一話・海の上での解説話
何かの分野で頂点になる。これは言ってしまえば、頂点に『なってしまう』と同義だ。
つまり、目標の喪失だ。
じゃあ、どうやってこれから人生を楽しんでいけばいい?
答えは簡単。
「また新しいことで、一から頂点を目指せばいい」
あの『約束』を忘れずに、これを小学3年生からやってきたのが、広世賢治の今までの人生だった。
眠りから覚めてすぐに入ってきた感覚は、『ヘリに乗っている』という感覚だった。
ヘリに揺られながら、少しづつ体を起こし状況を確認する。ドラマのヘリシーンでよく被っている、ヘッドセットが被せられていて、その分頭が少し重い。窓の景色を眺めてみると、ちょうど水平線から上がってくる太陽が見えた。
「おはようございます、広世様。ちょうど日の出が見えると思いますがどうですか?」
夜道の声が、ヘッドセットから聞こえてくる。
こちらもマイクに向けて「ああ、おはよう。日の出か。確かにきれいだな」と生返事を返す。それと同時に寝ぼけていた脳も、徐々に活性化していく。
で。今はどんな状況だろう……か……。
もう一度両側の窓の景色を眺めてみると、陸地は全く発見できず、水平線と太陽がはるか彼方に見えるだけだった。
「——ってここ海のど真ん中じゃねえか!」
「はい。そうですが、何か問題がありましたか?」
「いや、誰だって起きたらヘリに乗っていて、しかも海を渡ってたら驚くわ!」
そもそも、体の感覚的に眠った時間は約2時間のはずだ。日付が変わったころに就寝しただろうから、本当は今の時刻は深夜2~3時。朝日が出ているのはおかしい。だとするとここは……
「まさかこの海、太平洋の真ん中付近じゃないよな!?」
太平洋の真ん中付近は、時差の関係で日本より3~4時間進んでいる。あまり当てたくない質問だったが——
「さすが広世様、これだけの情報でそこまでたどり着けるとは。さすがでございます」
残念なことに、ここの近くに陸地が無いことが確定した。
「いや、褒めてほしいわけじゃあねえんだよ!」
まだ少し寝ぼけているのか、感情的になりながら喋る。
まて、落ち着け。まだ慌てるような状況じゃない。眠る前のことはしっかりと覚えている。確か、集才学園に入学するために、俺はヘリに乗り込んだはずだ。問題は、このヘリがどこへ向かっているかだが……
「なあ、夜道。このヘリはどこを目指して飛行しているんだ?」
夜道に届くように、ヘッドセットのマイクに向かって呟く。
「はい。今現在、私の超学能力である『私用車両』で生み出したヘリは、集才学園へと飛行しています」
ヘッドセットから質問に答える声が聞こえ、俺は安心した。もしかしたら、まだ入学面接は終わっていないのだろうか、と疑っていたがどうやら違うようだ。
「ああ、わかった。ありが——って待て、今言った超学能力ってのはなんだ?」
「そういえばまだ説明していませんでしたか。今からご説明いたします」
ヘリの操縦を軽くこなし、そのうえで質問に答える余裕があるのか。彼女の声がヘッドセットから伝わってきた。
「超学能力とは、昨日申しました超能力の別称です。超学能力は、基本的に使う本人がもっとも得意とする分野に関する能力や才能が覚醒し、その分野にかかわる超学能力が使用できます。まあ、常人の『得意』よりはるかに超えた『得意』が必要ですが」
「……なるほど。じゃあ、何かデメリットはあるのか? 例えば能力を使用するたびに、得意分野が不得意になっていくとか」
「いえ、それはございません。しかし、どんな超学能力にも欠点や制限が存在します。少なくとも、『何でもできる』ことはないので、全知全能だとは勘違いしないでください」
多分、そう勘違いするやつかどうかを図るために、あの面接をしたんだろう。
「へえ、じゃあ俺もその超学能力ってのは使えるのか?」
「集才学園で覚醒シーケンスを行えば、その可能性は十分にあります。今まで様々なジャンルの大会を総なめにし、今回はたった三ヶ月で高校クイズの頂点になるなんて、明らかに普通の枠を超えてますからね」
「……今更なんでその情報を掴んでいるのかは、聞かないことにしよう」
「ありがとうございます」
どうせあらゆる機関に、こいつらの手が及んでいるのは間違いない。そうでなければここまで早く、俺の個人情報が出回るものか。今は関係ないだろうからほおっておこう。
「OK、大体わかった。が、その制限や欠点の範囲がよくわからない。一つの基準として、夜道の超学能力……えっと『私用車両』だっけ? その内容を知りたい。教えてもらっていいか?」
「ええ、いいですよ。よく聞かれる質問ですからね。私の『私用車両』は、自分が乗りなれた車両・乗り物を生み出す能力です。元となったのは、『運転技術』でしょう」
「超学能力として使えるってことは、夜道の運転技術はどれくらいすごいんだ?」
「ざっと、『一人の要人を、完全に包囲された町から脱出させる』ぐらいでしょうか。車やヘリのほかに、船やジェット機。細かいものだと潜水艦も自由自在に操れますよ」
……なぜだろう。こっちに顔を向けていないはずなのに、夜道がどや顔しているように思えるのは。
「まあそれぐらい卓越した能力を持っていたら、超学能力に覚醒できるのか。ちなみに能力の欠点は?」
「名前の通り、『私用』。つまり、発動者しか作り出した車両は操れないのです」
「それ欠点かぁ? ヘリや潜水艦を操縦できる一般人なんて、そうそういないぞ?」
「欠点ですよ。例えば、私が『私用車両』で生み出した車に人を乗せて運転していた時、もし私が気絶や失神したらどうするんですか」
