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異世界譚三河物語~女家康と狸の軍師の天下盗り~  作者: big bear
第二章、転換点、あるいは桶狭間という奇跡
22/46

22、現代だったら背番号10番

 今川家の戦勝祝いはもちろん松平家のそれに比べると非常に豪華なものだった。鯛はきちんと頭だけじゃなかったし、出てきたご飯も麦ではなく白米オンリーのものだった。


 もっとも出てくる膳が豪華だからといって宴が楽しいかというとそうでもない。今川家の宴会は堅苦しいというか、息苦しいものだ。全員が礼儀正しく、酒が入っても姿勢の一つも崩さないし、それどころか、余興に行われるのは和歌の詠み合いときた。松平家とは違い裸踊りを始めるような輩は一人もいないのだ。


 どうにも肌にあわない。これはこれで慣れれば乙なのかもしれないが、今のオレには針のむしろだ。考えたくはないが、大分、松平家の連中に毒されたのかもしれない……。


「……竹千代様、そろそろお暇しましょう」


「え? どうしてですか? まだ蹴鞠大会が残ってますよ?」


「いえ、忠次殿の機嫌が……」


「いつも通り……ではありませんね……」


 どうやら家康はこの空気も平気らしいが、オレと忠次にはどうにも座りは悪いし、特に忠次は明らかに様子がおかしい。酒をあおるスピードは当社比で三倍。このままじゃいつものごとく悪酔いだ、松平の家中ならば笑って済まされても今川家ではただではすまないだろう。


「では、若様の蹴鞠を見てから退席しましょう。軍師殿もどうぞご覧に」


「は、はぁ……」

 

 そういうと家康はオレのほうに微笑みかけてくる。整った顔立ちはもちろんのこと、やはり目立つのは大きな胸。襟から覗く白い肌はオレの場所からしか見えないものの、思わず注意したくなるくらいに魅力的だ。


 しかし、若様ということは、この今川家の跡取りである今川氏真のことだろう。


 なら、蹴鞠が上手いというのも納得だ。何しろ戦国時代にサッカーチームを作るとしたら、確実に背番号十番でエースなのが氏真だ。今川家滅亡後に蹴鞠で生計を立てるくらいなのだからそれはもう筋金入りといっていい。


 その代わりといったらおかしな話だが、某ゲームだと知略が百点中六点だったりする。低く見られる理由としては状況がかなり悪かったとはいえ、彼の代で戦国大名としての今川家が滅亡してしまったというのが大きい。


 いやまあ、そこまで酷評されるほどにひどい武将なのかといえば、子孫はきちんと存続したし難しいところなのだが……。


「ほら、始められるみたいですよ、行きましょう」


 臣下たちがぞろぞろと庭に向かって移動を始めると、家康も立ち上がりオレの手を引いていく。飲兵衛状態の忠次を置いていくのは気が引けたが、ただの蹴鞠ならばまだしも氏真の蹴鞠ならばオレもまだ興味が持てる。プロの蹴鞠というのも見てみたいし。


「それでは――始め!」


 オレ達が縁側に出ると、ちょうど開始の号令がされていた。庭の中央ので向かい合っているのは四人ずつの二つのチームだ。


 それから試合が始まったわけだが、正直な話、あんまり楽しくはなかった。周りでは歓声が上がったり、落胆のため息が漏れたりしているが、完全な素人のオレには戦況はさっぱり。鞠を落としたほうが負けなのはどうにか分かるのだが、そこまでだ。


「おお――!!」


「さすがは若様じゃ!」


 そんなオレでも八人の中で誰が一番蹴鞠が上手いかは一目瞭然だった。キレのある動きと時代を間違えてるんじゃないかといいたくなるようなハットトリックの数々、間違いない。


「勝負あり!」


 たぶん、というか、絶対に今オーバーヘッドシュートを決めているのが氏真だ。やはり、この世界でも蹴鞠にステータスを全振りしているらしい。


 空中で一回転して地面に降り立った氏真の姿はまさしく貴公子といったところだろうか。顔立ちも綺麗だし、見るからに高級品な着物も完璧に着こなしている。


 いや、美男子だとしても、顔立ちが整いすぎだ。年齢は家康よりは少し上でオレと同じくらいだろうか。ますます自分と同じ性別だとは思えない、男というより宝塚の男役といわれたほうが納得できるくらいだ。


 だが、まあ、家康が女なんだから、氏真が超美男子だったとしてもおかしな話ではない。少なくとも家康のように豊満な胸はないわけだし、多分男だ、多分。


「――竹千代!」


「……若様」

 

