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異世界譚三河物語~女家康と狸の軍師の天下盗り~  作者: big bear
第一章、美少女家康と軍師の初陣
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3、未来人は見た

 のちの、天下人徳川家康、、松平竹千代の前半生は苦難に満ちたものだった。まず、産みの母とはお家の事情で引き離され、六歳のときには今川家に人質に出されることになった。ところが、その途中で隣国の織田家にさらわれ、そこで人質にされた。


 この時は人質交換で運良く生き延びるが、そのときに父である松平広忠ひろただは家臣に殺されている。これだけでも不幸なのに、そのあとは今川の人質として貧乏生活を送っている。


 前半生で命を拾った回数が他の戦国武将の一生に匹

敵するのだから、とんでもない話だ。天下を取ってなければ、戦国一ついてない男として知られていただろう。


 俺の目の前にいるのは、その家康だ。多分、そうだ。女だし、爆乳だけど。


「――駿府館すんぷやかたが見えて参りましたよ! 佐渡殿!」


 馬上で器用に振り返ると、竹千代は俺の方にニッコリと微笑みかけてくる。かなりの美人なせいで、微笑みかけられるだけで、俺の心臓は飛び跳ねていた。それにこう振り返るたびに彼女の大きな胸が揺れるせいで正直いろんな意味で心臓に悪い。


 前方にあるのは、大きいというよりは巨大な武家屋敷。立派な作りと門の両側に立てられた引き両紋からして駿府館だろう。館の前の道には露店が立ち並び、人の往来も多い。この時代の駿府の発展具合は戦国時代でも有数だったらしいが、現代人のオレの目からみてもここの市はかなり盛況のように思える。


「殿、はしゃぎすぎてはまた馬から落ちますぞ!」


「私もそれほど迂闊者ではありませんよ! 忠次! あっあわわわわ!」


 言ってるそばから、のちの天下人は馬から落ちそうになっている。やっぱりこいつ、家康じゃないんじゃないんだろうか。アホっぽいし、女だし、爆乳だし。というか、またってことは一度は落ちたのか。


 オレは徒歩でよかった。ここまでかなり歩いたが、馬になんて乗ったことないし、落ちたら怪我をするうえに、恥をかくところだった。


 目的地は、前方にある駿府館だ。御所様、つまり今川義元への挨拶に赴くという彼女に、俺は同行を申し出た。あらゆる意味で都合が良かったからだ。


 あの茶屋での名乗りのあと、オレは恐る恐る家康を質問を重ねた。


 それで得られた情報はというと、雪斎禅師せっさいぜんじの仰った天からの”御使い”がどうだの、松平家の再興のために加護がどうこうだの、今一要領の得ないものだったが、分かったこともあった。


 家康はオレを天からやってきた仏の使者だという勘違いをしているということと、俺の今いるこの場所はやはり戦国時代の日本の駿河だということ。そして、俺の脚に矢が刺さったのは完全な事故だったということ。これらが三十分程度での問答で得られた情報だった。


 ”御使い”についてはいまだに誤解は解けていないが、どうにかオカルト的存在でないという事だけは理解してもらえた。


 そのあとに名乗ったのだが、それに関しても一悶着あった。最初の呼び方は、”佐渡様”。正直あの家康に様付けされるなんてゾッとしないから、どうにか殿にしてもらったが、緊張しきった彼女を説き伏せるのは正直骨が折れた。


 ちなみに、俺の脚に矢を射ることになった原因はオレが現れた瞬間に立ち上った光だそうだ。ビックリして思わず矢を射掛けてしまった、ということらしい。納得すればいいのか、それとも、怒ればいいのか、そこら辺はまだ決めかねている。


 しかし、”御使い”については意味がわからない。俺の知る限り戦国時代にはそんなものがいたという話は聞いたことがない。雪斎禅師が言っていたというが、今川家の軍師でもあった大原雪斎のことだろうか。


 それに、俺の脚を治療したあの”巫術”についても気になる。あんなものは歴史には残ってない。ああ、いや、家康が女だってのも同じく史書には載ってないから、なんとも言えないのだが。


「……それで、”御使い”殿はいかがなされるので?」


「あー、よろしければ、館の周辺で見聞を深めておりますが……」


「それがよろしかろう。では、殿、御所様がお待ちです」


「わかっています。では、佐渡殿、どうかあまり遠くに行かれませぬように。ああ、そうだ、銭をお渡し視しておけば……」


「殿! そんな余裕はありませんぞ!」


「……ぅぅ、申し訳ありません、佐渡殿……」


 警戒心を隠そうとしない酒井忠次に対して、家康は俺の手を握って目元に涙まで浮かべてみせる。オレがどこかに消えないか不安で仕方がないらしく、駿府館の門を潜るときまで、こちらを涙目で振り返っていた。


