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異世界譚三河物語~女家康と狸の軍師の天下盗り~  作者: big bear
第一章、美少女家康と軍師の初陣
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2、ミス家康とマジカル坊主

 オレが連れて行かれたのは、竹林から少し下ったところにあった小屋だった。オレの目にはあばら家にしか見えないが、オレを拉致した二人はこの小屋を茶屋と呼称していた。


 確かに茶屋というだけあって、小屋の前にはベンチのようなものが置いてあり、そこでは二人の客が茶をすすっていた。


 奇妙なことに客たちも洋服ではなく着物、それも薄汚れた野良着を着ている。それこそ、THE戦国時代か、江戸時代の農民といった感じの格好だ。ここはあれか、文明においていかれているのか?


 しかし、足が痛い。忠次こと髭親父の輸送には怪我人への気遣いは一切なかった。確かにこの茶屋に辿り着くまでは異様に早かったが、傷の痛みは増していくばかりだ。


「おーい! 店主、怪我人じゃ! 二階を借りるぞ! それとそこの御坊も手伝ってくれ!!」


「へ、へい、わかりました……」


 乱暴に戸を開けると、髭親父はオレを背負ったまま、階段を駆け上がった。


 背後からは申し訳なさそうな顔をした竹千代こと爆乳が付いて来ている。下を見てとぼとぼと歩く様子は、まるでこの世のすべてに絶望した浪人生のようだった。


 間違いなくオレの脚に矢を射しやがったのは彼女なんだが、ここまで落ち込まれるとなんだかこっちが悪い事をしたみたいな気分になってくる。


 悪い人間ではないのだろう。この矢もたぶん事故だし、流石に死んだら恨んでやるが、治るなら慰謝料くらいですませてやろうじゃないか。


「よし、ここでよいな! 御坊、御仏の慈悲じゃ、よろしく頼むぞ!」


「……あいわかりました。矢傷ですな、これならすぐに良くなりましょう」


 畳の上に寝かされると、髭親父と入れ替わるように、ハゲ頭の坊さんがオレの脚のそばにしゃがみこむ。会話の様子からしてオレを治療してくれるようだが、もし違ったとしても、もう抵抗するような体力はオレには残っていない。このままどうにでもなれ、だ。


 そも、医者じゃなくて坊主が出てくる時点でまともな治療は期待できない。呪術で医療行為なんてどこの秘境だ。どんなに胡散臭いものにでも縋りたい気分だが、さすがに虫やら謎の木の実の汁を飲まされるなら流石にお断りだ。

 

「――前」


 ハゲ頭の坊主はオレの脚に向かって九字を切った後、手を合わせて拝み始める。陰陽師じゃなくて坊主が九字を切るというのも妙な話だが、そのあとに起きたことのせいでオレの頭は真っ白になった。

 

「な――!?」


 刺さっていた矢を坊主は迷いなく引き抜いた。あまりの痛みに意識が飛びそうになるが、それより先に、オレの傷が光り始めた。


 陽だまりのような暖かな光は、痛みをかき消して、この異様な状況でオレに安心をもたらしてくる。緊張しきっていた全身から力が抜けて、リラックスさえしてしまった。


 何の手品だ。気付かない間に薬でも盛られたのか、それとも痛すぎて幻覚でも見てるのか。下手するとこのまま眠ってしまいそうだが、少なくとも痛みはなくなっていった。


 奇跡、なのだろうか。日本の奥深くには魔法を扱う魔法使いならぬ、マジカル坊主が現存していたらしい。


「こんなものでしょうな……無理に動かれると傷が開くかもしれませぬし、いま少し養生なされるがよろしかろう」


「ああ……よかった…………感謝のしようもありませぬ、御坊様」


「いえいえ、すべては御仏の加護。拙僧は寸志をいただければ結構です……」


 感動してぼうっとしていると、ハゲ坊主は髭親父に礼金を請求し始める。謙虚に遠まわしにいったつもりなのだろうが、まったく下世話さが隠しきれていない。


 返せ、奇跡だと思って感動したオレの心を返せ。坊主の癖に金を取るのか、とは言わない。大体の場合、一番金を取るのは医者よりも坊主なのだ。夢のマジカル坊主も例によって例のごとく、生臭だったというだけだ。


