【そんな病気、誰が治療するか!どんな病気?】
「レバ刺しどんぶり様は、ロリコンなのに随分とおモテになるんですね」
俺はポータブルミラーに映ったホーリエから、蔑みの目とたっぷりの皮肉を食らっていた。
「えーっと、確かに色々とありましたし、ご迷惑おかけしたと思いますけど」
俺は釈明しようとした。
が、ホーリエはまだ言い足りないようだった。
「アールァイとスヮクラと結婚するとかしないとか。それは自由ですけれど、カーネモットにまで毒牙をかけたらヌッ殺しますからね」
ヌッ殺すって。
ホーリエはあまり日本語がうまくない。
しかし、どうやら結構お怒りになっているようだ。
情報も正しく伝わっていない気がするが、俺から説明しても難しいだろう。
ファナーザさんのお陰でトゥーヤーマのことはバレていないのが救いだ。
あとでアールァイに頼もう。
「ところでレバ刺しどんぶり様、次の目的地ですがザイムカン領に向かっていただきたいのです」
ザイムカン領といえば、確かユーキィの出身地だったな。
北方にある領地だ。
この世界は国という概念がない。
あるいは1国しかないといっても良い。
各領地と全体を取り仕切る行政機関があるだけというシンプルな世界である。
王様もいないし、戦争も起きない。
「ザイムカン領はこの世界で一番重要な医療機関を保有しています。そこの魔法力はとても重要なのです」
なるほど。
総合病院でもあるのかな。
日本でも停電があればまず最初にそこを稼働させるよな。
至極納得だ。
「承知しました。できればこの任務達成した暁には、ヌッ殺す件は水に流していただきたいものです」
「はぁ。水に流す。トイレかなんかでしょうか。ヌッを?」
水に流すという言葉が難しかったようだ。
ヌッってなんだと思ってんだろ。
まぁいいや。
詳細はユーキィに聞けばいいだろう。
「頑張るから許してくださいと言うことであります」
俺は敬礼した。
「了解であります」
ホーリエも敬礼した。
こういうやり取りは何故か自然なのね。
俺はコンパクトミラーの通信を切った。
旅の仲間、ユーキィ、スヮクラ、アールァイ、カーネモットの4人と合流する。
俺達はザイムカン領に向かう馬のいない馬車に乗り込み、移動中にみんなから情報収集することにした。
「ユーキィ、ザイムカン領ってどういうとこなんだ?」
「フェッ!? な、なんじゃって!?」
うーむ。
ユーキィの様子がおかしい。
心ここにあらずというか。
どうも、学園での結婚騒ぎ以来ちょっと変なんだよな。
あれは全部お芝居で、誰とも結婚なんかしないことは説明したのだが。
「ザイムカン領についてだよ。出身地なんだろ?」
「な、なんで私の出身地に興味を持つのだ!!」
「いや、これから行くからなんだけど」
「なんで来るのだ!? 両親に挨拶したいのか!?」
どうやら何一つ聞いていなかったようだ。
ほんと、どうしちゃったのかしら。
「スヮクラ、ユーキィおかしくないか?」
「ん~? どうでしょう~。 大丈夫なんじゃないですか~? むしろ少し安心していますよ、私」
これで安心することなんかあるかね。
でもスヮクラが大丈夫っていうなら大丈夫かな。
まぁユーキィからは情報収集が難しそうだ、アールァイに聞こう。
「医療機関っていうのは病院みたいなものかな、アールァイ」
「ふうむ、全く違いますな。まずこちらの世界では医学というものが日本とは異なります。ウイルスというものがありませんので、風邪などの流行病もないし、ガンのような手術が必要な病気もないのじゃ」
アールァイの解説はわかりやすい。
いい世界だなー。
「じゃあ一体なんなんだい。病院がないっていうのなら」
俺は当然の疑問を投げかけた。
「骨折や捻挫といったいわゆる怪我は当然起こる。火傷もじゃな。あとは関節や筋肉の痛みという類も発生する。そういったものは魔法力風呂で治癒するのじゃ。温泉みたいなものかの。日本にも湯治という言葉があろう」
温泉で治癒するだと。
なんとも原始的な。
湯治ってあれだろ、冷え性とかリュウマチとか……そういうやつでしょ。
病院の代わりになる感じはしない。
しかし、魔法力を使っているなら確かに何でも治せそうな気がするな。
「お兄ちゃん! お風呂一緒に入ろーね!」
ブフッ!