 試合が終わると、途端に氏真はこっちに歩いてくる。歩き方も所作も柔らかい、しかも、声まで中性的だ。声が中性的な男もいるしな、うん。


 しかし、真っ先に家康の元に来るとはこの氏真は家康に対しては結構親しげらしい。まあ、そうでもなければ、後に家康も保護したりはしないだろう。


「聞いたぞ! 初陣で見事な功を上げたそうではないか! 家中でも噂になっていた!」


「はい、すべてはここにいる佐渡忠智の尽力あってこそのものです」


 完全な上から目線は氏真らしいといえばらしいのかもしれない。それに家康もことあるごとにオレを褒めるのは嬉しいがやめてほしい。周りからのオレの評価が上がるのはメリットもあるがデメリットもあるのだ。


「うむ、聞いておるぞ。そなた、見事な策をもって鈴木重辰めを捕えたそうではないか! 褒めてとらすぞ!」


「もったいないお言葉です。しかし、これも全て御所様のご威光あってこそかと存じます」


 膝を突いて顔を上げないままにそう答える。いくら知略一桁とはいえ今の氏真はいわば親会社の御曹司だ。媚びへつらうとまではいかなくとも、一応の礼儀は払っておいて損はない。これからの彼? の苦労を思えば同情しないわけでもないしな。


「そうだろう! そうだろう! うん、私としてはそなたにも竹千代にも褒美を授けたいところだが、父上を差し置いて私が渡すわけにもいかないし……そうだ!」


「わ、若様? 褒美でしたらご辞退いたしたいのですが……」


「そういうな、竹千代。私が瀬名――ああ、いや、龍王丸たつおうまると呼ばれていた頃からの仲ではないか」


 なんか凄まじい爆弾発言が飛び出した気がするが、とりあえず今はスルーする。郷に入っては郷に従え、今川家で氏真と呼ばれている以上はそう扱うのがいい。


 ここで家康が褒美を辞退してくれたのはありがたい。金銭や兵糧の類ならまだいいが、地位やら土地だと桶狭間以後に自由に動けない可能性が出てくる


「口約束しかできぬが、そうだな……次の戦では先陣の誉れを松平家に下さるように父上に私から言っておこう!」


「――は、っては?」


 氏真の発言に今度こそ思考が停止する。先陣を任せるという事はつまりは一番槍に据えるということだ。ありがた迷惑にもほどがある。名誉なことであり、今川家からの信頼の証でもあるのだろうが、まったくもって松平家のためにはならない。むしろ、家康を殺すための策と思えるくらいだ。


 だが、問題なのは目の前の氏真からはなんの悪意も感じないということだ。義元のように威厳と気迫で意図を覆い隠しているわけではない。マジで何かを考えているようには見えない、ただ単に思いつきで最悪な事を口しているようにしか思えないのが、余計にオレを困惑させた。


「あ、あれ? わ、私、またおかしなことでもいってしまいましたか?」


 オレと家康の唖然そのものな反応は分かったらしく、氏真は途端に動揺し始める。この感じからしても先ほどの先陣うんぬんは本当に思い付きだったのだろう。


 というか、この今川親子、方向性は正反対なくせにやることがオレの胃にもたらす影響は同じとか勘弁して欲しいんだが……。

 

「い、いえ、我らにはもったいなきお言葉なだけです! 小勢の岡崎衆にはとても先陣など務まりませぬゆえ、どうかその件はご辞退させてくださいませ……」


「そ、そうで――そうか、ならば、致し方ないな! 何か困ったときはいつでも私に申すが良いぞ! なにせ私は名家今川の跡取りであるがゆえに!」


 オレが出るまでももなく家康がそうフォローすると氏真は早々に引き下がってくれる。この感じだとこうして思いつきで無茶な事を思いつくたびに周りが上手くフォローしてきたのだろう。今は家康がこいつの扱いを分かっていてラッキーだったというべきか。

 

「……はぁー」


「……帰りますか?」


「はい……帰りましょう……」


 氏真の姿が見えなくなった後、溜息を吐いた家康はそう答えた。


 なんというか見た目への反応もそうだし、行動への対応も疲れる。とことん今川親子とは相性が悪い、ということはこの短い時間で身に染みた。


 今はあれだけ狭いと思っていた松平屋敷の部屋が今は愛おしく思える。帰ったら今度こそ朝まで熟睡してやる、絶対にだ。


 

 

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