表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/107

39章 生き残り


 39章 生き残り


 粘着質な地面にも慣れてきた頃だ。

 ベシャベシャとした水音と聞き慣れた金属音が狩人の耳に入る。

 

「川か何かが近いのか?」 

「いや、この辺に水場は無い筈だが」

 

 隣を走っているエルフの男が答えた。

 じゃあこの水音は何だろうか、と首を傾げていると、森の中から水球が幾つも飛んで来る。

 

 地面に伏せそれを避ける。

 避けきれなかった人間の呻き声が聞こえたが、様子を見るに、

鼻血こそ出たものの、それ以外の異常は見受けられなかった。


 狩人の鼻が遺跡探索の際、海で嗅いだ臭いを嗅ぎ付ける。 

 水音と金属音が幾つも重なり合って近付いてくる。

 金属音はカチャカチャと、狩人達や傭兵達が移動する際に、武具から発する音のようであった。

 

 がさりと茂みが揺れ、音の正体が現れる。


「お前ら?!」


 何者かの姿が確認できると狩人は声を上げた。

 

 森の奥から現れたのは片目が潰れた深きものだ。

 4、5人程の深きものがこちらを狙っているが、狩人の姿を見ると構えを解いた。

 その姿を見て狩人は何か違和感を覚えるも、その正体に気付けなかった。


「……知り合いか?」

「まぁ、ある意味では」


 傭兵の質問に警戒を解かぬまま答える。 

  

「海のやつとの決着は付いたよな。何でお前らまだ居るんだ?」


 狩人はバルベロの枝から逃れ、海に逃げ帰ったダゴンの姿を思い出す。

 その際に波は引き、深きもの達も海に帰ったものだと思っていた。


 舌打ちをして片目の深きものが渋々答える。


「……戦闘中に波が引き、取り残された後に閉じ込められた。

この状況を何とかしたい。手伝え」

  

 狩人と人型が互いに顔を見た後、狩人は肩を竦めた。


「散々、追いかけ回した相手によくもまぁ」

「悪いか? 手段を選ばず生き残りたいと思うのは普通だろう」

 

 それはそうだが、と言い口を噤む。

 こうなった以上、深きものと戦う理由は鬱憤を晴らす以外に無い。

 そして今は僅かでも戦力が欲しい状況で、少しの消耗も厭う状況だ。

 

「……共闘って事でいいんだよな?」

「どうとでも好きに取れ」


 そう言った切り、誰も言葉を発しなくなる。

 この話をどう受け取るべきか、狩人は考えあぐねる。  

  

「ちょっと気になるんだけどさー」


 場の沈黙を破り、人型が顔の仮面に手を掛けながら口を開く。


「お前らそれ、どこで手に入れたの」 

 

 人型の言葉に答えず、後ろに立っていた深きものが走り、血に濡れた剣を振りかぶる。

 それは協力を求めた相手に向ける動きでは決して無かった。

 振りかぶった剣が人型に避けられ木にガツンとめり込む。


 攻撃が外れると見るや、おぉおお、と呻き声が上がった。

 恨みがましいそれに混じり、それぞれの言葉が聞こえてくる。

 

「……たくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

「足りないあいつらだけでは量が足りない」

「黙れこいつらはバルベロ様に捧げて機嫌を取るんだ」 

「ふざけるな、俺は海に帰る。こいつらの血で乾燥を防ぎながらなら帰れる」 


「黙れ、手足を折るなりもいでからなりしてから決めろ」 

 

 片目の深きものが一喝すると場が静まり、光る眼が一斉にこちらに向けられる。

 彼らの手には金属で出来た武器が握られていた。

 

 狩人はようやく違和感の正体に気付く。

 海から現れたばかりの深きものは武器など持っていなかった。

 当然だ、そんな物を持ちながら海の中は泳げない。


 急いで深きもの達を観察し直すと、武器に付いている血は真新しい事に気付く。 

 津波が引いた際、深きもの達がいた可能性が高いのは森の西だ。

 ならば西側の連中から奪ったか、と気付き、皆が武器を構える中、人型が悠々と前に出た。 

 

