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9,相対-フェイシング-

「そんな……ばかな……」

「そういう反応をするのも仕方がないと思うわ……」


衝撃的な事実を告げられ、動転している俺に構わずルカは続ける。


「でも事実なの。シャリバによってポータルを世界に広めたのも、それによって人々を操ろうというのも」

「いや、でもお前の予想だって最初に言ってたじゃん……」

「……そうとしか考えられないでしょう」


少し飛躍しすぎな感じが否めない。しかし、完全に否定することもできない。


「そんな危機的な状況を打破するために、あなたが選ばれた」


そう言って俺を指差す。


「選ばれたって、何に? というか、何が?」

「……で、何故かその記憶を失っている、と」

「記憶を失うも何も、最初からそんなこと知らない」


出会い頭にも記憶がどうこう言われたが、言いがかりもいいところだ。本当に何も知らない。


「そんなはずはないと思うんだけどね……。現にそのカードを持ってる」


ルカは俺の右膝、正確にはズボンの右ポケットを指差す。

ポケットをまさぐって、出てきたのは一枚の紙。


「これがカードとは思えないんだが」


大きさはポケットティッシュより小さい。厚さも、一ミリもないだろう。

たしかにカードだ。大きかだけなら。


「だってこれ、テキストもイラストも、裏面のデザインすらないただの真っ白な紙だ」


言いながら裏表をペラペラとめくり、確認する。やはり何も書いていないし、描かれていない。


「それは、クリエイションカード。あらゆる局面を跳ね除ける、最強にして最上位のカード」

「最強最上ですか……これがねぇ」

「ええ。そのカードでなければ、彼に対抗するのは難しいでしょうね」


あやうく、彼? と首を傾げそうになった。

そうだ、今の状況はたしか。


「これで、ムートに?」

「そのカードの効果を引き出せれば、いくらカードを偽造されようとも、物ともせずに勝てる」

「引き出す……?」

「クリエイションカードは使用者を選ぶカード。私たちはあなたにその素質を感じ、カードを託した。だけど……」


なるほど、そんなことがあったのか。

たしかに、俺はこれを手に入れた経緯を全く覚えていない。


「なんで俺は、そんな大事なことを忘れてるんだ?」

「さぁ、こっちが聞きたいくらい」


両手を肩くらいの高さまでまで上げ、手のひらを上に向ける。お手上げ、という感じか。


「でも、いつまでもくよくよしてるわけにはいかない。こうなったら、闘いながら引き出してもらうまでよ」

「そ、そうか。まぁ、やってみる」


あまり自信はないが。ムートには聞きたいことがある。何故カードの偽造なんてしたのか。その手法はどんなものなのか。


「どうせ、負けたって特にペナルティがあるわけじゃないしな」

「……そうね」


そうと決まれば、早くショップに戻ろう。

もしかしたらムートが帰ってしまうかもしれない。

店から出てきた時とは逆に、今度は俺が先を歩き、ルカは後ろから追う形で道を戻った。


ルカの表情が少し気になったが、振り返ってまで覗くほどじゃなかった。



…………



「俺の勝ちだ」

「くぅ……」


テーブルは相変わらずの熱気だった。店先はそれほどでもないのだが、奥に進むに従って、つい足を止めてしまうほど暑苦しい。


「そろそろ俺は帰るよ。次でラストにしよう。誰かいるか?」


熱の中心たる、ムートが声を上げる。

聞き届けた外野はざわざわと、次行けよ、お前行けよと互いに押し合う。

誰もおどり出るそぶりがない。


「次は俺だ」


他に出てくる者が現れる前に手を挙げ、宣言をする。すると、まるでモーゼの十戒のように人海が割れる。


俺の声が人混みを切り裂いた。なんだか気持ちがいい。まぁ、誰一人例外なくジロジロ見てくるのはいい気分ではないが。


「アスカ……何故お前がここに」


それまで余裕の笑みすら浮かべていたムートが、急にバツの悪そうな顔をする。そんな顔すんなよ。追求はするが。


「お前こそだろ、ムート。用事って言ってたのはここのことか?」


