79章 各国情報戦
79章 各国情報戦
塔の力を削ぐ方法がある。
三首の犬に乗った人間がそう叫びながら国中を走り回り、
悪魔の使い魔が、天使の念話が、森と大地の妖精が同様に騒ぎ立てたのは同時だった。
大陸各地に描かれた魔法陣、その術式。
悪魔に守られたそれを破壊すれば塔の力は削がれる。
空から来る化物を切り伏せながら人間がそう叫ぶ。
入り乱れる戦場を一直線に賭け、三首の犬に跨った人間は塔へと向かう。
●
「全くもって……、キリが無い!」
帝国の闇を光の矢が走り、化物達が撃ち落とされる。
エルフ達の矢が尽きる事は無いが体力はすり減っていく。
地上を這う化物はドワーフと人間が相手をしている。
妖精王は空の爆発を見上げながら戦況を分析する。
化物は2種類。
夜だけ動けるものと、昼と夜、両方に動けるもの。
どちらも空から来るが、翼さえ撃ち抜いてしまえば問題は無い。
問題はこの物量だ。
魔術とは言え無尽蔵に力が使える筈も無い。
化物を呼び出すにも力がいる。
全く、どういった仕組みか。
嘆息と同時に森の妖精が騒ぐ。
隣に立つ鍛冶王が地面に耳を付けた。
事態と事情は理解した。
妖精王と鍛冶王はすぐに命令を下す。
「理解しましたね! 今すぐ帝国中を見て回りなさい!」
「早う! 遅れを取るな!」
「はっ!」
数人のエルフとドワーフが擂鉢の底へ走る。
それと入れ替わりに人間の戦士がこちらに来た。
「我々は?」
「貴方方、陛下の親衛だから私に命令権無いんですが」
「好きに動いて良いと」
「ごめん今の無し」
そう言って妖精王は入ってくる情報を整理する。
この情報は皆に届くように一斉に流されたらしく、現場もそれなりに混乱している。
悪魔の軍勢は一部を国内の探索に割いた。
天使の国も同様だ。
王国は第9領と壁の住人達が虱潰しに魔法陣を探し、
東の遊牧民の国でも竜と神々が動いている。
その中で1人、狩人が塔に向かっている。
「変わりません。地上の守りを」
「は」
そう言って人間達が刃物を構えた。
化物が頭からこちらに突っ込んでくるのを誰かが撃ち抜く。
悲鳴を上げる間も無く化物が解体される。
だが、休んでいる間も無く次が来た。
「……ここには森があり」
「……ここには山がある」
そう言って2人は武器を構えた。
●
「……」
大陸中を騒がせる声は魔術師にも届いていた。
眼下に展開されていた軍勢の一部が引き返し、探索を始める。
こちらに駆けてくる青年と目が合った。
何も言わずにこちらを見ている。
忘れもしない顔だ。
忘れもしない顔だ。
忘れもしない顔だ。
塔に真っ赤な裂け目が入る。
何処に繋がっているかも判らない裂け目から眷属が這い出る。
■■■■=ニャルラトホテップが甲高い声を上げた。
魔術師は頭を振り冷静さを取り戻す。
アガレスは倒された。
塔の力は落ちた。
だが、下手に眷属を動かせば魔法陣の場所がバレてしまうだろう。
魔術師の取れる手段はここで眷属を生み出し続けるだけだ。
敵がこちらに集中している方が都合が良かったが仕方が無い。
手はまだ有る上に全ての魔法陣を破壊する事など不可能だ。
魔術師は天を見上げる。
「……」
宇宙に有る神の杖はこちらに狙いを定めている。
魔法陣が明滅し、魔術師の命令を待っている状態だ。
■■■■=ニャルラトホテップの体がビキビキと音を立てた。
膨らみ、肥大し、鍛え上げられた戦士のように体が変化していく。
「いいだろう、来るといい」
4文字の掌の上の住人め。
魔術師の目が更に黒く染まる。
白目すらも染まり、最早2つの暗い穴だ。
塔が鳴動し次々と眷属が這い出てくる。
徐々に変わっていく敵の陣形を見ながら、適切な場所に眷属を配置し直す。
知識に目覚めなければこのような事は出来なかっただろう。
魔術師のような者達は天使の国で転生者と呼ばれていた。
彼らは白い塔の中で飼われ、一生を終える。
頭が良すぎる者。
