表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/107

71章 理不尽の影


 71章 理不尽の影

 

 恐らく荷物の積み込みは間に合わないだろう。

 その前に、商舶の手先が自分を殺しに来る。

 

 だが想像以上に早かった、と牽引役は大剣を担ぐ。

 まさか、取って返してくるとは。

 

 それとも最初からそのつもりだったのだろうか。

 牽引役は自身の立ち回りの下手さに歯噛みする。

 

 読み書きは多少齧った程度、剣士としての力量は歯車の騎士に遠く及ばない。

 駆け引きも、政治的判断も未熟。

 契約した悪魔によって人格を保証されていただけで、自身に目立った能力が無い以上、この扱いは必然だった。 

 

 男の足音が近付く。

 剣を杖代わりに、出来るだけゆっくりと立ち上がる。

 姿が見える所まで近付いてきたが、特に顔を上げずに平静を装う。

 

 得物は何の変哲もない剣だ。

 懐に入られる前に切り捨てられれば上々だが、そう上手くは行かないだろう。

 

 男が立ち止まった。

 子供達が家財を荷車に積み込む様子を見て言う。

 

「引っ越しか?」

「まあな」 

 

 最悪、荷物は捨てて行くべきだ。

 そして、自身はこの場に残り、この男を食い止める。

 それが責任の取り方というものだろう。

 

「……戦争も激しい、このままじゃここで教育どころじゃあ無いんでな」

「それだが」

 

 男が鞘から剣を抜く。

 俄に騒ぎ始める子供達の前で動揺は顔に出せない。

 

「先はこの追随者が引き継ごう」 

 

 声を上げ、荷車を無理矢理、出発させる。

 それと同時に金属のぶつかりあう音が響いた。

 

 踏み込みと同時の突きを剣で受け止め振り払う。

 そのまま肩口から突っ込み、突き飛ばし間合いを作った。

 

「向かうのは第9領か? いくら白槍公でも受け入れんだろう」

「あいつらは契約者じゃねぇよ!」


 大振りになりすぎないよう、横薙ぎに剣を振る。

 背後に避けた所を見計らい突きを出すが横に転がられた。

 

「……だから神々に愛されると?」

「……」

 

 立ち上がり、木の洞の様な目で追随者がこちらを見る。

 そこに一切の感情は無い。

 

 見捨てられたからこその契約者だ。

 それは牽引役自身も判っている。

 

 だからこそ。

 自身は見捨ててはならず、手放す時は誰かに繋がねばならない。

 

 ガリガリと剣先を引きずりながら走り、間合いを詰める。

 雄叫びを上げながら、大剣を下からかち上げ追随者の剣を吹き飛ばす。

 そのまま、薪割りの要領で上から剣を振り下ろそうとする。

 

 取り繕う事を忘れた牽引役を見て、追随者の目に怒りが浮かぶ。

 

 力任せに、大剣の刀身を横から叩かれた。

 倒れそうになる所を踏ん張り、手からすっぽ抜けそうな剣を握り直す。

 

 その間に距離を取られてしまった。

 だが、追随者は棒立ちでこちらを見ている。

 

 王国建国から、俺達は神々に愛される権利など無い。

 そう言って追随者が悪魔の名前を呼ぶ。

  

「アンドラス」 

 

 追随者の背後に、黒い狼に跨った、鳥の頭を持つ天使の様な悪魔が現れる。

 それは何も言わずに剣を構えた。


 鈍く光った剣が追随者の体を貫く。

 血飛沫が牽引役の頬を掠める。

 

 唖然とする牽引役の前で、追随者の体から剣が引き抜かれた。

 音も無く、倒れていくそれを悪魔が受け止める。 

 

「悪魔の大侯爵、アンドラス。契約に基づき、一切合財を皆殺しにしよう」 

 

 追随者の体を片腕で抱えながら、アンドラスが切っ先をこちらに向けた。

 同様に大剣を向けながら牽引役は叫ぶ。

 

「アンドロマリウス!」

 

 吠えた声と同時に大蛇を抱えた大男がアンドラスに飛びかかった。

 

 ●

 

 反乱の兆しは王国各地に広がっているようだ。

 白槍公は霞む目を擦りながら報告書を読む。

 

 例えば地方の腕自慢、ならず者の頭目、腕に覚えの有る傭兵団。

 彼らの野心は日に日に膨れ上がっている。

 誰か煽動している者が居るのだろう、と探させているが、なかなか上手くいかない。

 

 執務室にペンの音だけが走る。

 緊急を要するものから次々と署名していく。

 

 逃げ出してきた元第12領の民の保護。

 それに関して、復讐の騎士は驚く程、何も言って来なかった。 

 