もちろん、そんなはずはない。カードショップに行きたいという用事なら、俺と一緒でも問題ないのだから。わかっていて聞いた。


「いや、用事が意外とすぐすんだから、近くを通ったんで寄ってみたんだ」

「なるほどな」


それが本当かどうかは、この際どっちでもいいか。真に聞きたいことはそんなことじゃないわけだし。


「……さて。始めようぜ、ムート」

「ああ、やろう」


椅子を引いてテーブルに着く。身長がほぼ同じくらいの俺たちは、座っても目線がほぼほぼかぶる。


最近は面と向かって顔を付き合わす機会がなかったからかもしれない。ムートの目が冷たい。今初めて気づいた。


「さっきまでバトルしてたから、ポータルを使ってやるぞ。レギュレーションはBO1(一本先取)だ」

「ああ、わかった」

「プレマはそこに敷いてあるやつを使え。店から借りたものだから、終わったら返す」

「へぇ〜。んじゃ、負けた方が二人分返す、てことでどうだ?」

「フッ。その言葉、忘れんなよ?」


軽く挑発すると、軽口で返してきた。ある程度、普段の明るさを取り戻してくれただろうか。


制服の上着のポケットからデッキを取り出す。念入りにシャッフルし、相手の手前に置く。ムートも同じようにデッキを差し出していた。


今度は、お互いがお互いのデッキをシャッフルしあう。これは、公正公平かつ、正々堂々と闘う真剣勝負をするという宣言でもある。


カードを切りながら思う。

なんか、笑っちまうな。ムートが不正をやっているのは、ほぼ確定だ。白々しいにもほどがある。


理由、ちゃんと聞き出さないとな。けど、どうやって聞けばいいんだ……?

切り終えたカードをムートの手前に戻し、チラリと視線を右に滑らせる。


ルカの姿が見えた。その視線は、真っ直ぐにこちらへ向けられている。

……そういえば、あのカード。


思い出したように、ポケットから例のカードを取り出す。どう見てもただの紙切れだ。

これで一体何が起きるんだろうか。


「待たせたな。じゃあ、初手を引こう」

「あぁ」


眺めていたカードについて、特に言及されなかった。それどころか、こちらを見ることもない。



俺は真っ白のカードをプレイマットの外側、右手のさらに右に置く。これについても、誰も文句を挟まない。


おそらく、メモ帳代わりか何かと思うわれているんだろう。


このゲームでは試合中にメモ帳とペンを使うことが許されている。


手札開示(ピーピング)や、手札破壊(ハンデス)によって見えたカードは公開情報となり、ポータルによって視界の端に表示される。


一応、シャリバではポータル無しのバトルもサポート対象だ。なので、試合中にメモを取る行為も許されている。


公式曰く、「シャリバは記憶力を競うゲームではないので」とのこと。


「初手は3枚。先行後攻はポータルが決める。じゃ、始めるか」

「よし!」


ポータルから光が発せられる。これが俺たちに幻覚を見せ、異次元のゲーム体験へと導く。


「「バトル(よろしく)スタート(お願いします)!」」


俺とムートの声が重なり、バトルがここに始まった。



…………



「先行は……お前みたいだな。アスカ」

「ああ、みたいだ」


デッキがめくれ上がって、カードが一枚飛んでくる。そこには大きな文字で先行と書かれていた。


これはポータルが見せる、映像。実際にカードはめくれてないし、飛んできてもいない。

先行後攻がランダムに決定されたというだけだ。


「先行初手3枚……」


デッキから初手を引く。これは自分の手でカードを引く必要がある。デッキの一番上デッキトップのカードをめくり、確認したらテーブルに伏せる。


伏せたカードをスッとプレイマットに擦りながら、手元に持ってきて、左手に持ち替える。

相手に手札が見えないようにするための動作だ。


これを三回繰り返す。手に入った手札は、そこそこ。低コスト、中コスト、高コストの3枚。悪くない。


目線だけを動かして、ムートの顔色を伺う。

じっと手札を見つめるあいつの表情からは、何も読み取れない。


「俺は引き直し(マリガン)しない。この手札でキープだ」

「なら、俺は一枚引き直す(マリガン)


