51章 会談
51章 会談
月が雲で隠されてしまっていた。
夜目は利く方なので気にせず鍛錬を続ける。
夜、山の上の訓練場で竜騎士は槍を振るっている。
明日の朝、会談が始まる為、文官達は族長の邸宅で夜を過ごす事になった。
今回の旅は文官達にとっても良い機会であったようだ。
いい気晴らしになったようで何よりだと思う反面、深夜まで交易の計画を立てようとしていたのには呆れた。
既に眠った――眠らせたとも言う――文官達と違い、
竜騎士は謁見が許される立場では無いので、こうして1人夜更かしをしているという訳だ。
「無事に戻ったか仔竜。……いや、今は竜騎士か」
「……干城殿はお変わり無く」
そう言って竜騎士は構えを解き、いつの間にか現れた干城の方を向いた。
白い鎧に包まれた体は、30を超えても尚、衰えが見えず、戦士の風格を保っている。
訓練用の棒を手で弄びながら、干城が軽い調子で話しかけてきた。
「それで。明日の会談に貴様は何を望む」
「此度の会談は族長が望まれたと行李殿から聞いておりましたが」
「御客人をもてなす事に問題は無い。問題は」
干城の体が風を切り、棒の先端が一直線にこちらを狙う。
槍の柄でそれを受け止め、防ぐも、強く後ろに突き飛ばされたような形になる。
「ぐっ……!」
「御客人が事前に何を吹き込まれているかだ。貴様、何を考えている?」
衝撃で竜騎士の手が痺れ、槍を取り落としそうになっているのとは正反対に、干城は涼しい顔だ。
ひゅん、と空気を切り裂く音に負けないように竜騎士は声を張る。
「何も、吹き込んでなど」
「若造共の考えを俺が知らんと思うてか。指揮官との仲が上手く行っていない事もな」
「俺は!」
もしや謀反を疑われているのかと、それ以上の言葉を遮るように叫んだ。
耳が痛くなる程の沈黙が流れ、互いに睨み合う。
「このまま腐りたくないと思いました。それだけです。
帝国との付き合いが出来れば、何か変わるかと……。それだけです。
だから、指揮官との事は何も」
「腐る……?」
自分でも驚く程、弱々しい声が出た。
竜騎士の言葉に干城が首を傾げる。
「いずれ来る戦いに備えよと、強く育ち、強き血を残せと。
ただそれだけを考え、生きよ、これも戦いであるとテュール様がそう仰った」
腐敗などあろう筈も無い。
そう言う干城の言葉に竜騎士は弱々しく首を振る。
「残すのは血だけですか?」
溢れ出るものを堪えもせず、竜騎士は叫ぶ。
「誇れる勝利は無く、何かを残す事も無く、ただ血だけを残すのが戦いであるものか!」
「知った口を! そんな事、貴様が考える事では――!」
激高した干城が竜騎士の胸ぐらを掴んだ。
殴られる際の衝撃に備え、目を閉じ、ぐっと歯を食い縛る。
だが、その時は何時まで経っても来ない。
「……?」
恐る恐る目を開くと、月明かりが差し込み干城の顔が照らされた所であった。
何かが抜け落ちたような表情をしている。
「……」
「干城殿?」
干城が驚いたような表情をした後、口を手で覆う。
視線が落ち着き無く、痙攣するように動いている。
竜騎士が恐る恐る呼びかけても返事をせず、ただ唖然としている。
「……何でもない。もういい、休め」
そう吐き捨て、干城が足音荒くその場を立ち去った。
●
天気は晴れ。
会談は邸宅の庭で行われる事になった。
帝国では見た事の無い、様々な花や薬草が植えられている。
族長と皇帝が薬草について話し、文官達はその後ろについて歩いている。
「これが朝食にも使った香草で」
「おー、菓子にも入ってたやつ?」
「ああ」
族長の手には紫色の小さな花があった。
すんすんと皇帝が匂いを嗅ぐ。
「痛み止めにも使われるのだ」
「あぁ、だから風呂にも入ってたのか」
皇帝の言葉で、文官は昨夜借りた風呂を思い出す。
石で造られた浴槽に水を張り、焼けた石で湯を沸かすものであった。
人口が増えた際、森林の伐採をしすぎないように、
ああいった物を取り入れるのもありかもしれないと文官は考えた。
「そう言えば使用人から聞いたが、帝国の風呂はこちらと違うのか?」
