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レオン


 レオンは、サレトの町へ6年ぶりに帰ってきた。

サレトは、街道にある宿場町である。人口は3000人ほどだが、住民の多くは街道で宿屋や、商売をして生計を立てている。

 レオンの実家はこの町の街道沿いにある鍛冶屋だ。レオンの父は腕の良い職人だが、酒を飲むといけない。妻や、子供たちに暴力をふるっていた。親族のない母は、逃げる場所がなく黙って日々絶えている。レオンも殴られたが、それよりも母が殴られる事の方がつらかった。

 冬の夜、暖かい布団の中でうとうととしているときに、隣の部屋から怒鳴り声が聞こえ、母の押し殺した悲鳴が聞こえる。家を飛び出し裸足で外に逃げだした母も、寒さに耐えかねて帰ってくる。

 こんな家に耐えかねて、13才で家を出て隣町の宿屋で働きはじめた。住み込みで三食付いているのは良かったが、朝から、晩まで働いても、週に銀貨1枚しか貰えなかった。しかし、大人の従業員は、日に銀貨3枚はもらっている。この事を訴えると、

「一人前に働けもしないのに、生意気な口きくんじゃないよ、飯食わせてやっているのに貰えるだけでも感謝しな」

 と言って殴られる。疲れて休憩していたら蹴られる。それでもいつか独立して、母をあの男から解放してやろうと頑張っていた。

 三年間歯を食いしばって頑張ったが、貯まったお金は金貨1枚にもならなかった。

 ある日、若いお客さんと親しくなって、そんな愚痴をこぼしていた。

「お前、それはひどいな、おれの知り合いの宿屋を紹介してやろうか、少し街道を外れたところにあるので、働き手が足りてないらしい。日に銀貨3枚は無理かもしれんが、2枚は間違いない」。

「ぜひ紹介してください、すぐ行きます」

「まあ、そう焦るなって、明日連れて行ってやるよ」


 翌日、その男に付いて町の外れまで来たら、二人の男が待っている。

「有り金全部出しな」

 三人の男に囲まれて、なすすべなくすべての金を取られた。

「うまい話には気をつけるんだな、いいか、この世は強いものが勝つそれがこの世の真理だ」

 三人が去った後、レオンはゆっくりと立ち上がって、汚れたズボンの汚れを払う。

 そしてよろよろと小川の方に行って顔を洗った。水面に不鮮明に映る自分の顔を見て、

(そうだな、もっと強くならなければ)

 その後川べりに腰をおろし、川の流れを眺めていた。

 後ろから草を踏む足音が近づいてくる。今は誰とも話ししたくない、近くに来なければ良いがと思っていた。

 思いと反してその足音は、レオンの隣で止まり、レオンの隣に腰を下ろした。レオンが隣を見ると、白髪、白ひげが伸び放題のおじいさんだった。

〈若者よ、落ち込んでるな〉

 レオンの頭の中で声がする。レオンは驚いておじいさんの方を見る。

〈やはり、聞こえるようじゃな、聞こえているなら、心の中で返事をするのじゃ〉

〈は、はい、あなたはどなたですか〉

「ワシは、ローゲリウスという、この川向こうの山に住んでいる。お前は見込みがありそうなのでワシの弟子にしてやろう」

「何の弟子ですか」

「魔法使いじゃ、ワシももう歳でな、後継者の育成に迫られて、探しておったのじゃ。小銭を取られて落ち込んでいたようじゃが、魔法使いはもうかるぞ」

 さっき、うまい話はないと言われたばかりだったのだが、もう失うものは何もないので、ローゲリウスについていくことにした。

 小川を渡って、山の中に入っていく、歩きながらローゲリウスは自分のことを語った。

 以前は、ヴォルツホーヘンで魔法兵の師団長をやっていた。魔法兵は、直接的に戦闘に参加するのではなく、破壊工作や、諜報活動などが主な役割となっている。具体的には、敵に気づかれることなく潜入し、武器庫に火を点けたり。情報収集などを行う。今は引退して山で暮らしているらしい。

 山の中腹に小屋があった。小屋の中は狭く、机や、斧や鉈といった山仕事に使うような道具が置かれており、一見したところ山仕事を行う者の物置に見える。ところが、その奥の壁に隠し戸があって天然の洞窟につながっており、さらに洞窟を進んでいくと広い空間に出た。

 その時、服を着た猿が走ってきた。

〈ローゲリウス様おかえりなさいませ〉

 猿が思念で話しかけてきた。

「え、猿が喋るのですか」

「猿などというと、ギドが怒るぞ、ギドは、この山深くに住んでおる種族で、人間では無いかもしれんが知性がある。言葉を待たないので思念で会話するのじゃ。昔、死にそうなところをワシが拾ったのじゃが、それ以来ここで飯を作ってくれたり、家事をしてくれている。まあ、メイドじゃの」