手先が器用すぎる者。
文明の知識を持つ者。
●
頭領は白槍公や他の王族と接触していない。
王位が空である以上、王族達との不用意な接触は政治的な均衡を崩す。
王に仕える諜報員というのは存外、ややこしい立場だ。
だが、頭領が屋敷の外に居る理由はそれだけでは無い。
●
塔が現れ、化物が空から襲い掛かって来たと思ったら、竜が飛んできて化物と巨人達を焼いた。
帝国から来た皇帝、神の契約者が現れ白槍公と手を組み、共和国を倒そうとしている。
天から降ってきた声が塔の力の削ぎ方を教え、騎士達が慌ただしく建物内を漁っている。
共和国に軍を向かわせるのも時間の問題だろう。
王国内の情報はしっちゃかめっちゃかだ。
噂話を流した所で真実に塗り潰される。
誰もが信じやすい嘘が荒唐無稽な真実に塗り潰される。
これでは不和を招く所では無い。
「だから直接的な手段を取りに来た。違うか?」
「……」
屋敷の裏口。
使用人の出入り口。
頭領はその前に陣取り、怪しい男を睨め付けた。
男は屋敷の使用人の服を身に着けている。
「何の事やら。私はやり残した仕事を思い出しただけで」
「使用人から王宮と刑場の臭いはしない」
上から声が振ってきた。
声のする方へ目をやると、処刑人が屋根の上からこちらを見ている。
「そして刑場の人間は貴族の館に立ち入り厳禁だ。何が感染るか判らんからな」
「……」
男の手の甲が赤く光った。
炎の紋章が見える。
「悪魔の大総裁、アミーが契約者、遍歴者」
燃え上がる炎の中から長槍と生首を持った男が現れる。
槍が頭領に襲いかかった。
屋根から処刑人が飛び降りる。
底辺が斜めの台形、断頭台の刃をそのまま武器にしたような剣がアミーに振り下ろされる。
剣は槍で弾かれ、処刑人が猫のように着地した。
同時に遍歴者が短刀を構えながら突っ込んでくる。
頭領はナイフを投げ敵の動きを牽制した後、剣を抜きアミーへと斬りかかる。
ガキン、と甲高い音がし、互いに押し合う。
処刑人が遍歴者へ躍りかかる。
アミーと遍歴者が交互に頭領と処刑人に問う。
「館に立ち入れぬ者が何故、立ちはだかる」
「仕事だからだ」
「立ち入りを許されぬ者が何故、立ちはだかる」
「仕事だからだ、……いや」
「?」
処刑人が言い淀み、そして言い直す。
「13年前の罪滅ぼしだ」
処刑人の言葉に遍歴者が値踏みするような目を向ける。
「……成程」
処刑人の何も描かれていない手の甲をまじまじと見た後、
納得したように頷き、遍歴者が攻撃を再開する。
頭領とアミーが互いに強く押し合い、距離を取る。
そして自分の味方の所に駆けて行く。
炎が上がる。
アミーの槍に炎が巻き付く。
大きく振られた槍の間を縫うように遍歴者が動く。
縦一列に並んだ2人の真横を取ろうと頭領は動くが、火の玉が飛んで来た。
炎で処刑人の動きが止まった所を遍歴者が狙ってくる。
ならば、と武器を投げナイフに持ち替え、遍歴者の動きを止める事に専念する。
だが、投げナイフはもう尽きそうだ。
どうにかして攻勢に転じる切欠を作らねばならない。
そう考えていると処刑人が敵に突っ込んでいく。
遍歴者が右に、処刑人が剣を持つ手の方向に避け、アミーが槍で処刑人を狙う。
頭領は遍歴者を突き飛ばし、横から処刑人を狙うのを止めさせる。
遍歴者が長剣を抜き、頭領に斬りかかった。
アミーが槍を大きく振りかぶる。
避けられた穂先が再び上がり、叩き付けるように振り下ろされる。
炎が揺れ、甲高い音が響く。
処刑人が剣で炎の槍を受け止め、上に弾き返した。
それを見て遍歴者がアミーの所へ駆け寄ろうとする。
頭領はナイフを投げる。
処刑人が遍歴者の方に更に踏み込む。
振り切った剣、手首を返し、切り返した軌道には動きを止めた遍歴者が居る。
「嗚呼」
安堵したような声が遍歴者の口から漏れた。
「死にたくなかった」
「俺もそうだ」
断頭刃が役目を果たし、突風が吹く。




