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70章 燻る火種


 70章 燻る火種 

 

 夜が明ける。

 平原の涼しい風が赤い外套を煽る。

 

 遊牧民達との話し合いは終わり、後は陛下の帰りを待つだけになった。

 昨夜、足元に現れた魔法陣に連れ去られてから、騎士は帰りを待っている。

 

 何か、に陛下が連れ去られ、帰ってくるのはよくある事だ。

 その度に武神――オーディン――が苛立つのも。

 

 昔からよくある事ではある。

 だが、最近は頻発しているような気がする。

 

 反乱軍に大勢いると言われる契約者もそうだ。

 人間と悪魔が同等の契約を結ぶなど、昔ではあり得なかった。

 

 餌か愛玩か。

 悪魔と出会った人間や悪魔人間の末路はそういったものであった筈だ。 

 

 何か、思いもよらぬ事態が裏で進行しているのでは。

 湧き上がる嫌な予感は風に掻き消されない。

 

「騎士さん?」

「……おや?」 

 

 後ろから声をかけてきたのは文官と武官だ。

 一睡もしていなかったのか、疲れが隠しきれていない。

 

「眠れなかったのですか?」

「海神さんの悋気と怒鳴り声が凄い」

「あー……」

 

 経緯は判らぬが、いつの間にか陛下と契約していた海神ポセイドン。

 ギリシャ神話において、ゼウスと並び立つ程の力を有すると言われた神。

 

 かつて4文字に敗れ、この世を去ったと聞く多神教の神々。

 彼らが再び顕現する事にも何か意味があるのだろうか。

 

 ぐったりと草原に寝転びながら、2人が口々に昨晩の事を語る。

 

「なんかね、ゼウス殿に凄い八つ当たりしててね」

「結構、女遊び激しかったんですねゼウス殿」 

「聞かなかった事にしましょう……」 


 それは忘れてやるのが情けというものだろう。

 ましてや、自身も褒められないような若い頃を過ごした場合、尚更だ。

 

「美少年とか丁稚趣味……って、そんなにいいの? 武官わかる?」

「わかんにゃい」


 疲れからか2人の会話は割と危険な場所まで踏み込んでいる。

 

 話を止めるべく、一歩踏み出した所で白い光が辺りを包む。

 光の中にその姿を見ると、騎士はゆったりとした動作で跪いた。

 

「おかえりなさいませ、陛下」

「ああ」


 光が消え、2人と同様、疲れた表情の陛下が目の前に立っている。

 ヴェールの向こうの表情はどこか精彩を欠いているように見えた。

 

「何かお悩みで?」

「ん」

 

 陛下の返事と同時に、武官がどこからか持ってきた棒切を2本投げた。

 文官が稽古の邪魔にならないように少しだけ距離を取る。

 

 それを受け取り陛下が軽く棒切を振る。

 騎士は構える。

 

 ●

 

 13年前の飢饉。

 それを切欠に悪魔と契約し、追手から逃げおおせた。

 

 反乱が起き、国王が暗殺されたのは18になってすぐだ。 

 そして今は共和国の隅で孤児院の真似事をしている。

 

 元々、親が居ない子供。

 今回の反乱で親が死んだ子供。


 彼らの牽引役。

 それが自分の職名だ。

 

 ●

 

 元々は第9領の持ち物であったようで、建物の飾りは少ない。

 2つの領の境目にあった何かの建物。

 

 焼けた石造りの孤児院。

 その応接室。

 

 突如、訪問した商舶が椅子に座って待っていた。

 後ろには1人だけ、用心棒らしき男が立っている。

 悪魔の名前は知る由もないが、契約者らしき紋様が手の甲に見えた。

 

 出来るだけ視線を彼らに送らないようにしながら、ゆっくりと歩く。

 ゆったりとした足音を立てるべく慎重に歩く。

 

 商舶の対面の椅子に浅く腰掛け足を開く。

 殊更、余裕が有るように、背もたれに思い切り体を預ける。

 傍に孤児院最年長の少年を控えさせ、自身の剣を持たせている。

 

「お久しぶりです。教育は順調ですかな?」

「……ま、それなりだ」

 

 こちらから要件を尋ねないように堪える。

 こういった場では先に口に出した方が負けだ。

 

 指導者程の能力も無く、歯車の騎士程の力も無い。

 そんな男が侮られない為に経験と共に積み上げた知恵だ。

 

「さて、さっさと用事を済ませましょうか」

「……」 

 

