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61章 戦士達の栄光


 61章 戦士達の栄光

 

 世界は一度滅び、選ばれた人間だけが新天地に誘われる。

 神の御威光によって照らされた国で、夜が無い国で幸福に暮らす。

 そのように新しき神の言葉は記していた。

 

 全てを貶め、奪った者が現れた。

 これは好機であると誰もが思っていた。

 奪われた国を取り戻せると神々は思っていた。

 

 だが、神は現れず、悪魔は未だに存在している。

 この有様では神をお呼びする事なぞ到底叶わぬ。

 故に天使の国。

 

 多くの神が死に、かつての力は戻らず敗戦の屈辱が残るだけ。

 この有様では神など名乗れぬ。

 故に悪魔の国。

 

 神は玉座に居らず、祈りだけがそこに有る。

 

 ●

 

 左右対称に作られた石造りの大聖堂。

 誰もいない中、緑色の鎧を着た男が祈っている。

 御使い達――天使――が御目見えする集会は既に終わり、背筋を伸ばす様な沈黙がそこにある。   

 

 男は天使の国の騎士である。

 聖なる騎士と職名を賜った者である。

 御使い達と共に戦い、悪魔と悪魔人間を殲滅するのが役目だ。

 

 必要な役目である。

 信仰と教義から異教徒と悪魔とは相容れず、そして国防の観点から見ても、

悪魔やその血を引く者は排除されなければならない。

 民を守る為に必要な事である。

 

 異教徒として真っ先に名を挙げられるのが東の遊牧民達だ。

 彼らは主の教えに導かれずとも、長い戦いや修行の果てに真理を得られると信じている。

 かつて存在していた教えが今でも信仰されているらしい。

 

 彼らを治める3人は何も言わないものの、それを肯定しているように見えた。

 主の教えこそが唯一不変であり真理であると御使い達は息巻いている。

 

 しかしこうも思う。

 

 全てを作り給うたのは神で無くてはならない。 

 そして何より、神は隣人を愛せよと仰っている。

 

 思い浮かんだ危険な思想を振り払う。

 そして跪き強く祈る。

 

 聖典に記されている、御使いを友とし、天にとられ御使いとなった人間についての記載を思い出す。

 彼は、主にいたく気に入られ主の代理人として活動し、そして大戦争の時に消滅したという。

 

 自身も御使いになれば答えを頂けるのだろうかと詮無き事を考えた。

 そしてその為には――。

 

 聖なる騎士は天を仰ぐ。

 主は何も答えない。

 

 ●

 

 塔の森に入り込んだハニエルを追う。

 所狭しと建てられた塔の間を竜にすり抜けさせ、干城は敵の姿を探す。

 

 かつての人間は何故、このように住みにくい家を建てたのか。 

 登るのにも一苦労では無いか。

 

 八つ当たりのような疑問を振り払い、手信号を周りに見せる。

 それを見た戦士達が散らばり、森を囲み、包囲網を作る。

 

 そして干城はハニエルの姿を見つける。

 竜の速度を上げ、高度を上げ急激に下げる。


 槍を投げる。

 すぐさま剣を抜き、接近戦へと持ち込む。

 

 槍が塔の壁に突き刺さると同時に金属音が響く。

 

 ハニエルの掌に剣が受け止められる。

 もう片方の手が干城の首を狙った。

 

 万が一その手に掴まれれば、良くて骨折、悪くて首を捩じ切られる。

 腕を振り払うと、竜がぐるりと回転し、尻尾を鞭のようにハニエルに叩きつけた。

 

 すぐさま振り返り竜が炎を吐く。

 激しく揺れる炎に、丸い穴が空いた。

 防壁を張っているとすぐに判った。

 

 竜に背負わせた籠の中からやりを2本取り出し、塔の壁に向かって飛び降りる。

 炎が途切れる。

 黒煙の中からハニエルが竜に向かっていく。

 

 まず、1本、飛び降りながら槍を投げる。

 それを避けている間に竜がハニエルから離れる。


 干城はそれを確認した後、塔の間を縦横無尽に跳ね回る。

 跳ねながら槍を投げる機会を伺う。 

 

 そうしていると光弾が飛んできた。

 塔の中へ滑り込み、遺物を踏み砕き、背後の爆発を横目に見ながら、

硝子が吹き飛んだ窓から再び跳び、攻撃を仕掛ける。

 剣を振り、槍で突きながら機会をうかがう。

 

 外壁が少しだけ崩れ、破片が地面に落ちていく。

 

 剣を当てては壁を跳ねる。

 槍を避けられては壁を跳ねる。

 

 剣を当てては壁を跳ねる。

 槍を避けられては壁を跳ねる。


 剣を当てては壁を跳ねる。

 槍を避けられては壁を跳ねる。 


 何度も繰り返された動作の後、まんじりとした状況に業を煮やしたハニエルが再び、干城を捕らえようと手を伸ばしてきた。

 

 それを避け、ハニエルの腕を蹴り、宙返りをし距離を取ると股の間を竜が通る。 

 竜が再び干城を背に乗せ、ハニエルへ向かっていく。

 

