1,遭遇-エンカウンター‐
異世界転生ってもっと使いやすい設定だと思ってたのでとりあえずタイトルにもつけたのですが、今のところ使いどころがなくて参りました。
「さぁいよいよこのバトルも最終局面ッッ……クライマックスを迎えようとしています!!!」
「どちらが勝つにしろ、このターンで勝負が決まるでしょうね……」
ドームの中に、スピーカーから放たれる2人の男の声が反響する。まるでそれが何かの合図であったかのように、周りを埋め尽くす観客たちは歓声を沈めた。
皆の視線の先には、今まさにカードの束に指をかけ、ドローせんとする1人の男。人差し指と中指でカードを引き出し、さらに親指を含めた3本の指で一気に抜き取る。
遠心力を利用して大きく腕を振りながらドローしたカードをチラリ、と横目で確認する。
次の瞬間、ニヤリ、と口元を歪める。
「俺が引いたのは、《根源的混沌悠久殲滅》!これを【閃光】コストによって詠唱!」
うぉおおおおおおおおお!!!!!!!
歓声が一気に爆発し、会場全体が異様な熱気に包まれる。
「ここに来て!ここに来て【閃光】とは!!」
「なんと言う事でしょう!!前回のターンでマナ破壊をくらい、使用できるマナが減少していたこのタイミングでッ!コストを軽減できる【閃光】!!ターン最初の通常ドローで手札に加わった場合、半分のコストで唱えることができます!!!この場合ですと《根源的混沌悠久殲滅》の本来のコスト、10の半分である5コストで唱えられます!!!!」
「10コストではないんですね!?」
地上およそ10メートル地点に黒い球体が発生し、掃除機のように戦場のクリーチャーたちを次々と吸い込んでいく。決着は近い。
「《根源的混沌悠久殲滅》の効果により、場のクリーチャーは全て消滅する。これは破壊ではないのでお前のクリーチャーの破壊時効果は発動しない!」
「……お見事」
「終わりだ。《究極最終根絶聖戦》!!本来のコストは8!だが、このカードは“このターンに戦場を離れたクリーチャー1枚につき、コストが1減少する”!よって3コスト!お互いのプレイヤーは8のダメージを受ける!」
「決まった~~!!!!!勝者は……」
ちょうどきれいに勝利の瞬間を映したタイミングで、ブツっと画面が暗転した。
「ああ~~充電切れちまった……」
「もうちょっと持ちこたえてくれればよかったんだがな……」
「お前が充電器持ってきてくれるって話しだったのに……忘れたお前が悪いんだぞ」
「どう考えても充電器を無くしたお前が悪いだろ」
身を寄せ合って手のひらに収まるスマートフォンの小さな画面を2人でのぞき込んでいた俺たちは、その無理な姿勢がたたってか、身体のあちこちに痛みを感じた。そしてそれに対するいらだちを互いにぶつけ合う。とりあえず落ち着こう。そばに寄せていた椅子を元の対面の状態に戻す。
向こうも同じようにしているので、その数秒でテーブル上のカップをひっつかみ、ぐいっと飲み込む。この店に着いてすぐに注文したホットコーヒーは、猫舌の俺にもたやすく飲めるぬるさになっていた。
「はあ~。まあ、それはいいとして、すごかったな今の試合」
「だな」
緻密な攻防、鮮やかな逆転劇。
「まさに……」
「しょうもない運ゲーのクソゲー」
「そうそう。うんげ……は?」
「ドロー1枚でひっくり返ってしまうような脆い包囲。そしてそれに頼らざるを得ないような甘い構築。世界レベルでこれじゃ……って感じだな」
「いやいやいや、実力が均衡してたからこそ運ぐらいでしか勝敗が付かなかったんだろ。それにあんな接戦であそこまでできたのはすごいと思うぜ?」
「どうだかな」
「……」
なんかこいつ、最近やけにシャリバに対する考え方がとげとげしいんだよな。なんかいやなことでもあったのか?
