十話・それじゃ、答え合わせと行くか
「ん~、終わった……か」
廊下から月の明かりが、ドアから僅かに差し込む部屋の中。俺はゆっくりと背伸びをした。
目の前には撃たれた衝撃で気絶している沙無が床に倒れこんでいる。
息が荒い様子はないが、床に倒れている絵面は(俺が)ちょっと危ない。
(さすがにこのままじゃだめだな。……ベッドの上にでも運ぼう)
そう考えて沙無をお姫様抱っこで担ぎ、ベッドに乗せようとした時に機械音声のアナウンスが聞こえてきた。
『二人共お疲れさまでした。戦闘終了です。winnerは雑学王、広世賢治さんです』
(ん? 今更終了宣言か? ……終わったのは先ほどだろ?)
「おいおい、なんでこんなタイミングで——」
機械音声に文句を言いつつ、なんとなく手元に視線を移した。
沙無が起きていた。顔が固まっている。
まず目の前のベッド。次に俺の顔に目を向ける。
表情が、驚きから恐怖。そのまま怒りに変わっていく。
そして次の瞬間。
「——このっ……ばかっ!」
廃ビルに怒声が響き渡る中。俺は再び、視認不可能の平手打ちを食らったのだった。
——数分後。
「……叩いてごめん」
沙無は、この台詞と同時にぶっきらぼうに顔を背けて謝った。
場所は闘技場内の転送装置の上だ。
あの後、俺が叩かれた直後にここへ戻るために強制転送され、二人共廃ビルから戻ってきた。
……俺は床に倒れた状態のままで。
周りの観客は見当たらないが、すぐに戻ってくるだろう。
そんなわけで、今この空間は俺と沙無の二人しかいなかった。
謝る沙無に対して、俺は特に気にしていないように言葉を返す。
「……まぁ、大丈夫だ。気にしてない。二回目だったから、というのもあるけどな」
「あ、あれはあれよ。そう、不可抗力というやつよ。……そういえば、あなたあの件で私に謝っていなかったわよね?」
「ははっ、どうして謝らないといけないんだ? 正直、俺としては『期待はずれ』だったもんでなぁ?」
そう言いながら、俺は沙無の体に視線を向ける。
沙無のその、なんというか、急斜面とでも形容せざるをえない胸に。
沙無が俺を視線を追って、どこを見ているか分かった瞬間。
「——っ!」
沙無に顔に血が上るのが、とてもはっきり見て取れる。
と、同時に再び右手を振り上げたのを見て、俺は即座に謝った。
「OK、わかった、すまん。謝るからその右手を下すんだ」
沙無が落ち着いた後。俺は場面を切り替えるかのように手を叩く。
「さて、じゃあ本題に入るか」
「……本題?」
「ああ。まずは謝罪だ。今回俺は沙無を脅し、戦闘を強制させてしまった。……すまない」
深々と頭を下げ、反省と謝罪の意を示す。
ここでまた叩かれる覚悟を持って、俺は謝った。というか、叩かれること前提で謝った。
しかし三回目となる衝撃は。いつまでたっても来なかった。
その代わりに、かみ殺したような笑い声が聞こえる。
(……?)
つい顔を上げると、沙無が必死に笑わないように我慢している姿があった。
そして我慢ができなかったのか、沙無は周りを気にせずに笑い出した。
「あっははは! ばっかじゃないの!?」
「……はぁ?」
「……ああ、ごめんごめん。確か初戦闘なんだっけ? だったら知らないわよね。今回あなたがやったことは、ここでは『日常茶飯事』よ。上のランクになるには、どうしても上のランクの相手と戦闘しなきゃいけない。だけど、自分より下のランクと対戦してもそこまで意味はない。だったら、『どうにかして強制的に戦闘へ参加させる』しかないでしょう? 私もそういうことをやったことはあるわよ?」
「いや、確かにそうだが……それでも謝らないといけないからな」
「……どうして?」
俺は思う。
沙無からのこの問いが、この学園での常識を表しているのだろう。
『どんな手を使っても、上に上がって優勝を掴む』。
それがここでの『姿勢』であり、またここでの『やり方』なのだ。
思えば、こういうことをする奴は今までにも大量にいた。
チーターにイカサマ使い。そんな『楽できればいい』連中はかなり目にしてきた。
しかし、そんな奴らに会った時の俺の対応は、一貫して一つだけだ。
俺は沙無の疑問に、答えを返す。
「……こんなのは、正攻法じゃないからな」
『どんなチーターにあっても、こっちは正攻法で挑む』
それが、俺が頂点を取る時の規則の一つだ。
今回俺がやった『脅して戦闘強制参加』は、あの事件を利用したものだ。
だから、不可抗力を利用した戦略……つまり『バグ』としてとらえることもできるだろう。
しかし、罪悪感はあった。
だから、謝った。
自己満足かもしれないが、謝罪した。
……ただ、それだけだ。
「……へぇ、正攻法じゃないから……ね」
沙無は訝し気に、そう返した。
