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【こんなコンビニは嫌だ】

12月になろうかという時期。

まだ暖房器具を出していないがゆえの肌寒さの中。

俺は半纏を着込んで勉強机に向き合っていた。

受験勉強を頑張る……べきなのだが、今夜も深夜ラジオを聞いていた。


「続いては、今週絶好調、レバ刺しどんぶりさん」


おお、今日は3回目の採用だ。

さすが受験生から早々にハガキ職人へジョブチェンジした俺である。

大学受験に必要なスキルは何一つ取得しておらず、ラジオ投稿の経験値しか稼いでいない。


レバ刺しどんぶりというのは俺のラジオネームだ。

想像しただけで生臭い。

一瞬うまそうに見えるけど食えたものではない物に例えて、パッと見はそれほど悪くはないが中身がアレな人という意味で使用している。

そもそも今は法律的なものでレバ刺しが食えないわけだが。


「若き天才棋士が、初めてのタイトル戦で対戦相手にブチ切れ。何があった?」


うん、うん。何があったんだろうね。

なんてボケたんだろうね、俺。

と一人ほくそ笑んだ。


ちょっと気持ち悪いなと思うかもしれないが、自分のボケが読まれるときの投稿者はそういうものだ。

これは良いお題だった。

ニュース的にも若き天才棋士が出てきてて、そういう題材の漫画もヒットしてたし。

それでいてブチ切れた絵が思い浮かぶから面白い。


「王手のたびにスマホで撮影、インスタグラムにアップしている」


あーーー、これか。これが読まれるか。


「ラテアートかなんかと勘違いしてんですかねw また、持ち時間とかあるのに随分余裕だなw」


いいね、いいツッコミ。

大喜利っていうのは基本的にはボケのみで成立するんだけど、やっぱり膨らませるって大事だよね。

いやー、良い。ラジオ投稿はこれだからやめられぬ。

さて、また次の投稿を考えようかとした矢先、なんか俺の周りがキラキラし始めた。


なんですかこれ……。

空から降ってきた女の子がまとってたやつみたいですよ、親方!

彼の身体を包み込むように黄緑の光が集まり、一瞬で消えた。

ビュンっというような音があればもっと分かりやすかっただろうが、何の音も出なかった。

しかし何やらワープ的なもので飛ばされた!

そういう実感があった。

薄暗い場所だったがどうやら建物の中だ。石でできた立派な屋敷のようだった。

なんだ! 天空の城か!? などと思っていると一人の女性が話しかけてきた。


「はじめまして、レバ刺しどんぶり様」


誰だ!俺をラジオネームで呼ぶのは!

ラジオ以外で呼ばれたの初めて!

いやん! しかも若い女性のボイス!


「わたくし、ホーリエと申します」


彼女は朱色の長い髪に大きな緋色の目をして肌は白くやや小柄な体格だ。

白い兎のような毛のフードのついた服を着ていた。

うーん、なんだろう、ものすごく品があって見たことない感じ。

どうみても日本人じゃないビジュアルだが、日本語がうますぎる。


「これはこれはご丁寧に。わたくしがレバ刺しどんぶりです」


……結局ラジオネームで名乗ってしまったじゃないか。


「いきなり召喚してしまったのに、丁寧だなんて。お優しいのですね」


まぁ、確かに。ってか俺は召喚されたのか! なんで!? いつの間に俺は英霊に!?


「えっと、魔術師の方ですか?」

「そうですね……日本語ですと、神主になるのでしょうか」

「か、神主!?」


とてもそうは見えない・・・見た目は白魔術師とかに近い。

お姫様のような独特の気品はあるが。


「またはエネルギー省の大臣ともいえます」

「えぇ!? 大臣!? うーん、よくわからない」


ホーリエはすみませんという顔をしながら、話を続けた。


「この世界では、神または精霊と呼ばれるような存在がいます。こちらの言葉ではパゲ、と言います」


なんか日本語で説明するの大変そうだな。

そりゃそうだよな。

どう見ても日本人じゃないし。


「わたくしは、パゲを光らせることを仕事にしています」


……何いってるかわからん……。

パゲを光らせるって?

ズラをとればいいんですかね?


「パゲは光らせると魔法力というエネルギーを生み出します。そちらの世界での電気のようなものです。」

「あぁ、なるほど。エネルギーを生み出す機関があってそこのトップ、ということなんだね」

「そうですそうです!」


人差し指を立てて伝わった! と喜ぶホーリエ。

異文化交流って感じだなあ。

それにしても魔法力とは。

こりゃ本格的に召喚されてるな俺。


「レバ刺しどんぶり様をお呼びしたのは、あなたにパゲを光らせて欲しいのです」


うーん、ダメだ。完全に俺がズラを奪う絵しか浮かばない。


「具体的にはどうすれば?」


大げさにWHY?のようなジェスチャーをしながら聞いてみた。


「それは、大喜利です。魔法力は大喜利によって生み出されるのです」


はあああああああ!?

