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8,野望-アンビション-



ルカと名乗った少女に連れられ、俺はショップの外に出た。そのままショップ裏の通りに出る。もうじき日も暮れるというこの時間、人っ子一人いない。

秘密の話をするであろうことは、人混みである店内を避けたことから判断がつく。そういう意味で、ここは最適な場所だ。


「ここなら良さそうね……。悪いけど、スマホの電源を切って」

「え? あぁ、わかった」


映画館か。言われた通りにポケットから取り出し、電源を切る。


「まず、共通認識の確認からね。そもそも、シャドウリバースって何?」


電源を切る一連の動作を見届けたルカは、根本的な質問を投げかけた。

こっちは「何?」と言われましても、という感じだが。抽象的すぎる。

しかし、シェフに向かって「あなたにとって料理とは?」と哲学的な質問をするのとはわけが違うのは明らかだ。なら、普通に答えればいいだろうか。


「シャドウリバースは……カードゲームだ。TCGトレーディングカードゲーム。それも、世界で大人気の」

「そうね。シャドウリバースは株式会社ライノゲームスが開発、販売を行っている大人気TCG」


おれの返答は期待に沿ったものだったのだろうか。右の口端をやや吊り上げ、笑顔と取れなくもない顔を見せるルカ。

そのやや笑顔くらいの顔のまま、言葉を繋ぐ。


「では、シャドウリバースがここまで世界的に人気になったのはなぜ?」

「人気になったのはなぜ、か。それは、シャドウリバースが単純にカードパワーだけで勝敗が決まるゲームじゃないからだろ?」


何となく自分で、これだと思ったものをあげてみた。が、途中で少し自信がなくなってきてルカの顔色を伺う。

こんな聞き方をするんだから、きっと彼女にとっての正解があるのだろう。それを的確につけるかどうか、そういうテストなんだ。これは。


「……続けて」


ルカの表情は変わらない。ただ、すこし口調が冷たくなった気がする。

踏んだか、地雷。しかし、ここまできたらもう踏み抜くしかない。


「シャドウリバースは……カード1枚1枚の強さで勝負するゲームじゃない。それぞれの組み合わせや、兼ね合いで力を引き出していくゲーム。だから、どんな強敵も、やり方次第で勝てる。そういう平等なところがウケたんじゃないか?」

「なるほど」

「あとは……利便性とか?データとカードっていう、二つの媒体があるから、オンラインで対戦することもできるし、紙が好きなら、オフラインでもできる」


今の空気のまま沈黙に突入するのは胃が痛い。

何か言葉を繋げなくては。


「ゲーム性と、利便性。そうね……確かにその通り」

「……?」


肯定された、ということは彼女が求めた返事をできたのだろうか?

いや、それにしては表情が険しい。


「ごめんなさい。すこし言い方が抽象的すぎたわね」

「あ、いや……」

「もちろんその二点も重要よ。でもそれ以上に聞きたかったのは、なぜ人はシャドウリバースの虜になっているのか?という点」


質問の意図が明かされた。なるほど、確かに俺が考えてもなかった部分だ。

質問されるとも思っていなかったし、そもそも意識したことすらない。


「? それは……楽しいから、なんじゃないか」


やはりこれが世間で一派的な理由なはずだ。

もちろん世間体のためだったり、金稼ぎのためだったり、諸々あるだろうが。


「その通り。シャドウリバース……長いからシャリバで良いわね。シャリバには、人を惹きつける魅力がある」

「まぁ、そうだよな」

「まずその魅力について、理解してもらうわ」


それから彼女の説明は続いた。そこにはいくつかの学問による見地も含まれていて、すこし難解な話だった。

あまり飲み込みの良くない俺だが、ルカは丁寧に説明し、時にさらに噛み砕いて語り聞かせてくれた。そのおかげで理解できた内容はこうだ。


人間には根源的に三つの欲望がある。

まず、一つ目に人と繋がりたいという欲望。

石器時代から人間は群れで行動しているので、それをスムーズにするための欲望だ。

そして二つ目。自らの手で選択したいという欲望。自分が望む結末のために、人は自分の行動によって結果をコントロールしようとする。

最後三つ目は、他人に勝ちたいという欲望。

自らの力を誇示し、人の上に立ちたいという欲求。

シャリバはこの三つを見事に刺激しているそうだ。

第一に、シャリバは世の中に深く浸透し、勝ち続ければ社会的な地位を得られる。

第二に、シャリバはランダム要素が少ない。勝敗に直結する行動は、多くが自分の選択による。

第三に、シャリバで勝つことは、人間として有能である証明になる。

これら全てを満たすシャリバは、プレイヤーに強い依存性を発揮する。



「つまり、シャリバが人気なのは人の欲望を刺激するから……ってことか?」

「そう。人に認められ、人より優位に立ち、何より人の上に立ちたい。深層心理でそう思う人が多いということね」


たしかに、シャリバは今や学校教育でも重視されるほどの技能だ。趣味と呼ぶには、あまりにも社会に根付きすぎている。


「シャリバが流行ってる理由は、なんとなく理解できた。けど、なぜそんな話を?」


俺はてっきりカードの偽造についての話を聞かされるんだと思っていた。しかし、実際に出てきたのはシャリバの人気の要因。

いまいち繋がりが見えない。


「それは……難しい問題ね」

「難しいことなのか?」

「ええ。そういう質問が出る時点で、かなり深刻」


俺は呆れられたのか。


「えと、すまん」

「あぁ、違うの。貴方を責めたつもりはないのよ、ごめんなさい。今のはつまり、シャリバの人気について誰も深く疑問を持とうとしない空気と、それを社会に蔓延させている状態がまずい、という話」


