6,なし‐ナッシブル‐
前回のあらすじ
着々と試合をこなし、腕を磨いていくムート。それを怪しむものたち。皮肉にも一番無頓着なのは、一番近くにいるはずのアスカだった。
あれから2週間が経った。プリコとの試合でギリギリの熱戦を繰り広げたムートも、さらに実力をあげた。そんじょそこらのヤツじゃ、もう相手にすらならない。今のあいつは、まさに飛ぶ2/1ファルコンも落とす勢いだ。
「これで終わりだ。《フレイム・シュート》発動。お前に3点ダメージ!」
「くっ、参った……」
「勝者、馬波!」
ほら、また勝った。シャリバ実習の授業では毎回クラス全員でトーナメントをやるけど、もうやらなくていいんじゃないかな……。どうせアイツが勝つんだし。
「おつかれ。圧勝だったな」
試合前に「預かっててくれ」と言われたペットボトルの水を手渡す。学校備え付けの自販機で買ったそれは、試合中ずっと俺が手に握っていたにも関わらず、水滴を纏うほどの冷たさだった。
サンキュ、と小声で呟きながら、受け取るムート。
すぐさまキャップを摘み、素早く開ける。
「まぁな」
ほんの一口水を飲むと、一言返した。
「そんだけ強くなると、もう誰とやっても物足りねえんじゃねえの?」
「いや、そんなことはないさ。もっと強くなんねえと……。大会近いし」
「大会?」
「あぁ。えーっと……」
持参していたペットボトルの水をさらに一口飲むと、空いている手でスマホを取り出し、捜査を始めた。
話の流れ的に大会の詳細を見せてくれるんだろうか。
「これ」
「えっと……? ちょっと借りてもいいか?」
見せてくれるのはいいんだけど……画面暗いんだよな、コイツ。おまけにすげーケチだし。電気代削りてえのか?
「あぁ、ほらよ」
「悪いな」
差し出された黒い板を右手で受け取り、画面の向きを直す。表示されているのは……
「シャドウ・リバース公認大会……
Revolutionary Age (レボリューショナリー・エイジ)……?」
「通称、R-age。かなり歴史の長い、特別な大会だ」
「へ〜……そんなすごい大会なのか? たしかにレボリューショナリーだなんて仰々しい名前だけどさ」
「らしいな。なんでも、“未来ある若者を集め、革命的なバトルを繰り広げる”大型大会とのことだ」
「へぇ〜……でもこれ、招待制って書いてあるけど? お前参加できんの?」
「あぁ。参加権ならある」
「え! あんの? どうやって手に入れたんだよ」
「推薦だ。生徒会のな」
「生徒会の……?」
「なんでも学校の代表だそうだ」
「なるほど……。それで〜、あれか。もっと強いヤツと闘いたい!みたいな感じか」
「……まぁ、そんなところだ」
「へぇ〜……。そっかぁ。そりゃすげえ」
「……」
(あの日……)
………………
…………
……
数日前
「やぁ、はじめまして」
「? あなたはたしか……生徒会の」
「あぁ。蓮 ストンだ。そういうキミは、馬波 夢有人 君だね」
「はい、俺が馬波です」
「そうか……そうだろうね」
「……」
(生徒会の人間が俺に何の用だ……?)
