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63章 炎の中で

 

 63章 炎の中で 

 

 王国、第9領。

 どういった訳か、鉄の巨人達は、ある一定の距離を越えられないようで戦況は膠着状態だ。


 今や対反乱軍の最前線となったこの領地。

 その中にある厳格な石造りの館。

 鎧を着た騎士達が忙しなく仕事をしている中を歩いて行く。 

 

 反乱軍が操る鉄の巨人のような見た目の鎧。

 元を正せば大戦争の頃、悪魔や天使達と戦った戦士達の装束を元にした物だ。

 無駄の無い動きをする騎士達に館の主人の気質がよく表れている。

 

 供の者を連れ、第11王子、宝剣公は館の主の所へ向かっている。

 帝国から戻った後、自領に戻らずこちらに来たのだ。

 

 廊下に部下を待たせ、執務室の扉をノックする。

 中から聞こえてきた声は、相変わらず張りがあった。

 

 些か乱暴に扉を開けると、部屋の主が少しだけ驚いたような顔を見せた。

 すぐに表情を戻し軽い挨拶を交わす。

 

「前の会議以来だな」 

「ええ、お元気そうで何よりです兄上」

「今は」

「公務中ですね、失礼」 

 

 兄、白槍公の窘めるような言葉を先取り、宝剣公はソファーに腰掛ける。

 余りにも気安い言動に、怒る気にもなれない、と白槍公が肩を竦めた。

 

「帝国に行っていたと聞いたが」 

「ええ、確認したい事がありましたので」

 

 王国の北、山の向こう側。

 西方公と魔王の会談の舞台となった第三国。

  

 王国の真後ろを陣取る国。

 それが帝国だ。

 

「それで?」

「皇帝陛下は御不在でしたが……、今の所こちらに介入する気は無いようで」

「それは良かった」

 

 ただし、不利益が大きくなるようならば何かしら考える。

 エルフとドワーフの王はそう言っていた。


 これは一国としては当然の対応である。

 それでも北と南から挟まれるのはぞっとしない。

 

 ただでさえ、王国の情勢は反乱が起きる前からややこしい。

 これ以上、余計な事情が挟まれるのは避けたい事態であった。

  

 本来王になる筈であった第1王子が死去した事により、王国は東西に別れた。

 悪魔の国相手に武勇を鳴らす西方公、第3王子と、遊牧民を見張り、かつ大きな人脈を持つ東方公、第2王子の派閥争い。

 水面下で行われていたそれは、一層激しくなりつつある。  

 

「相変わらず国境の兄上達も大変そうで」

「何やら悪魔の国では邪神が現れたと聞く。東西の公爵達の苦労、想像の及ぶ所では無いな」 

「……」

 

 皮肉っぽく言ったが、真面目に返されてしまった。

 派閥争いの事を知らぬ筈は無いのだが、我関せず、といったふうである。

 堪らず、宝剣公は白槍公へ詰め寄った。

 

「白槍公は」

「それ以上は言うな。知っているだろう、私は昔、過ちを犯したのだ。

継承権こそ残ったが行使する気は更々無い」

「……失礼します」


 改めて、白槍公は王位に就く気が無い事を確認できただけでも収穫である。

 まずは外堀から埋めるべきであると確信を得た。

 

 残念そうに宝剣公は退室する。

 廊下で部下達と合流すると、その中の1人が声を潜めて報告をする。 

 

「閣下、例の件ですが」

「何か判ったか」

 

 最近発生していた奴隷の連続殺害事件。

 時期が時期な上に、反乱軍との関係も噂された為、調査だけはしていた。


「現場に儀式の形跡が」 

「……呼び出されたのは?」

「悪魔の侯爵フェネクス。地面に紋章が残っていました」

  

 一時期、手当たり次第と言わんばかりに奴隷を殺害していたのが急に止まった理由が判った。

 目当ての悪魔を呼び出せたからだ。


「引き続き調査しろ」

「はっ、それと例の人物が見つかったようです」

「判った、すぐに会おう」 

 

 歩を進めながら宝剣公は部下に指示を出す。

 

 功績を上げた者には報奨を与えねばならない。

 そして、現在も尚、王国と悪魔の国との戦争は続いている。

 