〈ローゲリウス様こちらのお方は〉

〈私は、レオンと言います。ローゲリウス様の弟子にしてもらいました、ここに住みますのでこれからよろしくお願いします〉


 洞窟でのレオンの生活が始まった。魔法はローゲリウスが何冊かの本にまとめており、全部で200ほどある。目標はすべての魔法を使えるようになる事と、いかなる状況でも使えるように習熟する事。いかなる状況というのは、例えば、敵が剣で切りかかって余裕がない時に、魔法を唱えて身を守るといった事など。この場合は魔法というよりは、いかなるときも平常心を保てるようにすることが必要になる。

 そして一カ月が過ぎ、少しずつ魔法が使えるようになり、魔法で火をつけるぐらいはできるようになっていた。

「おまえは、ワシの見込んだ通りじゃ、なかなか筋が良い」

 レオンは上達するのが嬉しくて、一生懸命取り組んでいた。


「レオン、出かけるぞ」

「え、どちらに、何をしに」

「今から、金儲けに行くのじゃ、金がないと飯も食えんからの」

 ローゲリウスとレオンは、洞窟を出て、馬に乗って山の方に向かう。人里を避けて山道を進み4日間かけて、遠くに町が見える山腹の廃墟に着いた。崩れたレンガの廃墟の入口らしいところまで行くと、黒い人影が二人現れて、ローゲリウスに近づいて顔を確認すると、

「そっちは」

「これはワシの弟子じゃ、以前から後継者の話をしておったと思うが、今日は見学じゃ」

 男は頷くと、廃墟の中に案内した。廃墟の中には、黒いローブを着てフードを被った人たちが5人座っていた。ローゲリウスは、中心にいる男に、レオンを紹介し二人は黒いローブに着替えた。次の日、人数が増え、総勢11人になった。中央のリーダーらしい男が、

「今日は、バルチャの商人チャベックの店だ、やつは、食料品の小売の店をやっている。しかし、それには不相応な大きな家に住んでいる。それは裏で人身売買をやっているからだ、村を回って娘を買い取り町で売ったり、孤児をさらってきて売ったりしているらしい」

 それから、チャベックの店の見取り図を見ながら、段取りを決めている。

〈チャベックの店を襲撃しようとしているのですか〉

 レオンはローゲリウスに思念で話しかけたが、それに気づいたリーダーが、

「そうだ、腹を決めろ、悪人を地獄に落とすのが我々の仕事だ」

 レオンへ鋭い視線を向けてそう答えた。

 一団は、黒いローブに黒いマスクを着けて闇に溶け込む。音をたてないように町に近づいて、チャベックの店の裏口が見える場所の藪の中に隠れた。真夜中なので、家に明かりはついていない。

 隣にいたローゲリウスは、完全に闇に溶けて消えた。

 10分ほどして、ローゲリウスが姿を現した。そして、見取り図に人のいる場所を書き込んでいく。魔法で朝まで起きる事はない。次に、宝が保管してありそうな場所を検討している。主人は人身売買の罪で処刑、他の者は生かしてやることに決まった。

 11人の影が、チャベックの家の中に消えていく。1時間かけて3か所から金貨などを探しだした。最後にリーダーが、主人の首を切り取って、テーブルの上に置き、〔この者人身売買の罪により処刑された〕と書かれた紙をテーブルにナイフで留めると家を後にした。

 廃墟に戻ると10人で山分けする。レオンは見学なので貰えない。一人あたり、金貨257枚であった。贅沢をしなければ10年暮らしていける金額だ。

 リーダーが、レオンに自分の取り分から金貨1枚を渡す、

「これは仲間になった歓迎のしるしだ」

 これを見た仲間たちが、それぞれ1枚ずつ渡して、レオンは金貨10枚を手にした。

 夜が明ける前にそれぞれの方向に散って行った。


 それから、2年が過ぎた、レオンは、まだすべての魔法を使えるようになったわけではないが、闇に完全に溶ける魔法や、鍵開けの魔法、こん睡の呪文などを使えるようになったので、前回から、一人で盗賊団に参加している。それともう一つの理由は、ローゲリウスの足腰がかなり弱ってきたためでもある。

 それからさらに1年後、ローゲリウスが亡くなった。レオンはこれを機に盗賊団をやめようと考えていた。レオンが盗賊団で稼いだ金、ローゲリウスの残した金合わせると、金貨2000枚以上となっている。これだけあれば、母をあの男から解放して二人で暮らしていくのに十分だ。

