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3章 遺跡


 3章 遺跡


 特に目立った特徴も無い、小さな遊園地だ。

 休日になれば親子連れの客がささやかな思い出を作る場所だ。


 ジェットコースター、観覧車、メリーゴーラウンド。

 小さな物ではあるが、必要な物は揃っている。

 ベンヤミンはそんな遊園地の従業員だ。


 普段はゴミ拾いや道案内などをしていた。

 そして今は、あちこちから聞こえる悲鳴と、巻き上がる炎の中、懸命に避難指示を出している。


 突如現れた悪魔や天使。

 それらから客を逃がすべく、スタッフ一同、出来るだけの救助活動をしている所だ。


 窓ガラスが吹き飛んだ窓から顔を出し、園内の状況を確認する。

 電気はまだ通っているようで、放送室から指示が出せるのは幸いであった。

 だがそれも長くは保たないだろう、と真っ先に役立たずになった携帯電話を見て舌打ちした。


 ピシリ、と大きな音が聞こえ、思わず振り返る。

 吹き飛んだ筈の窓ガラスに再び、ヒビが入っていた。


 否、窓ガラスでは無く、何も無い空間にヒビが入っている。

 ヒビは窓枠よりも大きくなり、中から、明らかに人の物では無い、何かの腕が出て来る。

 炎の所為で気温が上がっている筈なのに、鳥肌が立つ程の寒さを感じた。


 ベンヤミンが立ち竦んでいると、それが歪んだ空間から現れた。

 蝙蝠の羽を持つ異形の者、悪魔が目の前に現れ、ニタリとした笑みを浮かべた。


「ベンヤミン・アメルン」


 せめてもの抵抗にと、手近にあった物で殴ろうとした所で、悪魔がベンヤミンのフルネームを囁く。

 ベンヤミンの体から急に力が抜け、マイクに顔をぶつけた。


 ゴト、とマイクが床に落ち、キィン、と耳を劈く高音が園内に響く。

 遅れてベンヤミンもマイクの側に倒れ込む。


 楽しげに悪魔が手招きをすると、そちらに向かうように体が勝手に動き始めた。

 高熱に浮かされているかのように、意識が朦朧とし始める。

 頭を振り、マイクを顔に近づける。


 悪魔の手が、藻掻くベンヤミンの肩を掴む。

 覗き込まれた顔にはありありと、好奇の色が浮かんでいた。


 遠くなる意識の向こう側で、ベンヤミンは客への避難指示を出し続ける。 

 

 ●

 

 首都から南東部に向かった先。

 王国第11領と第12領の境目。

 草原が広がり、穏やかな風が吹いている。


 継ぎ目の無い石畳の道路。

 半円型の崩れた建物。


 籠をぶら下げた滑車のような物。

 遺跡と呼ばれているこの場所に人の気配は無い。


 ●


 首都から数時間程度歩いた。

 日は落ち、辺りは真っ暗になっている。


「う、重たいいいい」


 竜騎士を連れ、遺跡に辿り着いた文官。

 奴隷商人から手渡された荷物を地面に下ろし、地面に座り込む。

 中身は野営に必要な物資と竜騎士の武器だ。


 荷物から毛布と敷物を取り出し、野営の準備を始める。

 今日はもう動かない、と言う確固たる意志を文官は見せる。


 その様子に竜騎士が呆れた顔を見せた。

 今は藍色の細身の鎧と竜の頭の兜を着用している。


「だから自分で持つと」

「武器を奴隷に持たせる主人はいない!」

「みみっちい」

「何を!?」 


 噛み付く文官を気にした風もなく、竜騎士も座る。

 そのまま手慣れた風に火を起こし、食事の準備を始めた。


 食事と言っても干し肉を囓り、塩入りのミルクティーを飲むだけの簡素な物だ。

 鍋で作られたそれを受け取り、一口啜る。

 

 干し肉を噛んでいると、じわりと旨味が口の中に広がる。

 塩辛いだけの干し肉では無いようで、文官は無言で食べ進める。


「馬乳酒は?」  

「弱いから、僕」


 水みたいなもんだろう、と竜騎士が水筒から直接呷る。

 文官は竜騎士が脱いだ兜を被った。


 妙に可愛げのある、竜の頭をも模した兜である。

 中には布と綿らしき物が敷かれており、目には幾つもの小さな穴が開けられている。

 歯の部分に細く隙間が開けられているようだ。


 遺跡が月明かりに照らされている。

 明かりになるような物は無く、探索は明日にするべきだろう。

 

 問題になっている天使らしき何かの気配は無い。

 今晩の野営に問題は無いだろう。


「飲まないのか」

「飲む」

 

 文官は兜を膝に抱え茶を啜る。


 ●


 干上がった人工池らしき物の中に小舟がある。

 何に使うのか判らない滑車のような物が錆びて崩れている。

 この遺跡の名前が書かれていたであろう看板はボロボロになっており読めない。


「ここで何を見つけるって?」

「聞いてないのか? 南部に現れた天使らしき何かの手掛かりだよ」

 