「何人か残して先行ってー。この人数だと狭くて困る」 


 首をゴキゴキ鳴らしながら人型が狩人に言う。 

 アスモデウスの方を見ると軽い口調で言う。

 

「あー、いいから行って行って、丁度ムシャクシャしてたから。

むしろそっちの方が大変なんだから気にしない」

「……判った」 

 

 狩人は少し悩むが深きものの間をすり抜けて森の奥に向かおうとする。

 それを止めようとした1人が蹴り飛ばされた後、鼻や目や口から真っ赤な炎を垂れ流し、灰になる。

 かざされたアスモデウスの手が追い払うようにひらひらと動いたのを横目に見た。

   

「いやー、負けるわ立ち回り下手だわ善悪の区別付かないわで無様ねー君ら。……死ね」


 アスモデウスの声と同時に背後で壁のような炎が上がる。

 あと少しで大樹の下に辿り着く。

 

 ●

 

 割と開けた場所に出た。

 足元は雨が降ったように濡れている。

 

 考えるまでもない。

 ここに居た人間が吸い殺された跡だ。

 

 ぐちゃり、と粘着質な音が耳に入る。

 音のした方を見ると蠢く大樹がこちらを見ていた。

  

 バルベロ=シュブ=ニグラス。

 そして彼女の肩には身なりの良い男が立っている。

 

 傭兵達が武器を構えた。

 膠着状態。

 皆、何かの切欠を待っている。

 

 元より狩人は問答をしに来た訳では無い。

 エルフのように仇討ちに来た訳では無い。

 悪魔人間のように救済を求めに来た訳でも無い。


 ハデスの嫁であった女神は信仰が得られず死んだと聞いた。

 人間の認知と信仰が神を作る、だとするならば、だ。

 

 バルベロの名前もシュブ=ニグラスの名前も今回の件で認知された。

 何故、この2柱を混ぜるに至ったかまでは不明だが、森の中でエルフと戦っていた頃はともかく、

今は悪魔の国中でその姿を見た人間が増えた。

 

 聖母と邪神。

 

 両方が認知された事で、目の前の神は今、矛盾する2つの理屈がそのまま妥協も無く存在している状況になる筈だ。

 どんな状況であろうとも冥界の主であったハデスを思い出しながら狩人はそう結論付ける。

 

 誰もが切欠を待っている。

 誰もが。

 

「この戦いは世界一の女性に」


 そう言って狩人は戦斧を構えながら走った。

 

 ●


 人形達は全て壊れ、木陰は平静を取り戻した忍冬を睨む。


「何がちょっと見に行っただけだ。お前、あいつと戦闘までしてたな」

「……いや、まぁ、その」 


 木陰が抗議すると忍冬が気不味そうに目を逸らした。

 

 狩人達と別れて暫くは樹皮の人形と戦っていた。

 大樹の方から聞こえてくる戦闘の音が激しくなるにつれ、人形の数は減っていき、今はこちらに人形は1体もいない。

 暴れている間に忍冬が正気に戻り、敵を倒した後、引き攣った笑みを浮かべた所に抗議をした。


 人形達がベラベラと喋った内容が正しければちょっと見に行った、と言う次元の話では無い。

 あの忌々しい大樹まで辿り着き、バルベロと一戦交えている。

 そんな事を1人でして、まともな精神状態を保てる筈も無い。


 木陰は忍冬の胸ぐらを掴み、狂気が解けたかどうか確かめる。

 見た限り、よく見知った胡散臭い顔で、その目に狂気は無いように見える。 

 木陰は忍冬の前に手を出し2本だけ指を立てる。


「おい、これ何本だ。妙に殺気立つ事はもう無いな?」

「だ、だ、だ、だ、大丈夫です! 2本です! 早く行きましょう!