それまで険しい表情だったルカがこわばった額を緩め、なだめるような笑顔を向ける。

とはいえ、話し振りから本心の笑いでないことは読み取れる。


「シャリバの人気に疑問……?」


たしかにそうだ。言われてみて初めて気づいたが、そもそもシャリバっていつから人気なんだったか。


「シャリバが人気の理由は説明したし、ちょうどいいわ。次のステップに進みましょう」


そう口にすると、ルカはくるりと身を翻し、二歩、三歩と俺から距離をとった。

そしてその場でまた反転し、もう一度俺に向き直ると


「シャリバの危険性、そして彼らの野望について触れるわ」


先ほどよりもなお険しい表情をみせた。


「みんながシャリバをやってる。けど、それについて不思議に思わないところが問題だって言ってたな」

「ええ」


どういうことだ。シャリバをやるのがよくないということなのだろうか。


「シャリバが人気なのは、人の欲望をこれでもかと刺激するから。これはさっきも話した通り」


先ほど語られたことだ。再三繰り返すということは、やはりそれが重要なキーワードになるということか。


「でもね、それだけならシャリバがここまで爆発的に広まることはなかったはず。……って思わない?」


切り出してきたのは少し違う方向だった。

なるほど、まぁたしかにそう言えなくもない……のか?


「あまり賛同は得られないみたいね」

「あぁ……。なんていうか、俺たちの生活にとって、シャリバってのが当たり前のものになってるっていうか……」


追求されるような言葉に、しどろもどろな返事になってしまう。俺はちょっと気になったが、ルカは全く気に留めず、


「当たり前になったから、誰もが思考停止し始めた」


二の矢を放った。


「思考停止? 誰もがって、俺も?」

「ええ」


ルカは一切の迷いなく首を縦に振る。たしかに頭を使って生きている実感はないが、ここまで言われるのは心外だ。


「どういうことだよ、それ」

「そもそもだけど、シャリバっていつから流行り始めたか知ってる?」

「……いや。気づいた時には既にあって、もう流行ってた」

「でしょうね」


ルカは腕を組み、続ける。


「シャリバが流行り始めたのは、網膜投影によるリアルな戦闘の体験ができるようになってからよ」


腕を組んだ姿勢のまま、右腕を立てる。人差し指だけが立てられている握りこぶしに、一瞬視線が引き寄せられる。


「ついでに言うと、シャリバが誕生したのもその頃」

「は⁉︎」


今何と言った? シャリバが誕生したのと流行り始めたのは同時期だって?

そんなバカなことがあるか。シャリバは昔からあって、だからここまでの認知度があるんだろ。


「信じられないみたいだけど、なら具体的にシャリバがいつ生まれたのかを知ってるの?」

「……いや、知らないな」


にわかには信じがたいことだが、ムートのこともある。自分の知ってることだけで判断するのは危険かもしれない。

聞くだけならタダだ。聞いてから判断しよう。


「無理はないわ。人間の記憶は曖昧なものなのよ。一、二年で三分の一が失われてしまう。そして失われた記憶を補うために、都合のいい嘘で埋め合わせる」

「じゃあ俺は、その嘘ってのを一生懸命信じてるのか」

「大丈夫よ。今から知ることになる」


そこまで言い、組んでいた腕を解く。そして、一歩、右足で踏み込んできた。


「シャリバが昔からあるって言うのは嘘。冷静に考えてみて、ただのデータであるシャリバがあるわけがないでしょう。そもそもインターネットが普及し始めたのだって最近なんだから」

