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異世界譚三河物語~女家康と狸の軍師の天下盗り~  作者: big bear
第一章、美少女家康と軍師の初陣
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9、三河のやべーやつら

 大樹寺の松平家の墓への同行は流石に断った。俺のような無関係な人間が墓参りしても、松平の家臣たちの心象は良くなるどころか、悪くなるだろう。考えてみて欲しい、家族水入らずの墓参りに全く知らない誰かがいたらもう違和感しかない。


 オレが待機することになったのは、寺の軒先。お付きの足軽たちから好奇心満載な視線を受けるせいで、どうにも居心地が悪かったが、二時間は耐えられた。

 

「……ふむ、若殿、こちらがその”軍師”殿ですか?」


「ええ、忠吉、此度の戦においてはこの方にも私の戦陣に加わってもらおうとおもいます」


 日もくれそうになった頃、家康は白髪の老人を連れて現れた。年の頃は七十くらいにみえるが、背筋はピンと伸びてかくしゃくとしている。


 忠吉というからには、この老人はおそらくは鳥居忠吉だろう。これまた松平家に使えた忠臣だ。史実のとおりなら、彼はいつか家康が独立するときのために困窮の中で金銀をためているはずだ。


「佐渡忠智、と申します。竹千代様には命のご恩がありますゆえ、こうして無理を言って戦陣に加えさせていただきました」


「なるほどなるほど、確かにその風体といい南蛮帰りというお噂は真とお見受けする。それに眼光も鋭い。どうぞ若殿をよろしゅう頼みますぞ」


「ええ、我が才知の及ぶかぎり尽力させていただきます」


 オレの手を握る忠吉翁の目には探る様子がない。だというのに、触れた手からはヒシヒシと圧力を感じる。さすがは老将といったところだろう。忠次とはまた別の強烈な威圧感をこの人は持っている。


 忠次は意外にもというか、予想通りにというか、かなりチョロかったがこういう老獪な人物にはそう簡単には行かないだろう。


「では、若との、まずは岡崎の皆と合流いたしましょう。みな、貴方様のお帰りを一日千秋の思いでお待ちしておりますぞ」


「は、はい、では……」


 緊張しているのか家康は馬に跨るのもおぼつかない。こんな調子ではいかに三河武士の忠誠心が高いといっても侮られかねないだろう。オレの知識では彼らは良くも悪くも単純な論理で動いている、わかりやすい勇猛さを示さなければ人心が離れることもありえるかもしれない。


 それに、この世界の常識は知らないが、彼女は女性だ。ここが異世界でも俺の知る戦国時代と似通っている以上は、女性というだけで侮られる可能性は高い。敵にはそれでいいが、味方に侮られるのはよろしくない。


 もっとも、それはオレにも翻る。全員が全員、忠次のように単純とは思えないし、方策はやはり考えておくべきだろう。


「……竹千代様、少々よろしいか?」


「は、はい、軍師殿、どうかされましたか?」


 出発前に、家康に話し掛ける。やはり、俺自身のためにも家康には先に助言をしておくべきだろう。いや、まあ、基本的なことだから、すでに自分自身でも分かっているかもしれないが、言っておかないで損することはあっても、得することは少ない。


「家臣の皆様の前ではできうるかぎり勇猛果敢に振舞われるのがよろしいかと。お心細いのは承知ですが、味方の士気にも関わりますゆえ」


「は、はい、わかりました。えーと、でも、どのように……」


「簡単に申せば、偉そうに振舞われるとよいかと」


「偉そうに……というと、御所様や寿桂尼さまのようにでしょうか……?」


「ええ、そのように。しかし、演技は演技です。ですので、無理だと思われたら黙っているというのも手ですね」


「な、なるほど、確かに御所様も必要なとき以外は口を開かれませぬし……」


「まずは腰をすえて、労いの言葉をかけて、ドンと構えましょう」


「ど、ドンと…………」


「はい、ドンと」


 オレの言葉に頷くと家康は両の拳を握って、呪文のようにドンドン、と呟き始める。まあ、ニュアンスは伝わったようでなによりだ。


 変に怪しまれるのも面倒なので、声は潜めない。それに俺のいってることは特別なことじゃない。ただ当たり前の事を軍師という立場を活かして率直に言っているだけだ。


 その証拠に、傍にいる重臣二人は異論を挟まないし、表情にも不愉快さはない。彼らは必要とあれば、自分自身を人質にしてでも主君に諫言を聞き入れさせるような連中だ。オレの物言いに好感を抱くことはあっても、不信感は持たないだろう。