「……こ、これでよろしゅうございますか……?」


「…………はい、確かに受け取りました」


 爆乳が懐から取り出した巾着を渡すと、生臭ハゲはあからさまに不服そうな表情を浮かべる。なんだこいつ、金取った上にここまで図々しいのか。ただの生臭坊主じゃない、隙あれば鉄砲持って一揆を起こす戦国時代の一向衆徒なみの図太い生臭だ。


 金を出させたことへの罪悪感はない。元はといえば、この爆乳侍がオレの脚を射たのが原因なのだ。この程度は慰謝料の範疇だろう。


「……忠次、茶屋の主人にもお礼を渡しておいてください」


「まったく頭の痛くなるような出費ですなぁ……しかし、致し方ないことか」


 爆乳がそういうと、髭親父は豪快な笑い声を上げながら、階段を降りていく。どうにも二人は金欠らしく、爆乳の申し訳なさそうな表情がより深くなったように思えた。


 しかし、竹千代に、忠次、それに金欠か……。竹千代とくれば、忠次という名前は後の徳川四天王筆頭の酒井忠次の事を連想させる。


 どうにも一致しすぎている。オレがそうであって欲しいと思ってるからそんな風に感じるのか、それとも本当に、ここが戦国時代なのか。絵空事だと理性は否定しているが、心の中では信じてもみたかった。


「……あの、その……」


「…………なんでしょうか?」


 そんなことを悩んでいると、すごく話しかけたそうな視線に気付き、こちらから声をかける。こういうタイプは放っておくと、いつまでもモジモジしてるから、話しかけてやった方が話が早い。


「こ、この度は!! 誠に申し訳ありませんでした!!」


 返ってきたのは答えではなくて、流れるような土下座だった。勢いのあるフォームに、胸が揺れる。下品なことは百も承知の上で、見惚れるほどにいろんな意味で見事だった。


 美人の土下座など早々見られるものじゃない。二重どころか、三重ぐらいの眼福だった。

 しかし、こう見ていると、こっちも背筋を正さないといけないという気分になってくる。傷の痛みも消えたし、正座をするのにはそれほどの苦労はなかった。


「あー、その、顔を上げてください……傷も治ったわけですから……」


「いえ! 御使い様に弓を引くなど言語道断の行い! なんとお詫びしてよいのか……わ、私の切腹でご勘弁願えませんでしょうか!?」


 流石に見ていられないからとフォローすると、飛び起きてあわあわしながら腰の脇差に手を掛ける。とてもじゃないが、冗談や許してもらおうとしての嘘とは到底思えない。放っておけばこの場で切腹しかねない真剣みがあった。


 というか、こうしている間にも胴鎧の隙間に切っ先を向けるようとしている。思い切りが良すぎるぞ、こいつ。

 

「いやいや! 待て待て待て!! 許す、許すから切腹はやめろ!!」


「へ、ほ、本当によろしいのですか? お、お望みならば、私……」


「だ、だから、望んでいないから切腹はやめてくれ……流石に侘びで死なれたら目覚めが悪すぎる……」


「左様ですか……」


 慌てて止めに入り、そこまで言ったところでようやく爆乳は切腹を取りやめてくれる。なんで詫びられるほうのオレがこんな苦労をすることになるんだ。


 確かに脚に矢を刺したことは謝られてしかるべきことだが、流石に切腹なんてされたら困る。自殺教唆か、殺人か、こんなことで何かの罪にとわれるなんてごめんだ。


「……それでえーと、ここはどこなんでしょうか? それで貴方はどなたなんでしょうか?」


「あ、ああ、そういえば……”御使い”さまを前にして名も名乗らぬなど無礼にもほどがありました……」


 落ち着いたところで、ようやく聞くべき事を口にできた。最初の最初から疑問に思っていたことであり、オレの中の願望に成否を出すものでもある。


 ここがどこで、この女がだれで、そして今がいつなのか、オレが知りたいのはただそれだけだ。


「……この地は今川治部大輔じぶだいふ様が御領地、駿河が久能山の麓にございます」


 答えが耳に響いた瞬間、自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。ショックに感情が追いつかないというのに、頭のどこで思考だけが冷静に動いている。


 今川治部大輔というのは、すなわち、あの桶狭間の合戦で討ち取れた”海道一の弓取り”こと今川義元のことだ。その領地ということは、今の静岡のあたりのことだ。つまり、今は――、


「私の名は、松平竹千代。松平広忠の娘にして、三河松平家の当主です」


 堂々とした名乗りに、オレの頭は真っ白になる。目の前にいるのは、あの徳川家康。そして、今は戦国時代なのだ。





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