66章 錯綜
66章 錯綜
「結論から言って、帝国に戻るのはナシだ」
皇帝が空の化物を撃ち落としながら言った。
こちらを襲ってきた化物の群れを倒した所で会議が進む。
それは、この場にいる全員が思っていた事だ。
盆地である帝国の地形は守りやすく攻めにくい。
あの塔から吹き出る化物を凌ぎきるだけならば簡単だろう。
だが根本的な解決には到らない。
武神から聞いた話通りならば、あの塔を何とかするか、反乱軍を何とかしなければ化物はそのままだ。
塔の名前を聞いた時のマンセマットの表情が恐ろしかったのは忘れる事にする。
取り敢えず、と文官は懸念事項を解消していく事にする。
「物資と人手は」
「現地調達」
「……」
「ここまでやらかしたんだ。離反する奴も出るだろうよ」
「それもそうですね」
要するに、反乱軍について行けなくなった契約者をこちらに取り込め、と言う事だ。
ここまでは判る。
話に聞く限り、反乱軍も一枚岩では無い。
当然だ。
悪魔と文明の巨人の力で急速に纏め上げた国。
何時ぞや総代が語っていたように、そろそろ略奪の夢も覚める頃合いだ。
王国は契約者を捕らえたく、帝国は皇帝が契約者だ。
実際問題、契約者の皆殺しは現実的では無い。
ならば受け皿としては申し分ない。
だが、それを差し引いても、どうしようもない問題がまだ残っている。
「入国の為のコネは? 特に武官と騎士さん」
王国は悪魔、悪魔人間の入国を禁じている。
文官の言葉に皇帝は何事も無く返す。
「どっちがいい?」
「……」
皇帝が竜騎士の方に目を向けながら言った。
要するに、第三国の賓客として、外交官として入るか、別の手段を使うか、と言った所か。
「かっこよくて派手なやつ!」
「超任せろ!」
「うるせぇ馬鹿共!」
武官の勝手な提案に盲判を押しかねない勢いの皇帝を止め、文官は思考する。
竜騎士がよく判らない、という表情を浮かべている。
こっそりと文官に耳打ちをしてきた。
「普通に入国では駄目なのか?」
「……」
竜騎士の言葉を受けて文官は考え込む。
確かに外交として入国する方法が言語道断な手段という訳では無い。
だが、王国としては内乱が起きている最中に賓客など迎え入れたくはない。
ましてや、騒動に関わらせるなどあり得ない。
だが不法入国は論外だ。
後々、どんな事態になるか判ったものでは無い。
そうすると、何やら案が有るらしき皇帝の話を聞くしか無い。
大体、何を考えているのか想像がつく付き合いの長さが恨めしい。
ちら、と総代の方を見ると、色々と諦めたような目をしていた。
騎士に至っては頭を抱える始末である。
恐らく、これから族長に通す提案もすぐに通る事だろう。
こういう時は何故か激流の如く話が進むのだ。
文官は痛む頭を振りながら、仕事の段取りを組み立てる。
「まず前提から確認しよう、竜騎士」
「何だ?」
「僕達でも相乗りで竜に乗るだけならば出来るだろうか」
●
帝国の山は必要最低限のみの手入れしかされていない。
人の手を入れ、道を作ってしまうと防衛力が下がるからだ。
険しい道故に金属の防具は最小限まで外す事を強いられ、
武器どころか両手を振り回せるほどの広さも無く、数少ない、通行できる獣道には罠がある。
だからこそ、国境は守られている。
しかし、地形の悪さは当然、こちらにも降り掛かってくる。
ドワーフや悪魔人間のように罠を踏み壊せる程の力も無く、
エルフのように縦横無尽に矢を放ち森の中を飛び回れる訳でも無い。
それ故に純粋な人間が取れる戦法というのは限られてくる。
ナイフを持ち、罠を避け、敵に近付いて首を断つか、心臓を抉るか。
新たに設立された帝国親衛隊、人間部隊の基本的な戦術はそれに尽きた。
「……」
森のなかで右往左往していた化物の首を落とし、男――蛇――は次の相手に立ち向かう。
エルフが仕掛けた罠を壊しながら、化物がこちらを見ながら舌舐めずりをする。
その行動で障害物が無くなり、却って他の連中を招くだけとも知らず呑気なものである。
大仰に親衛隊など設立されたが、蛇としてはどうでも良い事であった。
親衛隊が出来る前のように、いつものやり方でに敵を屠るだけである。
皇帝でもない人間に忠義を試されるのは不快であるが、それが後への示しとなるのであれば仕方が無い。
月明かりに照らされた黒い化物が悲鳴を上げる。
無理やり剥がされた鱗が血と共に辺りに飛び散った。
化物の尻尾に男達がナイフを突き立てていく。
そちらに気を取られ、振り返った瞬間を見計らい翼の皮膜に切れ目を入れる。
化物の体が傾き、地面に落ちた。
瞬間、化物の悲鳴が絶える。
赤いヒビが現れた後、砂へと変わったのを確認し次の作業へ移る。
言葉は通じないものの化物の習性は判った。
それなりの知性と残忍さを持ち合わせ、獲物をいたぶる習性。
反撃されると異常なまでの怒りを表す。
空がチカチカと光る。
エルフ達が放つ光の矢が化物達を撃ち落としている。
今の所、撃ち漏らしは無いようで、盆地は静かだ。
朝まで持ち堪えた後、どうするべきだろうか。
