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異世界譚三河物語~女家康と狸の軍師の天下盗り~  作者: ビッグベアー
第二章、転換点、あるいは桶狭間という奇跡
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19、実物は噂とは違う

 謁見の間には五十人以上の人間が集っていた。おそらくは全員今川家の家臣や配下の者たちだ。髭面の武将達の居並んだ様子はいささか以上に迫力のある光景だった。


 オレはそんな彼らの視線を一手に集めている。正確にはオレと家康と忠次の三人、今回謁見するオレたちにすべての視線が集まっていた。


だが、そんな視線がどうでも良くなるくらいに、奥に座す男の存在感は凄まじかった。


「――面を上げよ」


 鷹揚な一声が謁見の間全体に響き渡る。瞬間、その場の空気そのものが引き締まったようにさえ感じられた。


 さすがは駿遠三の三カ国を治める大大名のカリスマといったところだろうか。武将達でさえ緊張に息を呑んでいた。


「――は!」


 家康が顔を上げたのに少し遅れて、オレも顔を上げる。


一応この時代の礼儀作法についても、それなりには理解しているつもりだが、実際のそれとは違ってくるのは当然だ。下手に知識に頼るよりは、目の前のお手本に従ったほうが無難な選択といえるだろう。

 

「今川治部大輔義元である」


 顔を上げてオレはようやく義元の姿を目にすることになった。史実どおりの白塗りの顔に麿眉、公家のようなその姿は間違いなくオレの知る今川義元のものと一致している。


 だが、そこから放たれる威圧感の強烈さはオレの予想をはるかに上回っている。存在感ともいうべきなのだろうか、ただそこにいてこちらを見つめているだけというのに呼吸が詰まるようだった。


 織田信長に桶狭間で倒された武将、今川義元の一般的なイメージはこんなものだろうが、実際の彼はこの時代を代表する名将の一人だ。いわずと知れた『甲斐の虎』武田信玄や『後北条家中興の祖』北条氏康などの名だたる猛者たちと互角に渡り合い、ついには甲相駿の三国同盟を結んだのが彼だ。


 『海道一の弓取り』という家康の異名は本来は義元のものだったくらいだ。現時点では最も天下に近い男といっても過言ではないだろう。


 ちなみに、今川家には『御所が絶えなば吉良が継ぎ、吉良が絶えなば今川が継ぐ』というように、将軍家が絶えたらという条件はあるが、将軍位の継承権すらある。戦国大名としての血筋で考えればほかの家は勝負にならないくらいだ。


 ともかく、今川義元はただ信長にやられた男などではない。こうして対峙して改めてそれが実感できた。


「その方が、竹千代を助けたとかいう軍師か?」


「はっ! さ、佐渡忠智と申します!」


 返答には思わず声が上擦ってしまった。全身に鳥肌が立っているのを感じる。なんのつもりで呼び出したのかは知らないが、緊張感でいえば戦場のそれに匹敵する。


 いや、オレが気圧されているだけなのか。上手くやろうと考えれば考えるほど泥沼にはまり込んでいる。ただでさえ地力には大きな差があるのだ、まずは冷静にならなければ。


「そう神妙にせずともよい。咎があって呼び出したのではなく、少々尋ねたいことがあっただけゆえな」


「あ、ありがたきお言葉……」


 できるだけ声を震えさせないようにしながら姿勢を整える。安堵もあるが、腹のうちを見抜かれたという事への危機感もある。顔色や声色から心の動きを見破られるなど軍師としては失格だ。


 しかし、お咎めではないのなら少なくとも命の危機はないわけだ。いや、まあ、受け答え次第ではそれも言い切れないが、最初から何か言い訳をしなければならないよりはいくらかいい。


「竹千代から聞くところによれば、その方、異国、それも南蛮帰りじゃそうじゃな?」


「はい、仰るとおりでございます」


 よし、今度は動揺を引っ込めることには成功した。南蛮帰りうんぬんに関しては否定しても仕方がない。オレ自身タイムスリップしたうえ異世界に来てましたなんて説明したくないし。


