八話・音響消滅
超学闘技場では、戦闘観戦ができる部屋が複数用意されている。
そのシアタールーム(まんま映画館のような劇場)の一つ。広世と沙無の戦闘を映しているルームの中は、現在大歓声が響いていた。
映画館のような大きいスクリーンだけが広い劇場を明るくしており、その光が照らしているのはこの白熱した試合を観戦している観客達。中には座席から立っている者も見られた。
「初参加のあいつ、すぐに終わると思ったがやるな」
「普通、相手に転ばされてあんなに冷静でいられるかぁ!?」
そう興奮に満ちた声があちこちで聞こえる中、まるで当たり前という態度をとっている人影が二つ。
「さすが賢治だね。頂点を目指す君が、始まって早々に負けるわけがないか」
「あの冷静さだ。広世なら、あんな場面でも即座に対応できるだろうな」
総智と葵が隣に座って、スクリーンから目を離すこと無く会話している。周りがテンションを上げていく中、二人だけは、とても静かに試合を観戦していた。
しかし、自分の能力があんな使われ方をされたのを見て、葵は少し苦い顔をなって話を続ける。
「だとしても、広世の超学能力の使い方はあまりに『例外的』すぎやしないか? 私の『規則更新』をあのように使うだなんて……」
「それは違いますよ、葵さん。広世の場合、超学能力は『例外的』にしか使えないんです」
それを聞いて葵は、何を言っているのかわからないというような表情をして言葉を返した。
「……どういうことだ?」
「広世の『瞬間雑学』はどんな能力もコピーできる反面、コピーした能力に何らかの制限がついています。しかも、その制限はかなりきつい。あなたの『規則更新』にだって、その制限がかかっていますね」
「へぇ? 本人に聞いたが知らないが、よくそこまで知ってるな。ならば、私の『規則更新』の制限はなんだ?」
「元の制限に加えて『効果範囲は自分のみ』だそうです。もう使えないも同然ですよね?」
「それは……使えないな」
どういうことになるのか想像できたのだろう。希望を無くしたかのような声で、葵はうなずいた。
『相手と自分を含め、何か一つのことを禁止する』という能力の『規則更新』で、『自分の何かを禁ずる』とは、何に使えばいいかわからない。
本来だったら足止めに使える『行動を禁ずる』だったら自分だけが行動できなくなるし、一旦戦闘を中止したいときに使う『攻撃を禁ずる』だったら自分が攻撃できなくなる。相手には何の制約もつかないため、自分が不利になるだけの能力である。
つまり、普通に使ったらまず役に立たない。役に立てたいのだったら、先ほどのように『例外的』にしか使用できないのだ。
「それであの使い方なのか……。確かに納得がいったが、もう一つだけ聞きたい。沙無さんの能力はなんだ?」
「ははっ、それはかなり単純な能力だよ。単純がゆえに、対処が難しいとも言えるね。まったく初戦からランク3に挑むから賢治は——」
「さっさと教えてくれ。君の話が長くなるのはわかっているからな」
葵が話を阻むと総智は大げさにため息をつき、質問に答える。
「はぁ、わかったよ。沙無の能力は——」
階段での最初の戦闘から、約一分。
暗闇が視界を埋める中、廊下へのドアを抑えるようにもたれ掛かりながら俺は呟いた。
「——あいつの能力は『音を消す能力』……か」
これはかなり厄介だ。シンプルが故に『対処法が存在しない』。
隣の部屋に続く左右の扉を警戒しながら、苦い顔で舌打ちをする。
しかし絶望に暮れている暇はない。能力が判明し、俺は即座に戦い方を考え始めた。
まず先手がかなり有利なゲームの〈銃撃戦〉で、何の音もなく近寄れることはかなりのアドバンテージだ。
さっきの戦闘では、銃撃音や足音が消されていた。さらに扉の開閉音まで消せるとしたら、目視するまでは完全ステルス状態だ。普通にやっていてはほぼ確実に先手はとれないだろう。
見つからずに視界にとらえたとしても、一発撃ってこっちを向いたらすぐさま逃走される。余裕をもって狙いを定める時間は無いし、これでは俺の方が先に見つかる確率は高い。
(くそっ、一体どうすればいい……?)
ここまで思考した時。
暗い視界の中で、わずかに揺れ動くものが目に映った。自然にそこに視線が向けられる。
左の部屋へ続く扉が少しずつ『音がせずに』開いていた。
「——っ!」
これを認識した瞬間、俺は開きつつある扉に銃口を向け、引き金を引く。
轟音が鳴り重い反動を俺が味わう中、紫の線を空中に引きながら弾丸は飛んでいき、開いている扉の隙間に吸い込まれるように入っていった。
これも牽制の攻撃だ。当たっていたらラッキーだが、それよりも重要なのは『相手の位置が分かった』ということ。今ならば奇襲を受けずに攻撃できる。
そう考え、相手の方へ回り込むために背中にある廊下への扉をすぐさま開く。
そして廊下に足を一歩踏み出した瞬間。
紫色の『無音の弾丸』が、目の前すれすれを横切っていった。
そのまま右に目を向けると、冷たい目でこちらを見遣る沙無。手の中の銃はこちらに向けられている。
(こ、ここまで想定内かよおい!)
そう思うや否や、次の弾丸が発射されこちらに迫っていく。
「『私用車両』!」
もう一度スケボーを出現させ、必中の攻撃を防ぐ。
が、沙無は驚くことなく、ただ冷静に連射で撃ってくる。
一発、二発、三発、四発。
回避行動? 全部は避けられない。もう一度スケボーでガード? 発動している間に撃たれる。
ならばやることはただ一つ。
『一発だけ撃たれて、残りを躱す』。これだけだ。
「『自問自答』!」
そう叫び、超学能力を発動させる。
すると、『思考速度が上がっていく』感覚を覚えるのと同時に、『世界がゆっくり』見えるようになる。
自分の体がゆっくりとしか動かないようになるが、銃弾も簡単に見切れるほどに遅い。
その鈍化した世界の中、俺は少しずつ迫ってくる三発の銃弾を身を捻って何とか躱す。
しかし、最後の一発は回避不可能。狙いは頭。
その不可避の弾丸を、顔をかばうようにして左手で受ける。
左手が後ろに引っ張られるような衝撃を受けながら、俺は右手の中にあるマグナムで沙無を狙った。
(あいつは弾切れ……当てるには絶好のタイミングだ)
そう考え銃口を頭に向けようとするが、しかし沙無が部屋に隠れる方が早い。
仕方なくヘッドショットを諦め、沙無の体に向けて発砲する。
沙無は扉を閉めようとするが、俺が放った弾は扉の隙間の先にある体に命中した。
それを見て、俺はまた超学能力を発動。
「『規則更新』『超学能力を発動するのを禁ずる』」
この言葉を言い終わった瞬間、超学能力である『規則更新』と『自問自答』が強制解除され、世界が一気に加速する。
しかし、その変化に驚く暇はない。また奇襲される前に俺は後ろを向き、上の階へと逃走した。
——次の一手を考えながら。
《超学戦闘経過時間——約6分》




