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56章 息子

 

 56章 息子


 文明が起こる遥か昔。

 まだ国は少なく、世界が東西で繋がり、神々も僅かしか居なかった時代。

 安寧の地を求め、移動を繰り返し、そして国が出来てからどれ程の年月が経った頃か。


 最初は何もなかった荒野の上に様々な建物が出来た。

 遠くで市が開かれているようで、僅かばかりに人々の営みの声が聞こえる。

 さぞ、多くの物が流れているのだろうと思いを馳せた。


 突き刺すような太陽の下、石で作られた大神殿。

 雑草が生い茂り、様々な紋様が彫られた石の柱の間から鳥の鳴き声だけが聞こえた。

 

 神殿にかつての繁栄は無く、今は玉座に唯一人。

 

 その神殿の中で、2柱の神は互いに向き合っている。  

 1人は玉座に、そして1人は雷を纏った金剛杵を手に持ち、立っている。

 

 立っているのは茶褐色の男。

 髪も肌も全て同じ色だ。

  

「満足か、新しき王よ」

「……」

 

 インドラ。

 ディヤウスの息子。

 自身よりも偉大な力を持つ、かつて捨てた息子だ。

 

 ディヤウスは何も言わぬ男を見る。

 供の者も連れず、1人で来た真意は表情から伺えない。


 だが、武器を持ってきた事から敵意がある事だけは判る。

 どうせ、勝ち目も無いのだ、と好き勝手に囀る事にした。

  

「人間達はお前を讃え、信仰し、神々もお前を王と崇めるだろう。

我の庇護下から離れ、新たな時代が始まるのだろうさ。

……なぁ、我は何か愚策を採ったか?」

 

 ディヤウスの言葉に男が首を振る。

 

「……いいえ。国の神や人間達は皆健やかに過ごしております」

「だろうな、我も覚えが無い」

 

 笑いながら言うと男の表情は変わる。

 何故、という焦りの表情だ。

 

「何故、抵抗しないのです」  

「不要だ、我より強い者に抵抗して何になる」 

 

 ハッキリと切り捨てた声に息を呑む音がした。

 ディヤウスは言葉を続ける。 

 

「そも、何故貴様を捨てたと思う強き戦士よ。

神とて不死では無い。我が死んだ後、誰が同じように国を治められる。

貴様とて、戦士としては認めても王としては不可視だった。

だが力に惹かれる者は多い。……国が割れるのを危惧もしよう」


 だが、男は人間の信仰を得、神々すら認めさせた。 

 外では前と変わらぬ営みが続いている。

 

 結局は、我が節穴だったが。

 そう言うと男が詰め寄って来た。

  

「貴方に忠誠を誓う者は多かった筈だ。意志を継ぐ者だって」

「信用できると思うのか」


 連中の面の皮が厚いのはよく知っていようさ。

 そう言うと男が何かを堪えるように目を閉じた。

 

 神々の男に対する嫌がらせは陰湿で苛烈であった。

 まるでディヤウスに対する忠誠を示すかのように苛め抜いた相手に鞍替え出来るその在り様にはいっそ関心すら覚えた。

 

 そして国を治める為にそれを利用し放置していたのもまた事実。 

 

「神々が」

「ん?」

 

 ディヤウスは男の顔を覗き込む。

 肌の色は自分に似たのだと益対も無い事を考えた。

 

「神々が信用出来ぬのならば人間でも良かったのでは」

「……考えた事も無い」

 

 寿命も短く、体も脆弱、知識も無い。

  

「愛すべき者たちだ。だが王など務まらんよ」

「いいえ、父上」

 

 王が宣言する。

 

「彼らはいつか、貴方の御足元まで」 

「……そうか」

 

 これ以上、敗者が語る事も無い。

 ディヤウスは静かに目を閉じる。

 

 瞼の向こう側が白くなる。

 雷がディヤウスを撃つ。


 ●

 

 再び目が覚めたのは大戦争が終わった後だ。

 男が継いだ国は滅び、残るは嘆く人間達。


 かつてと変わらぬ方法で国を治め、それに間違いは無かった筈だ。

 少なくとも、今日までは。

 

 異様な気配を感じ取ったテュールが干城と客人を伴って部屋に入ってくる。

 見るに、テュールもゼウスと同じような事を警戒している節があった。


 族長は聡い子だ。

 恐らく、同じような警戒心を抱いてしまった故の反抗だろう。

 ならば、警戒を解く為にも言っておく必要がある。

 

「ゼウスは大戦争を生き抜き、テュールはデウスという言葉への信仰の影響を受け蘇った。

テュールの在り様は生前と変わらない。だが我は? 

