10,敵対‐アゲインスト‐
「俺のターン! ドロー!」
ターンの開始を宣言し、ドロー・ステップまでの行程をたどる。引いたカードは、この状況下で機能するものではない。
「くっそ……どうする」
次のターンで、ムートは6マナ使用可能になる。6コストの大型クリーチャーを投げつけられれば、そのままズルズルと不利になっていく。
落ち着け。まずは盤面をよく見ろ。
ムートの場にあるカードは、攻撃力2体力1(2/1)の《サラマンダー・ドレイク》のみ。
とりあえず、これを処理してしまえば次のターンで攻撃されることはない。
……【疾風】を持つカードでなければ、の話だが。
俺の場にあるのは《書庫の管理人》と、管理人の能力で場に出た《叡智の輝き》の2枚。
《書庫の管理人》のステータスは1/2。
《叡智の輝き》は現在、スタンバイ:1のインヴォーク。
戦闘に参加できるのは管理人のみか。
たしかに、管理人をサラマンダーにぶつけてしまえばそれぞれ致死量のダメージを受け、破壊される。
だが、そうすると次のターン、俺の場は《叡智の輝き》以外のカードがないガラ空きの状態になる。大型クリーチャーを出すにはもってこいの状況だ。
できるならば、それは避けたい。
よし。一つずつ処理をしていこう。
「アクティブ! 《書庫の管理人》で《サラマンダー・ドレイク》に攻撃!」
攻撃宣言を行うと、管理人はサラマンダーに向かって、両手のひらをかざす。かざした手のひらから、まばゆい光の球が高速で飛び出す。
それとほぼ同時に、サラマンダーも火球を放った。
体力が0になったクリーチャーは場に存在出来なくなる。
互いの攻撃が命中し、互いに消滅した。
「まずはサラマンダーを倒せた。次は……」
次は防御を敷く。まぁ、ドラゴンデッキ相手だと心もとないが、ないよりはマシなはず。
「《シールド・プリースト》を召喚!」
「なるほど、囮か」
自分の体よりも大きな盾を持つ、屈強な僧侶が現れる。ステータスは4コストで4/4と、これだけならかなり標準的な性能である。
もちろん、それだけではない。このカードの最大の強みは、ムートも反応した【デコイ】にある。
本来、攻撃する際、何を攻撃対象に取るかは攻撃側が決める。
しかし、【デコイ】能力を持つカードがある場合は、それしか対象にできない。
文字通り、デコイ。自ら囮となって、プレイヤーやクリーチャーを守ってくれる。
「これでターンエンド」
ムートの場を空け、こちらの場にはデコイを残した。エンド・ステップに進み、ターンを渡す。
「俺のターン。ドローまで」
視界の隅で、マナの数を表す光が6つ目の輝きを放つ。デッキからカードを引き、手札は5枚。
「体力が多いな」
手札を見つめながら、ムートが突然語り出した。
「ドラゴンデッキに採用されるダメージを与えるカードは、だいたい最大ダメージが“3”。体力が4である《シールド・プリースト》を倒すには、最低でも2枚のカードを切る必要があるってわけか」
ドラゴンデッキの固定枠と言われている火力ダメージカードは、そのどれもがコスト1〜2だ。1枚でも使えば、このターンの使用可能コストは5になる。
「“6コストからがドラゴンの本気”とよく言われるくらいだしな。たしかに、それならしばらくの時間稼ぎができたかもしれない」
「かもしれない?」
思わず聞き返すと、ムートは無表情を崩した。
笑顔だ。口角が左右対称に持ち上がる。
「俺は3コスト支払い、《ドラゴン突撃兵》召喚」
「なに? 3コスト?」
現れたのは、中世ヨーロッパにありがちな鎧をまとった赤い鱗の竜。右手にはサーベル、左手には盾を持っている。迫力は……コストに見合った程度のものだ。
なぜ3コストのカードを? そんなカードでは《シールド・プリースト》を突破することはできないというのに。
「驚いてくれたみたいだな? なら、次のカードも驚いてくれると嬉しい。もっとも、違う意味での驚きになるだろうがな」
「何をする気だ」
残り3マナで何かできるとは考えづらいのだが……あいつの表情からして何もないわけがない。しかし、本当に何が来るかわからん。
警戒心で体が固まる俺を愉快そうに見つめ、ムートは手札の1枚を切った。
「手札から、《氷と雷の魔剣》を発動!」
場に出たのはオブジェクト・カード。そこから現れたのは、刀身が氷でできた剣。気泡一つなく、どこまでも透き通った一種の芸術に、俺は嫌という程見覚えがあった。
「氷と雷……!? ウソだろおい……!」
それは、俺がかつて喉から手が出るほど欲していた超レアカードだ。あまりの希少さゆえ、ついに手に入ることはなかった。
俺が手に入らなかったということは、ムートも条件が同じなはずだ。それなのに所持しているということは、その事実が示すのは一つだけ。
「お前、そんなカードどうやって手に入れた!?」
「……貰ったんだよ。親切な人にな」