俺はWHY?の状態のまま、しばらく止まっていた。


その後、しばらく彼女と話して大体はわかった。

パゲは精霊とも呼べるし八百万の神という考えにも近いが、明らかに存在することが明確だ。

そのため信仰と呼ぶのは若干違うと思う。

なので神と呼ぶのはわかりにくいだろう。もうパゲというもの、で理解した。

で、この世界はパゲを光らせて得られる力、魔法力が主なエネルギーで、照明や特殊な道具を動かす力になっている。

まさに電気だな。

この世界では神殿でパゲを光らせているが、役割としては発電所のようなものだ。

お祈りをすることもないし、ゴスペルを歌うこともない。

発電方法がパゲを光らせることだが、それはパゲの要望を叶えることで実現する。

パゲが満足すればするほど光は強く、発電量もあがるらしい。

パゲはなぜか日本語で要望を伝えてくる。

だからホーリエ達は日本語を学んでいるのだそうだ。


古来からパゲを光らせる方法は主に2つ。

歌や踊りでもてなすか、料理や酒を差し出すことだった。

だが最近の要望が大喜利のお題のようにしか見えないようなものが出てきた。

彼女たちは日本語や歌、踊りと料理を学んできたが、お笑いなどやったことがなく、パゲが光らなくなってしまっており、停電のような状態が頻繁に発生してしまったのだ。


そこで、もともと日本語の文献やこっちの世界の物品を手に入れるための転送装置を使用して、大喜利ができそうな人間を召喚した。

それがたまたま俺だったというわけだ。

おそらく有名な芸人などを召喚してしまっては大騒ぎになってしまうし、俺のような受験生であればあまり影響がでないと考えたのだろう。


「こちらにお入りください」


ホーリエに促され、神殿に入る。

大理石だろうか。建築とかに詳しくはないが石っぽい素材の建物だ。

絵画や像などのいわゆる宗教的なモチーフがないが、やっぱり俺たちの世界の神殿とか教会とか呼ばれるものに近いだろう。

入っていくと奥の方がうっすらと光っている。


「これが?」

「こちらにパゲがおいでです」


ホーリエが頷く。


なんだろ、よくわかんないけどホタルみたいな感じだ。

ちょっとだけ光ってて後は真っ暗。

神秘的な雰囲気は確かにする。

神殿を体育館に例えると壇上の場所だ。

校長先生が立つであろう場所の下にプレートのようなものがあり、文字が光っていた。

これがパゲの出しているお題ってことか。

ホントだ、日本語だぞ。

なになに……。


【こんなコンビニは嫌だ】


ズコ~~~~~~~~~!

