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48章 未踏破地帯


 48章 未踏破地帯 


 未踏破地帯。

 大陸の東、此処から先に何があるか誰も知り得ぬ場所。

 歪から現れた神や天使達によって草の根まで焼き払われ、砂漠となった場所。

 長い年月を経て再び草木は芽生え、史跡だけがそれを物語る。 

 

 ●


 緑の平原とは打って変わって、灰色の荒れ地が何処までも広がっている。

 朽ち果てた塔と、凸凹になった石畳だけがそこにある。

 風は埃っぽく、ただただ無常さだけを感じさせられる雰囲気だ。

 

「いちばーん!」

「にばーん!」


 皇帝と武官が我先にと乗り込んだ。

 2人が文官の方を見る。


「さ、さんばーん」

「うむ!」


 文官の返事に皇帝が満足そうに頷いた後、辺りをキョロキョロと見始めた。

 何処から探索しようかと迷っている顔だ。

 どうせ蛇に噛まれたって死にやしないと思いながらも、文官は皇帝を見て進言する。


「探索は構いませんが1人で動かないで下さいね」

「お前俺の事何だと思ってんの」

「皇帝陛下」

「じゃあしゃあねぇな」


 何が? と言う武官の声を聞き流しながら皇帝が騎士の腕を引いた。

 2人は比較的、原型を保っている塔の方へ歩いて行く。

 文官の隣に立っていた武神がそれを見送っていると、皇帝の叫び声が飛んできた。

 

「オーディン! あれ何ー?」

「ええい、チョロチョロするで無いわ今行く」

 

 そんな声を聞きながら文官は東の方を見る。

 朽ち果てた塔と、割れた石畳。


 そして盆地のように欠け穿げた地面。

 高い所から何かを落として出来た穴のようなそれが幾つも、何処までもあった。

 

 しゃがみ込み、穴の中を覗いてみると地面に炭のようなものが混じっている。

 穴の底には雨水が溜まっており、時折、鳥が水浴びをしている。

 物によっては、巨大な湖――帝国にある物よりも巨大な――のよう水深が深い穴もある。

 

「大戦争の時に出来た跡だと伝えられている」 


 竜騎士が穴を指差しながら言った。 

 

「当時、ここは大きな街で、大戦争の時に空から沢山の岩が降り注ぎ、街は滅んだと」

「……」

 

 竜騎士はこちらを見ない。

 何を言うべきか考えあぐねているような、そんな様子だ。

 

 大戦争、終末の時、最後の審判、神の御業。

 様々な呼び名が付けられたこの戦争を継承し続けているのが竜騎士達、遊牧民だ。

 

 こちらから何を言うべきなのだろう。

 そんな思考は叫び声によって中断された。 

  

「うわわわわ、落ち、落ちるぅぅ!」   

「何してるんですかー!」 

 

 何事かと声がした方に顔を向けると、身を乗り出しすぎて武官が穴底に落ちそうになっていた。

 落ちないように穴の縁で踏ん張る武官を総代が引っ張る。

 安全な場所まで引き戻され、礼を言いながら総代に引っ付いている武官を、文官は呆れた目で見た。 


「お前ここから落ちたくらいで死ぬような繊細な生き物なの?」 

「覚えとけこんにゃろう!」

 

 いつもの空気に強制的に戻され、歴史に思いを馳せる状況では無くなってしまった。

 それでも尚、竜騎士が何か言いた気に、こちらを見る。

 

「文官」

「しばらく1人で見て回っていいか?」

「……ああ」


 そう言って文官は適当に辺りを散策し始める。

 特に当ては無いが、今、心が定まらぬまま何かと向き合うよりは余程マシであった。

 

 黒い紐がそこらじゅうに落ちている、継目の無い石畳の上を歩く。

 当然だが人気は無く、雑草が風に揺れていた。

 

 針金を目の粗い網のように編んだ壁。

 奇妙な塗料で文様が描かれた鉄の壁画は儀式にでも使われたのだろうか。

 半円形の奇妙な形の建物の中を覗くと、紙と、何やら丸い円盤が地面に散乱していた。

 

 暫く歩いていると、ある建物が目に留まった。

 それは、朽ち果てているが確かに教会であった。

 天使の国にいた頃、安息日の礼拝に連れて行かれたことを思い出す。


 扉だった木の板が入口付近に倒れている。

 中を覗き込むと、石畳の裂け目から雑草が生え、地面を覆っていた。

 窓硝子は全て吹き飛んでいたが、祭壇は無事なようであった。

 