「しかも、そなた、かなりの知恵者であるそうではないか。かつての雪斎にも匹敵するほどだとか、のう竹千代」


「は、はい、軍師ど、ここにいる佐渡の知略は当家においては及ぶものなく……」


「い、いえ、それほどのものでは……」


 義元の問いに家康がそう答えて、すかさずオレが謙遜する。評価してれるのも褒めてくれるのも嬉しいしありがたいのだが、今は困る。


 優秀すぎる人間は大抵碌な目にあわない。舐められるのは困るが、変に高く見られすぎるとそれこそ暗殺される可能性が出てくるし。


 それに、人前では家臣扱いしろというオレの忠告は守っているようだが、残念ながら、今気をつけてほしいのはそこじゃないのだ。


 だいたい、大原雪斎に匹敵するなんていうのは褒めすぎだ。デビューしたての新人にレジェンド並みとか重厚掛かりすぎて大抵のやつはつぶれるぞ。


「ふむ、その知略は南蛮で身に付けた、ということでよいのか?」


「え、ええ、左様でございます」


 嘘はついてないし、家康にも同じように言っておいたから矛盾はない。受け答えとしてはここまでは一切問題はないはずだ。


 問題があるとすれば、義元の意図が読めないという事だ。咎めるために呼んだのではないといいながら、問答の内容は半ば詰問に近い。責められているようには思えないが、探られているのは確かだ。


 目的は何だ? オレの正体を確かめることか? それとも、なにか落ち度を見つけようとしているのか? 軍師として情けないことだが、義元の意図をオレはほとんど推測できないでいた。


「それでつい先ごろ日の本に戻ってまいったというわけか。しかし、なぜこの駿府を選んだ? まずは京の都に赴くのが道理であろうに」


「まずは京の都に向かおうとも思いましたが、今の日の本では駿府こそが都のごとき賑わいと聞きまして。私の学んだ事を活かす機会もあろうと考えたのです」


「ほう、その方なかなかに見る目があるではないか。うむ、確かに今はこの駿府こそが都というても過言ではあるまい」


 義元の言葉に家臣たちが一斉に頷く。自信過剰、というわけではない


 この時代の京の都、つまり京都はかなり荒廃しているはずだ。原因は悪名高き応仁の乱。戦国時代の開幕ともなったこの乱の結果、都はかなり焼け、室町幕府の権威は完全に地に落ちた。さすがに復興はある程度進んでいるはずだが、松永久秀の将軍殺しも起こっているし、また被害を被っている可能性も十分にある。


 それに比べて、この駿府舘周辺の賑わいは現代人のオレの目から見てもかなりのものだ。往来には常に人がいるし、商人達も威勢がいい。


 これも全て義元の統治が行き届いているからだ、数居る戦国大名の中でもここまでできるものはそうそういない。御所様、つまり、将軍と同じ称号で呼ばれるだけのことはあるというわけだ。


「で、南蛮帰りのそなたから見てこの駿府の賑わいはどうじゃ? 南蛮紅毛にも劣りはすまい」


「はい、これほどの賑わいと活気は南蛮でも早々あるものではございませんでした。民は豊かに、商人達は商いに勤しむ様は御所様の御威光の賜物かと存じます」


 多少のおべっかは否めないが、この際仕方がない。オレにとって重要なのは家康やその家臣たちからの評価であって、今川からは警戒されなければそれでいい。おべっかつかいの無害なバカと認識されるならそれはそれで問題はない。


 今のところはただの世間話の範疇。探られているような感覚は否めないが、それだけですむなら万々歳だ。


「そうかそうか、それならばよい――ところでそなた、我が今川家に仕える気はないか?」

 

 爆弾の投下は世間話の延長上のように、突然行われた。予想できたはずのことなのに、頭が真っ白になる。こう来るとは完全に予想外だった。


 やってくれる、返答次第ではオレの首はここで飛ぶというわけだ。


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