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67章 落胤公

 

 67章 落胤公


 この国に神はいない。

 大戦争の時、神々と御使いに剣を向けた時点で王国は寵愛を受ける資格を失った。

 故に我々は神々のような絶対的な支柱であらねばならない。


――今はもう灰と化した王国の歴史書の一節、かつての王族の1人。

 

 ●

 

 化物は夜しか動けないらしく、今は静かなものである。

 朝になると化物達は塔へと帰っていった。

 皆、恐れながらも戦線を立て直し、再びの襲撃に備えている。

 

 第11領、宝剣公の館。

 壁や柱に宝石が埋め込まれた綺羅びやかな館だ。

 

 昨晩の襲撃を受けて騎士達が忙しなく走り回っている。

 建物や砦の修繕、武器の調達、死傷者の確認。

 皆の足音は騒がしい。

 

 そんな中、応接室は静けさを保っている。

 宝剣公の前には1人、男がいる。

 

 歳は20代後半程だろうか。

 清潔感のある見た目で、特に目立った容貌という訳では無い。

 あえて言うならば、役人よりも騎士寄りの体型と言う事位だろうか。

 

 男は庶子である。

 反乱軍にも与せず、かと言って王国貴族という訳でもない。

 

 多少の土地を所有する、血筋だけは確かな、それなりの教育を受けた国民である。

 昨晩、それなりの武勲を立てただけの一般人である。

 

 眼の前の男は宝剣公の話を聞いた後、黙り込んでしまった。

 2人は互いに視線を交わし合いながらも一言も話さない。

 

「……判りました」 

 

 沈黙の後、口を開いたのは男の方であった。

 複雑な表情で男が話を続ける。


「その話、引き受けましょう」

「そうか」 

 

 敵を切り崩す切欠、そして後の第12領領主。

 庶子を取り立てる事を周知し、反乱軍に向かう人材を減らす。

 そして制圧後に第12領を治めさせるのだ。


 当然、側近には宝剣公の息がかかっている。

 その為に極端に能力の高くない人材を選んだ。

 

 彼らにとっても悪くはない話だ。

 制圧後、こちら側に立った人間が居る、と言う事実が有るのと無いのでは、

事後処理を行う人材への心象は大きく違う。

 

 日が出ている間に叙任式を済ませ、新たな公爵の誕生を公布し、国民を安心させねばならない。

 

 13年前と同じ轍は踏まない。

 あの時に見捨てられたと感じた国民が契約者、並びに反乱軍へと化したのだ。

 

 準備を急いで進めながら宝剣公は大事な事を聞く。

 

「名前はどうする」

「名前……」 

 

 第12領の領主であり、公爵。

 そして指導者と名乗る兄弟に対抗する意思を見せつつ、こちらへの裏切りを誘発する名前で無くてはならない。


 それを伝えると男が頭を抱えた。

 宝剣公も同じ思いである。

  

「そうですね」

「……言葉遣いも正さねばなりませんな、兄上」 

 

 兄上、を強調して言うと男が困ったような表情を浮かべた。

 これから男は同じ立場であり、正式な兄となるのだ。

 

 その辺りの摺り合わせは後で行うとして今は名前を決める事が急務である。

 ふむ、と腕を組みながら男が提案する。

 

「落胤公、とでも」 

 

 そう言って男が皮肉げに笑った。

 

 ●

 

「成程、狡い手だ」

 

 新たに爵位が授けられた公爵の名前を聞いて指導者は悪態をつく。

 そう言いながらも指導者はこの事態を歓迎していた。

 

 宝剣公の取った手段は相当な無茶だ。

 様々な例外を作り、様々な所へ波及する。

 良くも悪くも。

 

 実態がどうであれ、外から見れば落胤公の叙任は無名からの成り上がりだ。

 それだけならば能力を認められたのだろうと考えるだろう。

 神が居ない国で、それに代わる役割を担ってきた王族達の説得力というのはそれほどまでに強い。 

 だが、今まさに共和国という例がある。

 武力と能力があれば王国、王族に認められなくても自分の領地を持てると思う者は必ず出る。

 

 ましてや、入り込む筈の無い悪魔が国内で跋扈しているのだ。

 国民の王族に対する畏敬の念は薄れ、危機感は高まっていると見て間違いない。


 むしろ、そうでなくては困る。

 その為に、人手不足でありながらも流言や誹謗を司るアミーの契約者を放浪させた。

 悪魔との契約方法も積極的に漏洩するようにと厳命した上でだ。

  