カーネモットの無邪気なセリフが強烈すぎる。
彼女はこちらの世界で12歳。日本で言えば13歳相当である。
当然男湯に入っていい年齢ではない。
またロリコン呼ばわりされる前にやんわりと断ろう。
と思っていたら。
「そうじゃのう。 私も一緒に入ろうかのう」
なにぃ!
アールァイまでもが一緒に入るだと。
いや、これはからかっているのだろう。
「いいですねぇ~! みんなで入りましょうよ~!」
スヮクラまで!?
さすがにコレは意外だった。
スヮクラはそんなキャラじゃなかったはずだ!
「なんだ、魔法力風呂か。私も一緒に入るぞ、最近疲れが溜まってるしな」
「おおおい!ユーキィ、俺と一緒に風呂入るっていうのか!?」
思わず聞き返した。
ユーキィまでもが言うなんて、信じられない。
このバカ!ヘンタイ!死ね!くらい言いそうだ。
「な、なんだ。 みんなは一緒なのに、私とは一緒に入りたくないのというのか……」
ユーキィがシュンとしてしまった。
どうなっているんだ、俺はもう状況がわからんぞ。
「そ、そんなわけないだろ! 俺だってユーキィと一緒に風呂入りたいよ!」
俺はなりふり構わず発言した。
「そ、そうか」
ユーキィはホッとしたのか、嬉しそうに笑った。
怒ってる印象が強すぎて、この表情にはドキッとしてしまう。
スヮクラとカーネモットはニコニコして見守ってくれていたが、アールァイだけはどうみてもニヤニヤしている。
なーんかアールァイだけが全部わかってるみたいな。
でも聞いても教えてくれないんだろうなぁ。
音一つしない魔法力の馬無し馬車に乗りながら、俺は心臓の音だけが高鳴っているのを感じていた。
混浴風呂に向かって進んでいるのだ、無理もないだろう。
「みーんなーで一緒に入ろうねぇ~♪」
カーネモットが楽しそうにしている。
なんという愛らしさであろうか。
前世で俺の娘だったんじゃないだろうか。
だから一緒にお風呂に入るのもおかしくはないのかもしれない。
馬車に揺られている間、そんな言い訳をずっとしていた。
――到着したようだ。
魔法力風呂施設は温泉宿というような雰囲気でも、総合病院という感じでもなかった。
古代ローマの銭湯、というほど荘厳でもない。
強いて言えば、レンガで出来たスーパー銭湯だな。
重病人もいるんだろうけど、のどかに思えてしまう。
早速だが、神殿に向かおうか。
ユーキィが道案内をしてくれた。
やっぱりボイラー室みたいなとこにあるんだな、神殿。
神殿の中はどこも一緒だ。
お題を確認しよう。
【お題】そんな病気、誰が治療するか!どんな病気?
おお、医療機関らしいお題じゃないか。
パゲもそういうこと考えるワケ?
なんてことを思っていたら、もうカーネモットが手をあげていた。
【お題】そんな病気、誰が治療するか!どんな病気?
【答え】お兄ちゃんが好きすぎる病気(は~と)
嘘でしょ!
こんなのボケじゃないでしょ!
くノ一が俺を籠絡するための忍法でしょ!
「カ、カーネモット! もうちょっとパゲを光らせる方向で考えてみようか。やれば出来ると思うよ!」
俺はニヤニヤしないよう精一杯の尊厳でダメ出しをした。
「はーい、ごめんなさ~い」
カーネモットは自分のおでこを自分でコンッと小突いた。
俺が大名だったら、完全に領地を奪われていただろう。
レバ刺しどんぶり城、2秒で陥落。
スヮクラが笑顔で手をあげた。
どんなボケだろう。
【お題】そんな病気、誰が治療するか!どんな病気?