「あ、たしかに」


言われてみればひどく簡単なことだ。なぜ今までこんなことに気づかなかったのだろうとさえ思う。


「でもそんなこと誰も考えないし、言わない。これは全員が彼らによって暗示をかけられているから」

「暗示……?」


オウムのように言葉を繰り返した。暗示という言葉の意味は知ってるが、何故ここでそんな単語が出てくるのかはさっぱりだ。

……ひょっとしてここから占いとか超能力とか、そういう類の方向に話が向かうのだろうか。だったら勘弁してほしい。そういうスピリチュアル系のものは正直あてにしてない。


「そう怪しまなくていい。別に占星術とか、そういう話に持っていこうってわけじゃないから」


どうやら、考えが表情に出てしまっていたらしい。それを見た彼女はクスっと笑うと、こう続けた。


「シャリバの網膜投影システムについては知ってるわね?」

「あぁ、一応な。まぁ、詳しい原理とかまでは知らないけど」


網膜投影システムはシャリバ最大の特徴だ。もちろんカードだけでも対戦できるが、ポータルがあってこそ、シャリバは真の魅力を発揮する。

ポータルとは、シャリバの販売元である、ライノゲームズ社が開発した独自の機械だ。その形態はまちまちで、さまざまな種類が存在している。

ポータルは特殊な光を放ち、その光が網膜を通して直接映像を見せる。見せるのは、カードに描かれたクリーチャーたち。

そう。シャリバはクリーチャーをまるで現実に存在するかのように表示させて闘う現実拡張型カードゲームなのだ。それこそが、後発のカードゲームたちがシャリバに勝てなかった理由であり、ひいては世界中で……。


「あれ……?」


おかしい。ほかのカードゲームたちは作れなかったものを、何故シャリバだけが実現できたんだ?

というか、何故ゲーム会社がそんなものを作れたんだ? どこかの研究機関ならいざ知らず、どうやって作り上げた?


「気づいたようね。そう、あのポータルという機械、誰もが疑問を挟まないけれど、明らかにオーバーテクノロジーよ」

「だよな……。一体どうやって作ったんだ?」

「それは……」

「それは?」

「私にもわからない」


なんだよ。勿体ぶるからてっきり知っているのかと思ってしまった。


「たしかなのは、作り方はわからないけれど、作り上げたのは事実ということ。そして、それを良からぬことに使い始めた、ということもね」

「良からぬこと……」

「シャリバはオーバーテクノロジーの産物。当然、莫大な費用がかかった上で運営されてるはず。なら利用料金を取られてもおかしくはない。だけどどう? 実際のシャリバは」


シャリバがとてもすごい技術で成り立ってるのはわかる。でも、たしかに……今の状態は不自然だ。

シャリバは()()()()()()()というスタンスなのだ。

カードパックの購入や、カードの購入、カードを保護するスリーブや、テーブルに敷くプレイマットなどのサプライはお金がかかる。

逆に言ってしまえば、シャリバにかかるお金なんてそんなものなのだ。聞くところによると世界大会進出者の中にも一切お金をかけていない無課金プレイヤーが存在するらしい。


「シャリバのために、ライノゲームズはどこから資金調達をしてるんだ……? というかそもそも、何のためにシャリバなんてものを作ったんだ……?」

「さっきの質問には答えられなかったけど、それらの質問については答えられるわ。あくまでも私の予想だけど」

「! 聞かせてくれ」

「鍵となるのは網膜投影システムよ。ポータルから放たれる光が私たちに映像を見せる。ここまでは知ってるわね?」

「あぁ」

「じゃあ、その光が()()()()()()()()()()()()()()()()としたらどうなると思う?」

「え? それってつまり、試合してなくても試合してる時みたいな幻覚が見えるってこと……か?」

「その通り。幸いなことに今はまだその手が及んでいない場所もあるのが救いね。とはいえ、そこも脅かされるのは近いでしょう」


ルカの言っていることは突拍子も無い事ばかりだが、その眼差しが帯びる真剣さに当てられ、強い真実味を感じる。

これが本当のことなら相当まずいんじゃないか。


「ポータルの光を浴びるということは、その間は幻を見せることができるということ。世界を見渡すと、ほとんどの人が起きている時間の多くをポータルの光の(もと)で過ごしていることがわかるわ。ほとんどの人が、映像を見せられながら生きている。それも無意識で」

「……もしかして、さっき言ってた嘘を信じ込まされてるってのもその光が関係してるのか?」

「ご名答。目は脳に直結する神経が唯一存在する器官だもの、当然関係あるわ」

「マジかよ……」

「さっきまでの話だけど、ライノゲームズはどうやって資金調達をしているか。そして、何のためにそんなことをしているか。もうここまでで結論は見えるわ」

「ロクなもんじゃなさそうな事だけはわかる……」


ルカは目を閉じ、ふぅ、と一息はくと、パッと目を開き、こう口にした。


()()()()()()()()のよ。その光に乗せて」

「……は?」


広告って、CMのことか? 突然飛び出してきた言葉が間抜けに思えて、なんというか、拍子抜けだ。


「広告って……そんなもんで何ができるんだよ」

「そうね、強いて言うなら……なんでもできるわ」

「なんでも?」

「例えば、実際には何も無い道に、工事中という看板があるように見せる。そうすると、それを見た人はその道を通らない。疑問に思うこともない。なぜなら記憶はいくらでも改ざんできるから」

「……あ」

「理解できた? 俳優や芸人が商品をPRするだけが広告じゃない。人を自分にとって都合良く動かす術もまた、広告なのよ」

「それじゃまるで、人々がライノゲームズに支配されてるようなもんじゃな……まさか」


そこまで言って気づいた。もしかして、それがライノゲームズの手段であり、目的?


「そう。ライノゲームズはポータルの光によって自社製品を買わせている。そして、世界を支配しようとしている。というのが私の予想」

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