 文官の言葉に竜騎士が呆れたような顔をしたような気がした。

 雑草だらけの石畳の上を文官は進んでいく。

 庭園だったのだろうか、所々に花が植えられている。


「見つからなかったら?」

「その時は大人しく帰るよ」

 

 怪物を模した人形が倒れている。

 円形の建物に馬の人形が幾つも取り付けられている。


「ここは何だったんだろうな」

「さぁ……、想像も出来ない」

 

 悪魔の国の城を模した建物がある。

 石造りだった所為か他の建物より綺麗に残っている。

 壁には何かが撃ち込まれた跡が残っている。

 

「……なんだこれ」

「文明の頃に居たという妖精が動かしてた……、何か」

「成程」 


 巨大な錆の塊が道に置かれている。

 金属で出来た人型のような何かに見えた。


 周りに同じような物は無い。

 場にそぐわぬそれに違和感を覚え、文官は近付く。

  

 じわり、と錆の塊の端が光る。

 光が塊を舐めるように錆の塊を修復していく。

 

「これは……」

 

 悪魔の国の王都。

 それと同じ生き返りか、と文官は分析した。


 甦った鉄の巨人が文官を見下ろす。 

 巨人は王国騎士の鎧を一回り大きくしたような見た目である。


 頭部は丸く、硝子の向こうに椅子が見える。

 当然だが中に人間は居ない。


「本部からの指示を受信。優先順位を切り替え。侵入者の排除を開始」

「は?」

 

 竜騎士に担ぎ上げられ城の中に避難するのと、轟音が響くのは同時だった。

 腹に響く衝撃と共に巨人の手から何かが撃ち出される。

 石畳と石垣が破裂しヒビが入るのが見えた。

 

 廃墟の中は硝子の破片だらけである。

 ボロボロになった階段、扉。

 

 竜騎士が階段を跳躍しながら登り、手近な部屋に入る。

 扉もボロボロで部屋の中には簡単に入れた。


「見ろ」

「……銅の礫?」

 

 竜騎士が何かを文官に手渡す。

 鈍く銅色に輝く、潰れた金属の礫であった。 


「石垣から取り出した」 


 礫は全く錆びていない。

 つまり、甦った巨人に関係する品である。

 

「……天使じゃない」

 

 竜騎士が頷く。

 似たような攻撃をするが、天使の攻撃は魔法である。

 金属の礫ではなく、光の玉を飛ばしてくるのだ。


「礫を飛ばすなら、いつか攻撃は止まる?」

「そうなるな」

 

 どうする、と竜騎士が聞いた。

 文官は思案する。


「撤退するにしても方法を考えないと……、ここらは平原だろう」

「そうだな」


 下手に背中を見せては、金属の礫に貫かれるのがオチだ。

 何か使えるものはないか、と荷物を漁っていると、ガシャンガシャンという音が聞こえてきた。


 壁を盾に外を覗き込むと巨人が入り口に立っている。

 手から炎を出し、障害物を適度に焼き払いながら階段へと進んでいく。 

 

 階段に近付いた所で巨人の動きが止まった。


「本部からの指示を受信。帰投します」 


 そう言った途端、巨人が外まで引き返す。

 外に出ると、足と背中から炎が吹き上がり巨人が空を飛んだ。

 ごう、と熱風が吹き付け、甲高い音が壁を震わせる。


 静寂が場を支配する。

 戻ってくるかと警戒していたが、その気配は無く、恐る恐る外に出る。

 やはり、巨人の姿は無い。


「な、何だ……?」

「さぁ……?」

 

 2人は顔を見合わせ、地面にへたりこんだ。


 ●

 

「おお、戻ってきた」

 

 元、王国第12領。

 反乱軍によって治められているここは現在、共和国と名乗っている。


 文明の遺跡である塔、その後に建てられた木と石と泥の建物。

 その中に鉄の巨人達が闊歩している。

 

 そして今、1体の巨人が帰ってきた。

 空から降りた巨人は指導者の指示通りに帰ってきたようである。


 共和国の沿岸部。

 海底にあった遺跡は海上へと競り上がり、地上へ金属の橋を繋げた。


 遺跡で指導者は巨人達に指示を出している。

 四角い硝子のような壁に様々な景色が映し出されている。

 ここに居なくても指示を出す事は出来るが、巨人達の目を通して現場を見るのと見ないのとでは大違いだ。

 

「ふーむ、しかし……」

 

 椅子の上で指導者は考え込む。


 先程の遺跡での戦闘。 

 撤退の理由は遺跡の老朽化である。

 

 戦闘行為で遺跡が崩落し、巨人の安全が確保出来ない。

 それ故の撤退だ。

 

「やはり雑兵は必要か」 

 

 そう言って指導者は席を立つ。

 帰り際に遺跡の別室へと顔を出す。


 鉄の巨人さえも見下ろす、大巨人。

 その寝所に。

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