49章 帝国動静
49章 帝国動静
今から30年程前の話だ。
大陸の真ん中、山の向こうでは戦が起きていたと聞かされていた。
悪魔の国から追い立てられたエルフとドワーフ。
彼らは山の向こうまで逃げ、新たな住処を盆地に築く。
だが、盆地は狭く、2種族は――大陸の中に仲が良い種族同士というものがあるのかは不明だが――仲が悪かった。
具体的には森林の取り合い、森の中で生きるエルフと、鍛冶の材料を求め伐採を行うドワーフの争いだ。
そして更に13年前、人間、悪魔人間達の避難民が流入し、事態は混迷を極める。
盆地が4つに割れ、東西南北で殺し合い、火の手こそ上がらないものの、
ヤスリで金貨を削るような争いが延々と続いていた。
そして何があったか3年前、帝国が建国され、4つの種族は皇帝に従う事になる。
帝国が建国され、盆地の争いが執り成された。
先日の王国と悪魔の国との停戦会談を切欠に、帝国は大陸の調停役として認知され始めている。
というのが事前に聞いていた話と、帝国に来てから聞いた話を纏めた大体のあらましだ。
詰まり何が言いたいかというと、今現在、皇帝不在の玉座の間には、
妖精王、鍛冶王の2人が居る。
厳密には供の者も居るので2人だけでは無いが、とにかく居る。
玉座を挟み、互いに向かい合うように座っている。
部屋の空気は最悪の一言だ。
妖精王は扇で顔を隠し、鍛冶王はそっぽを向いたまま口を開かない。
供の者達も、挨拶をしたきり、まともに口を利かない。
そんな中に鞄持ちは居る。
先輩かつ、この空気を何とか出来る見習いは、国境警備の悪魔人間に呼ばれ何処かへ行った。
鞄持ちが給仕役に徹するも、場の雰囲気は鉄の処女の中身のように刺々しい。
この状況を何とか出来るならば幼女だって先輩と呼ぼうじゃないかと、
やけくそ気味にキリキリと痛む胃を押さえる。
永遠とも思える時間が過ぎ、パタパタと足音が聞こえ始めた。
鞄持ちは失礼にならない程度に早足で扉に向かい開ける。
「ただいまー」
見習いが玉座の間に入ってくると空気が豹変した。
扇子から顔を上げた妖精王が笑顔で見習いを迎える。
「おや、おかえりなさい。飲み物はいりますか?」
「はーい、ありがとうございます」
エルフの男が水差しから水を注ぎ、見習いに手渡した。
礼を言いながら受け取る見習いを見て、鍛冶王が供の男にベリーのパイを手渡させる。
まるで孫を可愛がる祖父のようである。
これで少しはこの空気も収まるだろうと、鞄持ちは微笑ましくそれを見た。
「それで、何か呼ばれていたようですが何かありましたか?
具体的にはエルフに回す仕事とか」
「そうだの。ドワーフに回す仕事とかあるじゃろ」
そうでも無かった。
2人の様子を見て鞄持ちの笑みが引き攣る。
貴族が宮廷闘争で優位を取る方法は2つある。
上の者に1番重要な仕事を任されるか、1番最初に話しかけられ仕事を任されるかだ。
当然だが見習いは皇帝では無いし、彼女の言葉が優先的にかけられた所で地位が上がる筈も無い。
だが、どんな状況であっても上に立つのは自分達であらねばならぬと2人は行動している。
皇帝は人間、それぞれの要職は人間と悪魔人間、勇者達はそれぞれの種族から1人ずつ選んだ。
ならば次は自分達だと争っている。
当時、戦争をしていた世代はまだ現役、盆地の戦争は水面下でまだ続いているのだ。
「えーと」
見習いが迷うように2人の顔を交互に見る。
その様子に供の男達が怪訝な顔をし、妖精王と鍛冶王が慌て始める。
「……失礼、重大な案件ですね。どうかそのまま話して下さい」
「えーと、王国からお客さんが来てて」
「客?」
予想外の返事に場の全員の目が丸くなった。
しかも王国から、と言われ鞄持ちに視線が向けられるが心当たりが無い。
視線に対し、ゆっくりと首を横に振る。
「陛下か代理の人ーって言ってた」