 貴族出身以外の者、優れた武勇を示した者に騎士階級を与える。

 すると必然、西方公――ないし歴代の第3領――の息のかかった者が軍に多くなる。

 

 それを防ぐ為に一度、叙任式の前に第2領へ引き取るのだ。

 表向きは宮廷作法の教育と称して。 

 裏向きは優秀な人材を引き抜く為。

 

 そうして東方公――第2領――は人脈を広げているのだ。

  

「無駄な事だ」

 

 供の者に憚ること無く、どす黒ささえ孕んだ声で宝剣公は言う。

 慣れた様子で部下達は微笑んでいる。

 

「次の王は白槍公しか有り得ないというのに」

 

 緊急を知らせる鐘の音が鳴る。 

 

 ●

 

 戯言だ。

 もし本当に全てが無価値で無いのだとしたら。

 堕ちた彼らは何故、未だに救われぬのか。

 

 気高き者、優しき者、信仰が厚い者。

 未だ救われずベリアルと共に在る。


 ●


 教会の中は地獄の様相を呈していた。

 炎は壁を伝い、黒煙と共に天井まで昇っている。

 

 肉壁がパチパチと音を立て、時折破裂する。

 天井の肉壁が焼け落ち、炎の勢いが強くなった。

 

 その中で金属がぶつかりあう音がする。

 文官の剣とベリアルの腕がぶつかり合っている。

 ある程度打ち合った後、ベリアルの手に捕まらぬように文官は距離を取る。

 

 剣を振る度に火の粉が舞い、攻撃を避ける度に炎に炙られる。

 目の前に立つベリアルは熱さなど無いかのような表情だ。

 

 少しばかり肉壁が焼け落ちたお陰で、塞がっていた窓や天井から煙は出て行くが、

それでも煙は充満している。

 

 一瞬の静寂の後、先程よりも強く炎が燃え上がる。

 骨まで焦がさんばかりの炎。

 

 ベリアルが高く飛び上がり、こちらに向かって一直線に滑空してくる。

 文官は急いでその場から離れ、着地点から距離を取る。

 ベリアルの手が石畳にヒビを入れた瞬間、そこから炎の柱が上がり、天井を完全に焼き尽くした。

  

 熱風と炎が文官を襲った。

 剣を縦に構え、顔、特に目と口を庇う。

 炎がベリアルの高笑いに合わせて巻き上がる。

 

「無価値な者よ、身を焦がす炎から神は貴様を救わない。

熱さから、寒さから、乾きから、飢えから、悪意から! 救わない!

主が全てに価値を認めただと!? 今ここで! 神が! 貴様を救うなら! その言を認めてやる!」 

 

 炎の中にありながら場を支配していた異様な静けさを、ベリアルの声が切り裂いた。

 一種の悲痛ささえ含んだその声に、文官は何も返せない。

 

 熱と炎で満足な呼吸が出来ない。

 服が皮膚が炙られ、鼻の奥が痛み、意識が朦朧とし始める。

 

 涙が流れ、ただでさえ悪い視界が更に悪化する。

 ぼんやりとした光景の向こうに浮かんだのは先程、灰になった天使の死に顔だ。

 

「そうまでして無価値にこだわる理由は何だ。先程の天使は貴公によって救われた」

「……」

 

 足に力を入れると、ざり、と砂利が鳴る。

 自身を取り巻く炎を振り払いもせず、文官は低く屈み、剣を角のように構える。

 

 まだ冷たい空気が文官の喉を通る。

 もう片方の手で軽く十字を切った。

 

「少なくとも彼は自分の意志で貴公の手を取った。

3柱の役に立つ為に、主を討つ為に」

「貴様、信徒だろう」

「そうだ。だが僕に御業による救済は不要」

 

 かつての大戦争の頃である。

 神の救済や御業を、自らの意志で受けぬ事を決めた信徒達がいた。

 神の存在のみを救いとし、天の国に選ばれる事を拒んだ信徒達がいた。

 

 正義を語り天使を討ち取った信徒がいた、愛を語り種族の区別無く皆を治療した信徒がいた。

 奉仕を語り弱き者を匿った信徒がいた、信仰に基づいて神に背を向けた者達がいた。

 

 異端、反逆の審判を下される筈の彼らを、人間、戦場に立つ神々、悪魔、そして天使達でさえ。

 

