スラムの教主
今日は、スラムにいるという教主に会いに行く。結火は連れて行くとトラブルになりそうなので、ジョヴァンカの家に行くことになっている。スラムへの案内は、モイミールという青年が務めてくれ事になった。モイミールはまだ25歳だが、もう10年以上カミンスキ家の使用人として働いており、独身の彼はカミンスキ家の3階に一人で住んでいる。
波塁は、三日ぶりに城壁の外に出た。昨夜は強い雨が降っていたが朝には上がっている。まだ湿っている橋を渡って左手に進んでいると、歩きながらモイミールが話しかけてきた。
「私は13歳の時、スラムに一カ月ほどいたことがあるのです。家を失って、一家離散となり行くところがなくなった私は、スラムに行き着きました。偶然の幸運が重なり、ヤチェック様に拾われ、一人前にしてもらいました。スラムにいたのは10年以上前なのでどれだけお役にたてるか分りませんが」
スラムに近づくと、入口付近にしゃがんでいる男二人が、じっとこっちを見ている。
(歓迎されるわけないか)
モイミールは構わず路地を進んでいく、ジロジロと見られるが話しかけてくるわけではない。路地には悪臭が漂い、波塁は思わず呼吸を止めた。地面は昨日の雨でぬかるんでおり、場所を選びながら歩いても靴が半分ぐらい埋まり泥だらけになる。
クレメント・ハラディルの所在を尋ねたら、すぐに場所が分かった。
聞いた場所に着き、ドアが無かったのでそのまま中に入ると、5~6人の子供たちが騒いでいる。奥に、かなり傷んではいるが教主の服装をした男が座って子供に何か教えていた。座っているのではっきりとはわからないが、背が高くがっちりとした体形で、黒々とした髪と顔を覆うひげ、年齢は30過ぎ、波塁とおなじくらいと思えた。
男は、モイミールと波塁に気づくと、
「ようこそ、灰の森教会スラム支部へ」
大きな声でそう言って笑った。
波塁は、タルシェフ村から来た事、奇跡で人々を救ったことで、教会が再建できたこと、グルニチェでも教会を再建したいことなどを話した。
「ほう、奇跡で病気を治せるのか。こっちへ来てくれ」
クレメントは、すぐに立ち上がって部屋を出て、大股で路地を進んで行く。波塁とモイミールは遅れないようについて行く、波塁たちには愛想がなかったここの住人も、クレメントが通ると笑顔で挨拶をしてくる。クレメントは、「おう」、「元気か」、などと一言だけ声をかけながら進んでいく。
そして一軒の家の前に行くと乱暴にドアを開け、クレメントは大きな声で、
「じいさん、まだ生きてるか」といってから波塁の方を見て、
「ここには病人が三人いる。見てやってくれ」
波塁が中に入ろうとすると、猛烈な悪臭がする。一瞬死体になって腐っているのかと思ったが動いていた。何年風呂に入らなかったらこんな匂いになるのだろう。そう思いながら、波塁は、順番に神の祝福を与える。
終わるとすぐに次に向かう、ということを繰り返し、一時間で20人以上の病人を見て回り、クレメントの家に戻ってきた。
そして一息つこうと思ったとき、
「クレメントさんすぐ来てくれ、昨日の雨で石が崩れ、下敷きになったやつがいる」
「わかった」
とだけ言って急いで出て行った。波塁とモイミールもあわててついて行く、クレメントは、周りにいる者に声をかけながら進んでいくので、現場に着いた時は大人数になっていた。
どうやら、雨で家の下の土が流れて、土台の石や、木材に挟まれて動けなくなっているようだ。クレメントは他の者にも指示しながら、流れた柱をてこにして、石をどかそうとしている。しばらくして何とか挟まった男を助けだした。しかし、足を骨折しているようだったので、波塁が治療を行い治してやった。
クレメントは次に家の修理を行おうとしたが、何しろ地面が流されているので、あきらめて別の場所に家を建てはじめた。そこにいる20人ほどがとりかかったため、日が暮れるまでには何とか住めるまでになった。
クレメントの家へ戻ると、子供たちが作った晩御飯が用意されていた。じゃがいものスープだ、じゃがいも以外はほとんど何も入っていない。波塁らにも配ろうとするのを固辞してから、何かお土産でも持ってくればよかったと後悔した。
「クレメントさん、こんな状況でも子供を預かって育てているのですか」
「このスープは子供たちが作ってくれた。この芋も子供たちが育てたものだ、子供たちは何も言わないでも、水を汲んでくるし、掃除もする。俺はな、子供たちに養われているんだよ」
クレメントと子供たちの大きな笑い声が広がった。
クレメントには人を引き付ける魅力がある。そして、グルニチェの灰の森教会を再建した後、戻ってきてくれることに了解してくれた。ただし、スラムの灰の森教会との兼任だ。
税金滞納の件だが、支払って問題解決というわけでもないらしい。金貸しに金貨30枚ほど借金をしており、すでに返済期限を過ぎているようだ。
「金を借りたのは、コンラート・バロシュてやつだ。たのんだぞ、ハハハハ」
(金貨3枚ならばと思っていたが、金貨33枚は正直きついなあ)
今日も帰ると、ヤチェックに相談した。
「コンラート・バロシュですか、それであれば、バロシュ商会ですね。金貨30枚ですか、返済期限が過ぎているのであれば、おそらく利息が付いているはず。お金の方はどうします、よろしければお貸ししましょうか」
「まずは、明日行ってみようと思います。それからですね。」
「バロシュ商会では、ゼーマンのようにはいかないと思いますよ。行ってみればわかると思いますが」
ヤチェックそういって笑った。




