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異世界譚三河物語~女家康と狸の軍師の天下盗り~  作者: big bear
第二章、転換点、あるいは桶狭間という奇跡
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24、めんどくさい知力6

 氏真の居室は駿府館内にあった。まさか二日続けてここを訪れることになるとは思わなかったが、昨日に比べるとまだ心持ちは軽い。相手が義元ではなく氏真であるというのもあるし、隣にいる家康が緊張していないというのも大きい。


むしろ、今朝の彼女は上機嫌とまではいかないが、これまでに比べると楽しそうにしているようにさえ見えた。


「こちらです、軍師殿。若様の居室はこの奥の間にあるのです」


 家康はオレを先導して広い舘の中をずんずんと進んでいく。その最中も調度品の由来や庭の造詣がどうとかをオレに解説してくれた。一応人質という立場ではあるが、やはり幼少期から過ごしたこの場所にはかなりの思い入れがあると見える。


 確かにこの屋敷は何度見ても立派なものだ。置いてある壷から障子の一枚に至るまで全部が全部文化遺産だろう。まあ、あと何年かしたら北のほうの赤い世紀末軍団に薪代わりに燃やされることになるのだが……。


「若様、佐渡と共に参りました。竹千代でございます」


「入られよ!」


 家康が障子の向こうから声を掛けるとすぐに返事が返ってくる。こうして呼び出しただけあってあちらも準備はできていたらしい。


 氏真からの使者の用件は私用による呼び出しだった。用事があるなら自分から来いと思わないでもなかったが、さすがにそうはいえない。すくなくとも暗殺目的ではないと分かっている分、まだありがたいくらいだ。


 しかし、肝心な用事は不明なまま。あの知力6な感じからしてまさかこれが計略の一種とは思えないが、警戒はしておかなければならない。周囲には少なくとも人の気配はない。一応次期当主の居室ではあるわけだし、護衛くらいは着いているはず。


 どうにもあやしい。やはり、忠次に付いてきてもらうべきだったろうか。


「よく来た、竹千代! 早朝にすまぬな!」


「いえ、若様のおためとあらばいついかなるときでも」


 やはり、家康の部屋と比べても氏真の部屋は装飾華美といってもいいくらいに豪華だ。この部屋に置かれているものだけでオレのいた時代では数千万単位の値段がつくだろう。


 それに負けないくらいに高級志向なのが部屋の奥に座す氏真だ。昨日見たときも思ったが、彼女、ああいや、彼は貴公子という佇まいが板についている。まあ、口を開くとそれも台無しなんだが。


 何でオレが呼ばれたのかは分からないが、氏真との話は慣れてる家康に任せるとしよう。世間話ですめばいいんだがなぁ。


「それで此度の御用向きはいかがなものでしょうか?」


「あ、ああ、そうだな、そのまえに――」


 そこで言葉を切ると、氏真はあたりをきょろきょろと見回し始める。どうやら人影がないか確認しているようだが、なにをしようとしてるのかは分からない。暗殺の指示を出してその決行を待っているわりにはあからさま過ぎるし、何を企んでいるんだ?


「供の方ならいらっしゃいませんでしたよ? 瀬名様(、、、)


「そうか……いや、そうね、ありがとう竹千代」


 家康の言葉を受けて、氏真の雰囲気が変わる。貴公子から貴婦人のそれへ、というべきだろうか。まあ、バレバレだったわけだが。


 驚いていないわけではない。家康が女というのは特大の計算外だったが、他には女になってる武将に会う事はなかったし家康だけが例外だと思っていたのは確かだ。


「殿として振舞うのは肩がこります。竹千代はよく我慢できますね、わらわはもう一日一日が針の筵のようで堪りませぬ」


「私の場合は一応女子おなごとしても扱われておりますから……」


 気だるげに溜息を吐く氏真に対して家康が苦笑いしながら答える。史実でもありそうな光景ではあるのだが、この世界の場合では両方とも女性だ。これにはフリー素材のごとく扱われもはやなんでもありとなった織田信長もびっくりだろう。いや、そうでもないのか?


