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異世界譚三河物語~女家康と狸の軍師の天下盗り~  作者: big bear
第二章、転換点、あるいは桶狭間という奇跡
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32、天の運

 大高城への兵糧の運び入れはその日の夜の内に行われることになっている。これもオレの知識どおりだ。それを聞いた松平家臣団の落胆振りはさすがに想定外だったが。


 手柄を立てたくて仕方がない、という気持ちは理解できる。今川家の配下にある以上、松平家が独立するには今川家からの心象や評価を上げていくしかない。手柄を立てて、発言権を強め、褒美を勝ち取る。この戦国時代においてはかなり珍しい真っ当な手段による、真っ当な出世だ。愚直といってもいいだろう。


 もっとも、その方法ではどこまでいけるかはたかが知れている。今川家の重臣、そこ止まりだ。オレはその程度でこの松平家を終わりにさせるつもりはない。


「大高城への兵糧の運び入れの後は、丸根砦と鷲津砦の攻略。容易い任ですな」


 忠次の反応もほかの家臣たちの反応とそう大した違いはなかった。


 兵糧の運び入れは重要な任務ではあるが、戦そのものに比べるとそこまで危険があるわけではない。通常であれば、彼らの認識は間違っていない。


 今この陣屋にいるのはオレと家康と忠次の三人だけだ。鳥居忠吉や作佐たちはほかの兵士達を取りまとめてもらっている。松平家の兵士達は気は良いものが多いが、基本的に脳筋だ。今川の兵士と喧嘩でも起こされたらそれこそ問題になる。


「いえ、今回の場合は言葉で言うほど簡単な役目ではないかと」


「ともうしますと?」


「丸根と鷲津の砦がどうにも邪魔です。大高城に兵糧を入れる前に軍の側面を突かれてはたまりません」


 寺部城のときとは違い、オレの言葉に怒号が飛んでくることはない。信頼されるのはありがたい、軍師として甘いことはできないが、事が進みやすくなるならそれにこしたことはないからだ。 


 今回の兵糧入れは敵の砦に包囲されている大高城への運び入れ。こちらが兵糧を運んでいると知ればまともな武将なら必ず邪魔しようとしてくるはずだ。


「うーむ、寺部城のときと似ておりますな。であれば…………先に砦を落とすのがよろしいか?」


「そうしたいところではありますが、今回の場合は時間を掛けられません。我々が手間取っている間に大高城が落ちては本末転倒ですから」


 忠次の案は間違ってはないが、この状況では採用できない。兵糧の運び入れは戦の始めの一歩だ、そうである以上は遅れては軍全体の動きに影響がでかねない。


 そうなって困るのは本当に困るのは今川家ではなく、松平家だ。信長が桶狭間で義元を討ち取れたのはかなりの僥倖だ。何か一つでも史実からずれてしまえば逆の結果になってしまいかねない。


「……夜闇に紛れて早々に運び込んでしまいましょう」


 家康はおそるおそる口を開くと効果的な策を提案してくれる。この時代にはまともな光源はない。頼りになるのは精々が月明かりと松明の光だ。視界はかなり悪く、数百人で行軍したとしても視認するのは難しい。


「……忠次殿、あとで兵たちの中に土地勘のあるものを探していただけますか? 兵の中にいなければ近隣の百姓を銭で雇っても構いません」


「あいわかった、道案内でござるな」


 オレの指示を忠次は快諾する。ここが三河なら忠次を含めた三河武士団は目を瞑っていても山中を駆け回れるくらいには土地勘があるだろうが、ここは尾張だ。昼間ならまだしも、夜に行軍するなら地元の人間による案内は必須だ。


