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異世界譚三河物語~女家康と狸の軍師の天下盗り~  作者: big bear
第一章、美少女家康と軍師の初陣
16/46

16、勝利と酔っ払いとこれからと

 未来の知識から見た寺部城の戦いは、一つの戦というよりは大きな動きの一部、もしくはある重大な戦いの前哨戦というべきだろう。


 海道一の弓取りと呼ばれた今川義元の上洛、そしてその途上でおきた桶狭間の戦い。栄華の極みにあった今川家にとっては落陽の始まりであり、新興の織田家にとっては躍進の切欠となったこの戦いは、松平家、のちの徳川家にとっても重要な意味を持つ。


 今回の寺部城での戦いはそこへと繋がっている。オレにとっても、家康にとっても負けられない戦いだったのだ。


「――呑めや! 騒げや!! 今宵は戦勝の宴ぞ!!」


「おうとも! おうとも!! 今日の酒は本物じゃ!!」


「おうさ、皆の衆、我が殿と軍師殿に杯を捧げようぞ!!」


 もっとも、そんなことを松平勢の彼らが知るはずもない。オレたちの入場した寺部城の中はすでに乱痴気騒ぎの現場と化している。一応、城下への略奪は禁止してあるが、城の酒蔵が空になればどこからか強奪しかねない勢いだ。


 宴が始まってからはまだ三時間。騒いでも騒いでも足りないらしく、時間が経つほどよりひどい有様になってる。会場となっているのは寺部城の居間と庭、兵士も将も関係なく無礼講で殴り合いまでしている。


 まあ、今は咎めても仕方がないのも確かだ。人質にとられた若君を守るために常に最前線で戦わされてきたのが、彼ら松平勢だ。そんな彼らがその若君とともに戦い、大勝を収めた。まさしく積年の思いが報われる瞬間というわけだ。


 とりあえず、捕えた重辰と鈴木家の家臣の見張りさえきちんとしててくれればそれでいい。どれだけ騒いでても仕事はするのが彼らだ、その点に関しては心配ない……多分。


「おお!! 軍師殿!! そこにおられたか!!」


「さ、作佐殿、た、楽しそうですな……」


「これほどの勝ち戦、そうそうありませんからな! これも軍師殿のおかげござる! さ、まずは駆けつけ一杯!!」


 どかどかと歩み寄ってきた作佐が今にもこぼれそうな杯を口元に押し付けてくる。ちなみに、作佐と呼べと言ってきたのは彼のほうで、呼ばないとにらんでくるので仕方なくそう呼んでいる。


 しかし、それにしてもしつこい。もう三回は酒は呑めないと断ってるのに、オレが断るたびに記憶でもリセットしてるのだろうか。


「しかし、軍師殿は態度が硬い!! もはや、我らは同じ釜の飯を食った同胞はらから! 遠慮は要りませぬぞ!!」


「そ、そうですね……」


 単純なのは結構だが、好感度が上がるのが早すぎる。オレが言うのもなんだが、一応オレは新参者だ。しかも、出自は不確かで胡散臭いことこのうえない。いくら大勝したとはいえ信頼するまでの過程をぶっ飛ばしすぎだ。

 

「まずはその口調を直されるが良かろう! 我らは同じく松平家の家臣、畏まる必要はござるまい!! いや、それより先に酒だな! ほれ、呑みなされ!!」


「やめよ! 作佐! 軍師殿は呑めぬと仰られておるのだ!」


「ええい! 離せ! 忠次!! わしは軍師殿と呑むのだ!!」


 反応に困っていると間に忠次が割り込んでくる。作佐を止めてくれるのはありがたいが、本人もかなり酒臭い。それに、酒瓶片手に俺の隣に座るのもやめてほしい。入れ替わり立ち代りで誰かしら絡んでくるから折角の飯はすっかり冷めてしまっている。


「……軍師殿」


「た、忠次殿、い、いかがなされましたか?」


 今回はやたらと顔が近い。厳つい髭面が目の前にあるというのは凄まじく精神衛生に悪い。ある意味戦場跡よりも精神的に疲れる。


 しかも、何か様子がおかしい。しかっめ面を浮かべて何かを堪えているように見える。まさかと思うが、俺の目の前で吐くつもりじゃないだろうか……まずい、早く逃げないと一張羅をゲロ塗れにされかねない。


