二話・入学理由
集才学園の外郭から出っ張っているヘリポートに、ヘリがゆっくりと着陸した。ヘッドセットを夜道に返し、鋼鉄の足場に降りる。まるで地面の上に立っているようで、揺れはまったく感じない。
「夜道、集才学園って海に浮いているわけじゃあないのか?」
「当たり前です。海底の地盤に基礎を埋め込み、きれいに水平になるように建設したんですから。海に浮くようにしたら、建設費が馬鹿にならないでしょう?」
そりゃそうだな。でも海底に基礎を埋める時点で、かなり金がかかっていると思うのだが。
そう考えながら夜道と一緒に、少し大きめでスライド式の門に向かって歩くが、すぐに門の前に到着したので思考を止める。
夜道が何やらカードを出して、スキャン式の機械に滑らせる。すると赤いランプが緑に変わり、ガチャリと門のロックが外れるような音が聞こえた。
「さて、これから学園内に入ります。ここに入ったら、少なくとも半年は出られませんが、よろしいですか?」
「ああ、何も問題はない」
注意の呼びかけに対して、即座に返答する。
「……覚悟ができていますね。わかりました。では、入りましょうか」
夜道が機械のスイッチを押すと、門が少しづつ横に開かれていく。
扉が動く中、一度だけ後ろを振り向いた。視界の先には水平線しか見えず、陸地はどこを探してもない。
当たり前だ。その当たり前を今一度、俺は確認した。何故か確認しないといけない気がした。
ガゴンと扉が開き切る音が聞こえ、名残惜しいように前を向く。一秒間、目を瞑る。
そして俺は、もう振り返らずに、扉の先へと歩き始めた。
門を通り、夜道にこれからすることの説明を受けてから、俺は学園内の十字路大通りをまっすぐ進む。そのまま、学園の中心にそびえたっている、中央管理センタービルに足を運んだ。
理由はもちろん、入学手続きだ。同時に、超学能力を覚醒させるためでもある。
夜道によると、新入生・転校生はまず、中央管理センタービルで入学手続きを受け、入学して早々に覚醒シーケンスを行うのだそうだ。たとえ超学能力に覚醒できなかったとしても、すぐさま退学にはならないらしいが、だとしても少しばかり緊張する。
俺はどんな超学能力だ? できたら主人公っぽいのが良い。『幻想○し』とか『鋼の錬○術師』とかな。
そんなことを考えながら、受付で一通りの手続きを終えた。
渡された書類を手に持ち、受付の案内に従ってエレベーターを待つ。
「やあ、初めまして。君は転校生かな?」
落ち着きがありそうな声が後ろから聞こえ、そちらに目を向けると、そこには先客がいた。
ちょっとばかり背が低く、少し茶色がかった髪の男子が、壁にもたれ掛かっている。見た目から、高校一年生だろう。何故か左手の中指に、黄色い指輪が嵌められている。なにやら制服のような服を着て、何かを探るような眼をこちらに向けていた。
「おっしゃる通り転校生だ。俺は広世賢治、高校二年生。あんたは?」
「集才学園、高校一年生の関総智です。少しお邪魔しますね」
総智が言葉を言い終わったとたん、エレベーターが開く。隣人を特に気にすることなく、エレベーターに乗り込む。
覚醒シーケンスを行うとされている36階のボタンを押すと、わずかなGが体にかかってエレベーターが動き始めた。
エレベーターが上がる音が、狭い空間に響く。しかし、その静けさはすぐに破られた。
「君はこれから、覚醒シーケンスなのかい?」
総智から急に質問されて少し戸惑うが、特に慌てず答える。
「……ああそうだ。どうしてわかった?」
「転校生がエレベーターを乗る時、それが大体理由なんだよ。後は、君の手の中にある書類を見てかな」
思わず、手元の書類に目をやる。目線を上げて総智の方に顔を向けると、総智はにやっと笑っていた。
「そういうことか。どうやらホームズのようなことは、得意みたいだな」
「ははっ、褒め言葉として受け取っておくよ」
総智は、少し嬉しそうに微笑む。
その微笑みを見て、緊張が一瞬で溶けるのを感じた。
「正直、今会ったばかりとは思えないね。古い友人と再会したような気分だ」
「ああ、ちょうど俺もそんな感じだ」
「いやぁ、おめでとう。僕の数少ない友達だよ。君は」
「……」
今なんか、聞いてはいけないことを聞いた気がする。
「それじゃあ、初友達サービスだ。僕の超学能力の内容が知りたいかい?」
「ん、いいのか?」
気になりはするが、そんな簡単に教えても良いのだろうか?