思わずズッコケた。

なんちゅーベタなお題だ。というかこの世界にコンビニってあんのかよ。

あまりに普通の大喜利のお題すぎるだろ。


「大丈夫ですか、レバ刺しどんぶり様」


ズッコケというものが珍しいのか、心配されてしまった。大丈夫です。


「ちなみにコンビニって近くにあります?」

「コンビニというものが日本にあるのは知っていますが、この世界にはありません」


やっぱりそうか。


「このお題には誰かボケたんですか?」

「はい、一応。こちらですね」


お題の書かれたプレートの下には電子レンジくらいの戸があり、あけるとそこに紙が入っていた。

紙には小学生が書いたような文字の日本語でこう書かれていた。


【何も売ってくれないコンビニ】


あーーーーーーー。

こりゃヒドい。ヒドいにもほどがありすぎて言葉が出ない。

絶句していると、ホーリエが明らかに落ち込んでいる。


「ひょっとしてこのボケ、ホーリエさんが……」

「一生懸命考えたのですが……力不足を恥じるばかりです」


本気で落ち込んでるよ・・こんなお題の大喜利になんつー真面目な取り組みだよ。

これは力になってやらねばなりませんな。

しかしこうなってくると難しいのが、パゲの知識だ。

大喜利というのは漫才やコントと違って基本的にツッコミがない。

正解が出てこないわけだから相手が知らない、わからないようなボケは全くウケない。

ターゲットがどういった知識を持っているかがわからないとボケを考えるのは難しいのだ。


「このボケって、何度でもできるの?」


俺はホーリエに聞いてみた。

何度かボケてみることで、相手の知識やツボを探るしかない。


「おそらく大丈夫です」


やったことはないのだろうが、戸が閉じたりはしないということか。

そうだな……まずはこんなのでどうだろう。


俺は大喜利の回答を紙に書いた。

ホーリエは全くピンと来ていないようだ。

超スベってるが、これは気にしてはならぬ。

ちょっと傷つくが、気にしないぞ。

俺は答えを書いた紙を入れて戸を閉めた。

どうだ……。


おおおおおお…………

光ってる……光ってるよ……

目の前に柔らかな光がパァ―――――っと広がっていく。

この世界のウケるって、こんな神秘的な現象なのかよ。

これは気持ちいいなあ。


「さすがはレバ刺しどんぶり様! 今のはどういうボケだったのか教えていただけますでしょうか」


ホーリエは両手を握って脇を締め、興奮した様子で解説を求めた。

正直ボケの解説など、気が進まないが、こんなキラキラした目で見られたら断れるわけがない。

俺の書いたボケはこれだ。


【お題】こんなコンビニは嫌だ

【答え】唐揚げを買うと、店員が勝手にレモンを搾ってくる


居酒屋でのあるあるネタを使ったものだ。

○○は嫌だ系のお題では定番のボケの一つだと思う。

パゲが居酒屋に行くとは思えないが……やはり神なのか? 全知全能なのか?


「唐揚げってレモンを搾って食べる人と、レモンを搾って食べるのは嫌な人が両方とも結構いる食べ物なんだけど、みんなで食べる時にレモン搾るねーって勝手にかけちゃう人がいるんだよ。コンビニで唐揚げを買ったときに店員がそれをやるわけないんだけど、やられたらメチャメチャ嫌だよねっていうネタかな」


なんか解説しててアホらしくなってくるなあ。


「なんという……深く考えられた回答なのでしょう……やはり大喜利の天才なのですね」


ホーリエは腕を組んで頷きながら心から感心したようにこちらを見た。

やめろー! やめてくれー! そんな純真な瞳で、尊敬の眼差しで見るのは!

ちょっと気持ちいいけど。


「これで魔法力が回復しているはずです。お礼をさせていただきますので、着いてきていただけますか」

「いやぁ、お礼だなんて」


と言いつつ、少し期待していた。

邪なものではないぞ。決して。決してだ。


神殿から5分ほどカーペットの敷かれた石畳の廊下を歩き、食堂に入った。

大学の学食のような広さで天井が高い。

食堂というよりおしゃれなカフェのような感じ。

ヨーロッパというよりはバリとかあっちの感じだ、俺はよく知らないが。


「今、お食事をご用意させていただきます」


なるほど、お食事か。がっかりしてませんよ。


俺は結構旅行先の食べ物が好きだ。

海外すら行ったことない俺が異世界の食べ物を口にできるとは。

期待に胸を踊らせているといかにもなメイドさんが料理を運んできた。


「どうぞ、お召し上がりください」


メイドさんも日本語喋れるんだ。スゴイね。


感心しているとホーリエが

「お気に召していただけると思います」


と何やら自慢げにしている。

俺はドキドキしながら料理を見た。


こ、これは……

ご飯の入った丼の上に、赤黒い生の肉のようなものがたっぷりと乗っている。

な、なんじゃこりゃあ。


「レバ刺しどんぶり様の大好物、レバ刺しのどんぶりです!」


あ、あああああ―――――!

そういうことか――――――――――――!


ドヤ顔のホーリエに俺は何も言えず、一心不乱にどんぶりをかっこんだ。

な、なまぐせえ……。

ほかほかご飯がレバーの悪いところだけを活かしてくる。


「う―――ま―――い―――ぞ―――!」


俺は嘘をついた。

つかざるを得なかった。

そして俺はうっきうきのホーリエの隣で、生レバーが大量に乗ったどんぶり飯を泣きながら食べ終えたのだった。


「ホーリエさん、お礼もいただいたので、そろそろ」


ゲップする度に生臭さが広がって正直しんどい。


「あっ、そうですよね、すみません。お部屋にお連れいたしますね」


おっと。お部屋とな。

帰る気まんまんだったが、どうやらまだ早かったご様子。

食堂から移動している途中、廊下を少し小走りで進んでから後ろを振り返り、ホーリエが頬を赤らめながら話しかけてきた。


「レバ刺しどんぶり様にお願いがあるのです」

「は、はい。なんでしょう」


普段女の子と話す機会のない俺は今更ながら緊張していた。


「明日もパゲを光らせていただけないでしょうか」


想像を裏切る仕事上の依頼だった。

ガッカリ感を出さないように俺はクールに返答する。


「あ、ああ。いいですけど、もう光ったのでは? 毎日お題が変わるのですか?」

「そうではなく、別の神殿のパゲです」


別の神殿があるのか。まぁそりゃそうか。


「この世界にはパゲの住まう神殿が2000ほどあります。今日のようにその大喜利の力でレバ刺しどんぶり様に、この世界を救っていただきたいのです!」


な、な、な、なんですとおおおお―――!

あまりのスケールに俺の思考回路はショート寸前だ。

理解が全く追いつかない。

だが、キラキラした目でじーっと見ているホーリエの前で、

俺は無言で頷いた。

頷かざるをえなかった。


寝室の前の扉を前に、中庭から見える少し青みがかった異世界の月の光を浴びながら。

半纏を来たままの俺はWHY?の状態で立ち尽くしていた。











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