十一話・もう一回目の潜入
沙無の敗北宣言を聞いて、俺は一つ疑問が浮かんだ。
浮かんだ疑問の答えを訊こうと、うつむいている沙無に声をかけようとする。
「……なぁあんた、一体どうして——」
しかしその質問が、沙無に届くことはなかった。
「広世賢治さん! 初戦闘で3ランク上の相手に勝利しましたね! ぜひ感想をよろしくお願いします!」
「あんたすげーよ! なぁ、この色紙にサインくれないか? 向かいのライバル店の店長に自慢したいからさぁ!」
「できたらどうやって最後の攻撃を潜り抜けたかを、こっそり教えてくれないか? 超学戦闘マニアとしては大いに興味があるからね?」
そんな声と同時に大勢の人が、突如として転送装置の周りに集まってくる。
「な、なんだよっ!?」
その人込みに気を取られ、沙無を視界から外してしまう。
慌てて向こう側の転送装置に目を向けるも、そこに沙無の姿はもうなかった。
追いかけようにも、この状況じゃあ出ようにも出られない。一つ一つ質問に答えるか? 恐らくそんなことをやっている間に日が暮れてしまうだろう。
「おいおい、なんか救済措置は無いのかよ……!?」
そう呟いたとき、視界の端で転送装置に埋めていたスマホの画面が急に切り替わるのが見えた。
画面に表示されていた文面はこうだ。
〈戦闘終了です。 ここから広世様の自室に転送いたしますか? YES/NO〉
思考時間0.3秒。俺はスマホを手に取って、即座にYESの文字をタップした。
そして次の瞬間には転送装置が起動し周りの喧騒を置き去りにし、俺は超学闘技場から姿を消した。
数分後。
自室……と言っても引っ越してから何の整理もついていない部屋の中。俺はその部屋のベッドに座り込んでいた。
「なぁ総智。戦闘終了してからのあの盛り上がり……なんなんだ?」
持っているスマホのマイクに向かって、そう口にする。別に荒々しく言ったって何の解決にもならないのだが、今回ばかりは良いだろう。
もちろん、スマホを小型スピーカーからは返答が返ってきた。
『ははっ、そう怒らないでよ。一応助言するけど、僕からは早めに『あれ』は慣れておくことをお勧めするよ?」
「あぁ? 慣れろ? つまりはこれからも『あれ』が続くってか?」
『ここで何日か暮らしたらわかるだろうけど、超学戦闘はここでは本当に大きなエンターテインメントなんだ。おかげであらゆるメディアのほとんどは、超学戦闘の情報を提供することを中心に活動している。僕としては、超学戦闘以外の情報が入ってこないから早めに切り上げてほしいけどね』
小型スピーカーからは、そんな軽い説明と文句が聞こえてくる。というか、もうちょっと真剣に考えてほしいのだが。
「いや、そんなことは訊いてねえ。俺はあれを『抑える』か『無くす』方法を訊いているんだよ」
『えー? そんなこと言われてもなぁ……無理だよ』
「どうしてだ?」
『あっちの世界で、新聞社が『日本サッカーがオリンピック優勝!』という記事は、絶対新聞に載せるでしょ? それと同じ』
とても分かりやすいたとえ話のおかげで、俺はすぐに状況を理解した。
「……なるほど。そりゃあ、無理だな」
『理解してくれて何よりだよ。だったら、すぐに寮から出た方がいいね。あと一分ぐらいで報道陣来るだろうから』
「——っ! 40秒で支度するからロビーで待っててくれ!」
『わかったけど実は——』
そこで通話を切り、財布とスマホをもって玄関に出る。正直、持ち出すものはこの二つだけでいいからな。
というか、10秒もかからないなこれ。
すぐさま靴を履いて廊下への扉を開けると、目の前には総智が立っていた。
「——玄関前にいると言おうとしたけどもう言わないでいいね。さあ行こうか」
「総智……準備早すぎないか?」
「ふふっ、それは褒め言葉として受け取っておこうか」
そうして、俺たちは報道陣からの逃走に成功した。報道陣に見つかる紙一重のタイミングだったが。
「で、寮から脱出できたのはいいけど、これからどこへ行くんだい?」
脱出後、スマホで目的地を探しながら歩いていると、隣から総智がそう訊いてきた。
「あー、うん。女子寮だな」
「……君またそこへ行くのかい? もうやめといた方がいいと思うよ? 友達として」
「いやいや、沙無に一つ訊きそびれたことがあるんだよ。それを質問しに行くだけだ」
「そんなことを言っても弁解にはならないと思うけどねぇ……」
そんな会話をしているうちに、女子寮の前に到着する。
男子寮との距離はそこまで遠くないし、いざというときは逃げられるだろう。
「さて、総智。こっから俺はノープランなわけだが、なんか良いアイデアはあるか?」
「いやいや、あるはずないよ……。葵はもう協力しないって言ってたし、僕だってこんな危ない橋は渡りたくないからね?」
「そっか……、どうすっかな」
大げさにため息をつき、大空を仰ぐ。
もちろん俺は超人ではないため、ジャンプで部屋の窓まで飛んだりなどはできない。身体能力なぞとっくの昔に捨てている。
もちろんスパイ○ーマンみたいに壁上りができれば、話は別だが。
(……ふむ、行けるか?)
「総智。女子寮の沙無の部屋って、どこにあるかわかるか?」
「わからないけど、望遠鏡を使えば部屋のネームプレートぐらいは読むことができるよ?」
ポケットから小さい片目型の望遠鏡を取り出しながら答えた。なんで持ってるかは聞かないでおこう。(どうせ超学戦闘の観戦に使っているのだろう)
「じゃあ、どこに沙無の部屋があるか見てくれ。頼む」
「わかった。でも、できたらこんな覗きっぽいことさせないでくれよ?」
そう言いつつ、ドアを見るように顔を動かしていく総智。やがて、その動きが止まる。
「んー、4階の右端の部屋だね。ってそんなこと聞いてどうするんだい?」
「……なぁに、ただ『クライミング』してくるだけさ」
そう言いつつ、俺は女子寮の塀を乗り越え、『私用車両』を発動させた。