「ああ、大丈夫……というか、超学能力も調べれようとすれば、いろいろわかるしね。プライバシーが甘いんだよ、この学園」
「そうか。ま、俺にはほとんど関係ないがな。それじゃ、超学能力の方を教えてくれ」
「わかった。僕の超学能力は、『自問自答』。一つだけ自分に対して質問をし、そのあと5分間、思考速度が上がる。そして5分後に、最初の質問の答えが返ってくる能力だよ」
「……」
微妙だな。その能力。
「今、微妙だと思ったでしょ?」
こいつ、初対面なはずの俺の心を読みやがった……。
「別にいいけどね。でも、この能力は結構使えるんだよ?」
本当かぁ? 俺から見れば、完全にハズレ能力なんだが。
「まず、疑問に思ったことのや謎についての答えが、ほとんど帰ってくる。どんな質問だろうとね。後は、機密情報に過去知。さらには、勝利方法の取得や未来予知もできるかな。まあ、5分間というタイムラグと、一日一回の回数制限はあるけどね」
前言撤回だ。説明以上に便利だな、その能力。
「おいおい、超学能力ってのはそこまでできるのか?」
「『できる』。さらに言うと『できてしまう』。ヘリで説明されてる時、夜道さんに「全知全能ではない」って言われたと思うけど、それでも大体のことはできちゃうからね?」
「……まぁ、それでも俺は楽するためには使わないがな」
前も言ったが、これを使って「チートで俺TUEEE」はやりたくないし、やらない。
そしたら、『あの約束』に反するからな。
「まあ、君のスタンスはわかった」
そして総智は、ここからが本番というように、こちらに向き直る。
「さて、こっからは僕が質問しようか。君はどうして『ここ』にきたんだい?」
多分、集才学園に選ばれた理由か。どうせ調べられたらばれることだろうし、喋ってもいいな。
「そうだな、全国高校生クイズ大会……何回目だったか?それに優勝したからだ」
「いや、それだけじゃあ呼ばれないはずだ。追加理由は?」
「今回俺は、クイズを初めて3か月で大会に優勝したことだな。普通だったら『3年間かけて挑む大会』を、だ」
俺は言いながら、まるで自慢に値しないように、逆につまらなそうに答えた。
しかし、総智はまだ足りないのか、さらに質問を重ねてくる。
「なるほど。じゃあ最後に、集才学園入学の誘いを受けた『理由』はなんだい? 普通はこんな誘い、怖くて断ってしまわないか?」
「誘いを受けた『理由』?」
手紙が届いた時や、校庭での面接。確かにあそこで断ることもできたはずだ。というか、目の前で超能力を見せられ、逃げない方が異常だろう。なぜ、俺は逃げなかったのか?
その理由は、自然に口から出ていた。
「……まぁ、退屈だったのさ」
「ん?」
「俺はここにくるまで、いろんなジャンルで『頂点を取る』ために生きてきた。でも正直、あっちはもう『楽しくも面白くも』なかったな。もっといろんなことがしたかったが、変化がなかった。確かに充足感はあったが、それも慣れてしまった。もう、『頂点を取ること』に慣れてしまっていたんだ。そんな状況で、何も知らない場所へ行けると知ったら? どんなことをするのかもわからない、そんな場所へ行けると知ったら? だから、俺は『ここに』きたんだ。ここでも『頂点を取る』ため、にな」
総智は、少し驚いたような顔をした後、ゆっくりとお礼を言った。
「……OKだ。答えてくれてありがとう。ここで『頂点を取る』ためか。そりゃ確かに面白そうだね」
「賛成してくれてありがとよ。まあ、反対されても良かったが」
逆にあっちじゃあ、この考えに反対意見しかなかったしな。
「いやいや、僕からしたら良い生き方だと思うよ? 僕だって似たようなもんだし」
「へぇ、お仲間か。初めて見たぜ」
「そうだね、僕も初めてだ。それじゃあその仲間のよしみで、少し見学させてもらうよ?」
そう聞こえた直後、エレベーターの扉が開く。
「君が覚醒する瞬間を……ね」
総智はそう言いながら左手を顔の前にあげて、中指の黄色い指輪を見せてきた。