い、血の匂い、アロイスは馬に乗っている。男だ。アロイスは親衛隊隊長で、副長に命令を出す。

「お前は20騎を率い、王を護衛して逃げ延びろ、何としても砦まで王をお連れするのだ」

 作戦は完全に失敗だ、味方は総崩れになり混乱している。後衛も崩されて、王のもとに敵が迫ってきた。アロイスは、親衛隊50騎のうち、20騎は副長が王を護衛して撤退し、残り30騎で、追手の足止めをすることにした。アロイスが、30騎に檄を飛ばす。

「王の生還こそ、われらの勝利である。命を惜しむな死して名を遺せ」

 迫りくる歩兵を、馬上からの槍で突き殺す。一人・二人・三人・・・他の騎馬も同様に歩兵を蹴散らしていく。しかし、次から次へと湧いて出てくる、きりがない。気づけば、味方は10騎ほどになっている。

 ついに馬がやられた。アロイスは落馬し槍を落とす。立ち上がりざまに、剣を抜いて歩兵の首をはねる。横からの槍を膝ついてかわし、歩兵の足を薙ぎ払う。しかし、囲まれてついに死んでしまった。


 アロイスは目を覚ます。周りは薄暗い、夕方のようだ。

(どうしてここに)

「お前は死んだのだ」

 大きく響くような男の声がしたので、振り向いてそちらを見ると、白い服の男が立っていた。

アロイスは、戦場での戦いを思い出し、すぐに納得した。

「王は、王はどうなりましたか」

「あの男なら生きておる」

 アロイスは安心した。自分たちの犠牲は無駄ではなかったんだ。

「ついてこい」

 白い服の男は、アロイスにそう言うと、すぐに景色が一変した。明るい草原がどこまでも広がる。色とりどりの花も咲いている。そしてなにより、心が満たされ安心感がある。アロイスはいつまでもここにいたいと思った。

「帰るぞ」

 白い服の男がそういうと、また元の薄暗い世界へ戻った。白い服の男が説明する。

 この世界は無数の階層に分かれている。下に行くほど暗くて、上に行くほど明るい。魂のレベルに応じてどの階層に行くかが決まる。先ほどの明るい世界は、今より一段階上の世界で、魂のレベルが上がればそこに行けるので、頑張って修行するようにと言って去っていった。

 アロイスは、何をすればよいのか分からないので、薄暗い世界の住民にいろいろ聞いたが良く分からない。そういう時は神に祈るように聞いたので、神に祈ってみたが全く答えが得られなかった。

 そして、20年ほどたった時、また、白い服の男がやってきて、

「お前の妻が死んだ、合わせてやるからついてこい」

 白い服の男がそういうと、またすぐ景色が一変して、明るい草原の場所に来た。そこには妻が若い時の姿のまま待っていた。

「あなた、お久しぶりでございます」

「久しぶりだな、俺が死んだ後の話を聞かせてくれないか」

 それから二人は、しばらく話し合った。

 そしてまた、白い服の男が現れて、

「帰るぞ」

 というと、また薄暗い世界へ帰ってきた。

「妻と一緒に暮らすことはできないのですか」

 アロイスは、白い服の男に聞いた。

「出来ない、魂のレベルが違う。お前の妻は、先ほど面会した階層で暮らす」

「なぜ妻の方が上の階層なんです。妻は子育てをし、平凡に暮らしただけ、私は、家族はもちろん、国のため、王のために命を捧げて戦ってきました、納得できません」

「お前が先程行った場所、とても心地いいと思わなかったか。以前、上に行くほど明るいといったが、それは神に近いからだ。神により近いほど、多くの神の愛を受けることができる。神の本質は愛だ」

 アロイスは何が言いたいのか理解できず、納得できなかった。

「もう少し話してやろう、お前は何人人を殺した。その殺された人にも愛する家族があり、家族は嘆き悲しんだであろう。お前が祈る神も、殺されたものが祈る神も、その家族が祈る神も同じ神だ。殺された家族の悲しみはそのまま神の悲しみでもある」

 話はそれだけだ、よく考えよ。そういうと白い服の男は去っていった。

 それからどれだけの年月が過ぎたのであろうか、アロイスは、白い服の男が言った意味を考えていた。

(あの方は、神は愛だと言っていた。愛っていったい何だろう)

(神よ、愛とは何ですか、お教えください)

 アロイスは、神に向かって祈りをささげた。

 するとまたあの、白い服の男が現れて、

「愛について聞きたいのか、愛は自ら学ぶもので教えることはできない。以前、妻は子育てをし、平凡に暮らしただけなのに自分より魂のレベルが高いのはおかしいと言っていたな。子供というのは理不尽な存在で、どんなに愛情を注いでも平気で恩を仇で返す、そういうものだ。それでも愛情を注ぎ続け、なおかつ喜びを感じることができるならばそれが愛だ。子育てだけが愛を学べるというわけでもないが、もし愛を学んだのであれば、魂のレベルが向上しても不思議ではない」

「なるほど、愛は体験する必要があるということですね、どうすればできるのでしょう」

「もう一度地上に生まれ変わって、学んで来れば良いが、生まれ変わるとここでの記憶がなくなるので、本来の目的を忘れて、無駄な人生送って後悔するものが大勢いる。だから、成功の確率を上げるために、生まれてくる環境をよく考える必要がある。お前の場合、普通の家に生まれてもやはり軍人を目指し同じような人生を選択する可能性が高い。そうなると愛を学ぶ可能性は低くなる」

「では、次は女に生まれたらどうでしょう。出来ますか」

「うむ、私もそれが良いと思う。」


 結火が手を離すと、二人は目を開けた。

 アロイスは、すべて思い出した。

(せっかく女に生まれたのに、軍人になるなんて。でも、男に抱かれて、子供を作るなんて絶対できない)

「どうすればいいんでしょう」

 結火は、無言でアロイスの目を見つめた。

(どうしていつもこうなんだろう。常に誰かに答えを求めてばかりで、自分で考えようとしない。今思えば、白い服の男も、自分で考えて答えを出すように、促していたように思える)

「おい隊長落ち込んでるぞ」

「あの女に説教でも食らったのかな、戦いに関しては天才だが、頭悪いからな」

「シッ、聞こえるぞ、それにお前が頭のこと言えるか」

「ハハハ、違いない」

 アロイスの部下たちが楽しそうに話をしている。

 アロイスが部下のところに戻ってきた。

「撃沈ですか」

「うるさい、殺すぞ」

(やっぱり俺にはこういう生き方しかできないのかなあ)


 その後、波塁が宿屋に帰ってきて、結火を連れてサレトの灰の森教会に戻り、転送の魔方陣を書いてグルニチェとのルートを確保し、波塁と結火は宿屋に戻った。


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