無理がありすぎる。使いたいという気持ちが先行しすぎて、言い訳すら考えていないのか。
……問いただすなら、今かもしれない。
「お前、どうしたんだよ? ワイバーンとか、アイボルとかさ……どうしてそんなモンに手を出した?」
「! どういう意味だ」
ほんの僅かに、ムートの眉が傾く。ここまで言えば気づけるくらいに、あいつは察しがいい。さらに追求する。
「いつからなんだ? どこでそんなものを手に入れた?」
「……」
睨まれるが、こちらも負けじと見返す。
ここで目をそむければ、俺は二度とこいつと向き合えない気がする。
「……答えたくないな。特に、お前みたいなふざけた奴には」
「おい! ふざけてなんかないぞ」
「ふざけてるさ!」
突然声を荒げるムートに、俺は思わずビクッと体が反応してしまった。周りで見ていた奴らも驚いたのか、一瞬静かになった。
「勝ち負けがそこまで重要じゃないみたいなツラしやがって……。お前だけじゃない、みんなそうだ。真剣にやってるとか言うくせに、そういう奴に限っておちゃらけたお遊びとしか捉えてない」
「ムート……?」
「俺は違うんだ。勝たなきゃならねぇんだ。勝たなきゃ価値ねぇんだ、値札がつかねぇものはいらねぇんだよ……!」
うつむいてブツブツ何かを言っているが、聞き取れない。なぜだムート? なぜ言いたいことがあるのに、俺には言ってくれないんだ?
「《氷と雷の魔剣》は発動時、クリーチャー1体を対象とし、装備される」
場に出ているクリーチャーは《ドラゴン突撃兵》のみなので、当然装備対象もストライカーだ。
右手に持ったサーベルを投げ捨て、魔剣を握る。途端、氷の塊たる刀身から、一筋の雷光がこぼれた。
「さらに、《氷と雷の魔剣》は場に出た時、相手のクリーチャー1体を選び、2点のダメージを与える」
気づいた時には、光が盾をすり抜け、《シールド・プリースト》の体に直撃していた。
致死量のダメージではなかったが、十分な痛手だ。盾を地面に打ち立て、片膝をつく。
「さらに、魔剣は装備したクリーチャーに【疾風】を与え、自身の攻撃によって戦闘を行う際、受けるダメージを3軽減する。ストライカーでプリーストを攻撃!」
「くそっ!」
2点のダメージを受け、うなだれているプリーストは、ろくな反撃もできないまま倒されてしまった。
「後がないな? ターンエンドだ」
戦況はもうどうしようもないくらい不利だ。場に出ているクリーチャーこそ軽量のお手頃生物だが、アイボルがあまりにも厄介。
クリーチャーは殺せば死ぬが、オブジェクトは何らかの効果で破壊しなければならない。
そして、俺のデッキに破壊手段はない。つまり触れようがないということだ。
「俺のターン……スタートアップ」
ターンの開始を宣言すると、俺の盤上で唯一のカード、《叡智の輝き》がスタンバイの数値を進めた。
「《叡智の輝き》のスタンバイが0になったので効果を発揮……! デッキから2枚ドローする」
まず1枚……だめだ。これじゃない。
次、2枚目……これでもない。今欲しいのは戦闘を挟まずに脅威を排除できるような……。
そんな時だった。
視界の右側が真っ白になる。遅れて、目に焼け付くような痛みが広がる。
「眩しっ!!」
とっさに目を閉じて顔を背けた。それでもこと足りず、右手で目を覆う。
光? 何の?
右からの光だ。ちょうど、あの真っ白のカードを置いておいた場所から……。
「……あれ?」
無い。さっきまでここにおいてあったはずなのに……どこに行ったんだ?
誰かが持って行った……?
いや、それはない。この試合中、誰かが干渉してくることはなかった。誰も触れることはできなかったはずだ。
テーブルの下か? 手札を伏せて両手を開け、軽く椅子を持ち上げて後ろにずらす。
足元、テーブルの下を一瞥する。が、やはり無い。
一体どこに……?
「おい、お前のターンだぞ。さっきから何やってる」
「え? あぁ、すまん」
まぁ、特に困ったことがあるわけでもないし、後でいいか。
「ドロー。え?」
引いたのは……真っ白なカード。文字通り真っ白。テキストのフレームすらない。
「な!?」
どうなってる? たしかにテーブルに置いたはずなんだが……。視線が手札とテーブルの間を行ったり来たりする。
どうしてこんなことに……。なぜ紛れ込んでしまったのかはわからないが、せめてストライカーを倒し、同時に魔剣も処理できるようなカードだったら良かった。
何かしらテキストが書かれているならまだしも、真っ白なカードでは効果なしどころの騒ぎじゃない。
「ん??? え?」
白のカードをもう一度確認する。見間違いじゃない。絵がある。テキストも。
何なんだこれは……。
「まさか」
顔を左に向け、ルカに目を向けると、彼女は腕を組んでうんうんとうなづいていた。
これが、クリエイション・カードの力なのか……?