「……なるほど」
確かに、要人を運んでデッドレースしているような状況じゃあ、欠点としか言いようがないな。もし自分が銃に撃たれて死んだら、その瞬間高速で移動しながら空中に放り出されるわけだし。
「で、その超学能力は何のために使うんだ? 普通に考えて、ただ超学能力を覚醒させるためだけに、こんな大がかりなことはしないだろ?」
「……おっしゃる通りです。今、集才学園では『超学戦闘』という競技がやっております」
この言葉を聞いた瞬間。
自分でも顔が引き締まるのを感じた。
「へぇ? 面白そうだな」
「ええ。実際この『超学戦闘』を目的として、この学園に来るものも少なくありません。それぐらい、集才学園では大きなエンターテインメントとなっております」
「そりゃあすごい。だが、エンターテインメントだけじゃないだろ? ほかに何がある?」
夜道は少しため息を漏らした後、『面白そう』の先を語り始めた。
「本当に察しが良いですね……。この超学戦闘では、一年おきに頂上決定戦が行われます。成績トップの生徒たちが、頂点を目指して戦うのですが、この頂点を取った生徒には『どんな願いも一つ叶える権利』が優勝賞品として授与されます。どんなことを願うかは生徒それぞれです。そして、この賞品が目的で超学戦闘をやっている者も少なくありません。……さて、ご感想は?」
「予想通りだな。もうちょっと捻ってくれたらよかったが、めちゃくちゃシンプルだ。ましてや俺は興味がない。以上」
「……えっ?」
ヘッドセットから、驚きが隠せなかったような声が聞こえてくる。そして、夜道の戸惑いに満ちている問いかけが、ヘッドセットごしに伝わってきた。
「あの、すみませんがもう一度確認させてください。優勝賞品に興味がない……とおっしゃいましたか?」
「ああ、そんな優勝賞品にはまるで興味が引かれない。まずそんな権利を手にして何になる? 今より人生が楽しくなるのか? 今の状況より面白いことになるのか? 違うだろ。多分、たいていの奴がその優勝賞品を手にしたら『人生が楽になる』ようなことを願うんじゃないか? 面接の時も言ったが、俺はそんな『超絶チート』や『人生イージーモード』にはしたくない。なので、その権利に心が引かれない。それだけだ」
「——でしたら、広世様は超学戦闘には出られない……と?」
「いや、超学戦闘は出るぞ? 当たり前だろ」
「……」
もはや声を聴かなくたって分かった。夜道は今、とても驚いているだろう。
いや別に驚かそうとしてこんなことを言っているわけじゃない。俺だってその疑問の意味は理解できる。ただ、こんな疑問が向けられるたびに思うのだ。
——誰か、この考えをすぐに理解できる奴はいないのか……と。
「——俺が超学戦闘に参加する理由は、ただ単に『面白そう』。これだけの理由だ」
一瞬の静寂。
「……ふふっ」
思わずこぼれた。そう表現するしかない笑い声が、俺の耳に届いた。
……笑った?
「す、すいません。今まで輸送してきた人達で、一番おかしい理由でしたから……っ」
「おいこら、そんなに笑うほどかよ」
「ええ、少なくとも『自分を世界に知らしめるため』や『世界征服のため』よりも面白いですよ……ふっ」
「俺としては、そっちの方が面白おかしいと思うが……。というか、もう笑うな」
ただ、俺としてはありがたいと思う。『訳が分からない』。そんな目で見られるよりましだ。
笑いが収まるまで数分待った。
「……失礼しました。広世様の考え、私個人ではとても良い参加理由だと思います」
「あんなさんざん笑っていただろ……。ま、ありがとうと言っておこう」
「素直じゃないですね」
「俺が素直な奴に見えるか?」
残りの時間。俺と夜道はそんな、たわいもない会話で時間をつぶした。
とても緩やかだと感じる瞬間だった。
会話が終わって一時間。俺は頭の中で、現在わかっている情報を整理していた。
とりあえず今は、これぐらいの情報でいいか——。そう思考し、今後やるべき課題について考えようとした時。
「広世様。集才学園が見えてきました。離陸の準備をお願いします」
そう言われ一応荷物を確認した後、フロントガラスに映る景色を見ようと身を少し乗り出そうとする。
次の瞬間。目に飛び込んできた景色は、俺の想像をはるかに超えて大きいものだった。
「直径約13km。総面積は約130平方kmの円形になっていて、外側は高く硬い外郭によって守られている。そして、円の中心には、高さ240mの中央管理センタービルが建っています。……あれが、日本中から超能力に目覚める可能性のある子供達を集めている学園。集才学園です」
……ということを、夜道は何かの紙を見ながら説明していた。
いや、そこは暗記しておこうぜ。雰囲気的にさ。
「……マニュアルに書いてあるような解説ありがとう。もしかしてそれ毎回言っているのか?」
夜道の顔に目線を向け、あきれ顔で聞く。
夜道は、手元の紙に視線を向けつつ(かなり危ない)答える。
「はい。何か問題でも?続けますよ」
「あーうん」
「エリアとしては十字に分けられていて、まず右上のエリアは……」
夜道は長ったらしい解説をしながら、ヘリが少しずつ降下させていった。
俺はその細かい解説を聞き流しながしつつ、再び集才学園に目を向ける。
そこでの生活を想像し、つい口元が上がった。
ここで一体、どんなことが楽しめるのだろうか? と。
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