43章 各国動静
43章 各国動静
壁には絵画、床には真っ赤な絨毯。
天井には硝子がふんだんに使われた豪奢な照明器具。
玉座の間ににアスモデウスの声が響く。
「して、その後の始末は?」
「はっ。シュブ=ニグラス討伐後、件の街の人間が既に動いております」
シュブ=ニグラスに吸い取られた森の手入れや、荒れた街の復興には、
契約者である人型や狩人達が率先して動いている。
それが終われば彼らは再び武勲を求めて別の戦場に移動するだろう。
アスモデウスは玉座に座る男に恭しく頭を垂れながら報告をすると、男がふん、と鼻を鳴らした。
その姿は高慢と猛々しさを感じさせる。
アッタル。
ルシファーの原型となったウガリット神話の神。
この度晴れて、この国の王となった者だ。
「この国に入った天使達は」
「捨て置け」
「左様で」
討伐しろと言われては堪った物では無かったが、それは避けられたようだ。
内心、冷や汗をかきながらアスモデウスは話を続ける。
「魔術師とやらは」
「それも捨て置け。向かってくるなら切り捨てるが、内輪揉めがしたいならばさせておけよ」
「は」
世界を滅ぼすという目的は気になるが、元より別の国の話である。
これ以上、何かを出来る気もする気もアスモデウスには無かった。
報告が終わり、会話が途切れる。
下がれとも何かをしろとも言われず、アスモデウスは黙って頭を垂れている。
暫くそのままでいるとアッタルが沈黙を破った。
「それでお前はいつ戻る?」
アスモデウスはアッタルの言葉にキョトンとした後、笑いながら言う。
「いやぁ、今のままで十分楽しいですし」
その言葉に今度はアッタルが面食らったような表情をした。
「戻りたくないのか?」
「いや、戻っても一緒ですし」
アエーシュマ。
ゾロアスター教の悪神。
狂暴を司るアスモデウスの原型となった神だ。
「それにこっちの方が自由でしょう?」
「……」
アスモデウスの言葉にアッタルが複雑そうな顔をする。
誇り高い者が貶められて悪魔と化した者であれば、元の姿に戻りたいと思うだろう。
だがアスモデウスは違う。
思うままに悪を誇り、奪い、犯し、愛で、そして善なる者に倒される。
それがアスモデウスの生き方であり、アエーシュマには出来ない生き方だ。
「そんなものか」
「そんなものです」
2人はそう言って会話を終わらせた。
●
「アンタ達、暫く仕事休みな」
突然、侍従長がそんな事を言い出した。
3人は同時に動きを止める。
「それは、休めるなら休みたいが」
文官は憮然とした表情で侍従長に返す。
やらなければならない事が多いのは侍従長も知っている筈だ。
騎士が文官の言葉を引き継ぎ質問を続ける。
「ご婦人、何故そのような事を?」
「新人の坊や、何も言いやしないが、だいぶ辛そうにしてるからねぇ」
侍従長が言っているのは鞄持ちの事だろう。
だが、新人である鞄持ちを文官の仕事全てに付き合わせてはいないし、休暇も与えている、
と考えたのを読まれたのか侍従長が騎士に対して言葉を続けた。
「アンタ、陛下がずっと働いてて休めるかい」
「無理です」
「騎士さん!?」
あっさりと白旗を揚げた騎士に皇帝が野次を飛ばす。
「お前、そこは頑張れよ! 無理してでも休めますって言えよ!」
「申し訳ありません、陛下、出来かねます……」
ふぬぬ、と唸りながら皇帝が騎士の頭を撫で回す。
呆れたようにそれを見た後、文官は侍従長と相対する。
「言わんとする事は理解したが、僕らがその言葉を聞く理由が無いな」
文官の言葉に侍従長が余裕の笑みを浮かべる。
「その言葉、いつまで保つかね」
「……んん?」
文官が不思議そうな顔をすると、侍従長の足元から笑顔の見習いが現れる。
「文官さん達お休みなの? 一緒に遊べる?」
「おのれ卑劣なババアめ!」
「卑劣なババアめ!」
「卑劣なバ!」
3発の打撃音が同時に発生し、文官の頭に激痛が走る。
侍従長の拳が文官達の頭を捕らえていた。
「とにかく、アンタ達、休むんだよ。仕事はこっちで振っとくからね」
床に転がり、痛みに呻く3人を見下ろしながら侍従長が言った後、立ち去った。
文官達は頭を擦りながら立ち上がる。
「うおお、痛ってぇ……。おいお前ら意見具申」
「はいはーい、どうせやるなら徹底的にやらねぇ? 皇帝不在の時とか想定してさ」
「そしたら何処かに旅行でもします? 王国と天使の国は行けませんけど」