 2人がもつれ合い、絡み合い、戦いが拮抗する。

 打ち合いながらも上昇し、もうすぐ塔よりも高い所まで上り詰めそうになった。


 その時、ハニエルとは別の、大きな影が落ちてきた。

 

「!」

 

 塔の上から騎士が飛び降りていた。

 ハニエルに向かって鉈の様な剣を振り下ろしていた。


 あと少し、と言う所でそれは避けられ、騎士が落ちていく。

 唖然とした表情でそれを見送った後、すぐさま我に返る。

  

「き、騎士殿ぉ――!?」

 

 思わず追いかけるも、騎士は竜よりも早く地面に落ちていく。

 落ちていく先には塔と塔を繋ぐ為に作られた広場があった。

 

 騎士が体勢を立て直すと同時にがしゃん、と鎧が鳴り、岩の破片が周囲に飛び散った。

 何事も無さそうに騎士が立ち上がり、こちらを見上げながら頭を掻く。

 

「はっはっは、いけません。失敗してしまいました」

「……ご無事で何より」 

  

 果たして悪魔人間はそこまで頑丈であったかと脳内の混乱を抑えつつ、

干城は何とか言葉を絞り出す。


 いかん、と思考を切り替える。

 騎士の隣に竜を着け、空を見上げるとハニエルがこちらを睨みつけていた。


 両手には忌々しい光弾を構えている。

 すん、と鼻を鳴らした後、ハニエルが口を開いた。

 

「貴様の血筋、父はアザゼルか」

「判りますか」

「だが今は、……否、貴様を討取れぬようならばベリアルなど夢のまた夢か」 

 

 相も変わらず、メタトロン様の試練は厳しい。

 そう言って広げられた翼は所々、焼け焦げ、穴が空いていた。 

 

 光弾が飛んでくる。

 それを断ち切りながら騎士が黙って首を振った。   

 干城は空へ戻る。


 足元の爆音を気にしながら、籠の中を確認する。

 手持ちの槍はまだ尽きる事は無い。

 

 金属同士がぶつかるような甲高い音が聞こえてきた。

 光弾では埒が明かぬと踏んだのか、ハニエルと騎士が直接打ち合っている。

 

 ●

 

「成程、ああいう感じなんだな」

 

 武官は塔の物陰から空を見る。

 妖精の声を聞き、派手な金属音を頼りに追いかけてみれば騎士がハニエルを引きつけていた。

 

 橋を重ねたような広場で騎士達は戦っている。

 見る限り、崩れ落ちるという事は無さそうである。

 

 干城や騎士の戦いを見た。

 コツは判った。

 自分が出来る戦い方も理解した。

 

 爪を構えながら突入する機会を伺っている。


「それで」

 

 振り向かず、小声で武官が後ろに話しかける。 

 

「おたくらは俺の指揮下に入りに来たの? それ、色々と不味いんだけど」

「……」 

 

 この国の悪魔人間の指揮官はゼウスだと聞いている。

 少なくとも帝国、ひいては武官は、ゼウスや神の顔に泥を塗りたい訳では無い。

 

 では何故、武官は戦場に立っているのか。

 族長や皇帝のように、人間に対する認識を改めて欲しいと思った。

 武神のように、藁の上の死は許される事ではないと思った。


 そんな理由では無い。

 3柱が判っていない筈が無いのだ。

 

 戦士を囲い込み、血筋を守り、勝てるようになるまで育て上げる。

 それを天使の国が待つ理由は何処にも無い。


 機会があれば、そして戦力が整えば、天使達はこの国を滅ぼしに来るだろう。 

 その後、背後から喰らいつかれる可能性が無くなった所で帝国を滅ぼすのだ。

 

 天使達が悪魔人間を見逃すなど、決して有り得ないのだから。

 悪魔の国から逃げる際、偶然、鉢合わせた天使達の殺戮行為を武官は覚えている。


 武官は先程、悪魔人間達に投げつけられた質問に答える。

 

「俺が何をしているかって? あの3柱は戦えなくてもお前らを見捨てねぇ。

竜の戦士達は絶対に天使達に勝つだろうよ。

騎士さんもそうだ。あの人を頼りないと思った事は無い。

このまま放っといたってあいつに勝つって信じてる」

 

 ハニエルと騎士の打ち合いを見ながら武官は言葉を続ける。

 

「でも俺は戦場に立ってる。お前らは?」

「……」 


 武官は騎士のように体格に恵まれた訳では無い。

 只の人間より力はあるし、硬い鱗に覆われているものの、一目見れば枯れ木のように細い体躯だ。

 真っ当に打ち合うには余りにも頼りない。

 

 そんな彼が帝国武官になった理由は3つ有る。


 エルフと悪魔の混血である事――妖精との会話は戦況を知るのにうってつけだ――。

 

 悪魔人間の顔と特徴を全員、覚えられる事――場に適切な組み合わせを提案できる能力もあった――。

 