 今、第12領内で収まっている反乱は、こちらが煽るまでも無く各地で燃え上がるだろう。

 成り上がりを求めて、名を上げるべく野心有る者達が剣を取るだろう。

 

 英雄が居ない王国に、影響力が落ちた王族に、それを止める手段は無い。 

 そして何より、こちらには英雄達が居る。

 

「商舶」

「はっ」

 

 商舶と呼ばれた男が返事をする。

 40後半程の枯れ木のような体に、異様な程、悪趣味に輝く目をした男だ。


 どういった経緯か――故意か偶然か――賈船の後釜に座ったこの男も契約者だ。

 手の甲にはロバの紋様がある。


 ガミジン。

 知識を与え、死者の霊を呼び寄せる能力を持つ。

 商舶が契約した悪魔はそのようなものである。

  

「こちらの英雄の準備はできているか?」

「ええ、ええ! 何時でも御命令を!」

 

 何かを恐れているかのように落ち着きがない声が返ってくる。

 壁にもたれ掛かっている歯車の騎士が不快さを誤魔化すように宙を睨んでいる。

 

 逸る商舶を落ち着かせ、指導者は地図を見ながら自身の駒を確認する。

 

 野望に燃えた庶子達。

 それを率いる悪魔の王の契約者。

 かつて奴隷であった戦士達。

 そして第9領から流れてきた騎士が1人。

 

 そこまで考えて指導者は足りない人間が居る事に気付く。

 

「……アンドロマリウスの契約者は?」

 

 指導者はこの場に居ない男の行方を聞く。

 親衛、戦災孤児達の面倒を纏めて見ていた男だ。

 

 名前を確か、牽引役と言ったか。

  

「そう言えば最近、顔を見ませんな。確か靴べら殿が来た頃位から……、

ええ、2、3ヶ月は見てませぬ」

「……ガキ共の世話が忙しいと聞いたが?」 

「ふむ」 

 

 歯車の騎士の言葉に商舶が顎に手を当てる。

 そして、名案である、と言うふうに声を上げた。

 その目は裏切り者を粛清できる喜びに満ちた目だ。

 

「誰ぞ偵察に送りましょう。この化物騒ぎ、指導者の御付きの教育場所に何かあっては大変ですからな」

「……ただでさえ少ない契約者だ。無駄にするな」

「勿論です」

 

 跪きながら商舶が粘着質な声で答える。

 それを見て歯車の騎士が露骨に嫌そうな顔をした。

 

 言葉の意味が判っているのか、判っていないのか。

 指導者は商舶の内心を推し量るように沈黙する。

 

「信用しようじゃないか」

「はっ」

 

 木の洞の様な目で指導者は命令を下した。

 

  ●


 王になる事を諦め、第9領に一生を捧げようと決意したのは13年前だ。

 大陸中を襲った大規模な飢饉。


 まだ幼かった白槍公の耳に入る真偽も判らぬ情報。

 税と国境戦線への物資は例年通りに催促され、その傍らで飢えていく領民達。

 

 王に減税の嘆願書をしたためても返ってくるのは、国境最優先の御言葉のみ。

 

 何とかならぬか、と側近達に聞くと、ならぬ事は無いと返ってきた。

 だが、王の意向に背く事になる、とも。

 

 問題無い、と返した。

 きっと、父上も判って下さるだろうと答えた。

 

 思い返せば皆、何とかしたかったのだ。

 だから、10にもならぬ子供の拙い口車に乗ったふうに動いた。

 そんな部下達を持てたのは誇りである。 

 

 物資の保管所や、それを運ぶ荷馬車が盗賊に襲われたのはすぐだった。

 追手を放つも行方は知れず、だが領民達の飢えは最小限で済んだ。

 

 冬を越し、春が訪れた頃。

 事件の概要を奏上する為に玉座の間に入った白槍公と側近達を出迎えたのは、

先王の罵声と貴族達の冷たい視線だった。

 

 今なら父の言う事も判る。

 国境が崩れれば飢饉どころではない被害が出ただろう。


 継承権が剥奪されるどころか廃嫡されなかっただけマシだったと言うものだ。

 自領の事だけで国全体を見れなかったのは王族らしからぬ狭隘な思考であった。 


 だが、次、同じ事が起きたらどうするだろうか。  

――だからこそ、私に王たる資格は無い。

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