「ああ、本当にそれだけだ」
「だったら、ラストのあれは何なの? あれは正攻法?」
「あれは間違いなく正攻法だ。俺の戦略勝ちと100%言える」
「あなた、いちいちむかつく言葉を選んでくるわね……。だったら、どんなトリックを使ったの? 『音響消滅』を使用していたから、足音とかは聞こえなかったはずよ?」
(……それじゃ、答え合わせと行くか)
「もちろん俺には、お前が扉を開けていく音も、足音も聞こえなかった。つまり音の情報が完全に遮断されていたわけだ」
この能力に気付いたときは勝利がずいぶんと遠くにあるように感じたが、後々になって考えてみると勝てる可能性が無いわけじゃなかった。
戦闘中は対策が無いと言っていた。しかし、それは『この能力での奇襲に対しての』対策が無いという意味で、『この能力に対しての』対策が無いというわけじゃない。
「だから、俺が得る情報を聴覚じゃなくて視覚のみに限定したんだ」
「……え?」
わけが分からない、というような声が沙無の口からこぼれる。
「あのスマホの地図があるだろ? あれの表示方式はどうなっていたよ」
「えっと……確か学園専用の端末と同じ方式だったよね」
「そうだ。そして、ここが重要だが『学園専用スマートフォンの地図の、細かい表示方式』は知っているか?」
「えっ……」
反応から察するに知らなかったのだろう。予想通りだ。
今回、この情報が勝敗を分けたのだから。
「知らないのだったら今から説明しよう。地図の表示方式は、『建物を3Dで表示し、自由に動かせる視点で建物内を表示する』方式だ。そして、この建物内の情報は『リアルタイムで更新』されている。つまり、さっきの戦闘だとあの廃ビルの中を、『常時更新』しながら表示していたわけだ」
「そ、それはわかって——」
「いーや、わかっていない。この表示方式は『監視カメラ』として使える、と俺は説明しているんだよ」
この言葉を聞いたとき、沙無が驚愕したのが表情でわかった。
「いいか? 続けるぞ? しかし、この地図は『人間は表示しない』ようになっている。そしたらこのゲームは何の面白みもなくなるからな。だが、『扉や物体が動いた』のは完璧にわかる。俺はそれを利用したんだ」
ここにきて、沙無は俺が何を企んでいたかが分かったようだ。
「じゃあ、あのガラスは……っ!」
「『複数の音を出して音が消されるのを防ぐ』ってか? そんなのはミスリードに決まってるだろ。本命の目的は『動いたガラスの破片で、いつ三階に来たか』がわかるようにするためだ。そして、あんたはその罠にかかった。まあ、もし反対側から来たとしても、端から扉を開けていくのが丸わかりだったから、問題なかったがな」
「なっ、ならどうやって扉を閉めていたのですか? 手で押さえていれば押し返す感触でわかるはず。ですが、あの時はどう思い出しても『何かで押さえつけている感触』でしたよ」
「ああ、あれね。文字通り『押さえつけていた』んだよ。俺の体じゃなくて物でな」
「しかし、部屋の中を動かす音は一切聞こえて——」
沙無のその質問を、俺は手を挙げて遮った。
「その疑問に答えるのは……これだ。『私用車両』」
超学能力を発動し、挙げた手の先にスケボーを出現させる。
「……スケボーがどうかしましたか?」
「これは『私用車両』で作り出したスケボーだ。自分が乗りなれている乗り物を出現させる能力だが、いくつか制限がある。一つは、車輪や起動部分が地面などにくっついたら離れなくなること。もう一つは、何もしなくても30秒で消滅すること。……ここまで言えばわかるか?」
「そ、それで扉を?」
「そうだ。このスケボーの片方の車輪を扉に、もう片方の車輪を壁に取り付けることで無理矢理『かんぬき』にして、物理的に扉を施錠した。あんたはそれを勝手に、『俺が扉にもたれ掛かっている』と判断するのを見越してな」
一応、横の扉にもこの『スケボーかんぬき』を使っていたため、廊下側以外から来ても問題は無かった。
「そんな使い方が……」
沙無は口を押えて目を大きく見開いているが、俺の方はいたって変わらない。
ただ、淡々とトリックを説明していく。
「あとは30秒後にスケボーが無音で消滅するから、リズムを足で刻むように足音を立てればいい。それであんたが勝手に突入してきた後、真横で頭を撃ち抜くだけだ。これで解説終了。どうだ? 正攻法だっただろ?」
「せ、正攻法も何も……あなた、それをいつ思いついたの?」
「いや、そんなの決まってるだろ。『俺が三階に逃げた後の1分間』だ」
もはや言葉が出ないのだろう。唖然とした様子で沙無が固まる。
そして急に脱力したように、沙無がぽつりと一言呟いた。
俺は、聞こえないふりをした。
「私の…………負けね」