「ハハ……、そう怪訝そうな顔をするなよ。普通に傷つく」
「あ、すみません……」
「結構表情が出やすいタイプみたいだね。……キミの父君と、同じように」
「!」
「……すまない。教諭の手伝いで、生徒の個人情報管理をしていた時、偶然キミのデータを見てしまってね。父親の名前に馬波シン という記述を目にしてしまった」
「……」
「実のところ、私はプロプレイヤーであった馬波選手のファンでね。あの失踪からずっと個人的に調べていたんだ。居てもたってもいられなくなり……調べさせてもらった。キミのことも」
「悪趣味ですね。それをわざわざ言いに来るところがまた、ずいぶんと」
「……」
「そういうの、間に合ってるんですよ。俺の事情を知っている人は、みんなそう。かわいそうに、大丈夫?、心配してるんだよって。本当は何も思っちゃないくせに、いい顔ばかりする」
「口先だけの善意……か」
「俺のことも調べたなら、当然俺の家庭の状況も知ってるはずですよね。でも、見たところあなたが俺と母を救ってくれるとは到底思えない」
「その通りだ。私は、キミを救うことはできない……」
「でしょうね。当然ですよ。生徒会長とはいえ、一介の学生なんだから。それについて責める気はないです。わざわざそんな話をしに来たのも不問にします。だからさっさと帰っ……」
「だが、キミに“道を示す”ことはできる」
「……なに?」
「私はそのために来た。……これを」
「これは……推薦状?」
「近く、シャドウ・リバースの大型大会が行われる。各学校から優秀な生徒を1名推薦で送り出すことができるのだが、我が校はその枠にキミを推そうということになった」
「俺を。なぜです?」
「なぜもなにも、キミの実力は我が校でもトップクラスじゃないか。それだけで十分だ。それに……この大会はキミにとってメリットが2つある」
「それは、どんな?」
「まず1つ目に、この大会は優勝者に莫大な賞金が授与される。それこそ、今すぐにでも手術を受けられるくらいにね」
「!」
「さっき言ったね、キミのことを調べたと。……キミの母君は、ご病気だそうだね。病名を聞く限りら手術を受ければ何とかなるそうだが」
「……父がいなくなり、現時点での安定した収入は、ほぼない。父が残してくれた貯蓄で生活をまかなっているのが、現状です……」
「この大会の優勝賞金なら、手術後もしばらくは何の心配もなく暮らせる……それくらいの額だ」
「……」
「そして、2つ目。この大会の主催団体だが……シャドウ・リバース、及び、シャドウ・リバース関連商品の開発元であり、販売元である《ライノ・ゲームズ》だ」
「まぁ、公式というくらいですからね。それが、なにか」
「決勝ラウンドはライノ・ゲームズ本社で行われる。そして、優勝者はライノ・ゲームズのトップ……林村唯人と直接対決のスペシャルマッチを行うそうだ」
「! 林村さんと……」
「馬波プロが消えたのは、公式大会の直後だ。もしかしたら、林村唯人は何か知っているかもしれない」
「もしかしたら……父を探す手がかりに……?」
「どうかな? 本来、私も立場的に一生徒に対してここまで肩入れするのはどうかとは思うんだが……キミにとって決して悪い話ではないはずだ」
「はい……」
「今すぐに答えは求めないよ。でも、返事はなるべく急いでくれ。締め切りまであまり時間がない。キミがその気になったら……1番下の署名欄を埋めてきてくれ」
「……」
「それでは、失礼するよ」
「待ってください」
「ん?」
「お気遣い、ありがとうございます。俺……」
(そして、俺はあの話を受けた。負けるわけにはいかない闘いが、始まろうとしている)
「……」
「ムート?」
「ん?」
「あ、いや。急に黙るから……どうしたのかなって」
「いや……ちょっと考え事をしていたんだ。それより、そろそろソレ返してくれ」
「ああ、そうだった。すまんな」
そういえばコイツのスマホ借りっぱだった。とりあえずすぐ返してやろう。
と、思ったのだが……指がホーム画面に触れてしまった。あっ、と思う間に大会ホームページの画面から、アプリが並ぶ壁に移り変わった。
指で触れたのはわざとじゃない。これは確かだ。
……ただ、興味本位でその画面をチラりと見てしまったのは、わざと。アプリが並ぶ一面をパッと見回す。すると、妙なアプリが目に付いた。アイコンが真っ白で、なおかつ、アプリ名が表示されていない。
バグか何かなのか……? いや、ひょっとしたら、ウィルスなんてことも……。
「おう、確かに受け取った」
「なぁ、ムート。その端っこのアプリ、お前が入れたのか?」
「端っこのアプリ? ……ああ、これか。そうだが、どうした」
「ああ、ならいいんだ。なんか変なアプリだったからウィルスかなんかかと」
「そんなんじゃないさ……これは、お守りみたいなもんだ」
「お守り、か」
珍しいな。コイツがそんなオカルトチックなものをあてにするなんて。
「俺は……負けるわけにはいかないからな」
「ムート……?」
「ったく、ムートのヤツ……最近つきあい悪いな」
放課後。ムートは寄るところがあると言って、一人で帰ってしまった。俺もついて行っていいか?と提案しても良かったが、そうしてほしくなさそうな言いぶりだったので、そのまま別れた。