「御業に救われたければ帝国にいない。現状を良しとするなら帝国など作らない!」


 殉教の戦士達と呼んだ。

 

 ごう、と空気が唸り、ベリアルの翼が炎を割る。

 先程より早く、鋭い攻撃が文官を襲う。

 

 腕や脛を剣で叩き、何とかそれを逸らさせる。

 熱せられた石畳の上を転がりながら攻撃を避ける。

 

 ベリアルの足が文官の眼前を掠める。

 石畳にめり込んだ足が引き抜かれ、破片を飛び散らせた。

 

 目を庇いながら素早く膝立ちの体勢を取り、

再び文官を踏み潰そうとしているベリアルの膝に一撃を入れる。

 がきん、と甲高い音がした後、足が引っ込められた。

  

 立ち上がった瞬間、火の玉が飛んでくる。

 避けようとした瞬間、炎が石畳を舐めた。

 

 通常では有り得ない統率の取れた炎。

 舌打ちをしながら文官は火の玉を叩き切る。

 

 炎の柱が文官を囲むように上がる。 

 まるで炎の檻だ。

 獲物を捕らえた獣のような笑みを浮かべ、ベリアルがこちらに飛んでくる。

 

 負傷覚悟で真正面から懐に飛び込もうと一歩を踏み出した時、頭上で雄叫びが響いた。

 黒煙に穴が開く。

 藍色の鎧が空を舞っている。

 

 壁を伝い、マンセマットが張った障壁を飛び越えた竜騎士がいた。

 限界まで引き絞られた体が槍を放つ。

  

 槍が一直線にベリアルへ向かっていく。

 ベリアルが腕を振り、槍を弾く。

 反対の手に光弾が現れる。

 

 光弾の影に隠れるように、ベリアルの側面に立つように文官は走る。

 文官の移動に気づいたベリアルが文官に向かって光弾を放つも、それを切り裂き懐へ飛び込む。 

 

「忘れるな」

  

 炎を纏った剣に貫かれながらベリアルが言った。

 ベリアルの体にヒビが入り、崩れていく。

 

「人類の羞恥は神の側にいる」

 

 そう言い残し、砂は炎と共に空へと巻き上げられた。

 

 ●


 真っ暗な中に一筋の光を見た。

 かつての自分とは違う形に作られるのが見えぬ目で見える。

 

 体に血が巡っていく感覚。

 僅かな痺れと共に目が覚める。

 

「目覚めたか」

 

 ベリアルがこちらを覗き込んでいた。

 起き上がり、辺りを見渡すと全く見覚えの無い建物が目に入る。

 ここがどこぞの遺跡である事しか判らない。

 

「どうやら主は、まだ我に用があるらしいな」 

 

 そして貴様にも、と空虚な笑みを向けられた。

 男は立ち上がり自身の体を確認する。

 

 悪魔人間であった頃の面影は無く、金属の鎧を纏った人の形をしている。

 背中の羽がふわりと広がった。

 

「気分はどうだ」

 

 ベリアルが窓枠に腰掛けながら問う。

 男が答えられずにいるとベリアルが話し始める。

 

「今の貴様は悪の天使。天使の国からは敵とされ、貴様の故郷には戻れず、

……そして価値無き者として我と共に滅ぼされるが定めよ」

「……」

 

 ベリアルはこちらを見ようともしない。

 乾いた笑い声を上げるその様は自虐を通り越して自罰的だ。  

 

「天国にも地獄にも行けず、再生と消滅を繰り返す。何度も、主が戦を起こす度に」 

「構わない」 

  

 男の言葉にベリアルが振り返った。

 

「元より天使の国とは敵同士。故郷では足手纏。

それが何度も神に刃を向けられる機会を得た。こんな栄誉は無い」

 

 そう、栄誉だ。

 例え無価値と悪を司ろうとも、ベリアルが男に齎したのは栄誉と救いだ。

 

「これだけは誰にも譲れません。ましてや天使に譲る理由も無い」 

「……そうか」

 

 そう言ったきり、何かを噛み締めるような表情でベリアルが黙る。

 暫くして吐息が漏れた。

 

「貴様、名前は?」


 そう言ってベリアルが微笑んだ。

 


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