恐らく皇帝達は直接、元凶を殴りに行くだろう。
ならば向こうにも戦力が必要な筈だ。
そう考えているとバキバキと枝が折れる音が耳に入る。
化物が滅茶苦茶に暴れながらこちらに突進してくる。
武器を構えた瞬間、何も無い筈の場所から炎が上がる。
炎は木や化物達を取り巻き、一瞬で真っ白な灰へと変える。
自身の無事を確かめた後、蛇は顔を上げる。
出来上がってしまった広場の中央に炎を纏った男が宙に浮いている。
頭には羊の角、王冠を被り、白い布を身に着けた男だ。
手には火掻き棒を持っている。
蛇は構えを解かずに相手の素性を探る。
「何処ぞの高貴な方とお見受けする。警備の者である、名乗られよ」
無遠慮に誰何された事に気を悪くした風も無く、男は堂々と名乗る。
「バアル・ハモン。何時ぞやの敗戦に伴い、そちらの皇帝に借りを返しに来た」
あの馬鹿共、また何かやったよ。
隊員達の中にそんな空気が流れる。
灰となった化物が風に吹き消される。
●
街の酒場。
悪魔の国の北部へ向かってみようと話し合いをしていた最中の事だ。
突如、現れた塔は、赤く光り自らの名前を名乗った。
化物が現れたのはその直後だ。
「今、全天使達に通達した。これは聖戦である」
真っ白な翼が闇に浮かぶ。
光弾が化物を撃ち落とす。
「あの罪深きバベルの塔は、このラファエルがへし折るとな!」
空が青白く光る。
爆発音が響き、幾多もの死骸が空から落ちてきた。
信仰を鑑みれば至極真っ当な発言である。
狩人は化物の背中にしがみつき斧を叩き込む。
化物の動きが止まった所で真っ二つに叩き斬り、地面に降りる。
その直後、地面が大きく揺れ、何かがガラガラと崩れるような音と、ビシリビシリと生木が裂けるような音がした。
真っ二つに割れる建物と、更に増える悲鳴。
視界が急激に上昇する。
地面が裂け、地割れが起き、足元がせり上がっているのに気付く。
裂け目に落ちないように急いでその場を離れる。
女性の高笑いが聞こえてきた。
声のする方向、塔の近く、現在地から西の方向を見る。
巨大な山羊の角が生えた女性だ。
化物の首を素手でねじ切り、放り投げている。
「バアル・ペオル……!」
ラファエルが女性の名前らしきものを吐き捨てた。
憎々しげで、何処か後ろめたさの有るような表情であった。
「……うへぇ、ラファエルパイセンメッチャおこだし拙者帰りたうげぇ!?」
「何だ何だどうしたー、吐けー、余す事無く聞き流してやる」
「聞いて!?」
奇声を上げたアスモデウスに人型が近寄る。
落ち着きが無い様子でそわそわした後、口を開いた。
「アッタル様、軍勢率いて、進軍開始、異教の神々、一斉蜂起」
「うわぁ」
「こうしてはおれん! 私は先に行く!」
「落ち着け」
癒やしの天使を太刀持ちが抑えた。
流石にラファエル1人で攻勢に出るのは自殺行為である。
街の中で火が上がっているのが見える。
だが、誰も消火しようとせず、皆無事な建物の中に隠れている。
消化しようと建物に近付いたが最後、殺されるのがオチだろう。
狩人達も再び化物が来る前に酒場の中に隠れ、これからの方針を決める。
適当な席を選ぶと、それぞれ勝手に座った。
「取り敢えず天使と悪魔連中に近付くのは無し」
「そうだな」
大前提である。
塔諸共吹き飛ばしてきそうな連中に近付く道理は無い。
人型がじゃあ、と話を続ける。
「異教の連中はどうなのー?」
「んー、やめた方がいいかもね」
アスモデウスが渋い顔をする。
「我らが主に信徒取られて向こうも精一杯よ?
全力で取り込みにかかってくるし、万が一、契約すれば身の破滅。
神との契約、依代なんてやって、まともな精神保てると思う?」
例えば、オーディンの祝福と加護を受けた、生きた戦士。
ウールヴヘジン、ベルセルクと呼ばれていた彼らは敵味方の区別無く動くもの全てを殺し、
戦闘が終わると魂が抜けたように動かなくなったという。
「そりゃ偶にその辺関係無く突っ切る奴も居るけどさ」
「まぁ、変な賭けに手を出す事も無いよねー」
「どうしてもって言うなら戦争大好きな後腐れの無い連中とかならありじゃない?」
相手によっては手を組む必要性も有るだろうか、と狩人は結論付ける。
その前に別の手段も考える事にする。
「国境まで行って王国と共闘するのは?」
「それをやるなら正式な書面が欲しいな」
「帝国に戻るのは悪手だ。防戦しか出来んぞ」
太刀持ちがラファエルを宥めながら返事をし、木陰が地図を見ながら言う。
2人の会話を聞いてを聞いて銀灰が渋い顔をした。
「嫌です?」
「……えぇ、まぁ」
「忘れたらどうです? 死にますし」
「判っては、います」
忍冬が銀灰の隣に座る。
詳しい話は判らないが、王国にはいい思い出が無いらしい。
「どうする?」
「そうだな」
木陰の言葉に狩人は天を仰ぐ。
「我を崇めよ。並ぶべき者無き我が名を崇めよ。我が名は■■■■=ニャルラトホテップ……」
巨大な芋虫が絡み合ったような塔は赤く光りながら、こちらを見下ろしている。