レオンはこの洞窟を出ることを決意し、ギドにそのことを伝えると、寂しそうに山へ帰っていった。


 レオンは6年ぶりに鍛冶屋のドアを開けた。

 仕事場にあの男はいない。

 奥にある住居の扉を開けると、あの男が座っていた。昼間から酒を飲んでいるようだ。

「誰だ、お前」

 レオンに気づかないのか、それとも気付いてそう言っているのか

「母さんはどこだ」

「お前の母さんなんかワシが知るか、だが、ワシの妻なら1年前に死んだ」

 レオンは頭が真っ白になった。

「なぜ、何で、嘘だろ!」

「嘘なもんか、じゃあどこにいる、いるんなら連れて来い」

 怒鳴りだして話が出来なくなったので、レオンは家を出て近所の人に聞いた。やはり母は死んだらしい。

 レオンは途方にくれ、結局行くあても無く洞窟に戻った。

(これから、何を目的に生きていけばいいんだろう)

 しばらく考えていたが、

(やはりここは出よう、おれの生まれたサレトはひどい町だ、どこか遠い町でやり直そう)

 レオンは、洞窟は封印することに決め、魔法の書などを整理していた。そのとき、洞窟の奥に小さな隠し扉があることに気づいた。

 そこを開けると魔法で封印された黒い本がある。三重に鍵がかかっており、二つ目まではすぐに解除できたが、三つ目はかなり時間がかかり、一日がかりで封印を解いた。

 その本は召喚魔法について書かれていた。

 死んだ者は、肉体から離れスピリットとなって霊界に行くが、肉体を失った後でも、肉体への執着が強いものがいて、もう一度肉体が得られることを熱望している。

 召喚魔法を使うとそういったものを呼び寄せる事が出来る。呼び出したスピリットは、魔方陣の外に出ると瞬時に霊界に戻るが、魔方陣の中では、数分程度なら存在できる。その間に魔方陣の中で人を殺す。すると、死んだ肉体からアストラルボディからスピリットまでの部分が分離するので、そのアストラルボディを召喚されたスピリットに纏わせる。これで、被召喚者の活動が可能となり、後は、他の肉体に憑依すれば、肉体を支配して何でも出来る。


 俺のこの6年間は何だったんだろう。目的を失ったレオンは復讐を決意した。召喚すれば自分が手を下さなくてもあの男を殺せる。そして絶対に捕まることはない。

 レオンは、洞窟を出てサレトに向かう、サレトに着いた頃すでに暗くなっていた。子供だと失敗の可能性があるので大人が良いが、重いと運べないので小柄な大人を探していた。

 闇にまぎれる魔法で気づかれないように物陰を移動する。しばらく物色していると、商店から小柄な女が出てきた。後をつけながらチャンスを窺う。女が路地に入った時、こん睡の魔法をかける。女は気絶した。

 レオンは、苦労しながら洞窟へ女を運んだ。次に、召喚の魔方陣を描き中央に女を置く、本を見ながら召喚の魔法を唱える。難易度は低い。

 召喚の呪文を唱え終わったが見た目何も変わっていない。スピリットは見る事が出来ないので、確認ができない。しかしなんとなく気配がする。レオンはそこで女の心臓にナイフを突き刺して息の根を止めた。

 女が死に肉体からアストラルボディが離れて起き上がってくるのが見える。

「召喚に応じたものよ、その女のアストラルボディを纏え」

 そう言うと半透明のアストラルボディの女が、レオンの方を向いてにやりと笑い、立ち上がって歩いてきた。

〈俺はこの時を待っていた。誰だか知らんが礼を言う〉

〈私が呼び出したレオンです、あなたはどなたですか〉

〈名前なんかない、昔生きていたころは、ダン・・・、思い出せないので好きに呼んでくれ〉

〈ではダン、早速お願いしたい事があるのですが〉

〈まてまて、焦るな。まずはこの世界をたっぷり楽しんで、それから話を聞いてやる〉

 そう言うとダンは、出て行った。


 サレトの町の酒場、深夜というのに酔っ払いがたくさんいる。ダンは、あまり酔っていなさそうなカウンターの男のところに行って、背後からこの男に乗り移った。

 急に懐かしい肉体感覚がよみがえる。

「おい、ビールをくれ」

 ダンが憑依した肉体が注文する。

 そして飲む遠い記憶のビール。のどをビールの泡が刺激する。うまい。

 また、頼む、うまい、たまらん。

 何杯も飲んでいるうちに酔っ払って気分が悪くなってきたので、隣の女に乗り移ってまた飲む。うまい。金を払うのは自分じゃないので、いくらでも飲む。そのうち、酒場の床に何人もの泥酔者が転がっていた。

