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ハヴェル・カミンスキ

 ハヴェルは、カミンスキ家の次男として生まれた。何不自由ない環境で育った少年の頃の憧れは、グルニチェの英雄アレクサンダーであった。アレクサンダーは精鋭の部下を率いて、少人数でありながらいつも大きな戦功を上げる。商売に興味が無かったハヴェルは18歳の時、父ヤチェックのコネで、アレクサンダーの部下にしてもらったのであった。

 アレクサンダーの部隊は、20名程度の騎馬で編成しており、赤銅色で塗装された鎧で統一している。先頭にはアレクサンダー。真後ろに、ライオンの紋章の書かれた大きな深紅の旗を掲げた騎馬、その左右は、アレクサンダーの最も厚い信頼を置く2名の騎馬が固める。その後方に残りの騎馬が続く。馬上で槍を振り回しながら、錐のように敵陣に深く切り込み敵の陣内に混乱を起こす。

 赤銅色で統一された鎧と、ライオンの紋章の深紅の旗を見るだけで、敵は震えあがり、味方の士気は上がるのであった。

 アレクサンダーの部下となり戦場を駆ける事は、兵士達の憧れであったため、アレクサンダーの元には優秀な部下が集まっている。馬術大会で優勝したもの、槍の達人と謳われたものなど、ハヴェルにはとても叶わない猛者ばかりである。ハヴェルは馬術も槍術も剣術も人一倍練習したが、軍人の家庭で育ち幼い頃から剣を振っていたもの達には到底敵わなかった。

 アレクサンダーも、ハヴェルの努力を認めていたものの、なかなか戦場に立つレベルではないと思っていた。しかし、さすが商人の子か、資金調達や、兵站などの後方支援では素晴らしい能力を発揮しており、武辺者ばかりの中、貴重な存在で頼りにしていた。

 そんなハヴェルも、アレクサンダーの所へ来て10年目、27才の時、父の知り合いの商人より結婚の話があり結婚した。結婚した後も、やはり戦場で実際に刃を交える事を諦めておらず、休日も、いつか戦場に立つ事を目指して乗馬や、剣術訓練を行い、他の者たちに少しでも近づけるよう努力を惜しまなかった。

 ある休日、いつものように乗馬の練習をしようと出かけようとした時、妻から乗馬を教えて欲しいと言われ、教えてやることにした。一生懸命取り組んでいたので、6ヵ月程で遠乗りできるレベルになり、二人でいろいろな所に出かけた。妻のお気に入りは森を抜けた所にある小さな湖で、まだ少し寒い時期に行くと、水鳥が羽根を休めている。ここは、領主専用の狩場で猟師は入れないため、鳥たちにとって比較的安全だ。ハヴェルは焚き火で暖を取りながら、将来の事を考えていた。

(もうすぐ30才になる、戦場を駆ける事を夢見ていたが、アレクサンダーの部下の半分は、自分より若い。兵站は大事な仕事だが、武功を上げる事が無ければ、出世の道もない)


 一年前のこと、妻のレナータが病気療養で実家に帰ることになった。

 一人暮らしに慣れてきたある日の夜、玄関のドアに何かがぶつかるような音がする。気になって玄関のドアを開けてみると、子供が座り込んでいた。8歳ぐらいの男の子で、痩せており裸足だ。それより気になったのは、殴られたのか腫れている顔と、あちこちに見られるあざだ。

「君、どこから来たの、家は」

「・・・・・・・」

 無言のままだ。春とはいえ、夜はまだ寒いので震えていた。ハヴェルは近所を一回りしたが、深夜のため誰にも会わなかった。仕方がないので家に入れてやり、その晩泊めてやった。

 次の日は朝から、アレクサンダー部隊に招集がかかっていたので、その子供も連れて行った。アレクサンダーの部下たちにも事情を話して、心当たりを当たってもらったが結局分からなかったので、町の警備兵に子供を引き渡した。

 その日の夕方警備兵が戻ってきて、子供を送り届けたことを伝えに来た。住所は割と近くだった。少年の名は、レオ10才。後、3才の妹サビナがいる。父親は兵士で、2年前の戦いで戦死していた。母親は二人の子供を養うため夜仕事に出かけていて、夜は子供二人だけだったらしい。昨日の夜は妹一人のはずだが大丈夫だったようだ。体のあざは近所の子供との喧嘩が原因とのことだ。


 その日の深夜、また、玄関で物音がするので、出てみるとやはりレオだった。帰るように促しても、相変わらず黙ったままだ。3才の妹がいるのならば、昨日のように泊めるわけにもいかない。嫌がるレオを無理やり引き摺るようにして自宅へ向かった。

 レオの家は、古いアパートの二階にあり、ノックすると、若い男が出てきた。酒に酔っているようだ。

「どなたですか」

 ハヴェルの後ろに隠れるレオを見つけて、

「レオ、どこ行ってたんだ、なめてるとただじゃ済まんぞ」

「レオのあざ、あなたですね」

 ハヴェルと若い男は口論となったが、上着についているアレクサンダーの紋章を見せると途端に大人しくなった。母親が、明け方に帰ってくるとのことなので、ハヴェルはそれまで待つことにした。