「お前、ひょっとして……」
「なんだよ」
「俺に勝てないからおこなの?ねえおこなの?」
「今からお前の顔面をぐちゃぐちゃにしてやる」
実際こいつ、俺の友人である場波 夢有人は最近調子が悪い。クラスの中ではかなり上位の強さで、俺もずっと負かされてきた。
が、最近はそうでもなくなってきた。弱くなったというわけじゃないが、以前ほどの強さはない……気がする。これは深刻な問題だ。
シャリバがただのお遊びならそんなに大事じゃない。だけど、あいにく今の世の中ではシャリバは遊びじゃない。
シャリバはいわゆるカードゲームだ。その歴史はとてつもなく古くて、一種のたしなみみたいな物になってる。「一人前の大人になるならシャリバができなきゃ」とか、そんなことを言われるくらいには。
なぜなら、シャリバほど“人との格差を明確にできるツールはない”から。勝率は最善の手を考える思考力、状況分析の判断力、そして幸運を引き寄せるための予測力を。さらに、所持しているカードのコレクションで、持ち主の資産レベルも把握できる。
つまりシャリバの実力は社会的なステータスになる。そしてムートは、今それを失いつつあるのだ。
しかしまあ知ったことではない。そんなことでいちいち悩むようなやつでは無いと思うし、弱くなったのならまた強くなれば良いだけだ。それができないやつだとも思えない。
だから今必要なのは、下手に励ますでもなく、慰めるでもない。笑って、あるいは怒ってやり過ごせば良い。スランプなんて誰にでもある。気に病むようなことじゃない。
俺たちの仲もそんなに薄っぺらい物じゃない、周りの奴らがいなくなっても、俺はお前の味方でいてやる。
「いっでえええ!!!グーで殴ることねえだろおいなあ!?」
「殺す」
やっぱやめようかな……。人間性に問題あるし、こいつ。
「追い出されちまったな」
俺たちは途方に暮れ、くらくなりつつある寒空の下に放り出されていた。
さすがにカフェで騒ぎ立てるのはまずかったか。反省してほしいものだ。ムート。
「誰のせいだよ……」
しかし、参った。あの店を追い出されるといよいよ行く当てがない。あいにくここら近辺にはカードショップなんてないし……。いや、待て、調べればいけるか?せいぜい2駅くらいだろ。
そう思い立ち、ポケットからスマホを取り出して電源ボタンを短く1回押す。
そういえば充電切れだった。
「なあムート、お前のスマホで……」
ウンメイノー
言いかけたところでムートのポケットから歌が聞こえてきた。スマホから発せられているようだ。
「電話だ」
すげえなお前。今時着メロなんて使ってる高校生いたのかよ。
「……ああ、わかった。すぐに行く。それじゃ」
「誰からだ?」
「ちょっとした知り合いからだ。今から来れるかと聞かれた」
「ああ~……そう。それで行くことにしたのね」
「ああ。じゃあな」
「おお。じゃあな」
それだけ言い残して、いそいそと去っていてしまった。
「俺も帰ろうかな……」
意気消沈した俺は、1人帰路につくことにした。
「そういえば、路地裏って通ったことないな……。いつも行く道じゃ見飽きてるし、たまには行ったことない道で帰るか」
この選択が正解だったのか、それとも間違いだったのか、正直分からない。
ことが起きたのは、これから10分ほど経った頃だ。
裏路地を進んでいく内に奇妙な場面に遭遇し、思わず隠れて見守ることにした。
黒いパーカーでフードをかぶっている怪しい風貌の男と、もう1人は至って普通の少年というおかしな組み合わせの2人。初めはカツアゲか?と思ったが、どうも様子がおかしい。どちらかが優位にたって搾取しよう、という雰囲気じゃない。なんというか、取引じみているというか。
「これが……」
「そう……お前が欲した物だ」
黒い方の男が取り出したのは、インスタントカメラだった。それほど大きくない、おそらく横幅15cmも無いくらいの物だ。
一体あれがなんだと言うんだ……。もしかして、わざわざ隠れて盗み見るような物ではなかったのではないか。
「確証がほしい。実際に動かしてみてくれないか」
「ああ。お安いご用だ」
不思議なことが起こった。男がスイッチを押すと、インスタントカメラらしきそれは、ヴィ~ンと間抜けな音を立てたかと思うと、なにやら紙を1枚吐き出した。
——カードだ。間違いなく。
「なっ!?」
「!誰だ!」
思わず声が出た。そして気づかれた。いやしかしこれはいたしかたない。カードを不正に作っている現場に出くわしてしまったのだ。やばいのは明らかだ。
そもそも、現代においてカードを入手するにはショップを利用する必要がある。公式が個人間でのカードのやりとりを禁止しているためだ。
というか、シャリバのカードはまず“カードではない”。ただのデータだ。それをカードとして使うためには印刷生成しなければならない。当然それには印刷生成師としての免許がいる。
つまるところ、これは不正にカードを生み出している瞬間であり、そのための道具を取引している紛れもない犯罪現場だ。
逃げよう。やっかいなことになる前に。さあ振り返って、そのまま全力で……。
「何者だお前」
「うお!」
ぐずぐずしてたらもう目の前にいた。無駄なこと考える前に逃げろよ。
「見たな?」
「!」
「クソッ!」
あっ!あいつ逃げやがった!
「見られてしまった以上仕方ない……」
「!こ、殺す気か!?俺を!」
「ああ、消えてもらおう。シャドウ・リバースでな!」
VS黒フードの男 LP20
「????ナゼカード????」