プロローグ 後編
「さぁて、お次は何をしようかな……」
次はどんなジャンルを楽しもうか、そう考えつつ下校していたら、もう住んでいるアパートが見えてきた。
相変わらず、次に何をするかを考えている時は、時間が早く感じる。一応楽しく感じるが、それでもそれをもっと長く感じたいがために、こんな人生を生きているのだ。
今度はしっかり難易度が高くて、長く楽しめるジャンルを選ばないと——
そう考えた矢先。
アパート入口に据え付けられてある自分の郵便入れに、封筒が入っていた。しかも、両面が黒で塗りつぶされている。ひっくり返しても、送り主も宛先も書かれてはいない。
それはまさに、『謎の組織から送られてくる黒い手紙』そのものだった。
「……」
思考時間ジャスト1秒。
俺は、即座に郵便入れの中から封筒を引き出し自室に向かって全力で走った。
いつもより長く感じる階段と廊下を抜け、ようやく自室の扉の前に到着する。鍵を開けるのももどかしく、カチャンと音がした瞬間ドアノブをひねり、一秒もかからずに中に入った。
さっさと靴を脱ぎ、着替えもせずにベッドに座る。とりあえず、ドッキリかどうか部屋に隠しカメラが仕掛けられてないか周りを見渡し、もう一度、両手で黒い封筒をまじまじと見つめた。
「……おいおいおいおい、なんだこれ!?」
あれか? ライ○ーゲームのあれか? マジでこんなことがあるのか?
まてまてまて落ち着け。ライ○ーゲームだったら、この封筒を開けた瞬間に強制参加決定だ。もう少し慎重に事を進めるべきだろ。冷静になれ。
かなり興奮して、今すぐにでも開封したい衝動に駆られながらも、頭の中では理性がストップをかけていた。
深呼吸をし、心臓の鼓動を落ち着かせていく。
ゆっくりと呼吸をし、5秒。
「……ふう。よし、落ち着いた。さて……どうする?」
少なくとも表も裏も真っ黒で住所が書かれていないところから、郵便局から届いたものではないことがわかる。
一番可能性が高いのは、どっかの誰かさんのいたずらかライ○ーゲームのふりをした詐欺だろう。そして逆に一番可能性が低いのが、謎の組織からの勧誘届か、非現実的なやつからの手紙だ。だとすると——
「開けない方が得策だ……が」
悩む選択に、自然と目を細める。
この場合の最善の選択は、このままひっそりと焼却するか、警察に届けるかだ。
しかし、俺は『何も頑張らずに適当に楽に生きる』という最善の人生の選択を選ばないようなやつだった。
さらに言えば、『一つのことに全力を傾けて、苦しくとも楽しく生きる』という最低の人生の方を選ぶような人間だ。
さて、そんな奴が、「非現実的で危険で難しく、しかしとても面白そうな問題」を見たときにどうするか?
「問題に挑戦する」に決まっていた。
緊張で手汗をかきながら、封筒を止めてあった封蝋を丁寧に剥がし、ゆっくり中に入っている三つ折りの紙を取り出す。
開いた手紙には、こう書かれてあった。
広世 賢治様へ。
【集才学園入学届】
〈入学希望ならば、7月5日・午後11時30分に菱田高等学校の校庭に来るように〉
「……まさか、あの集才学園からか?」
集才学園。この名前は一時期、ネットで噂になっていた学園だ。
噂の発端は、ある時全国でほぼ同時期にあらゆる学校で、勉強面の「天才」がいなくなったのである。
100万ドルの賞金がかかっている、数学のミレニアム懸賞問題を解いた中学生。
10か国の言語を理解し、話すことができる小学生。
科学誌ネ○チャーに論文を出し、科学の常識を覆した高校生。
そういったあらゆる「学問の頂点」にいる奴らが、次々に失踪したのである。それは今も継続中で、最近では自己啓発本を出版して大反響を呼んだ、高校一年生が失踪している。
そして、この噂で一番不思議な点は『家族を含め、身元周辺の人物がそいつを探さない』だった。
このことから、「何か謎の組織が記憶を消去して、天才たちを一か所へ集めているのではないか?」と、このような噂が立っていた。
この天才たちが集められた場所が、いつの間にか「集才学園」と呼ばれるようになっていたのである。
手の中の手紙——いや、入学届にはこの3行しか、文はなかった。裏返しても、真っ白な余白があるだけ。
7月5日。つまりは、今日。
部屋の時計を確認すると、時計の針は5時24分を示していた。
「……ふっ」
自然と笑いが出る。
ああ、当たり前だ。こんなラノベみたいな状況になっていて、笑わないほうがおかしい。
非日常への入学届をたたみ、丁寧に黒い封筒に入れる。ベッドに封筒を置いてゆっくりとベッドから立ち上がり、そしてつぶやく。ただ一言。決意をするために。
「それじゃあ、行ってみるか」
風呂と夕食を済ませ、ラフなTシャツとジーンズに着替える。
持ち物はスマホ、詐欺だった場合言質をとるためのボイスレコーダー、愛用している腕時計。
「よし。これでOKだ」
自室の玄関を開け、しっかりと鍵を閉める。
この玄関を次に開けるとき、一体どんな気分で扉を開けるのだろうか。失望感だろうか。それとも、もう開ける機会はないのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は玄関先を後にした。
日付が変わるちょっと前の深夜。集合場所の菱田高等学校の校庭に、俺は一人ぽつんと立っていた。
当然不法侵入だが、ばれなきゃいいんだ。ばれなきゃ。
深夜特有の静けさが、少し心をざわつかせる。熱帯夜で湿気がある中、7月の夜風は少し涼し気に感じた。
「さてと、そろそろだが」
腕時計をちらりと見て、時間を確認しながらつぶやく。
時間は……11時28分か。
そう確認し終わり腕時計から視線を上げる。
すると、目の前に黒髪黒スーツの女がいた。
……さっきまで一人で、足音などもなかったというのに。
「こんばんは。今回集才学園入学に向けての、説明をさせていただきます。葛谷夜道と申します」
そう言って黒スーツの女……夜道はこちらに向けて、一礼をした。よく見ると、右手の中指に緑色の指輪をしている。
「——こんばんは。集才学園、入学希望者の広世賢治だ」
ぎりぎり挨拶と礼を返すことができたのは、緊張していて気を張り詰めていたからだろう。
「おや、意外ですね。この現れ方をしたら、驚く人や動揺する人が多いのですが」
「あ、ああ。俺はいつも冷静だからな」
いや、心の中は現在進行形で動揺しまくってるわ。ふざけんな瞬間移動でもしたのかこいつ。
「まあ、それはいいでしょう。では入学の合格面接として、いまから二つ質問させていただきます。そのあとの説明は完全に機密事項なので、他言無用の配慮をよろしくお願いします」
おいおい、機密事項なんて単語まで出ちゃったよ。機密事項ってあれだよな? 世界が滅亡するとかだよな?
