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46章 英雄のいない国


 46章 英雄のいない国


「何故、私が革命を起こしたか?」


 指導者がティーカップを持ち上げたまま動きを止めた。


 共和国、指導者の館の一室で、靴べらと指導者が互いに向き合っている。

 魔術師は興味が無さそうに壁にもたれ掛かり、歯車の騎士は何処かをふらついている。

 靴べらは指導者の暇潰しに、茶会に付き合わされていた。

 

 色とりどりの甘味や果物、いい香りのする茶。

 村にいた頃や、追われていた頃には考えられない程の贅沢な品に手を伸ばそうとする欲求を抑え、

靴べらは指導者を見る。

 

 13年前の飢饉が切欠で生まれた契約者は、王国に追われ、捕まった者は処刑された。

 目の前の男は、当時、幼かったとしても王族として教育を受けている筈だ。

 ならば裏切らない保証は何処にあるのだろうか。

 

 靴べらは、そのような思いで指導者を見る。

 困ったような表情を見せる指導者に、内心汗をかきながらサブナックに助けを求めつつ言葉を待つ。

 

「俺なんかには話せませんか」

「いや、何と言うか……、長い話の割に大した事の無い結論でな。どうやって話したらいいか、と」 

「はぁ」


 ううん、と唸りながら指導者が考え込む。

 そして何かを思いついたかのように話し始めた。


「君、王国の歴史は詳しいかね?」

「何となく程度は……、大戦争の時の英雄が作った国なんですよね?」

「うん、うん。もう少し突っ込んだ話をしよう」


 そう言って指導者が大陸全土の地図と王国の地図を持ってきた。

 靴べらは並べられた2枚の地図を見る。

 指導者は大陸全土の地図を指差しながら話し始めた。

 

「大戦争の頃、これらの国境線は無く、天使や悪魔が大陸中を暴れまわっていたと言う」


 指導者の指が王国と悪魔の国との国境線を指差した。 


「それらに対抗し、連中を今の場所まで追い立てたのが今の王家の祖先だ。

王国にはその頃の政治機構が、あー、仕組みがまだ残っている」

「仕組み?」


 次に指導者が王国の地図を指差す。

 それには各領の番号と境界線、そして大街道が書かれている。

 

「例えば首都は英雄、王の指導力、風格を表す場所として、

第2、第3領は悪魔、天使達を追い立て国を広げる役目、

大街道に接する第4領や第10領、第11領は第2、第3領に物資を輸送、届ける役目、

第6領、第8領、は食料の生産、畑を耕す仕事だな。

第5領、第7領、第9領……、第12領は王国の教育、福祉、

……読み書き計算や医者の役目だ」


 番号を指差しながら指導者が丁寧に説明をする。

 怒涛の説明を何とか飲み込みながら靴べらは頷く。

 噛み砕いて説明されれば何とか理解できそうだ。 


「勿論、最初からそう取り決めていた訳では無いよ。

当時、各地に散らばっていた人間達を纏める為の策だ。

首都を中心に徐々に国を広げ、英雄の威光を広め、必要な物を徐々に揃えていったんだ」

 

 各領が英雄を中心に、それぞれの仕事に専念出来るようにしたのだ、と靴べらは理解する。

 いつの間にか背後に立っている魔術師を無視しながら話を続ける。 

 

「その頃に出来た仕組みが今も続いてるんですね」

「うん、そうだ。そして幼い頃、私はこう思った訳だ。いつまでこれは続くのだろう、と」

「……? 王国がある限り……?」


 言葉の意図が掴めず、聞き返すような形になった。

 その言葉に指導者が首を振る。


「そうかな? こんなにも簡単に革命が起こせたじゃないか」

「……!」

 

 今度は靴べらにも理解できた。

 一見、効率的に役割分担をしたように見えるこの仕組みは、誰もが正直に働いているという前提で作られている。  

 

「この仕組みは、相応しい人間が玉座に就き、皆が英雄の為に働いていたから成り立っていた。

どれかが欠ければ人類が滅亡する、そういう時代だから成り立っていた。今はどうだ」


 英雄は居るか、と指導者が言った。

 

「幼少の頃から気になっていた。だから革命を起こし、そしてそれは上手く行った。

王国に英雄はいないと判った」


 何でも無いように言う指導者に、靴べらはどう返すべきか判らなかった。

 

 そして理解した。

 先代の王は契約者が革命を起こすかもしれないと恐れたから追っ手をかけたのだ。

 

「かつて居た英雄は今は無く、血筋と仕組みだけが無為に動く。

王を継ぐのは王家の長男、その次はその子供、下位の王族に王権が回ってくる事は無い。

英雄である人間が生まれた順番だけで公爵に甘んじさせられているのが現状だ」


 冷たい声で語る指導者に靴べらは震える声で聞く。 


「それは御自分の事ですか」 

「違う、私じゃない」

 