猟犬に襲われるかもしれませんし!」

「……」

 

 過剰反応気味に忍冬が木陰から離れる。

 それを疑り深く見つめた後、目を逸らす。

 確かにこの場に留まるのは危険である、と思った後、気付いた。

 

 動物は当然だが、猟犬の気配すら無い。

 かと言って激しい戦闘の音も無い。

 妙だ、と思った所でかすかな音を捉えた。


 木の上。

 飛び降りてくる何かを避け距離を取る。

 

 シィッ、と蛇のような声が上がり、猫のような動きでこちらに向かって来る。

 革の防具を着た、肉断ち包丁を持った男だ。

 

「肉だ」  

 

 包丁の切っ先がこちらに向けられる。

 

「肉だ肉だ肉だ柔らかめの肉だ鎧に覆われてない肉だ麦も食べた野菜も食べた虫も木の根も食べた石も舐めて水溜りも啜って」

 

 だから、もうお肉食べていいでしょう?

  

 木陰と忍冬は木に飛び移る。

 察するに、13年前の飢饉の関係者か。

 聞きしに勝る惨状である事は理解出来た。

 

 男が狂気に飲まれている間に茂みの中へ潜り込む。

 いつものように気配を消し、弓を構える。

 

 矢を放つ瞬間、男が勢いよく振り向いた。

 

「!?」

 

 投げられた包丁が弓を2つに割る。

 もう1本の包丁を取り出した男がこちらに襲いかかってきた。

 

 木陰は弓を捨て剣を抜く。

 踏み込み、包丁を受ける。

 

 男の目がぎょろりと動き、包丁を振り、横から放たれた忍冬の矢を断った。

 その隙を突いて再び距離を取る。

 剣が振りやすい場所へと移動する。

 

 隠形は完璧だった筈だ。

 何より男は矢が放たれる瞬間に、音がした方を見た。

 

 そんな事が出来るのは、させられるのは。

 

「悪魔との契約者か」

「ご明答」

 

 声と共に剣を持った鶫が現れた。 

 

「悪魔の大総裁、カイム」

 

 悍ましい森が冷気に包まれる。

 

「動物の声、風の音から水の音までが我が契約者の味方である」


 男の肩に止まったカイムがこちらを見下ろすように言った。

 じり、と木の上で忍冬が身動ぎをする音が聞こえた。  


「成程」

 

 木陰は言った。


「であれば」

 

 木陰は剣を垂直に持ち、目の前に突き出す。

 刀身に刻まれた紋章に光が灯る。

 

 弓の弦を引くように右手を引くと木陰の手の中に矢が現れる。


「……触媒?」

 

 カイムが警戒したような声を出す。


 触媒。

 魔法を使うのに必要な力が魔力ならば、触媒は魔法の方向性を決める道具だ。

 魔法陣や、生贄、本人の資質など種類は多岐に渡る。

 

 そして、これは妖精王の親衛隊だけの武器であり、秘密だ。

 何故、弓だけで戦えるエルフが剣を持つに至ったのか。

 弓が壊れたり、矢が切れた際の予備、木が密集する森の中で小回りが効く武器が必要だった。

 

 大戦争の頃、妖精王は弓を持たずに戦っていたという。

 

 その姿に憧れ近付きたかった誰かが、この剣を作った。

 

 そして今、この剣は。

 

 木陰の思考をなぞるように矢の光が強くなる。


 今回はあの時のような防衛戦では無く、こちらが攻め込む側だ。

 制御できるギリギリまで、否、ガタガタと矢が震えるまで魔力を注ぎ込み、手を離す。 


 矢が回転しながら奔る。

 一時だけ、矢が通った所だけ悍ましさが断ち割られ緑が蘇る。

 

 男が吼えた。

 カムイが何かを呟くと、包丁が怪しく光る。

 

 真正面から光の矢が受け止められ耳障りな、金属が削れる音が響く。

 包丁が振られ、光の矢が霧散した瞬間、ただの矢が風を切り、木陰は前に踏み込む。


 忍冬の放った矢が包丁にぶつかり、パキン、と割れ、剣が男の腹を抉った。 

 

「こんな時にこんな事を言うのも何だがね我が契約者、肉断ちよ」

 

 カイムが優しい声で言う。

 

「憎しみに塗れた飯は旨くなかろう」

「あー……」

 

 それもそっか。

 

 突風に乗った声を木陰は確かに聞いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