 念の為、柱を軽く押してみる。

 長い年月を経ても無事だったようで、それは微動だにしない。

 今すぐに崩れるという事は無さそうであった。

 

 欠けた天井から陽の光が差し込んでおり、視界も確保出来ている。

 文官は何も言わずに中に入る。

 コツ、コツ、と足音が反響する。

 

 蝋燭立てや、神との契約書――恐らくは新しき契約だろう――は全てボロボロになってしまっていた。

 文官は祭壇の前に跪き、祈りの体勢を取る。

 

――大戦争の切欠となった歪、あれは決して我々の傲慢さでは無い。


 マンセマットの言葉が頭に浮かんだ。

 何故、神は世界を、文明を滅ぼすに至ったのか。

 それを知る人物も、語る人物もここには居ない。


 ジャリ、と砂を踏む音が耳に入る。

 竜騎士が追いかけてきたのだろうかと立ち上がった後に振り返り、硬直する。

 

 白磁のような肌の美青年。

 その背中には炎のような赤い翼が生えていた。

 見知らぬ天使が立っている。

 

 天使の赤い目が文官を捉えた。

 このまま、身を任せてしまいそうな、自堕落的な衝動。

 体が熱っぽくなり、足元がふわふわと浮き上がるような感覚に襲われる。

 

「文官?」


 外から呼びかける竜騎士の声に目が覚める。

 冷水を浴びせられたような感覚と同時に、足が固い地面の上に降り立つ。


 赤い翼の天使の姿は影も形も無い。

 キョロキョロと辺りを確認するが、教会の中には誰もいない。 

 

「何かあったのか?」 


 返事が無い事を不審に思ったのか、入口から中を覗き込んでいた。

 

「誰かここに来たか?」

「いや、誰も見かけていないが」

「……そうか、いや、何でも無い」


 妙な気持ち悪さを、文官は汗と共に拭った。

 

 ●

 

 馬鹿な、と痙攣しながらも目が見開いた。

 テュールは山の上から見た光景に脂汗を流す。


 未踏破地帯を眺めている一行の中に変わり果てた王がいた。

 あれではまるで、そこらの若造と変わらないでは無いかと、1つしか無い拳が血が滲む程、握られた。 


 我らが創造神、詩と知識の神、死をもたらす最強の戦士。

 偉大なりし孤高の王。

 かつてアスガルドに君臨していたオーディンの姿だ。

  

 それが今では何たる事か。 

 若い頃の姿である事では無い、問題は、その言動だ。

 

 何処ぞの馬の骨と知れぬ人間達に微笑みかけ、

あまつさえ、その中の1人には呼び捨てで名を呼ぶ事を許し、契約を結んでいる。

 一見すると媚びているようにも見えるその仕草に、テュールは目を伏せた。

 

 かつては恐れ多くも、戦場以外で御姿を直視する事は無く、今は少しでも王の名誉を守る為に目を閉じた。

 何故そのように身を窶しておられるのかと、直言したい衝動を何とか抑えた。

 

 ラグナロクの際、テュールが殺された後、どのような戦況を辿ったのか、大体の事は知っている。

 オーディンはフェンリルに飲み込まれ死に、スルトの炎が世界の全てを焼き滅ぼした。

 そして世界は今の形となり、限られた神々だけがこの世に現れる。


 死んだ筈のテュールが今、ここに現界出来ているのは、デウスという言葉に対する信仰、

忌々しくも4文字への信仰がある故だ。


 これは遊牧民達を治める3柱に限った話では無く、この大陸に存在する神や悪魔も同様だ。 

 天使の国にある契約書、人間に最も信仰されている書物に書かれている存在と、

それに関連する存在だけが、この大陸に現界出来る。


 最終決戦に勝利し、4文字を創世神の玉座から蹴落とせば、

この支配から解放され、神々は元の自由な、何者にも依らず現界できる存在へと回帰するのだ。

 

 テュールは先程見たオーディンの姿を思い出す。

 かつて4文字と同一視された過去から現界したのだろうか、と考えたが、

それにしては余りにも、かつての姿と比べて痛ましいものがあった。 


 多くの英雄を率い、心酔させてきた王が、何でも無い人間との契約を命綱に生き永らえている。

 それが、どれほどの屈辱かと慷慨悲憤し、我々が負けなければ、

王は誇り高き御姿のままでいられたのだ、と膝から崩れ落ちた。

 

「おいたわしや、おいたわしや……!」


 テュールの慟哭が風に消える。

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