一体どんなことを聞かれるのか。あまり想像したくないが、勝手に脳が予想を立てていく。
そうして浮かんだ聞かれるであろう質問の数々に、自然と背筋が凍る。
しかし、聞かれた質問は想像の斜め上をいっていた。
「広世さん。あなたは、超能力を信じますか?」
「……はぁ?」
そんな質問を聞き、つい訝しげに顔を歪める。それと同時に、先ほどの緊張や恐怖も薄れていった。
「あなたは、超能力を信じているのですか?」
再度同じような質問をする夜道。
「……はぁ」と思わずため息がこぼれた。
まったく、くだらねえ質問だ。超能力……か。
「いや、信じていない。そんなものがあったら、この世界はもっと面白くなっているはずだろ?」
「……そうですか。じゃあ、もう一つお聞きします。超能力が使えたら、どう使いますか?」
「使えたら?はっ、使えたとしても使わないな」
「それはどうして?」
「超能力が使えたら『人生が楽しい』と感じなくなるだろうからだ。ゲームでチートを使うなんてつまらないと同じように、人生で超能力を使って楽するのはつまらねえだろ?」
俺が皮肉っぽく答えると、夜道は何か安堵したような表情になった。
「じゃ、今度はこっちが質問しよう。なんでこんな質問をしたんだ?」
今度は自ら、機密事項と呼ばれた情報について聞く。
少し危険な質問だったが、夜道は案外素直に答えてくれた。
「わかりました。お答えしましょう。この質問は集才学園入学において、合格か不合格かを決める質問です」
「へぇ、そうなのか。で? 俺はどうなんだ?」
こんなのが合格かどうかを決める質問かよ、と思いながら判定を促す。
「はい、おめでとうございます。広世賢治さん、あなたは合格です。これで晴れて集才学園に入学できます。——さて、率直に言いましょう。『超能力は存在します』『しかも、人為的に覚醒させることができます』」
……何言ってんだこいつ?
「しかし、その超能力は元々本人がとても優れている分野でしか、覚醒することはできません。つまり、並大抵の才能や能力では無理なのです」
普通ならそんなたわごとは信じなかっただろう。「そりゃ、面白い冗談だな」と笑い返すことができただろう。
しかしそんな期待を裏切り、彼女が言っていることが真実だと、完璧に証明できる出来事が目の前でおこっていた。
「では超能力者を集めるにはどうすればいいか? 『ある分野でとても優れている天才』を集めればいいのです。もうお分かりですね?」
彼女の後ろ、『空気しかないはずの場所』から、ヘリコプターが出現した。
まさに、超能力でも使ったかのように。常識をあっさりとぶち壊すかのように。
多分今の俺の表情は、笑えるぐらい口を開けて、目を見開いているだろう。
「集才学園は、『超能力者になれる可能性のあるものを集め、超能力に覚醒させる』ことを目的とした学園なのです。それではお聞きしましょう。」
「——あなたは集才学園に入学しますか?」
たった今、目の前で起きた非日常すぎる出来事と、その非日常への誘い。この瞬間、入学をするかどうか聞かれた時のことを、俺は一生忘れることはできないと、なぜかそう思った。
返事は決まっていた。
俺は笑いながら、そしてとてもとても楽しそうな声で、無意識に返答していた。
「入学するか? ……ははっ、当たり前だ。俺、広世賢治は、集才学園に入学しよう」
「わかりました。それでは、このヘリに乗って学園へ移動しますので、お乗りになってください」
そういい、彼女が俺をヘリの後部座席へと、手招きする。俺には、あたかも別世界への手招きに感じた。
その手招きに、俺は一瞬も迷うことなく、その別世界へ歩き始めた。
ヘリの座席に座って離陸する直前、俺は彼女に言う。
「ありがとな。ここに来てくれて」
返答は、後ろから見える夜道の微笑だった。
これが、広世賢治のプロローグ。
『雑学王』誕生の瞬間である。
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