五話・超学戦闘
「なんやかんやあったが……ようやく着いたな」
女子寮から脱出した後。俺は覚えていた男子寮の場所に向かった。あたりが少し暗い中、とても明るい入口へ歩く。自動ドアが開き、一階の広場の受付に目を向ける。左側にある受付に立っていた人物は、以外にも夜道だった。
「なんで夜道がここにいるんだ? ここ男子寮だろ?」
「広世様に、男子寮への登録をさせるためです。しかし……あまりにも遅すぎませんか?」
夜道は左腕の腕時計を一瞥し、少し訝しげな表情で問いかけた。
「——あ、ああちょっと寄り道していてな。い、いろいろ見て回っていたんだ。別にへ、変なことなんてなかったぜ?」
まさか途中で睡眠不足のため倒れ、女子に介護してもらい、その女子の裸を見た挙句そのまま立ち去り、女子寮から脱出しました、なんて言えない。俺は全く動揺することなく、なんでもないかのように俺は嘘をついた。
我ながらここまでよどみなく嘘が吐けるとは。自分でも少し驚きだ。これは絶対ばれていないな。
「はあ、そうですか。まぁ、良いです。それでは登録を始めましょう」
「OKだ」
受付で書類をもらい、さくさくとチェック項目を埋めていく。
なぜか、夜道がこっちを見ていたのは気のせいだろう。
登録し終わった後。俺は夜道から部屋の鍵を受け取って、そのまま一緒に二階に上り、俺の部屋の玄関に案内される。
「さて、私はここで失礼します」
そう一礼をし、夜道は去っていった。
それを階段まで見届けたのち、俺は渡されたばかりの鍵を鍵穴に差し込み、90度捻った。何の抵抗もなく鍵は回り、扉からカチャンと音が鳴る。
「さてさて、中身を拝見するとしますか」
そう呟き、ドアノブを回してドアを開けた。
自分の部屋の内装は、引っ越し先ということもありがらんとしているが、一通りの家電製品は置かれていた。各部屋の隅には、段ボールの箱が山積みになっていて、リビングには音美の部屋と同じように、ベッドの隣の机にはスマホが充電されている。
まずは整理からだが……見たところすぐに生活はできるようにはなっているな。多分、生活に困らないようにだろう。家族がいる高校生が、家から家電製品を持ってくるわけにはいかないだろうし。とりあえず今すぐ整理はしなくてもいいか。
それでも、どんなものが送られてきたかを確認するため、段ボールを開けて中身を見ていく。その中には昔使っていた懐かしいものまであった。
「お、あの頃のスケボーまであるか。結構持ってきているのな」
そうして全部の段ボールを見終わり、冷蔵庫にあったレトルト食品を食べ、風呂に入る。
……風呂場に入る前、扉で聞き耳を立てたのは内緒だ。
風呂から上がり、冷蔵庫になぜか置いてあったコーラを飲み干す。
「……ふぅ、さてと。あとやることは、スマホか」
寝間着でベッドに座り込んで、机の上にあるスマホを手に取った。
電源を入れると、予想通り初回設定が開始される。さっさと設定し終えると、『集才学園専用スマートフォン』の説明が出てきた。
説明いわく、このスマホからしかできないことは、全部で三つ。
一つ目は、登録者本人の超学能力の内容確認。これは他の奴に能力を偽らないためらしく、それで前回トラブルがあったために、この機能が付いたようだ。俺の場合は、自分でコピーした能力の内容も見ることもできるらしい。
二つ目は、超学成績の表示。これは読んでも意味が分からなかったのでパスだ。後で総智にでも聞くことにする。
三つ目は、学園内の正確な地図。3Dで表示でき、建物の中も見れるらしい。ちなみに、リアルタイムで建物の中を表示しているようだが、人は映らない設計のようだ。
「リアルタイムだけど、人は映らない……?」
試しに、今俺がいる部屋を地図から探し出して、画面に表示させる。映っているのは、俺がいない部屋の内部だ。もちろん、俺が座っているベッドには誰も映っていない。
そして、地図を表示させたまま、冷蔵庫のドアを開けてみる。
すると、地図上の俺の部屋の冷蔵庫も、ひとりでに開くのが見えた。開いたドアの角度も一緒だ。
「……なるほど。そういうことか」
人は映らないが、それで起こった現象や物体の移動は地図に反映される……と。というか、施設内全部監視してるのかよ……金かかってるだろうな。
何の役に立つかどうかはわからないが、こんなふうにしっかり『ルール』を確認するのは大事だ。
こうしてスマホの説明を読み終わり、顔を上げる。疲れた眼と肩をほぐし、もう一度手元に視線を落とす。スマホで現在時刻を確認してみると、午後十一時と表示されていた。
「残りは明日か」
スマホに目覚まし時刻をセットする。そして先ほど見つけた照明のスイッチを押し、消灯してからベッドに入った。
部屋を暗闇が満たし、柔らかい新品のベッドの中。明日は何をするか、そんなことを考えながらゆっくりと眠りに落ちていった。
ピピピ ピピピ
スマホから電子アラーム音が聞こえる。三秒後、俺は布団から手を伸ばし、アラームを止めてベッドから起き上がった。
そのスマホを手に取り、画面をけだるげに覗く。
午前六時。いつも通りの時間だな。さて、今日は何をするか……
そう考えようとした時、画面には、新着メール情報が表示されているのが、目に留まった。
「誰だ……ってあいつしかいないか」
——誰にも教えていない、このスマホのメールアドレスを知れるのは、総智だけだ。
相手を察して、新着メールを疑いなく開く。
『学園を案内したい。午前九時に男子寮広場で待ち合わせね。制服はタンスの中にあるだろうからそれを着て。そうじゃないと超学戦闘は受けられないから』
超学戦闘。
その言葉を見た瞬間、俺は立ち上がって出かける準備を始めた。遊園地を待ちきれない子供のような顔をして。
午前九時、一階の男子寮広場。
総智が階段を下りてくる、制服姿の俺に気付き、挨拶をしてくる。
「おはよう広世。で、まずは案内コースなんだけど——」
しかし、俺はその先の言葉を聞かずに、総智に顔を近づけただ一言だけ質問した。
「なあ総智。一体どこで、超学戦闘はできる?」
「単刀直入にもほどがあるんじゃないかい? とても楽しみにしているのは、その表情を見てよくわかるけど……」
「ああ、めちゃくちゃ楽しみだからさっさと案内してくれ頼む」
そう言いながら総智の肩を掴み、必死に懇願する。
「わかった、わかりましたって。まずその手を下してよ。手が肩に食い込んで痛いからさ……」
「——おっと、悪い。気付かなかった」
とっさに謝りながら、肩から手を外して後ろに下がる。
怒っているかと思ったが、総智は肩を撫でながらも、そこまで怒っていないような表情をしていた。多分大丈夫だろう。
「まぁ、そんな楽しみにしていたら、僕も君がどんな戦い方をするか楽しみだね」
「だろ? ほら早く案内してくれ。一時間待ちくたびれたんだからな」
「そこまで早く準備していたのかい……?」
そう呟く総智と一緒に俺は走って外に出た。超学戦闘、初戦に向けて。