ムートは一枚手札を デッキの底(デッキボトム)に置き、デッキの上(デッキトップ)から一枚引く。


俺は一枚もマリガンすることなく、キープした。そして、ムートも一枚マリガンこそしたが、一枚のマリガン程度で済む手札だったということだ。


お互いに全力で闘うことになるだろう。


「いいぜ、始めてくれ」

「ああ。先行1ターン目、開始」


シャリバはターン制のカードゲーム。それぞれのターンはいくつかのステップに分けられている。


まず、スタートアップ・ステップ。

特に何かをするわけではない。このタイミングでターンが移り変わった、と良プレイヤーが納得するための時間だ。


「YOUR TURN PLAY FAST-01」という文字が視界の中心に現れる。訳すと、「あなたの手番(ターン) 先行1ターン目」となる。


3秒ほどでその文字も消えた。


次に、チャージ・ステップ。

カードを使用するために必要なエネルギーである、マナの最大値が+1される。


マナは蓄積されていくので、毎ターン使い切っても、次の自分のターンには戻ってくる。


リカバー・ステップ。使用済みのマナや、行動済みのクリーチャーが行動権を取り戻す。

しかし、1ターン目なので関係ない。


ドロー・ステップ。デッキからカードをドローする。後攻の1ターン目のみ、2枚ドローで、それ以外は1枚ドローだ。


デッキに手を伸ばし、めくる。ドローしたカードを確認、手札へ。


そして、アクティブ・ステップ。

マナを使ってカードを使用したり、相手に攻撃を仕掛けたりするステップだ。


しかし、今回は1マナで出せるカードも、場に出ているカードもないので、何もできない。次のステップだ。


エンド・ステップ。ターンを相手に渡す。


「ターンエンド」

「俺のターン。後攻1ターン目、2ドロー」


後攻1ターン目の特権である、2枚ドローを行い、手札は5枚。


「俺も何もしない。ターンエンド」


ムートの手札にも、1ターン目に動けるカードはないようだ。ターンを受け取り、俺のターンを始める。


「スタートアップ、チャージ、リカバー、ドロー」


慣れた手順なので、一気に進める。現在の所有マナ最大値は2。2マナまでのカードを使える。


使うのは、これだ。手札の一番左からカードをテーブルに置き、宣言する。


「《聖鳥の飼育書》、発動」



分厚く、年季が入った古めかしいハードカバーの本が描かれたカードを場に出した。

すると、カードの表面から、イラスト通りの本が出現した。


出現、というよりは生えてきた、という方がふさわしいかもしれないな、といつも思う。


一見重たそうな本ではあるが、大きさはカードの上に収まる程度のものでしかない。随分と可愛らしい。


それに、何よりこれは映像だ。試しに右手で触れようと試みるが、すり抜けてしまう。



「《聖鳥の飼育書》はスタンバイ状態で場に出る。スタンバイ:1なので、次のターン、ファルコンが場に出る」

「定石通りの展開だな」


《聖鳥の飼育書》はインヴォーク・カードというタイプに属する。

インヴォーク・カードは、さらに大きなオブジェクト・カードというタイプに属する。


《図形》、というカテゴリの中に《三角形》や《四角形》があり、《三角形》の中にも《二等辺三角形》や《直角三角形》などの種類があるのと同じと捉えればいい。


この場合の二等辺三角形は飼育書。三角形がインヴォーク・カードだ。


オブジェクト・カードは発動後、フィールドに残り、効果を発揮し続ける。しかし、中には制限のあるものもある。


【スタンバイ】と呼ばれる能力がそれで、強力な効果を発揮する代わりに、その発動のためには、スタンバイの後ろに書かれた数の自ターンスタートアップを経過する必要がある。


《聖鳥の飼育書》はスタンバイ:1。

なので、次のターンに効果が発揮され、ファルコンというクリーチャーが召喚される。


「ターンエンド」


次のターン、手札の3コストのカードを使えば、ファルコンと3コストカードという2枚のカードで圧をかけることができる。


クリーチャーの多数展開(横並べ)が大事になるシャリバにおいて、順調な滑り出しと言える。


「俺のターン。スタート、チャージ、リカバー、ドロー」


同じように高速でターンを進行するムート。

手際の良さで実力が測れるというが、ムートのそれは格別の一言だ。


「俺は《竜のお告げ(ドラゴンズ・オラクル)》を発動」


ムートはそう宣言し、カードを掲げた。すると、飼育書と同様に表面から球形の光が現れ、弾けて消えた。


そして同時に、ムートのマナの表記が0/2から0/3になった。


「《竜のお告げ(ドラゴンズ・オラクル)》の効果により、俺の所有マナ最大値を+1する」


つまり、このターンは何もできない代わりに、次のターンから1マナ多い状態で闘えるということだ。


ドラゴンデッキ特有の闘い方。序盤からマナを伸ばし、中盤で高コストカードを叩きつける、いわゆるランプ戦術だ。


この戦術が厄介なのは、先行後攻の差を有利不利を埋めてしまうことだ。本来、相手より1マナ多い状態で闘えるはずの先行が、その有利差(アドバンテージ)を失ってしまった。