さて、これで俺は放課後の予定を失ってしまったわけだが。
「どうすっかな、今から」
帰るのも良いが、まだ夜はほど遠い。このまま帰宅するのは少しもったいない気がする。
「……ショップにでも行くか?」
俺はムートほどマジになってシャリバしてるわけじゃないが、人並みには熱中しているつもりだ。
思えば、最後にショップへ行ったのもずいぶん昔に感じられるし、行ってみるのも悪くはないか。
「よし、じゃあ行こ」
たしか、2駅ほど歩いたところに大きなショップがあったはずだ。時間もたっぷりあるし、何より交通費にかけていい余分な金なんて無いしな。
人の歩くスピードというのは、その人が一緒に歩いている人が多ければ多いほど遅くなる。そういう意味では、今の俺は最速の歩行スピードをたたき出しているだけだ。
「最初に行っておく。俺はか~な~り、は」
ショップ近くの駅についた。平日とはいえ、昼ご飯の時間が過ぎ去ってからそれなりに経っている。俺と同じように、学校帰りにショップへ寄ろうという連中が多いのだろう。なじみのない制服に身を包んだ若者たちを何人も見かけた。
目的地は皆同じ。そんな彼らを出し抜くつもりで、駅構内のデパートを通り抜け、近道をする。これが一人で出歩くメリットの1つだ。大人数では憚る場所も、問題なく通過できる。
精肉、赤飯、シュウマイなど、買い物客を釘付けにするそれらには目もくれず、一気に人混みを抜ける。
自動ドアを抜ければ、ガラスの自動ドアに大きな看板。中をのぞけば100を越えるテーブルと、その半分以上につき、対戦に興じる人々。
「ようやく着いたぜ。カードショップ“セラフ”」
早速中へ入る。入ってすぐの左手には、値引きがされたサプライ用品が。右側には店内専用の端末が7台設置されていた。たしか、この機械で自分のほしいカードを選んで、店員の人に注文するんだ。普段来るわけじゃないから詳しくは知らんが。
すでに2人、利用者がいた。一番奥と、一番手前。つまり両端だ。
まあ、あんだけ距離あれば見られる心配も無いし、やってみようか。せっかくわざわざここまで来たし。交通費だって削ったわけだし。
両端からそれぞれ同じくらいの距離を保てる真ん中の端末を利用し、ほしいカードの選定を始めた。
しかし、あまり混んでいないのは意外だった。もちろん、すいているに超したことはないのだが……道中で見かけたここを目指すであろう人の数からして、待ち時間が発生してもおかしくないと覚悟していた。
そもそもだが、シャドウ・リバースのカードはカードショップで手に入れるしかない。個人間での取引は禁止されていて、手に入れるにはこういうショップの世話になる必要がある。
さっきムートから聞いた話だと、どうも大きな大会が近いらしいし、それにむけてカードを買い求める客がいてもおかしくないはずなんだが。
商品欄を目でなぞりながらぼんやりと考え事をしていると、なにやら歓声のようなものが耳に入った。
「ん? なんだ?」
首をひねって左側に目を向けると、1つの対戦テーブルのまわりに人だかりができていた。
何騒いでんだ……店ん中で。ま、あまりにもうるさかったら、店の人が追い出すだろ。注意がそれて、端末に向き直ろうとした。そこでふと、視界の端に人のような形が映り込んだ。
「……」
俺の後方に少女がいた。まず目を引くのは、その髪。薄く紫がかった長髪が、肩に掛かる程度に伸ばされている。顔立ちから国籍を割り出すには至らないが、日本人かどうかはあやしい。背丈や表情から判断するに、年齢は俺とそう変わらないくらいだろう。
それはいい。気になるのは、何故この人は、俺の後ろにいるのかだ。端末を使いたくて並んでいるのか?と思ったが、他にもあいているところはある。なんなら、さっきまで両端を使っていた客がいなくなっていた。7台中6台が利用可能だ。
「あの……あいてますよ、横」
「……」
何なんだこいつ……話しかけても返事しないし、感じ悪い。いや、感じ悪い通り越して気持ち悪い。
にらんでいるわけでも、かといってほほえんでいるわけでもない。そんな状態から、表情一つ変えない。
「ねえ」
どうしたもんかと思案を開始してすぐに、件の人物は声をあげた。夏に吹く涼しい風のような、透き通った音が耳に届く。
「なんですか」
「どうしてここにいるの?」
「はい?」
いよいよ持って理解不能だ。何が言いたいんだこいつは。
「……僕がここにいちゃいけない理由とかあるんですかねぇ?」
「そうじゃないけど……必要ないでしょ。君には」
「は?」
「見たところ、創像カードも使ってないみたいだし。どうかしたの?」
「???」
必要ないってどういうことだ? クリエイション・カードなんてカードタイプあったっけ?
いや、ていうかそもそも、こいつの言い方、まるで俺のことを知ってるみたいじゃないか。
「いや、意味が分からん」
「分からない? あなたが今ポケットに入れてるカードよ?」
「ポケットに? あ~違う違う。これはカードっぽい形してるけど何も印刷されてないし、本のしおりに使ってるだけの……」
待て。なぜ俺のポケットに入ってるモノを知ってるんだ?