文明の遙か前に信仰を失った我に碌な在り様はあるのか? そう思っているのだろう?」

  

 ディヤウスの言葉で部屋に緊張が走る。

 やはりか、とディヤウスは言葉を続ける。 

 

「我が先だ」


 デウスの語源。  

 それがディヤウスだ。

 現在こそ順序が逆になったが、それで在り方が変わる筈も無い。 

 

「我からデウスが生まれたのだ。4文字の影響など受けるものか。

我は、我の意志でお前達を守っているのだ。だから苦しい事や無茶などしてくれるな」 

「……」


 ゼウスの顔から表情が消え、テュールの目が見開かれる。  

 ディヤウスの言葉に族長が何かを思案する。


 干城の隣に立つ悪魔人間が何かを耳打ちした。

 それを受けて干城が口を開く。

 

「族長、帝国武官殿に直言の許可を」

「……許す」 

 

 武官と呼ばれた、蜥蜴のような悪魔人間が前に出る。

 何を言うつもりかと、ディヤウスは静かに視線を向ける。

 

「ここは遊牧民の国です。3柱の国で、戦士の国で、悪魔人間の国で、そして貴方の国です。何憚ることも無いかと」

「!」 

 

 族長がハッとした表情を浮かべた。

 何かを思い出したような、そんな表情だ。

 長く息を吐いた後、族長がディヤウスを見る。

 

「ディヤウス様。今、余を、戦士達を止めているのは間違いなく貴方の意志なのですね」 

「ああ」

「ならば、余も遠慮なぞしません」

 

 そう言って族長がディヤウスに詰め寄る。

 

「もし、貴方に少しでも4文字の何かが残っているなら一生口にする気は無かった、

4文字になんて聞かせる気も無かった、けど」

「何を」 

「ディヤウス様」

 

 戸惑いながら族長に声をかけると、今までとは違う眼で見据えられた。

 何かを決意した眼だ。

 自分を倒した戦士も、このような眼はしていなかった。

 

「余は貴方と何かを成したかった。国を変えるような大きな事で無くとも、

部屋の蝋燭を一緒に着けて回るような些細な事でも良かった。

今回の会談だって失敗したって構わなかった」

 

 何故、そんな事を。

 失敗など、しない方が良いではないか。

 3柱の成功を己の物とし、何の苦労も無く一生を過ごせば良いではないか。

 

「貴方の役に立てる行動をしたと、そう思える何かが欲しかった!」

 

 族長の言葉にディヤウスは何も返せない。

 人間は、寿命が短く、脆弱で、無知である。

 そう言い返せば済む話だと言うのにだ。


「そりゃ困る。お前の失敗は俺の失敗だ」


 戸惑い故に流れた沈黙を破ったのは不遜な声だ。


「……皇帝」 

 

 族長が振り返る。

 皇帝の顔、ヴェールの向こう側の表情は判らない。

 

「余は」


 バツが悪そうに目を伏せる族長に、寝転がったまま皇帝が笑いかけた。 

 

「天使の対処するんだろ。……騎士」

「はっ」 

 

 騎士と呼ばれた悪魔人間が族長を抱える。

 意図を察し、真っ先に動いたのはゼウスだ。

 

「失礼します!」

「!」

  

 騎士がそのまま直進し、ゼウスに当身を食らわせた。

 人外なる巨体、鎧を着たままの突撃に、当然、ゼウスの体は吹き飛ばされる。

 ゼウスも鎧を着ているとは言え、あまりの躊躇の無さに喝采しか無い。

 

 そのまま、部屋から出ようとした所をテュールが入り口を塞いで遮ろうとするも、干城がテュールを突き飛ばす。

 脇をすり抜けた族長達に目もくれず、テュールが干城を驚きの表情で見た。

 

「干城!?」

「……私もです、テュール様」 

 

 そう言った後、族長達を追いかける干城の背中をテュールが呼び止めるも、その声は竜の雄叫びに掻き消された。

 ゼウスがふらつく頭を抱えながら立ち上がる。

 

「さて」

「皇帝、今更だけど、いいんだな?」

「構わねぇよ」 

 

 確認するような武官の声が投げかけられる。

 その口調は先程とは違い、かなり砕けたそれだ。

 

「……他国の問題だ。文官みてぇな事言うが内政干渉じゃねぇの?」 

「曲がりなりにも皇帝との会談を失敗しても構わんと言われちゃ困る、と言いてぇ所だ、が」 

「が?」

 

 皇帝と呼ばれた青年の手の中で液体の金属が形を変える。

 それは皇帝が言葉を区切った所で变化を終えた。

 

「元より休暇中、公的な書類の用意なんぞねぇ状態で会談も何もな。

私人扱いだ。ここは何とかするからテメェら勝手に動け」

「帝国武官、承ったぜ」

 

 武官の声に応えるように、ガチン、と剣が床に突き立てられた。


「行くぞオーディン、友に誇りを」


 音も無く武官が立ち去り、剣を杖代わりに皇帝が立ち上がる。

 金の鎧を着た男がその隣に立った。

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