 そして士気を向上させる能力があった事――最初から皆、英雄に生まれた訳では無い、例え皇帝であっても――。

 

 激突音が激しくなる。

 武官達は戦地へ飛び込んでいく。

 

 ●

 

 背中に遠吠えを受ける。

 狼の遠吠えだ。


 それは次々と数を増やし、遺跡のそこかしこから聞こえてくる。

 遠吠えが武官の背中を押す。

 

 武官は階段を使わず、壁をよじ登り広場へと向かう。

 遠吠えで音を隠し背後を取れた為、不意打ちをするが避けられた。

 

「待たせたな!」

「自ら裁きを受けに来るとは殊勝な事だ!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、甲高い金属音がする。

 それを皮切りに、太鼓を叩くが如く音が続く。

 

 腕を振り払い、尻尾で弾き、攻撃自体を避ける。

 首を取られないように、心臓を抉られないように、攻撃をいなす事を続けていく。

 

 幾度かの応酬の後、再びハニエルの手が武官を狙う。

 武官は体を反らせ、胴体を地面と水平にさせる。


 その上を干城の槍が通り過ぎハニエルの肩を貫いた。

 干城は槍を捨て、追撃を騎士に任せる。 

 剣に体重を乗せ、確実に重たい攻撃を見舞っていく。

  

 ハニエルが突き刺さった槍を引き抜き対応するも、槍に亀裂が入り始めた事と、

この体格差では厳しいものがあるらしく、槍をこちらに向かって投げてくる。

 それを避け、視線を戻すとハニエルが再び空へ戻ろう地面を蹴る所であった。


 蹴られた地面が急に盛り上がる。

 否、湖の中にある藻のような物が細長く伸び、ハニエルの足を掴んだ。

 

「!?」

 

 それはハニエルを引っ張り、地面へと叩きつける。

 事態を理解したハニエルが光弾を放つも、盾の頭を持つ男に防がれた。

 それに合わせて騎士と干城が攻撃を仕掛けた。

 

 ここまでやってようやく対等。

 ハニエルの記憶が戻っていればどうなっていた事か。

 

 内心の冷や汗を隠しながら、前線に出てきた悪魔人間を避難させる。

 彼らの体の作りでこれ以上の戦闘行為は無謀であった。

 

 背中が総毛立ち、血の気が引いた。

 

「まずはお前から狩るべきか」 

 

 振り向くとハニエルが武官に向かって攻撃を仕掛ける所であった。

 ハニエルの手がまっすぐに武官の首を狙っている。

 攻撃をを避けると頭上で橋の欄干が砕け散る。


 偶然合わさったハニエルの目には何処か迷いがあった。 

 と言っても敵を狙う事に対する迷いでは決して無い。


 言動から察するにハニエルは物事の記憶が混乱しているように見えた。

 だが、混乱した記憶を揺らぐ事無く信じていた筈だ。

 これではまるで記憶が戻りかけているようではないか。

 

 何故今更。

 押し切らねば、と騎士の制止を振り切り攻撃を加える。

 吹き飛ばされたハニエルは構えもせず宙に浮いている。


「我が名はハニエル」


 焦りを押し留めたは皮肉にもハニエルの声だ。 

 ハニエルがこちらを見据え、自らに活を入れる。

 声に合わせて翼の穴が塞がっていく。

 

「この戦い、我が友、エノクの為に」

  

 その目に。

 

「主の栄光の為に!」

 

 先程までの胡乱さは微塵も無い。 

 そして武官は何故、ハニエルの記憶が戻ったのかを理解する。


 叫びと同時に突風が吹き付ける。

 ハニエルから距離を取り、戦場に似合わぬ口上を述べる。

 

「……我が名は帝国武官、忠節、友誼を語る口持たぬ身なれど」  

 

 忠節など無い、国民が皇帝のようになられては困る、あれは悪い見本だ。

 友情と言う程、綺麗な関係では無い、ただの腐れ縁だ、ましてや信徒など怨敵だ。

 

「御相手しよう、帝国の栄光の為に!」


 それでも3人で命を張るのが楽しいのだから度し難い。


 私人と公人、仕事中、休暇中の区別を忘れ、偽り無き本音を乗せる。

 

 目に互いの姿を焼き付け、向き合い、そして走り出した。

 睨み合いながら徐々に距離を詰めていく。

 同時に腕を振り上げ、2人は避けようともせず攻撃を続ける。

 

 グシャリと箱が潰れるような音がして、武官の手がハニエルの胸を貫いた。

 

 武官はゆっくりと手を引き抜き、ハニエルと目を合わせる。

 穴から赤いひび割れが広がっていく。

 

「おのれ……!」

 

 低い憤怒の声が周囲を揺らす。


「例え一時であろうとも、尊ぶべきを見誤ったが我が敗因よ……!」

 

 ハニエルの体が白く光る。

 光が収まると、ハニエルの体が砂像と化し、すぐさま崩れ落ちた。

 

「……」


 風に吹かれた砂が西に飛んで行く。

 武官はそれを黙って見送った。 

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