 オレのこれからの振る舞いの方針はこれだ。隠し事はせずに、明け透けに策を献ずる。軍師というよりは小うるさい小姑のようだが、とりあえず信頼を勝ち取るまでは小姑で十分だ。


◇   ◇   ◇    ◇   ◇   ◇   ◇  ◇   ◇   ◇   ◇ 


 岡崎勢、つまり家康の家臣団との合流は、いずれは家康の居城となる岡崎城の門前で行われた。本来なら入城して家臣と顔合わせするものだが、城には今川の城代がいて、入城は許されなかったからだ。


 ひどい話だが、この警戒は今川家がそれだけ岡崎勢を評価しているということの裏返しでもある。彼らを家康とともに城に入れて、そのまま乗っ取られては三河全土を失いかねないと考えているのだろう。


 岡崎勢の総勢は千五百、決して大軍勢とは言わないが、オレの目にはそれよりもはるかに大軍に見えた。実際、鎧は傷だらけでボロボロだが、彼等は全員筋骨隆々で今川が恐れる理由が分かった気がした。


「――殿オオオオオオオオオオ!!」


「ぅぅぅぅ!! 大きくなられてエエエエ!!」


「お屋敷様の面影が見えまするぞオオオオオオ!!」


 そして、見た目以上に暑苦しい。オレの心配は無用のものだったかもしれない。


 臣下のみなさんは家康が現れたかと思うと、鼓膜が破れそうなデカイ声で歓声を上げると、それぞれに感極まって奇行を始めた。


 泣き出すやつや喜びすぎて失神しそうになってるやつはまだいい。城から勝手に酒を盗んでくるやつはいるし、何故か喧嘩を始めるやつはいるし、おまけに門の上で叫び始めるやつまでいた。もうカオスというほかない。


 どうにか常識があるほうな忠次や忠吉が鎮めていたが、それでも全員が大人しくなるまではかなり時間が掛かった。いや、彼らの苦労を考えればこのテンションもわからなくもない……か?


「――皆、長い間、苦労をかけました!!」


「オオオオオオオオオオ!! 殿オオオオオオオオオオ!!」


 そんな異様な集団を前にしても、家康はオレの言った通りに振舞っている。背後からでは首筋に滝のような汗をかいているのが見えるし、握った手は震えているが、表情に出てないから、まあ合格だろう。


 というか、ビビってるのはオレのほうだ。集団の熱狂がどんなものか、知識としては理解していたが、実際目の前にすると気圧されるようだった。


 ここで弱気なところは決して見せられない。軍師としてこれから信頼を勝ち取るためにもということもあるが、家康にあんな忠告をした手前もある。それに、男として女の子ががんばっている横で尻すごみはしていられない。


「これ! 先ほど鎮まれといったところであろうが!!」


「……酒井殿はお堅いのう。酒ぐらい良いであろうに」


「酒盛りは戦の終わったあとじゃ! 何度もいってるであろう!」


「その時は死んでいるかもしれんであろうが! ならば、今呑んだほうがいいではないか!!」


「戦の前に騒ぎを起こすなと申しておるのじゃ! この戯け!!」


「誰が戯けじゃ! もう一度申してみよ!!」


 酒倉に酒を返しに行っていた忠次が戻ってくると、家臣たちはブツブツと文句をいい始め、あろうことか、また取っ組み合いの喧嘩を始める。


 なんというか、あれだ。実際の戦国時代でもそうだったのか、それともここが異世界だからなのか、どっちかはわからないが、もう、この時点でまともに付き合うと胃に穴が空くタイプということは充分理解できた。


 こいつらの信頼を得なきゃいけないのか、オレは…………ああ、もう胃が痛くなってきたぞ。



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