というか、誰か気づきそうなもんだが。誰も指摘しないということは、みんな気づいていないのか?
「……俺は、《堕落の果ての強盗僧》を召喚」
現れたのはボロボロの僧衣を纏った僧侶だ。
前傾姿勢で、口元には不気味な笑顔を浮かべている。
ステータスは2/2。はっきり言って弱い。ステータスだけなら。
このカードの真価は、その能力にある。
「《堕落の果ての強盗僧》の効果発動! 相手クリーチャーがオブジェクトを装備している場合、そのクリーチャーを破壊し、装備品を奪う!」
「なに!?」
スティーラーは目にも留まらぬ速さでストライカーに接近し、右手の魔剣を奪い取ると、勢いそのままに竜の腹に突き刺した。
「ばかな……! そんなカードが存在していたのか……」
ムートはこのカードのことを知らなかったようだが、無理もない話だ。
このカードはさっきも言った通り、弱い。
効果が今のようにうまくハマれば確かに強いこともある。しかし、今までの環境で、有用な装備カードが広く出回ることはなかった。
故に装備カードを使う者は少なく、必然的にスティーラーも活躍できず、歴史の陰に埋もれて行った。陽の光を浴びることなく。
そんなマイナーカードも、流石にここまでお膳立てされれば強く見える。
「クソ! カードパワーの暴力かよ!」
「はぁ……?」
いや、暴力はお前だよ。《氷と雷の魔剣》だぞ。しかも《かぎ爪のワイバーン》もだろ。
節操がなさすぎる。ゲームの裏ワザを覚えたての小学生みたいだ。
「……まぁいい。そっちはほんの余興だ。焦ることはない」
「そういうのは声に出すなよ……」
ターンがムートの手に渡る。
後攻5ターン目がスタートする。
「アクティブ! 《かぎ爪のワイバーン》!」
声高に宣言し、テーブルにカードを叩きつける。カードの表面から台風のような渦巻く風が立ち上がる。
台風の目から竜が飛翔する。漆黒の鱗に身を覆われたワイバーンだ。出てくると思ってたよ。
「ワイバーンの効果はドラゴンの戦闘ダメージを効果ダメージに置き換える能力と、相手に与える効果ダメージを+1する能力だ。お前も知っての通りだよな?」
「お前……覚えていたのか」
「当たり前だろ……アレがなきゃこんなカード知り得なかったわけだしな」
覚えていた、というか恨んでいたという方が適切なように思える。
「《氷と雷の魔剣》が軽減するのは戦闘ダメージ。効果ダメージは軽減できない! 《かぎ爪のワイバーン》で《堕落の果ての強盗僧》を攻撃!」
ワイバーンの灰色の大きな爪が迫ってくる。
「蹴散らせ! ワイバーン!」
「俺は戦闘開始時に《緊急手当》を手札から発動! このターン、致死量のダメージを受けるクリーチャーは、体力が1の状態で生き残る!」
「何!?」
本来死ぬはずだったスティーラーが場に残り、ワイバーンがダメージを負うだけで戦闘は終了した。
「チッ……ターンエンド」
「俺のターン! ドロー!」
引いたのは……よし、良いカードだ。
「アクティブ! 《再誕する運命の女神・ウルド》を召喚!」
「ウルドだと!?」
「ウルドの召喚時能力! 場にあるカード1枚をゲームから取り除き、再びフィールドに戻す! 対象にするのは《氷と雷の魔剣》だ!」
ウルドの名を冠した人型のクリーチャーが両手を広げる。すると、対象にとられた魔剣が消滅した。かと思うと、今度は空中に突如現れ、そのまま重力に引かれて地面に突き刺さった。
「これによって魔剣が場に出た際の能力が誘発する。対象はお前のワイバー……」
「バカが! 《氷と雷の魔剣》のコントロール権は俺にある! 効果対象を選べるのは俺だ!」
「バカはお前だ! ウルドの能力は、場にあったカードを取り除き、元の状態で戻す効果だ! つまり、魔剣はスティーラーに装備された状態で場に戻る! コントロール権は俺に移った!」
「何ィ!?」
魔剣から稲妻がほとばしる。それはワイバーンを的確に捉え、たやすく葬った。
「これでお前の切り札はなくなったな! バトル! 魔剣を装備したスティーラーで攻撃……」
「あ、俺用事思い出したから!!!」
「え」
あっけにとられているうちにムートはカードをまとめて席を立ち、逃げるように店を出て行ってしまった。
「え? え?」
その場にいた誰もが、しばらくの間身動き出来なかった。