「恐れながら竹千代様、此度の兵糧入れにはもう一手必要かと存じます」


「そうですね……私もおなじことをおもっていました……」


 夜闇に乗じるのはいい案ではあるが、敵が警戒網を敷いていた場合は確実性に欠ける。敵の見張りに見つかれば兵糧と兵士を同時に失う羽目になりかねない。


 ここはもう一つ策が必要だ。織田の包囲をすり抜けて、松平方の戦力を一切損じずに、大高城に入る。それが今回の戦において満たすべき必須条件だ。


「……忠次殿、作佐殿二人で兵を率いていただけませんか?」


「なんと、砦は攻めんのではないですか? それに兵を二つに分けて攻めては砦をなかなか落せませぬぞ」


「ええ、砦は落しません」


 忠次の当然の疑問にオレはそう答える。兵力の分散はかなりの兵力差がない限りは愚かな行為だ。今の松平家の兵力はわずか千人少々、この程度では半々の五百に分けたとしても砦は落せない。


 必要なのは、砦への攻撃だけだ。砦を攻略する必要はない。


「相変わらずおかしなことをもうされますなぁ……」


「つまり、敵に攻めてくると思わせればよいのです。いわば、囮です」


「二人が砦を攻めるフリをして敵をひきつけている間に、兵糧を運び入れるというわけですね」


 流石に家康は理解が早い。それも当然といえば当然か、史実でのこの陽動作戦を考えたのはほかならぬ家康本人のなのだ。こうしてオレが献策せずともいずれは思いついただろう。


 オレはそれを早めているだけだ。卑怯な事をしているような気分にもなるが、物事が早まるのにはこしたことはない。


 ともかく、これは最初の第一歩だ。大高城に入ってからが松平家にとっては本番だ。


「朝比奈殿には伝えますか? 今川のものはあまり信用なりませんが……」


「伝えないわけにはいかないでしょう。それに、折角ですから前面に出て役に立ってもらうとしますか」


 もちろん、こちらの補助についている朝比奈泰朝について忘れたわけではない。


 彼は名将だ。これからの今川家には必要な人材といえる。つまりは、松平家にとっては厄介な人材というこでもある。桶狭間の後にこちらの動きを邪魔になる可能性は否定できない。


 ゆえに、彼には陽動部隊の前線を担ってもらうことするとしよう。ついでに死んでくれればありがたいが、そううまい話はないか。


「ともかく忠次殿と作左殿には丸根砦と鷲津砦の前面に出て攻め込むフリをしただきたいのです。派手に松明をたいて、鬨の声を上げ、注目を集めてください」


「了解しました。それで兵糧入れの方はいかがされます?」


「忠吉殿と竹千代様に率いていただきます。よろしいですね?」


「え、ええ、大丈夫です」


 どこか心ここに在らずの家康が少し心配になるが、今はまず大高城の問題だ。


 砦に籠る敵次第ではあるが、この陽動作戦はうまくいくはずだ。


 問題はやはりその後だ。色々考えはあるが、どうにもその時にならないとわからないことが多すぎる。情報が必要だ。


 織田の動きに、今川の動き。把握しなければならないことは多いが、この時代だとネットで検索したり、SNSで探すというわけにはいかない。


 この時代において何かを知ろうとするなら、人を使うしかない。分かりやすいところでは、自分で言っていて笑いそうになるが、忍者だ。


 この時代はそれこそその忍者の全盛期といってもいい。透波すっぱとか乱波ラッパとか草のものとも呼ばれた彼らは日本全国に点在している。しかも、彼らの多くは誰かに従うものたちではなく自治勢力として各地を支配している。


 敵に回すのも面倒だが、同時に味方に付けるのも難しいのが彼らだ。

 

 傭兵として金で雇うのが常套手段ではあるが、今の松平家で一番不足しているのが金だ。それに尾張領内の忍者にはコネがないから連絡をつけようがない。時間さえあればそれも用意しておいたのだが……。


 ああ、くそ、やはり準備不足だ。まさか寺部城での戦から一週間程度で桶狭間が始まるなんて想定外にもほどがある。


「……次は上手くやってやる」


 ミスはミスだ。まだ未来の知識というアドバンテージは活きている。まずは全力でここを乗り切ってみせる。


 そのために必要なのは織田の行動と天の運。軍師としては屈辱的だが、今は祈るしかない。



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