「まさかあなた、記憶が……」
「?」
「……いい? まずあなたは」
あなたは以降の言葉が聞こえなかった。というのも、さっきからちょうど騒いでる連中が、また騒ぎ出したからだ。
「うるせえなあさっきから……悪い、ちょっと何やってんのか見てくるわ」
「なっ! ちょっと、話を聞きなさい」
とりあえずこの女がただの迷惑女じゃないことはわかった。いや、わかっちゃいないな。しかし、残念ながらあの女の正体より、向こうで何の騒ぎをしてるのかが気になってしまった。
人混みの外側から、中心に何があるのかを伺う。よく見えないが……普通にシャリバで対戦しているみたいだ。
「マジすげー、今の、白根コウだろ? ウチの高校の1位の」
「やべーよなマジで。あいつ何者なん?」
「犀解高らしいぜ?」
「おお~、やっぱレベルたけ~」
ギャラリーの話を聞く限りだと、俺と同じ高校のヤツが暴れてるらしいな。シャリバで。
「! この気配は」
「どうした?」
そういやこの人とはなしてたんだっけ。
「臭うぞ……これは、偽造カードの臭いだ」
「偽造カード?」
言われて、スンスンと鼻であたりの臭いを探ってみる。
カードショップのデュエルスペース特有の臭いがする……。しかし、その偽造カードとやらの臭いは分からなかった。
「鼻いいんだな」
「ああ。鼻いいんだ」
「でも、そんなにいいと、かえって困ること多そうだよな。例えば」
「今はそんなことはどうでも良い」
彼女はそう言って、真剣なまなざしでこちらを向いた。
「なんでだ?」
一応こちらも同じように体と目を向ける。
「おそらく、いや間違いなく偽造カードを使っているのは、今そこで無類の強さを発揮しているヤツ」
「え?」
なんだって? この騒ぎの中心にいるヤツが、カードの偽造を?
「そんな馬鹿な。何を根拠に言ってんだよ」
「私の鼻はよくきく」
「……」
本当かよ。いまいち信じられない。彼女から目をそらし、人混みの奥のテーブルを見つめる。
散乱しているカードを眺めても、そのようなカードがあるとはどうも思えなかった。
「そんなこと言われても、信じられるわけないだろ」
「事実である以上、信じるも何もないでしょ」
「その事実ってのも、お前にとってはってだけだろ……」
「そんなに言うんなら、少し見ていきましょう。彼の試合を」
観客たちがまた騒ぎ始めた。どうやら新たな挑戦者が現れたらしい。……まあ、少しくらい付き合ってやるか。どうせすること無くて来たわけだし。
「次の相手は俺だ」
「どうぞよろしく」
お互いに握手している二人の右手だけが、隙間から見える。そういえば、偽造カード持ってるって疑いかけられてるのは同じ高校のヤツだったな。どんなヤツなんだろう。知ってるヤツかな?
「先行の俺から。ドロー、《竜の刻印》を設置」
《竜の刻印》ってカードの効果は分からないが、名前からしてドラゴンのカードだろう。たぶんだが。
「そういえば」
「どうかした?」
「いや……」
そういえばムートもドラゴンデッキを使っているな。まあ、今は関係ないが。
……そうだよな。関係ないはずだ。あいつは用事があるって言って、そのまま帰って行ったんだ。ここにいるはずがない。
「俺のターン。《竜の呼び手》召喚。デッキからドラゴンを手札に」
この戦術は以前見たことがある。手札をドラゴン系カードで満たし、潤沢な選択肢から、最適なカードをたたきつける。ムートが得意とする戦い方だ。
しかし、それは別に独自性のある戦い方じゃない。同じようにゲームを展開する人はごまんといる。
まだわからない。認めるわけにはいかない。やはり確かめる必要がある。アレが誰なのかを。
「何してるの?」
テーブルについている人物を見るため、俺は椅子に上ることにした。少しの間ならバレずにすむはずだ。
「あれ、もしかしたら知り合いかもしれないんだ」
「! なんですって……」
「だから……よっ」
意外と目立ってしまう。長いことこの状態でいるのは無理だ。パッと見て、パッと降りよう。
まず、右側。右は、茶髪の少年。こいつは知らない。着てる制服からしても、ムートじゃない。
次、左側。そこには……
「ムート……!」
椅子に座り、真剣な面持ちで手札をにらみつけているムートの姿があった。
前書きはあらすじとか書いてみることにします