もたついていたらすぐに追いつかれる。さっさと決めてしまわなければ、逃してはもらえないだろう。


「俺のターン! スタートアップ時にスタンバイが1減り、ファルコンが召喚される。そのままアクティブまで」


カウントが1から0になる。と、同時に本が消える。

そして、入れ替わりで《聖鳥・ファルコン》という名の真っ白いハヤブサが現れる。


ファルコンは攻撃力が2、体力は1であり、

標準的な同コスト帯のステータスに比べるといささか貧弱だ。


しかし、ファルコンにはそれを補って余りある能力がある。それが【疾風】だ。


「まずはファルコンの【疾風】! 場に出たターンに行動できる。ムートに攻撃する!」


そう宣言すると、ファルコンはキィ!と雄叫びをあげ、ムートに向かって突っ込んでいく。

眼前で止まり、爪で顔を引っ掻く動作をする。


「くっ!」


ムートは、顔を左腕でかばう。

もちろん、ケガはない。ただの映像だ。直接当たる前にすり抜ける。


そのままムートを見つめ続けていると、LP20という文字が大きく現れる。と、思ったら20が18に変わった。


ファルコンの攻撃によってムートの本体(ライフ)にダメージを与えたのだ。

LPはライフポイントの略で、ゲーム開始時の持ち点は20点。ファルコンで10回殴れば勝ちだ。


カードは攻撃すると、行動済み状態となり、ぐったりする。それ以上の攻撃ができない。

俺は続けて手札からカードを使用することにした。


「俺は手札から、《書庫の管理人》を召喚」


ファルコンのとなりにカードを置いた。たくさんの本棚に囲まれた少女のイラストが描れてるそれからは、イラスト通りの少女が出現した。


なぜこんな少女が管理人なのか? どうやってこれほどの本を集めたのか? など、思わないわけじゃないが、あいにくそれほど気にならない。


俺は拝啓ストーリオタク(ヴォーソス)ではない。このカードが強いという事実だけで十分だ。


「管理人の召喚時効果発動! 手札から召喚した際、《叡智の輝き》を場に出す」


管理人の右に、《叡智の輝き》と名のついたカードが現れる。


「《叡智の輝き》はスタンバイ:2で、カードを2枚ドローできる」


これで俺は出来る限りのマナを使った。

さて、どう転ぶか……。


「ターンエンド」

「俺のターン。ドローまで」


ステップを通過し、アクティブまで動いた。

現在の使用可能マナは4マナ。ここで仕掛けてくるか?


「2マナで《サラマンダー・ドレイク》を召喚」


そう宣言し、カードを手元に置く。置いたカードを人差し指と中指でフィールドにまで引きずる。


カードからは焦げ茶色のウーパールーパーのようなクリーチャーが出現した。


「!」


口の中で炎が渦巻いている。心なしか、頬が膨らんでいるように見える。嫌な予感だ。


「《サラマンダー・ドレイク》の召喚時効果。フィールドのカード1枚に1点のダメージを与える」

「! 1点ダメージだって!?」

「消えろ、ファルコン!」


サラマンダーが口に含めた炎を一息に吐き出した。炎は火球となり、ファルコンを襲う。


一身に炎を浴びてしまったファルコンは「ピギィ」という断末魔をあげながら燃え上がり、やがて消滅した。


まずい。クリーチャーを複数並べて数で優位に立とうという算段だったが、《サラマンダー・ドレイク》の能力でこちらのクリーチャーを1体除去。

さらにサラマンダー自身が場に出たので1体展開。


つまり、2体分のアドバンテージを取られてしまった。

シャリバは基本的に、手札にあるカードしか使えない。


故に、相手よりアドバンテージが高くなるようにカードを切り続ければ、いずれは消耗戦の末に勝てる。


今の俺は典型的なジリ貧の負けルートを歩みつつある。

それだけでは止まらなかった。


「さらに、《竜のお告げ(ドラゴンズ・オラクル)》!」

「なっ! 2枚目を持っていたのか!?」


ムートの所有マナ最大値が+1され、5になる。つまり、次のターンで最大値は6。


6コストのカードが使えるということはアレが来るかもしれない。

《かぎ爪のワイバーン》が。


「ターンエンドだ。そろそろ焦ったほうがいいぜ、アスカ」


俺の表情から焦燥を感じ取ったのであろう、煽り立ててくるムート。


「クソ……ピンチだぜ」


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