 あれ程の憎悪が早々、消えたとは全く思わない。

 それ故に、今の静けさは却って不気味だ。

 

 様子を見させた騎士によれば、領内の巡回でも特に不審な行動は無く、

避難民達との諍いも無いとの事。

 

 ただ時折、太陽を直視するかのような表情で何かを納得しているようだ、と。

 

 それが、どのような感情の動きなのか白槍公には判らない。

 ただ、それが良きものである事を願うばかりだ。

 

 そんな事を考えていると、書類は残り1枚になっていた。

 いつもであれば麦の騎士が休憩を促してくる頃合いだった。

 

「……」

 

 この反乱が鎮圧された後、国民の間に溝が残る事があってはならない。

 その為には、行動で示す必要がある。

 

 ぺきり、とペンの先が潰れた。

 

 煮詰まった頭を何とかするべく、白槍公は立ち上がる。

 空気を入れ替えようと、少しだけ窓を開ける事にした。

 

 吹き込んだ風に違和感を覚える。

 何やら空気がきな臭い。

 何事かと、部屋の窓を全て開け、辺りを見渡すと黒煙が立ち上っている。


 場所は第9領と第12領の境目。

 あそこは確かかつての図書館、今では孤児の溜まり場になっていると報告を受けた場所だ。

 

「誰ぞあるか!」

 

 白槍公は声を張り上げながら槍を持つ。


 ●

 

 皇帝が戻り、ポセイドンの機嫌はそれなりに落ち着いている。

 今朝方、無事を確認した後、睡眠を取ったのも大きいだろう。

 

 目が覚めた頃には日が真上まで上っており、既に会議が始まっていた。

 随分と働くものである、と水鏡の前で感心した。

 

 甲高い鳴き声が空から聞こえた。

 竜が引っ切り無しに空を飛び、物資を運んでいる。

 

 これらは王国に向かう為の物資だ。

 食料や野営の為の物資。

 それらが山の上から降ろされ、荷馬車に積み込まれている。

 

 皇帝達は族長やゼウスと共に細かい話をしている。

 少し前に、エルフの商人やテュールが胃を抑えていたが些末な事だ。


 今は国境を超えた後の話をしているようだ。

 何処に陣地を置くか、何処で戦うか。

 地図を広げながら意見を交わしている。


 その間、ポセイドンは羊の世話をしていた。

 馬を借り、群れが散らばらないように適当に見張っている。

 要するに暇潰しである。 


 傍には目付けと言わんばかりに竜の戦士が1人、歩いている。

 ゼウスに命じられて来たのだろう男は無駄口を叩く事も無く同じように羊を見張っている。

 

 癇に障る事が無いのは良い事だが、暇潰しには物足りない。

 名前を覚え合うような関係でも無い為、こちらから話しかけるのも億劫だ。

 

 良い事を思いついた。

 ポセイドンは馬から降り、王国の方を見る。

  

 入国に関する手続きは皇帝達がなんとかするだろうが、

実際に陣地を築くには工事が必要だ。

 

 ふさわしい土地を探し、均し、木を切り出し、砦を作る。

 たったそれだけでも多大な時間と人手が取られてしまう。

 かつて自身が築いた城壁ほど立派な物では無くとも、それは手間だ。  

 

 ならば先に下見だけでも済ませてしまおう。

 どうせ戦場になるのだから、多少更地にしても問題は無いだろう。

 

 そうと決まれば、とポセイドンは槍で地面を軽く叩く。

 草原に真鍮の蹄と黄金の鬣を持った馬が4匹。

 それらが引く戦車が現れた。

 

 戦士に言伝を命じ、ポセイドンは戦車に乗り込む。

 手綱を持ち大陸の地図を思い浮かべる。

 

 ポセイドンに王国に関する知識は無いが、何処が戦場であるかは知っている。

 最前線で、連携が取りやすく、そしてオーディンが歯噛みする程、完璧な場所を探すべきだ。

 

 南に向かって馬を走らせる。

 戦車は徐々に速さを増し、草原を走り抜け、白い砂浜、海が見えてくる。

 

 速度が緩まる事は無く、戦車は海の上を走り、波を切る。

 そして方向を西へと切り替えた。 

 

 国境線らしき砦を右に捉える。

 ポセイドンが通り過ぎた事に気付かなかったのか、特に騒ぎは起きなかった。

 

 好都合だ、と更に馬を進ませる。

 下見に向かうのは第9領と共和国とやらの境目が良いだろう。

 

 戦場の音が陸地に近付く程に大きくなる。

 陸地の奥、森の更に向こう側、悪魔達の争いをポセイドンの目が捉えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