 しかし、氏真が女性とは。家康と当の本人はあっさりとばらしたが、オレの前でばらしてよかったのか? というか、かなりまずい現場に遭遇しているんじゃないだろうか。


「ああ、軍師殿、こちらは――」


「うむ、妾こそが今川の小野小町こと瀬名である。改めて以後よしなに頼むぞ、佐渡とやら」


「は、はぁ、よろしくお願いします」

 

 バレバレだったとはいえ一応は隠していたというのにあまりに堂々とした態度に、思わず素で答えてしまう。


 その上、瀬名姫とは二重の意味で驚いた。瀬名というのは家康の最初の正室、つまり、妻のことだ。家康が女性な以上、この時代では婚姻はありえないわけで、彼女がどうなったのかは気にしてはいたが、まさか氏真がその瀬名姫になっているというのは完全に予想外だった。


「どうだ? 妾が女子とはいくら名軍師でもわからなかったのではないか?」


「え、ええ、まあ……」


 バレバレだったよ、という言葉が咽喉から出そうになるがどうにか呑み込む。あれでどうして隠しきれてる気になってるのか不思議ではあるが、これまではおそらくは臣下の連中が空気を読んでいたのだろう。

 

「しかし、何故妾が龍王丸様として振舞っているか、についてはそなたには明かせぬのじゃ。すまぬな……」


「そ、そうですか……」


 そこは隠すのかよ。いや、思わず突っ込んでしまったが、別段問題はない。大方の予想はつく、松平家には家康としか跡取りがいないように、今の今川にはこの瀬名姫しか跡取りになれるものがいないのだろう。続き柄としては義元の姪なわけだし、相応しいか相応しくないかでいえば相応しいだろう。


 しかも、口ぶりからしてこの世界の本物の氏真は死んでいるようにも思える。もしくは表に出られないか、だが、おそらくは前者だろう。


 幼少のころからの知り合いである家康がそれを知ってるというのも頷ける。お互い立場は似ているし、友人とも言える関係性を築いているのは想像に難くない。


 下衆な話だが、オレにはありがたい。軍師としてはこれを利用しない手はない、公然の秘密だからこそ策にはうってつけだ、


「ともかくこの秘密をそなたに話したのには深い訳があるのだ」


「はぁ……」


 深い訳もないのにそんな秘密を話すやつがいるか。もし本当に何の理由もなく秘密をばらすやつがいるとしたら、そいつはよほどのアホか、サイコパスだ。秘密を知ったこっちのほうが面倒なことになる。


「妾は普段、男子おのことして振舞っておるが、譜代の家臣どもはともかく配下の城持ちどもからの尊敬を勝ち取れておるとはどうにも思えんのじゃ……」


「それはなんというか……」


 明かされた理由は凄まじく答えにくいもの。肯定するのもどうにも失礼な気がするし、かといって相手がこの氏真だと否定もしづらい。


 それそのものは凄まじく納得できるのではあるのがまた辛い。城持ちの武将の多くは元は領地を持つ地頭や地侍だ。彼らに今川家への忠誠心があるかといわれれば答えはノーだし、彼らが力のない主家に従うかと聞かれればそれもノーだ。


「父上のようにとはいかぬでも、妾もかの者たちに恐れられねばならぬ。それを竹千代に昨日相談したところそなたに聞くのが良いというのでな、こうして呼んだというわけなのじゃ」


「はい、軍師殿ならば必ずやいい案を出してくださるかと!」


 両者の期待の篭った視線がオレに向けられる。昨日家康が話したのは多分オレが彼女に助言したことについてだろうが、いきなり助言しろといわれても困る。


 それに助言する相手が相手だ。松平家の軍師としては氏真には無能でいてもらわなければならない。彼、ああいや、彼女が義元の後継者としては物足りないからこそ今川は滅び、徳川が栄えたのだ。下手に彼女を有能にして今川の地盤が崩れなければ、それこそすべてが無意味になる。


 かといって、的外れな助言をするわけにもいかないし、さて、どうしたものか……。




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