 母親が帰ってきた、小柄でかわいい感じだ、名前はエリカという。とても10歳の子供がいるとは思えない。男は三か月前から転がりこんでいるらしい、働いている酒場のお客さんだ。ここ1ヶ月は働きもせずこの家で暮らしているようだ。男が子供に暴力をふるっていた事は、エリカも知っていた。しかし、止める事は出来なかった。いや、男に嫌われることが怖くて言えなかったのだった。

 比較的裕福な家庭に育ってきたハヴェルは、暴力に支配され、無表情で喋ろうとしないレオがどれだけ酷いめにあってこうなったのか、よく理解できなかったが、しだいに怒りが込み上げてきた。

 ハヴェルは男に向かって、

「ここから今すぐ出て行って、二度と戻ってくるな。もし戻ってきたら、赤い紋章の中のライオンがお前の首を食いちぎるだろう」

 男は何も持たず、あわてて出て行った。

「子供たちは、私が連れていく」

 ハヴェルはそう言ってレオの手を取った。エリカは俯いて泣いている。反対するつもりはないようだ。ハヴェルがサビナの手を取ろうとしたら、その手を振り払って母親に抱きつき泣きはじめた。それを見ていたレオも母親のところに戻って、声をあげて泣きはじめた。

「レオ、はじめて君の声を聞いたよ。エリカ、レオは、男に暴力を受けていたみたいだが、それを助けない母親を見てどう思っただろうか」

「全部父さんが悪いんだ、父さんが死んでから母さんは、夜働いて、朝帰ってきたら、僕と、妹の世話をして、母さんの時間は全部僕たちのために使った。あの男に殴られたのは僕のせいなんだ、だから母さんを責めないで」

 エリカはまだ泣いている。ハヴェルは、無言のままこの家を後にした。

 翌日の夕方、ハヴェルはエリカのアパートを訪ねてみると、エリカは酒場へ出かけるための準備をしていた。レオは、晩御飯の準備を、サビナもスプーンを運んでいる。

「昨日は、ご迷惑をおかけしました。子供たちのことを思いそれだけのために生きようと決意していたはずだったのに、いつの間にか別のところに逃げていました。・・・子供にあんなことを言わせるようじゃ・・・本当に情けないです」

 エリカはぎりぎりのところで生きている。何とか力になってやろうとハヴェルは考えた。


 それからハヴェルは、週一回程度エリカのアパートを訪ねるようになった。アレクサンダーの部隊の物資調達を一手に任されている人間関係を利用して、取引先の商人の家にエリカを勤めさせることにし、今後の取引の継続性をネタに給料もそれなりにしてもらった。これで、夜働かなくてもどうにかやっていけるだろう。

 最初、エリカの後ろに隠れて口もきかなかったサビナも、何度か訪問するうちに慣れてきて、家を訪ねると飛びついてくるようになった。レオも随分明るくなりよく喋るようになった。そして、ハヴェルの言うことをしっかり理解できる利発な子だ。昼間エリカが仕事の間、家事をし、サビナの面倒を見ているが、出来れば学校に通わせてやりたいと思う。

 そして季節は秋になり、三人と出会って、半年が過ぎた。

 今日はサビナの誕生日だ、ハヴェルはみんなの喜ぶ顔を想像しながら買い物をし、エリカのアパートへ向かった。ハヴェルの持ち込んだ食材でエリカが料理を作る。おいしい料理と楽しい食卓、ハヴェルは久しぶりにワインを飲みすぎて酔っ払い、レオは久しぶりの肉だったのか、骨をいつまでもしゃぶっている。サビナは誕生日プレゼントの人形を抱えて寝てしまった。

 酔ったハヴェルはベッドで寝ていた。そこへエリカが入ってきて体を寄せる。気づいたハヴェルは、何か言おうとするが、エリカは手でそれを制して小さな声で、

「今日はありがとうございました。私にできるお礼はこれしかないのです」

 ハヴェルはなぜか涙があふれて来た。エリカに背中を向け壁の方に体を向ける。エリカは少し驚いたが、小刻みに震えるハヴェルの背中に頬を寄せて抱きしめた。

 ハヴェルは戦場で戦い武功をあげて出世することを目的に生きてきたが、現実は思うようにならず悩んでいた。ところが、エリカのアパートで楽しく過ごしていると、今まで目指していた道が急につまらないものに思えてくるのだった。


 それから一カ月ほど過ぎた頃、グルニチェにも参戦要請が来た。出発は一ヵ月後、冬が始まる頃だ。ハヴェルはカミンスキ家へ出征の報告に行った。

 実家では母が、妻レナータについて近況を教えてくれた。病気はどうもよくないようだ、春まで持つかどうかというのが医者の見立てらしい。母からは、出征までに必ず会いに行くよう念を押された。馬を飛ばせば、半日の距離だ。

 結局ハヴェルは妻のもとに行かなかった。


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