そうしたら悪魔の国か東か、と文官は考える。
マンセマットの言葉は気になるがそれは個人の事情なので口には出さない事にした。
ならば、と騎士が話に入ってきた。
「私が不在を預か」
「俺が行く所にはお前も行くんだよ」
「はい」
皇帝が有無を言わさず決定した。
留守は妖精王と鍛冶王に任せるらしい。
細かい話を詰めた所で、最も重要な話に入る。
行き先がまだ決まっていない、となった所で武官が言った。
「つか行くとこ東しか無くね? 悪魔の国あいつらいるじゃん。
下手に顔出さない方がいいんじゃねぇの?」
「あー……」
武官に言われて文官は狩人達の事を思い出す。
顔を合わせる可能性は低いだろうが、邪魔になるような事は避けたい。
それを聞いて、じゃあ、と皇帝が声を上げた。
「東行くか、文官、総代に……、いいわ、俺から言うわ」
「?」
「お話終わったー?」
見習いが扉の近くから声をかけてきた。
武官が文官の背中を押し、さっさと行け、という風に笑いながら追い払われた。
おかしい、見習い達を可愛がっている国民達ならばいざ知らず、自分を買った人間に対してはもっとこう、
と首を傾げながら文官は見習いと共に玉座の間を出る。
落ち着き無く廊下を歩く見習いに話しかける。
「何をするんだ?」
「村長さんがねー、お店のご飯食べに来てほしいって!」
「そうか」
そんな話をしながら文官の手を見習いが引いた。
●
「お前なんかオーディンじゃない」
「そうだな」
夜の宮殿、誰も居ない筈の玉座の間に2人の男が立っている。
1人はオーディン、そして1人は美しい顔を持った男だ。
ロキ。
オーディンの義理の弟、魔術を得意とする神。
全てが滅んだ後の今でも顕現する事が出来ているのは、サタンと同一視された過去故である。
オーディンは先程からずっと喋り続けているロキを見る。
深夜、とまでは言わずとも、それなりに夜も更けた頃だ。
だが、その口は止まらない。
「知恵の英雄、勝利の神、恐ろしき男!
アスガルド1の美男! 蜜のような詩人! 雄弁さは春の花の如し!
お前が名乗る男はそういう男でな! 断じてお前みたいな優男じゃ無い訳だ!」
後半誰だそれ、という言葉をぐっと飲み込む。
もう何度目かも数えていないこのやり取り、下手にこの男の言葉を否定すると碌な事にならないのを、
オーディンは身に染みて理解している。
鴉達が玉座の上で暇そうに鳴き声を上げた。
頃合いか、とオーディンは頭を振る。
「そうか、そういう男であったか」
「おう! そりゃもう恐ろしい男で」
「それで、我が気に食わないのは判ったが、卿はどうしたいのだ」
これもいつも通りのやり取りである。
何か求める所があるのだろうと、オーディンはそれを聞く。
だが。
「……」
ロキは何も言わずに赤い炎と共に消えた。
オーディンは何も言わずにそれを眺める。
手を伸ばすと火の粉が掌に乗り、消えた。
玉座の間から出て、誰もいない廊下を歩く。
ロキが何を言いたいのか、オーディンには皆目見当が付かない。
何度も現れては今のやり取りを繰り返す意味が判らなかった。
お前なんかオーディンじゃない。
かつて、ロキの子供の腸でロキを縛り上げた際に言われた言葉だ。
邪悪に堕ち、バルドル――オーディンの息子――を殺し、神々を侮辱したロキは捕らえられ、
毒蛇の毒が顔に垂れ続けるように縛り上げられる。
それから時が経ち、ロキは軍勢を率いてラグナロク――文明の崩壊――が訪れた。
何故、ロキが邪悪に堕ちたのか。
文明が起こる前に散逸したオーディン達の教えは、4文字の使徒達によって再編された。
それによってロキはサタンの影響を受けた邪悪な神として、
オーディンは4文字の影響を受けた全知全能の神として形を得る。
4文字の信仰を広める為に、他の神々の姿は徐々に貶められていった。
滅びの預言を受けても尚、享楽に耽る愚かな神々として。
だからどうしたというのか。
世界が炎に包まれても、オーディンの子供は生き残った。
そして今の世界がある。
オーディンは勝利した。
誰もの、神々の期待通りに、平時には国を治める王として、
乱世には勝利をもたらす全知全能の神として振る舞い、勝ったのだ。
バルコニーに出ると冷たい風が顔に吹き付けた。
オーディンは東の方へ顔を向ける。
嵐が空を騒がせている。