 次は女だ、宿屋にいって部屋を回る。性交しているものを見つけて男の中に入る。ああ、忘れていた快感が体を駆け巡る。次は別の部屋で女の体に入る。これはまた別の快感だ。

 ダンは好き勝手に遊んで、朝、レオンの洞窟に帰ってきた。こんなことを五日ほど繰り返してやっと、レオンの願いを聞いてやることにした。

〈鍛冶屋のおやじに乗り移って、宿屋夫婦を殺してほしい〉

〈いいぞ、そろそろアストラルボディが分解しはじめたので、新しいのが欲しかったところだ。〉

 レオンが鍛冶屋と宿屋の住所と名前を教えてやると、すぐに出て行った。レオンもダンを追いかけてサレトに着いたとき、町を歩いているレオンの父に出くわした。レオンの父は、ウインクし、任せろと言って去って行った。

 それから数時間後に町は大騒ぎになり、警備兵が集まってきた。

 レオンは目的を果たしたがむなしかった。得たものは別になく、復讐を実際にやってみて、はじめてその無意味さに気づいたのだった。

 その後もダンは好き勝手に遊んでいた。レオンは目的を果たしたのでダンを戻そうと思い本を探したが見つからなかった。本を探している時、サレトにいた警備兵が洞窟の中に入ってきた。

「おい、ここはなんだ、お前は何をしている」

「ここは私の家です。昔から住んでいます」

「サレトの町で殺人事件があったのでその捜査をしている、お前の知っていることを聞きたい」

 そういって、洞窟の奥に入ってきて、レオンの近くに腰を下ろした。レオンがお茶でも出そうと思い、背中を向けた瞬間、警備兵がレオンを剣で貫いた。驚いて振り返るレオンに、

「俺は、まだ帰りたくないんだよ」

「ダン・・・」

 レオンはその場で絶命した。警備兵は洞窟から出ると山の方へ向い、崖から飛び降りて死んだ。

 それからダンは、酒場や、宿屋で好きなように遊んで回った。アストラルボディが分解しそうになると人を殺して、アストラルボディを交換した。


 今日もダンは、酒場で飲んだ後、いつものように宿屋に向かっていた。宿屋に入ると光輝く女いる。ダンに戦慄が走る。ヤバイあれは天界の使者に違いない、見つかれば地獄行きだ。すぐに宿屋を出て逃げる。

 結火もすぐに気がついた、邪悪な気配を纏った幽霊が自分に気付いて逃げていく。波塁の袖をひいて、二人ですぐに追いかけはじめた。幽霊は山の方に向い山小屋に入った。洞窟に入ってさらに逃げようとするので、結火は自分のアストラルボディの一部を延ばして幽霊を縛った。

 波塁には最初何が起こっているのか分からなかったが、集中すると幽霊の姿がぼんやりと見えてきた。

 幽霊から、ここであった経緯を聞いた。

 あまりの出来事に、波塁は唖然とした。

(ひどい話だけど、悲しいなあ)

 それから結火は、幽霊に雷を落とし、アストラルボディを消滅させた。ダンの魂は元いた地獄へ帰って行った。

 この事をジョヴァンカに相談しようと思い、結火が転送の魔方陣を書いて、ジョヴァンカの家へ行って連れてきた。

「うーん、ここはすごいね」

 と喜んでいた。事情を説明すると、

「以前、召喚の魔法は禁忌って言ったけど、これは最悪のケースだね。召喚者が被召喚者に殺されると本当に厄介なことになるんで、事前に、もし召喚者を殺した場合は、被召喚者は即地獄行きになるように魔法をかけておくらしいね。おそらく、よく知らないでやったんだろうね」

 こういった事件は、過去何度も起きているらしい。一般の人はアストラルボディを纏った、いわゆる、幽霊状態のとき姿が見えないから、何が起きているかも分からず何の手も打てない。こういう時のために、大きな教会は召喚対策の部隊を持っており、今回もすでに動いている可能性があるので、さっさと引き上げることにした。

「だがその前に、お宝は頂戴しようか」

 ジョヴァンカはそう笑って、本を物色して魔方陣の上に積み上げ転送を始めた。また、2000枚以上の金貨は、灰の森教会では個人の蓄財を認めていないので、教会で管理し、貧困者への救済や、新教会の建設資金として利用する事とした。

 最後の本を持ってジョヴァンカが転送した後、魔方陣を消して、波塁と結火は宿に戻った。


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