 じゃあ、と聞こうとするのを、部屋の外から聞こえる足音に遮られた。

 それは部屋の前から慌ただしく遠ざかっていく。

 聞き耳を立てている人間が居たのかと靴べらは立ち上がるが、指導者に制された。

 

 悲鳴が上がり、すぐに消えた後、荒い足音がこちらに近づいてきた。

 乱暴に扉が開けられ、返り血に濡れた歯車の騎士が部屋に入ってきた。

 

「いちいち蟻を潰すような真似をさせるな。こっちも暇じゃないんだ」

「はは、すまんな」 

「今度は自分でやれ」

 

 そう言って歯車の騎士が首を床に投げた後、部屋を出た。

 その顔に靴べらは見覚えがあった。

 共和国に武器を卸していた王国の商人だ。

 

「よく居る連中だ」


 指導者が床の首を掴み上げ、じっと見る。

 

「獣欲に導かれ、奪い、犯し、裏切り、我が世の春と言わんばかりに蹂躙する。

自分が世界の中心であると確信し、何をしても許されると信じている。

今がまるで夢の中であるかのように錯覚し、目が覚めれば元の、何も変わらない日常が過ごせると思っている。

13年前にも居た連中だ」

 

 憎悪が篭った声が部屋の中に充満する。

 その光景に靴べらは何も言えなかった。 

 

「醒めるものかよ。貴様らは永遠に夢の中だ」


 指導者が首を窓の外に放った。


 ●


 草原からの風が火照った体を冷やす。

 嵐は過ぎ去り、山は静寂に包まれている。

 星が瞬く空の下、 ヒュン、と空気が切り裂かれる音だけがそこにある。


 岩を切り出して作られた訓練場で干城は1人、槍を振るっている。 

 不自然なまでに削られ、絞った体が滑らかに動く。

 その動きは、竜の戦士を率いる男として相応しいものであった。


 突如、突風が顔に叩きつけられた。

 竜が遊びにでも来たかと思ったが、それにしては羽音が聞こえない。

 

「体を壊す」


 ぬう、と闇からテュールが現れた。

 同時に顔に手拭いを投げられる。


「ありがとうございます」


 それを受け取り顔の汗を吹く。

 

「ただでさえ貴様らは妙な体の作り方をしている。自愛せよ」

「はっ」


 その場に跪き、返事をする。


 テュールが言っているのは、竜の戦士の体の作り方の事だろう。

 鎧を着た人間を乗せても竜の機動性を殺さぬ為の軽量化と、槍を振るえるだけの筋力。

 それらを両立する為に戦士達は幼少の頃から特別な食生活を続けている。

 

 テュールが何も言わずに干城を見ている。

 しばしの沈黙の後、テュールが口を開いた。 


「西で行方不明になっていた戦士が客人と共に戻って来た。今は帝国で働いているようだ」

「仔竜が……!」 


 いい機会だと、干城は気になっていた事を聞く。

 

「西からの客人ですが」

「我らには関わりの無い事だ。……気になるのか?」

「ええ。場所を考えれば手を組む事もあるでしょうから」

 

 帝国。

 西の山の向こうにあると言われる最近出来た国。

 名前だけは聞いた事があるが実態は不明だ。 

 

 だが、あの場所で国家運営が出来ている以上、それなりの力があるのだろう。

 場合によっては天使達を倒すのに手を組めるかもしれないと干城は考えている。

 

「止めておけ」


 テュールがその考えに待ったをかけた。

 その声は険しく厳しい。

 

「何故です」

「あれらは、真っ当な精神では無い」


 テュールがハッキリと切り捨てた。

 聞いた話では、10代後半の青年達と保護者らしき人間だけの筈だ。

 あまりの言い様に言葉が詰まり、何とか絞り出す。


「……悪党であると?」

「そうでは無い」


 それっきりテュールは黙ってしまった。

 ならば何故、とこれ以上、食い下がるのは憚られる。


 そこまで考えて、ある事に気付いた。

 もしや我々が帝国にいいように利用されるのを心配なさっているのか、と干城は言葉を重ねようとする。

 

「テュール様、我々は」

「もう休め」 

 

 そう言ってテュールが闇に消え、風だけがその場に残される。

 干城の言葉は最後まで発される事は無く、飲み込まされた。

 

「……」 


 干城はテュールが立っていた場所をじっと見る。

 

 いつか来る最終決戦、予言された勝利。

 過程が判らない勝利を掴む為に、不測の事態を避けるのは干城にも理解できる。

 だが、神々と違い、人間が備え続ける事に疲弊しているのも事実だ。 

 

 かつては、天使の国と真っ向から戦っていたと言うが、それは昔の話だ。

 女子供が拐われた時だけ遠征し、取り戻す。

 必要以上に攻め込まず、両者の均衡を保ち続ける。

 

 その時が来るまで竜の戦士達に勝利は無く、神々が治めるこの国に英雄は居ない。

 干城は唇をきゅう、と固く引き結び、夜空を仰いだ。

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