「――ぅぅぅ軍師どのぉ、お見事な策でございましたぁぁ!!」


 オレが飛び退こうとした瞬間、忠次は吐くのではなく泣き始める。それもかなりの男泣き。どうやらこの忠次、泣き上戸だったらしい。


「殿もぉ、ご立派になられてぇ! この忠次、うれしゅうございますぞ!!」


 どうやら今回の勝利と家康の成長で感極まったらしい。生き方も豪快なら泣き方も豪快だが、見ていて清々しいものではない。というか、号泣しているおっさんを眺める趣味はない。


 少しぐらい静かに勝利の余韻に浸ったり、今後のことについて改めて考えたりしたいが、周囲の様子からして逃がしてくれそうにない。


 早速頭が痛くなってきた……。


「殿が人質に出されてから苦節十年……耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、ようやくここまで! 見ておられますか、広忠公!!」


「相変わらずの泣き上戸よな、忠次! どけどけ、そのように泣かれては辛気臭くてかなわんわ!」


 どんどんとエスカレートしていく忠次を今度は別の武将が押し退ける。どうせ絡むなら家康本人に絡めばいいのにと思うが、肝心の家康は別室だ。いくら戦勝の場とはいえ、君臣は別。こんだけ酔っててもそういうことは徹底しているのは忠誠心のなせる技、というのはさすがに言いすぎだろうか。


 家康の方はというと、オレと離れるときは密かに涙目になっていたが、この狂乱を見てそのまま部屋に閉じこもっている。さすがに十五歳の女のこのこれを耐えろというのは酷だし、仕方がないだろう。

 

「軍師殿にお尋ね申す! 軍師殿はこれからも松平家にお仕えなさると思って間違いないか!!」


 武将の一人が質問というよりは恫喝のような勢いでそう聞いてくる。まあ、当然といえば当然の疑問ではあるか。


 優秀な人材というのは味方であるうちはいいが、敵に回ると厄介極まりないものだ。ましてや、あの大勝の後だ。オレが敵に回るか、味方でいるのか、は確認したくなるのは当然といえるだろう。


「もちろん、竹千代様がお許しくださるのならそうするつもりですが……」


「それは祝着至極! では、軍師殿に重ねてお尋ね申す!!」


 一応、自分の意志だけで決められるものではないと言葉を濁したが、一切意に介していないらしく、オレが松平家に仕官するという前提で話を進める。


 なにが聞きたいのかは察せられるが、答えていいのかはかなり悩ましい。


 オレの立場はまだ一応曖昧なままだ。正式な仕官をしておらず禄を食んでいない以上は家臣とは言えない。せいぜいが客将、ようは一時雇いのフリーランサーのようなものだ。いろいろと融通の利く立場ではあるが、それと同時に何の保障のない立場でもあるわけだ。


 もちろん、最終的には勝ち馬中の勝ち馬である家康に乗っかるつもりだが、そこに至るまでにどうするかはまだ考え中だ。


「我等が宿願は、松平家の旧領を取り戻すこと! それをかなえる策はございませぬか!? なあ、軍師殿!!」


「そうじゃそうじゃ! 次は岡崎じゃ!!」


 てっきりもっと忠誠を誓えとかそこら辺の話題かと思ったが、大分話が飛躍した。いきなり三河の領地を取り戻すところまで話が飛ぶとは思ってもみなかった。


 困った。領地を取り戻すというのは今川家からの独立とイコールだ。策はあるにはあるが、おいそれとは口にできるようなものじゃない。この中の誰も桶狭間で今川義元が織田信長に殺されるといっても信じはしないだろう。


 それにここに今川の間者がいないとも限らないのだ。策を知るのは最低限に止めておきたい。


「……それについてはゆくゆく……」


「では、ゆくゆくは考えてくださるのか!?」

 

「ええ、まあ……」


「聞いたか皆の衆!! 我らには女だてらに重辰めを心胆を寒からしめた竹千代様と軍師殿がついておるぞ!!」


「おう! これならばすぐに岡崎の城も! いやさ、三河の旧領も取り戻せようぞ!!」


 あえて曖昧に答えたというのに、家臣団は勝手に盛り上がっていく。まあいい、慕われてないよりは少しでも慕われてるほうがいい。


 それに寺部城での合戦が起きたなら、桶狭間はすぐそこに迫っている。史実ではこの二年後だが、この世界では時間が早まっている。ならば、もうすぐだ。


 オレのすべきことはそれに至るまでの下準備。酔っ払いの戯言ではあるが、三河の独立はオレの手でかなえてやろうじゃないか。




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