【答え】仕事中にいちゃついている男に腹パンしたくなる病気
ちょっと!
何、怒ってるの!?
「スヮクラさん俺は決していちゃついてるわけでは」
「別に誰かのことを言っているわけではありませんよぉ~?」
なんか既視感<<デジャヴュ>>だな。
そして腹パンっていう言葉を異世界の人が使う違和感。
それにしても何故こんな感じに。
なんだろう、嫉妬なのかなー。
いや、そんなわけないな。
単純に不甲斐ない俺にイライラしてるのだろう。
申し訳ない。
「ユーキィはどうだ?」
俺は話題を変えたく、ユーキィに話を振った。
「そうだ……な。やってみる」
【お題】そんな病気、誰が治療するか!どんな病気?
【答え】お腹の子を擦りながら、幸せすぎて不安になるマリッジブルー
ど、ど、どうしたんだユーキィ。
キャラが違うぞキャラが。
なんか結婚というキーワードに影響受け過ぎじゃない?
乙女なの?
いや、乙女なんだろうけれども。
ふぅ……。
溜息ついてるよユーキィ。
話題を変えよう。
「カーネモット、もう一つ出来た?」
「ちょっと待ってください……、出来ましたっ」
【お題】そんな病気、誰が治療するか!どんな病気?
【答え】あと5分だけ、あと5分だけと思いながら遅刻ギリギリまでベッドから出れない病気
あー、もう!
可愛いヤツ!
あるあるだけどなー!
本当はもう一回ヒネって欲しいけど、可愛いんだもんな~!
「……コホン、悪くはないが、パゲはそこまで光らないだろうな」
冷静に分析するふりをする俺。
「もう、お兄ちゃんは自分でボケてよね! 私まだ一回もお兄ちゃんの大喜利見てないんだから!」
顔を膨らませて抗議するカーネモット。
怒っても可愛いんだからナァ。
お兄ちゃんもある意味病気だよ。
にしてもまだ大喜利を見せてなかったか。
そういや最初は耳を塞いでしまったからな。
ちゃんと聞かせられるネタでお手本を見せなければならないじゃないか。
こいつは責任重大だ。
医療機関がどうとか、世界がどうとかはどうでもよろしい。
カーネモットに「さすがお兄ちゃん!すっごーい!」と思ってもらう方が遥かに重要だ!
こういうときは独自の世界観を作るとやりやすいだろう。
ウマイ!というよりもその人しか思いつかないというボケだ。
行くところまで行っちゃった方が面白いことが多い。
こんな感じでどうだ。
【お題】そんな病気、誰が治療するか!どんな病気?
【答え】あの男は今日も私の給食費を持ってギャンブルに出かけた。ママは止めようとしたけれどお酒臭い口でキスをされたらまた何も言えなくなった。私が何かしたらまた殴られる。もうこんな家、居たくないよ。今のママは変だよ。天国のパパ、ママはきっと病気なんです。どうか治してください。
どうっすかね。
ちと長いけど。
「治療してあげてくださいー、お願いしますー、うぁ~ん」
カーネモットが泣いてしまった!
しまった、汚れなき純真さ故にボケとして捉えずに感情移入してしまったのか!
笑わせようとして泣かせてしまう大失態。
「そんなの嫌だー! 悲しすぎるー!」
なんと!
ユーキィまで半泣きで嘆いている!
そういや結婚に憧れる乙女モードだったな。
アールァイはひたすらメモをとっている。
スヮクラに助けを求めるか。
「ひっど―――w あはははw」
スヮクラにはウケていた!
んもー!本来嬉しいはずなのに今はなんで笑ってるんだって気持ちだよ!
