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3.5章 戦士の牢屋


 3.5章 戦士の牢屋

 

 通された文官の執務室から竜騎士は外を眺めている。

 到着した途端、慌ただしく何処かへ向かった文官を1人で待っている。


 何か盗られるという心配は無いのか、と思ったが部屋を観察して納得した。

 ここには私物という物が何も無い。

 書類仕事をする為の机と、来客用の長椅子、ただそれだけだ。 

 花の1輪、絵の1枚も無い。

 

 あまりにも見る物が無い為、窓を開けて外を見る。 

 見えるのは西方公とその供の者だ。 

 年齢は50半ばだろうか。

 白髪交じりの髪、鍛え上げられた体、顔には傷のように刻まれた皺、手の込んだ衣裳。

 

 成程、指揮官である、と竜騎士は思った。

 そしてそれ以上の感想は無い。

 窓を閉め、再び文官を待つ。

 

 戦士で無いのならば興味を持つ必要は無い。

 竜騎士はそのように育てられた。

 

 朝早く、日が昇る前から鍛錬をし、戦士としての心構えを叩き込まれる。

 広さだけはある草原で合戦の訓練や竜の調教などを教えられた。

 厳しい訓練ではあったが、それを苦に思った事は無いし、いい思い出であると思っている。

 

 食事は体を作る栄養を効率よく得る為の行為で、楽しむものでは決して無い。

 温かい羊の料理は庶民の食べ物であるとされ、様々な薬草を漬け込んだ強めの酒と馬乳酒、

肉や穀物、木の実で作った焼き菓子だけを口にする事が許された。

 奴隷だった頃や、文官と旅をしていた頃はともかく、これからは再びその食生活に戻るだろう。

  

 戦場で死ぬ事を誉れとし、多くの敵を屠る事を良しとせよと、そのように言い聞かされてきた。

 そしてそのような死を迎えるのだと思っていた、戦士として戦場に立つまでは。

 

 竜騎士は、この部屋とは違って美術品が多く置かれている老人達の部屋を思い出す。 

 戦わなくなった者、戦えなくなった者、生まれついて指揮官になる事を義務付けられた者。

 様々な理由でそこに座っている連中の小賢しい理屈は竜騎士達にひとたびの勝利も齎さない。

 

 攻め込まれたら攻め返し、適度な戦果で兵を引き満足する。

 故郷を取り戻す為の決戦の時は何時まで経っても来ない、来る気配も無い。

 今更、何を臆しているのか。

  

 怒りで胸を掻き毟りながら、こうも考える。

 故郷を取り戻しても、安寧の日は来ない、と。

 

 簡単な話だ。

 故郷を取り戻した所で待っているのは悪魔の国との戦いだ。

 

 そして、今の地で暮らした時間が長すぎた。

 新たな戦の地に移り住むよりも、今の場所で暮らし、

時折攻め込んでくる天使を返り討ちにした後、報復する。

 

 国としては最善なのだ、と答えを出すと何かがぐずり、と腐り落ちていく気がした。

 

 誰かがこの部屋に近づいてくる足音が耳に入る。

 扉が開き息を切らせた文官が入って来た。

 

「済まん、今戻った」

「いや」

 

 竜騎士は自分を買った男を見る。

 最初は集落に帰る為に利用するだけのつもりだったが、

何を思ったか――本当に何を思ったか――帝国に、文官に付いて行く事にした。

 

 そしてそれは正解だった。

 この休戦会談は大陸中のどの国にとっても重要な意味を持つ。

 その程度は竜騎士にも察せられたし、文官がここにいる事が不思議であった。

 

「……会談は?」 

「そっちは陛下が何とかする。僕の出る幕じゃない」 

「そうか」  

 

 そう言うのならばそうなのだろう、と竜騎士は納得した。

 ならば今、優先するべきは自分の槍だろうと踏み出しかけた所で動きを止める。

 

 首の後ろがチリチリとし始める。

 今度は魔王が到着したのだろう、背中にじっとりと汗が滲んだ。

 

 そのような気配に構わず文官がさっさと歩き始める。

 竜騎士は後ろをちらりと見た後、文官の後を追う。

 こんなものは慣れっこだ、と言わんばかりのその姿勢は、ある種の感情を掻き立てた。

 石で作られた廊下に2人の足音が反響する。

 

 いつか、と竜騎士は文官の背中を見る。

 帝国と遊牧民、互いに注視し合う時が来るだろう。

 それが何をもたらすのか、今の竜騎士には判らなかった。 


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