 商舶の口から吐き出されたのは、予想通りの言葉であり、

そして、最も聞きたくない言葉だ。

 

「彼らは前線に出せそうですか」 

 

 商舶が言っているのは孤児院にいる子供達の事だ。

 指導者のお付き、であればまだ良い。

 悪ければ肉盾として使う気満々なのは明白だ。

 

「結論から言うぜ。まだ無理だ」 

「まだ彼らの育成は不十分だと?」

「……そうだ」

 

 牽引役は出来るだけゆっくりと、溜めて返事をする。

 急いて返事をすればそれだけ余裕が無いと看做される。

 

 目の前の男は牽引役の返事に考え込むような仕草を見せる。

 焦らずゆっくりと牽引役は言葉を続ける。

 

「そもそも、体に合う武具防具すら用意出来ねぇのは、そっちの怠慢だろ?」

「まぁ、それを言われるとそうなんですが」


 今、孤児院にいるのは15より下、成人していない子供だ。

 出来合いの防具すらまともに身に着けられず、それ故、前線に出すのは憚られる。

 牽引役はそう言って指導者の下に送る子供の数を減らしていた。


 自身が碌でもない手段で生き延びた事への反動でもあったのだろう。

 殺しだけは決して行わなかった、など言い訳にもなりはしないが。

 

「指導者のお付きってなら、ちゃんとして欲しいもんだな」

「留意しましょう。……ところで」 

「?」 

 

 商舶が粘っこい笑みを浮かべる。

 

「先程から喉がお辛いようですが風邪でも引きましたか?」

「……! 別に?」

 

 睨みつける牽引役を無視して、とにかく、と商舶が声を上げた。

 

「魔術師は塔に付きっきり、指導者は今が好機と見ておられる。

今はどんな人間でも一丸となって戦場に出るべきだ」

「……」

 

 牽引役は黙るしかない。

 反論をすれば自らに降りかかるのは処刑だ。

 

 目の前の男はそれ程の権限を持ち、そして積極的に行使している。

 牽引役に政治の事は判らないが、それが必要以上の回数、

必要以上に残酷に行われている事程度は察せられた。

 

「いざとなれば貴方にも、そして彼らにも戦場に出てもらいますぞ。

……アンドロマリウスの契約者殿」

 

 そう言って商舶が立ち上がる。

 剣を持たせた少年に視線を送り、見送るように促した。

 扉が閉められ、3人の足音が遠ざかっていく。


「……!」

 

 噛み殺した呻き声を聞く者は誰も居ない。

 

 ●


「いかんなぁ、実にいかん」

 

 揺れる馬車の中で商舶は独り言ちた。

 その言葉を聞いて用心棒がこちらを見た。


「王国の次は悪魔の国を相手取らねばならぬというのに、あの弱気」

「……僭越ながら」

「うん?」 

 

 用心棒の男が珍しく口を開いた。

 剣と黒い狼の紋様が鈍く光を放っている。

 

「不要では?」

「そうだなぁ」

 

 あの様子では何かと理由をつけて戦力をこちらに寄越さないであろう。

 指導者に対する反乱と断ずるには十分な理由である。

 

 そして何より、そろそろ大衆に正義の断罪を見せる必要がある頃合いだ。

 今、共和国の民に夢から醒められては困る。

 

 神と天使から領土を勝ち取り作られた王国。

 それ故に、王族への目線というのは熱烈なものが多い。

 

 信仰、崇拝。

 かつて神に向けられていた信仰は王族に向けられている。

 

 13年前の飢饉で多少は揺らいだものの、まだ国全体の意識は変わらない。

 共和国の戦火が広がらないのは、それが理由だと商舶は考えている。

 

 それ故に役人達の、裏切り者の処刑は派手に行わせた。

 より残虐に、より苛烈に。

 自分達が正義であると思い込ませる為に手を尽くす。

 

 神殺しを成し、新たな国を打ち立てる。

 その為には終わらない高揚を与え続けなければならない。

 

「正義の悪魔の契約者、という事で人柄だけは信用したが、それも潮時か」

「あの様子ではまともな教育も出来ておりますまい」 


 成程、確かにそうだ。

 今となっては新たに教育を行う時間も惜しいし、無駄飯喰らいは抱えたくない。

 

「では頼むぞ、アンドラスの契約者」

「はっ」

 

 アンドラス、皆殺しの悪魔。

 その悪魔の契約者らしく、男の目が暗く光った。

 


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