「本当のことじゃないんだよー、悲しい子供はいないんだよー」
俺はユーキィとカーネモットの頭をよしよししながら、落ち着かせるのに3分ほどかかった。
パゲは笑ったのか泣いたのかわからんが、ともかく光った。
やれやれ、疲れた。
風呂で癒やされよう。
――パゲが光って施設が完全復旧した。
浴場は基本的には病状などによって分かれているらしい。
俺達が神殿を復旧させるまでは重病人用の浴場以外は閉鎖されていた。
特に病気や怪我がない場合は一般の浴場に入るとのこと。
俺達は特にどこが悪いことはないので一般魔法力入浴場、と書かれているらしき場所に来た。
俺はこちらの文字が読めない。
しかし男と女を表すアイコンはわかる。
入り口は男女で分かれているようだ。
「ではレバ殿、あとでな」
「お兄ちゃん、またねー」
アールァイとカーネモットが女性の脱衣場らしきところに入っていった。
ユーキィとスヮクラも一緒に入っていく。
マジか。マジなのか。
本当に、これから一緒に風呂に入るのか。
俺も男子脱衣場に入った。
どうやら俺以外に着替えている者はいないようだ。
まぁ復旧させたばっかりだから、そりゃそうか。
俺は全部脱いで、タオルを腰に巻き、浴場側に入っていった。
湯けむりがすごい。
身体を洗う場所が見つからないな。
勝手がわからず、うろうろしていると、ユーキィ達が入ってくる声が聞こえた。
「あ、お兄ちゃーん! チャキー!」
右手がおでこのあたりでくの字、左手が尻尾のように腰の付け根にくるチャキポーズ。
そのまま小走りでトコトコと近づくカーネモット。
チャキポーズは両手を使用する。
つまりボディがガラ空きになるじゃないか。
ゴクリ……。
ん?
これは、服を着ている?
他の3人の方に目線を変える。
どうやらみんな薄手の地味な色の服を着ているようだった。
「あれ? なんでお兄ちゃん裸なの?」
俺は固まった。
「は、は、はだ、裸だと……」
ユーキィが目をぐるぐる回している。
「あれ? 賢者様、湯浴み着ありませんでした?」
湯浴み着!?
「あぁ~ そう言えば、日本の温泉は裸で入るものでしたなぁ~。魔法力風呂は身体を洗うわけではなく治療目的ですから湯浴み着を身につけるのですが、失敬失敬、これは説明不足でしたかの~」
アールァイ、全部わかってたな!
すっとぼけ方がわざとらしいぞ!
ちっきしょう~、ハメられたッ!
「……つまり賢者様は、私達が全裸で現れると、そう思っていたわけですか?」
スヮクラが引きつった笑顔で質問してきた。
ヤバイ。これはヤバイのではないか?
この選択肢を間違えると命が危ない!
シミュレーションしてみよう。
A.「もちろんそうだよ。楽しみにしてたんだ」
→この変態!と罵られボコボコにされる
B.「そんなわけないだろ、俺が好きで裸になってるだけだ」
→この変態!と罵られボコボコにされる
どちらを選んでも結果が変わらないじゃないか!
終わった……俺の人生……。
「んもぉ~、お兄ちゃんのエッチ! 早く戻って着てらっしゃい!」
カーネモットに背中を押されて脱衣場に戻る俺。
た、助かったぜカーネモット。
俺はカーネモットを女神として崇拝するカーネモット教の信者になるぜ。
着替えて戻ってきた俺はカーネモットと一緒に湯船の方へ。
そこで待っていたのはニヤニヤしたままのアールァイと、目をぐるぐる回したままのユーキィと、固まった笑顔のままのスヮクラ。
当然だが状況は何も変わっていなかった!
アールァイとユーキィはともかく、スヮクラはヤバイじゃん!
「お兄ちゃんも湯浴み着になったよ~」
「はぁ、しょうがない人達ですねぇ」
楽しそうにしているカーネモットの前ではスヮクラも何も言えなくなったようで。
俺達はしばらくの間、仲良くお風呂で疲れを癒やしたのだった。