「うん? ああ、こっちはこういう感じの」
皇帝が両手で円を作り上下に動かす。
「寸胴の鉄の入れ物に水入れて、木の敷物入れて風呂にしてる」
「鉄……」
族長が騎士の方を見た後、考え込むような様子を見せる。
それを見て皇帝が、顎に手を当てながら言った。
「交易なら羊毛、羊皮製品か乳製品って所かね?」
「いや、羊その物の方が価値は高い」
何やら話が急激に進んでいる気がする。
急いで文官は取引に必要な情報を頭から取り出す。
「毛皮が何度も取れるし、潰せば肉になる。それに、こちらとしても払いやすい。
羊毛や羊皮は質が安定せんでな」
「まだ飼える程、開拓出来てねぇのよ。輸送の手間もあるしな」
「あぁ、そうか、そちらは盆地であったな。となると」
帝国が払いすぎる事になる。
廃液処理の関係上、ドワーフ達には数ではなく質で勝負させているので尚更だ。
遊牧民達の金属加工の技術はどのようなものなのか、と文官が考えると同時に皇帝が聞く。
「ちょい待ち、そっちって金属加工は」
「木と石、あと革のふいごで何とかしておるよ。
文明の遺跡から掘り出した金属を使うのはそちらと変わらん筈だ」
だとすると、金属の種類は帝国とほとんど変わらない筈だ。
そして、こちらに羊毛、羊皮加工の知識は無い。
繊維産業は凍死を避ける為に最優先で発展させたい産業だ。
いつまでも麻と毛皮だけに頼る訳にもいかない。
「同じ火の大きさで溶ける金属と溶けない金属があるのも一緒?」
「ああ」
「だとすると、羊毛、羊皮に詳しい奴もつけて……、こっちは金属に詳しい奴を送るか」
「そうなるか、あとは実際にやってみてから調整する形で」
文官が考え込んでいる間に、話が進んでしまっていた。
話の展開が早い、と内心舌打ちしながら頭の中で品物を並べていると、
隣に立っている族長の供の者が咳払いをした。
「族長」
苦笑を浮かべながら鎧を着た戦士――干城――が進言する。
「皇帝陛下は御静養にいらしたのでは」
「あ」
「あー、うん、そうだな。休む、休もう」
気不味そうに2人は話を打ち切った。
再び、薬草の話をしながら庭を見て回る。
暫くそうして散策した後、広場に用意された椅子に2人が座る。
広い池があり、水面にも様々な植物が生えていた。
「そう言えばそちらの遺跡はどのような物だ?」
「大した遺跡じゃねぇけどな。瓦礫になってるやつと、小さい洞窟みたいなやつ」
「洞窟のような……?」
族長が一際、大きな反応を返した。
それを見て皇帝が首を傾げる。
「ん? 気になるのか?」
「こちらにも同じような遺跡はあったのだが、遥か昔に神々が壊してしまったらしくてな」
「碌な事しねぇ」
「やーめーいー、もー。だから余はそこにに何があるのか知らぬのだが、何かあったか?」
皇帝の言動に慣れ始めたのか、族長が積極的に皇帝の頬を突付く。
突かれるがままにされながら、皇帝が答える。
「あったはあったけど全部ボロボロだったし、何に使うかも判ったもんじゃねぇや」
「そうか。まぁ、であろうな」
「……神々は何か言ってたか?」
皇帝が聞くと、族長がよく判らない、といった表情をした。
「ディヤウス様が言うには」
族長が声を潜め、皇帝が顔を近づける。
それにつられて供の者全員が一塊になった。
「大戦争の頃、戦士達の体を作り直す場所であったとか」
その言い方では治療では無く、まるで人形を直すかのような言い方だ。
同じような違和感を抱いたのか、武官も首を傾げている。
「かつての戦士達は」
バサリと羽音がし、聞き慣れた声と黒い羽が落ちてきた。
「限界まで鍛えた体を更に作り直し、手足が吹き飛べば巨人の腕と付け替え、
体が吹き飛べば脳を巨人の体に載せ、そして死ねば新たに産み直す。
そのような技術を使っていました」
カチリ、と金属音がする。
騎士が身構えた音だ。
当然だが、今現在、武器は持っていない。
「その所業、バベルの塔の如き愚かさだ。大人しく神の御言葉に従えばいいものを」
「マンセマット!?」
文官の声と同時に武官と干城が飛びかかっていた。




