41章 理由
41章 理由
神は全てを創ったという。
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蔦から取った樹液を煮詰めた匂いがまだ部屋の中に残っている。
甘くなりすぎた口を治す為にも塩気のある食べ物が必須であると考えた。
帝国北東の病院にも仕事はある。
体調や精神が安定している時だけ、段階的に社会復帰を促す為の簡単な仕事である。
生薬は手が空いた時だけこちらで手伝いをしている。
火を使う仕事は、流石に患者達には任せられないからだ。
西の山から戦闘音が聞こえてくる。
帝国ではいつもの事だ。
異教異端を排除する天使達。
全てを手に入れんとする悪魔達。
その悪魔から逃げようとする悪魔人間達。
食うにも困った野盗。
戦火から逃れる難民。
帝国の受け入れ能力に限界はあり、そして彼らは善良であるとも限らない。
故に戦闘が頻発する。
だが、今日のそれはいつもより激しかった。
戦闘の空気が伝わるのか病院の中も緊迫した空気が流れている。
「今日はいつもより……」
「ええ」
鍋をかき混ぜながら生薬は女性の声に答える。
今日は鹿と茸の葡萄酒煮込みである。
もう少しすれば村長が樹液を引き取りに来るついでに、焼きたてのパンを持って来るだろう。
物々交換には間に合いそうだ。
食事をよそい、お針の部屋に持っていく。
扉をノックするも返事が無い。
何事かと慌てて扉を開ける。
部屋の中にお針の姿を見かけるも、警戒を解かない。
お針は窓の外を見ている。
ただ黙って窓の外を見ている。
「……狩人君も頑張ってるのかしら」
「……」
生薬は警戒を解く。
窓から外を覗くが幸運にも男性の姿は無かった。
机の上に食事を置く。
震えるお針を椅子に座らせ、退室した。
廊下はしん、と静まっている。
いつもは騒がしい病室も今日は静かだ。
異教異端を排除する天使達。
全てを手に入れんとする悪魔達。
その悪魔から逃げようとする悪魔人間達。
それらを全て作ったと言われる神、4文字。
大戦争の後、神から離れる事を選んだ王国の王族達。
かつては、信徒であった者達ですら王国に合流したという。
何となく、その理由が見えた気がした。
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巨木の根が地面に叩きつけられる。
地面にヒビを入れたそれが薙ぎ払うように振るわれ狩人を追いかける。
振り返り、根に向かって走る。
飛び上がり、しがみつき、転がり、根の進行方向とは逆へと移動する。
振るわれた根はそのまま森へと突っ込んでいく。
別の根が真上から降ってくるのを避け、斧を叩き込んだ。
木に付けられた傷から口の生えた枝が生えてきた。
斧に齧り付く口を振り払い、引き千切る。
ケルベロスに乗り、木の根や幹を伝ってバルベロの体を登る。
彼女の肩に立っている男と目が合った。
憎悪と悲愴。
そのようなものが見て取れた気がした。
男に向かって斧を振り下ろすが、障壁が刃を弾いた。
弾かれた反動で距離を取り、地面へと降り立つ。
人間ではないのか。
狩人は男を睨み付けた。
男の肩に白い鳥が止まった。
耳元で何かを囀った鳥の声を聞いて男の表情が消える。
「……そうか、死んだか」
呟くと同時に、どろり、と男の体が溶けた。
泥のようになった男の体を大樹の根が吸っていく。
木が、聖母が黒く染まっていく。
胸元が割れ、中から木の彫刻を握った木の腕が這い出てきた。
十字架に貼り付けられた男の彫刻。
それがめきり、と音を立てて握り潰された。
悍ましい森が更に深くなる。
手入れもされず、密度だけが増していた木々が更に密集していく。
変化し、おぞましさを増した姿を見た傭兵達の何人かが絶叫する。
それを捕らえようと枝が伸びるが、正気を保てていた傭兵に斬り落とされた。
狂乱状態の傭兵を森の中に引き摺り込む時間を稼ぐべく、シュブ=ニグラスに向かって石を投げる。
予想通り、カン、と石が当たったとは思えないような音を立てた後、石が砕けた。
効いているようには見えなかったが、気を引く事は出来たようで視線がこちらに向く。
思い切り振り下ろされた大樹の枝を頭と斧で受け止め、歯を食い縛る。
戦斧の柄が額にぶつかり、血が流れるがそれを気にしている場合では無い。
ゆっくりと押し潰すように枝に力が込められる。
踏ん張り、押し返そうとするも、凄まじい力に太刀打ちできず地面に膝をついた所で光の矢が飛んで来るのが見えた。
爆発し爆風が顔に飛び掛かる。
シュブ=ニグラスがそれに怯んだ瞬間、枝から力が抜ける。
狩人は矢の飛んできた方向へ地面を転がり向かう。
決して狩人達を逃すまいと樹木が太さを増していく。
黒く染まり切ったバルベロ=シュブ=ニグラスが吼えた。
木々が揺れ、嵐が吹き荒れる。
狩人は吹き飛ばされ、誰かの腕に受け止められた。
「無事か?」
頭上から声がかけられ、布切れが投げつけられる。
見上げると別れた仲間達が立っていた。
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帝国の西。
よく見慣れた猟犬が帝国の森を穢す。
エルフの森を変生させた、憎き聖母の手先である。
翁は黙々と剣を振り、猟犬達をバラバラにしていく。
妖精王の矢が猟犬達を貫き、討ち漏らしを翁が狩っていく。
エルフの戦士たちが侵入者を狩っていく。
「王よ御下がり下さい」
「ならぬ。あの時の二の舞を踏むか」
「……!」
戦場のエルフ達の顔が強張った。
翁の剣が僅かに止まる。
頭を切り替え残りの猟犬を片付けた後、付して乞う。
「王よ、叱責も処罰も、いえ、処刑すら受け入れましょう。
あの時、持ちこたえられなかった弱さも不甲斐無さもその通りです。ですが」
「翁」
頭上で妖精王が息を呑む気配がした。
翁は身じろぎもせず、頭を下げたままだ。
「御二方!」
誰かの声がこちらに投げかけられ、猟犬がこちらに飛びかかってきた。
妖精王が光の弓矢を構え、翁が剣を再び振ろうとする。
地面から銀の杭が無数に生えた。
貫かれた猟犬達が砂へと変わる。
杭が溶け、ある一点へと収束する。
武器の持ち主の手の中に、皇帝陛下の掌に戻っていく。
「これがエルフの戦いであると言うなら俺は引き下がろう。
誇り高き戦いに口を出せる身分で無い事は重々理解している」
「陛下……!?」
どうする。
陛下の問に翁は言葉を詰まらせる。
妖精王は何も言わない。
「我々は」
「なんてな! 不法に国境越えた時点でこいつら全員処刑対象だ! 俺に続け!」
翁の声を遮り陛下が敵陣に突っ込み、その後ろに帝国の戦士達が続く。