「うーん、そうかぁ」
鍛冶王が見習いの頭をわしゃわしゃと撫でた。
嬉しそうな声を上げる見習いと目線を合わせる為に妖精王がしゃがみ込む。
「ちなみに、お名前は聞いてますか?」
妖精王が見習いに聞くと、自信満々に答えた。
「王国、第11王子、宝剣公さん!」
その言葉に2人の王は初めて顔を合わせた。
●
悪魔の国と天使の国との国境近くにある村で文官は育った。
5才までの話だ。
戦争で村が滅茶苦茶になり、どさくさに紛れて人攫いが逃げ惑う人達を攫っていった。
そのまま賈船に買い取られ、良くて傭兵達の肉盾、悪くて鉱山奴隷か煙突掃除夫として売り出される。
普通であれば。
神の言葉を読めるようにと、こっそり勉強していたのが仇になった。
文官が文字が読めることを知った賈船は、文官を手元に置き、仕事を仕込み始めた。
毎晩、鞭を打たれながら知識を詰め込まされる事は耐えられた。
両手に余る荷物を運べず、罵声を浴びせられる事も耐えられた。
だが、同じ奴隷に鞭を振るうのは耐えられなかった。
仕事を仕込む為と、そして自身の愉悦の為もあったと文官は思っている。
賈船は嫌がる文官に無理矢理、鞭を持たせた後、暴力で脅しつけた。
男を叩いた、女を叩いた、老人も子供も叩いた。
常に何故と問うていた。
ただただ、祈っていたかっただけなのに。
8歳の頃、赤い竜の炎が全てを燃やし、牢から逃げ出した文官は戦火から逃れた騎士達と出会い、そして帝国へと辿り着く。
●
頭が煮え、不快な汗が、じっとりと染み出す。
体を起こし、辺りを見渡せば、そこは遊牧民の簡易住居だ。
夢である、という事に胸を撫で下ろし、再び横になる。
荒い呼吸は整ったが、嫌な気分は晴れないままだ。
当時、鞭打った人間の顔は、もう覚えていない。
それ故だろうか、何故か見習いや、他の子供達の顔がちらついた。
不快な考えを振り払うべく、文官は住居の外に出る。
狼が出るそうだが、住居から離れなければ問題は無いだろうと判断した。
まだ、外は暗く、星が出ている。
牢の格子から見た夜空や帝国の夜空と違い、遮る物が何も無い空は広かった。
冷たい風が、煮えたぎった頭をゆっくりと冷やした。
特に何をするでも無く、その場に立っている。
何の音もせず、羊の鳴き声すら聞こえない。
ただ風に吹かれるままだ。
暫くそうしていると草原から太陽が顔を出す。
藍色から橙色に、そして草原は緑に変わる。
悪魔の国とは違い、空気が澄んでいるお陰か、地平線までよく見えた。
草原で、ましてや遊牧民の集落で跪く事は決してしないが、文官は祈る。
武神や他の神が現れている中、一向に姿を表さない主の存在を、
何にと言う訳では無いが、心の中に感じた。
変えようが無いのだ。
今の天使の国の所業を聞いても、良き友人が神を憎んでいても、かつて人類を滅ぼしかけたとしても。
幼き頃の文官が、かつて見た光景に神の存在を感じ、それに救われた事は変えようが無いのだ。
自身のどうしようも無さに嘆息しつつ、もう一度、寝なおそうかと踵を返す。
妙な時間に起きた所為か頭の奥が鈍い痛みを訴えていた。
体調を整えなければ、と再び寝台で寝始める。
族長との会談は2日後だ。
先日は皇帝達に付き合って未踏破地帯に行ったのだから、
今日は総代に付き合って商品になるような物を見に行くべきだろう、と考えた所で再び起き上がった。
「……んん?」
ふと、気になった。
幾ら大商人とは言え、賈船は商人であり、庶子達は貴族だ。
王室御用達の商人や貴族の館に出入り出来る商人は当然居るが、文官が覚えている限りでは、
賈船が貴族好みの商品――例えば美術品や骨董品――を扱っているのを見た覚えが無い。
だが、総代が言うには、反乱軍の中で一大勢力を築く程には人を揃えられているらしい。
どうやって大勢の庶子達と繋がる事が出来たのだろうか。