 どうしてこんなに好感度が高いのやら、まったくもって分からない。だが、オレがなぜタイムスリップしたかのかも含めて、考えてもしかたがないことは考えないようにするのが一番だ。


 ついでに言えば、好かれてるならそれを利用させてもらう。この身一つでこんな場所、こんな時代にやってきたオレには頼れる相手がいるというのは精神的にもありがたいことだ。


 まずは、この駿府でできるかぎり情報を集める。元の時代に帰るとして、この時代でやっていくにしても、行動を起こすべきだ。


 それでいくと、俺の脚を射たのが家康でよかった。なにせ後の天下人、ここが本当に戦国時代ならば、最高の勝ち馬だ。縁を作っておくのはあらゆる意味でプラスに働く。


 場所もいい。駿府はこの時代の東日本の中心、情報収集ならもってこい。商人どもの話を盗み聞きするだけでも、さまざまな情報を得られるはずだ。


「あいやお立会い! これなるは薩摩芋! なんとこれははるか南の薩摩に南蛮より渡来せし野菜で、どのような土地でも育つのでございます!」


「よれやよれや皆の衆! この刀はなんと! かの名高き刀匠千子村正せんごむらまさの作でござる!」


「やあやあ! よってらっしゃいみてらっしゃい! これよりお見せするのは”巫術”の秘奥! 比叡山にて修行した密教僧による仏の御業の実演でござる!」


 往来を歩いていると、周囲ではそれぞれの売り子が客を寄せる口上を述べている。聞いていると戦国時代にいるんだな、という実感が湧いてくる気がしないでもない。


 店で売られているのは、野菜や魚、武具や着物に至るまでさまざまなもの。どれも現代に持ち帰れるなら博物館で引き取ってくれそうなものばかりだ。


 さすがに駿河、遠江、三河を擁する大大名のお膝元というべきだろうか。東海一の弓取りの異名は伊達ではない。


「――そういえば聞いたか。京の都で将軍義輝公がしいされたそうな」


「それは真か? ……一体どこの不埒者がそのような」


 もうしばらく進むと、今度は現在の情勢についての噂話が聞こえてくる。内容は、京での変事について。


 義輝公というからには、殺されたのはおそらく室町幕府の十三代将軍の足利義輝のことだろう。剣豪将軍と呼ばれた彼が足利家伝来の名刀を畳に刺して、雑兵をばったばったと切り捨てたという話も戦国時代のことだ。


 だが、時期がおかしい。義輝が暗殺されるのは桶狭間の戦いの三年後のはずだ、もし今がその1563年なら今川義元が生きているはずがないし、家康が駿府にいるというのもおかしい。


 義元は桶狭間で織田信長に倒され、家康はその隙をついて居城を取り返す。それが俺の知る歴史だ。つまり、桶狭間が起きてるのに、義元が生きてて、家康が駿府で一時になってるはずがない。


「なんでも三好家が家臣、松永弾正なるものの仕業らしい。しかも、この不忠もの、三好三人衆に追い立てられ奈良の東大寺の大仏様にまで火を掛けたそうな……」


「なんとも浅ましい……この天下にそのような慮外ものがおるとはな……」


 立ち止まって話を聞いていると、やはり、殺されたのは十三代将軍義輝で間違いないと分かる。


 彼を殺したのは、松永弾正久秀、戦国の梟雄と呼ばれるとんでもない爺だ。梟雄というのは、とんでもない卑怯者という意味で、こいつは主の息子を暗殺し、将軍を殺して、おまけに大仏に火まで付けたのだからそう呼ばれるのも当然のやつなのだ。しかも、最期は日本人初の爆死なのだから手に負えない。


 やはり、将軍暗殺は聞き違いではないということになる。しかし、家康の言うことが正しいなら義元は生きている。

 

「どうなってんだ……?」


 何度考えても、答えが矛盾する。ここが戦国時代、というのは疑う余地がない。だが、実際の戦国時代とは色々と”ズレ”ている。


 家康の性別に、”巫術”の存在、そして、この年代の違い。情報収集したはいいが、オレの疑問は解決するどころか深まるばかりだった。





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